原因究明(後)
(つづき)
今の世の中、総じて物事の原因を求めたがります。患者さんも医療者も、『その症状には原因があってその原因を突きとめないと治療できない』という発想が基本です。もちろん症状には原因があって、カラダの中から何かを訴えているのは間違いないと思うのですが、カラダが求めているのは本当に原因究明なのでしょうか。単に今の自分の状態を客観的に自分自身に報告しているだけの時も多いのではないでしょうか。痛いとか痺れるとかいう症状は、あってはいけない症状と考えがちですけど、ある程度はあって当たり前。今まで気づかなかっただけかもしれないし、気づかないことの方が異常だったりすることもある。『生きている証拠』は乱暴なようで当を得た表現かもしれません。
「そうですか。もう諦めないといけませんか」などと答える人は、それがそんなに問題ではないことに気づいている人。その自分の感覚に間違いがないか確認したかっただけなのかもしれないというのが、わたしの印象です。「別に諦めなくてもいいんですけど、うまく付き合ってあげてください」・・・基本、わたしもそんな人生なもので、悩みさえしなければそう大した問題ではないぞ、と思うわけです。
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