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雑草

先日の学会が開かれた東京国際フォーラムの地階に相田みつを美術館が常設されていることに初めて気づきました。学会参加証を提示すると無料閲覧できるというので、学会の空き時間を使って入館させてもらいました。

さすがは書家。彼の力強い筆さばきからみなぎるエネルギーがすごくて、小一時間かけて一回りしたらへとへとになりました。

彼が好んで使う文字。『土』『根』『雑草』・・・縁の下の力持ち、目立たないところで人生を支えて頑張るものに思い入れが強いのだろうと感じながら、でも、何かが違う気がして、じっと考えながら回っていきました。彼の根底にあるのは『雑草魂』なのでしょうが、それは名もない雑草が皆に踏みつけられながらもじっと我慢して歯を食いしばって頑張っている姿、あるいはその間にしっかりと地下に根を張り巡らしているしたたかさを思い描いている様に感じました。

でも、最近わたしは庭の草取りなどで地面に這いつくばって雑草と対峙しているとき、雑草に全く違う印象を持っています。「雑草は自由でいいな」・・・意味のない名前をつけられることもない(もちろん正式名称はあるのだろうけれど誰も気にしていない)から、それによるシガラミもなく、決められた場所に決められた様に咲かなければならない縛りもなく、生えたいところに気ままに蔓延ることができる。抜かれても切られてもしたたかに子孫を残し、根絶やししたがる人間どもの必死さをあざ笑うかの様にたくましく自由気ままに生き延びている。「うらやましいなあ」と心から思う今日この頃なのであります。まあわたしは社会的にも割と雑草的な自由さを頂いてる方だとは思いますが、雑草みたいな生き方ができたら幸せだろうなとか思うておるわけであります。

 

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