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デジタルの割り切り方

検査をした時の心拍数が49bpmでも51bpmでも何ら違いはなく、どっちにしても「脈が遅い」であり、洞性徐脈(きちんと電気信号が出てきてきちんとつながっているけれど、そもそも電気信号の大元がゆっくりしている)の傾向であることに変わりはありません。でも、前者は異常であり後者は正常です。早い方も同様で、99bpmは正常だけど100bpmは洞性頻脈です。この境目に何の差もありません。1か2違うだけで何も変わらないのだからそう目くじらは立てるな、とわたしも思います。でも、それじゃ102はどうなのか、103は? ここにアナログの弱点である優柔不断さが顔を出します。101がいいのならば102もいい? それなら103も似たようなもの? 区切りができませぬ。

終業時刻16:30に対して16:29に打刻したら確かにそりゃ給料泥棒でしょうが、始業時間8:00に対して、7:59はセーフだけど8:01のタイムカードは遅刻になるのはどうか? 一緒に出勤したのに単なるタッチの差で前科者になるって、納得いかない? まあ、始業時間なんだから、まちっと早よ来んかい!とは思いますが。

意味があろうとなかろうと、世の中の決めごとには連続するものでも線引きがあって、その境目には場合によっては天と地ほどの違いができてしまいます。連続しているものなのにそれは何となく理不尽だなあと思っていたのですが、最近、それもしょうがないかなと思うようになってきました。どこかで区切らないと物事は整理ができませぬ。はい、あんたは合格、あんたは不合格! 試験だって日常生活だって、白黒つけるにはデジタル的な割り切り方をしなければ。温情は禁物。心を鬼にいたしましょう。

実際、そんな境目の判定は、切り捨てられた方が良かったりします。ギリギリで合格するとあとあと大変です。落とされた人の方が心を入れ替えて頑張るかもしれない。どっちが落ちこぼれになりやすいか、は想像に難くありません。あれ、何の話を書いてましたっけ?

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