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プライドと適応(後)

(つづき)

研修医のころ、うちの病院で一緒に研修を受けた同級生は、「この世界(救急医療)は自分の求める医療の世界とは違う」と感じて、内科から精神神経科教室に入り直しをしました。方や、精神科の研修医になって入院患者とのキャッチボールをしながら、「俺のいる場所はここではない」と感じて、救急医療の門を叩いたわたしの元ボスの生き方もあります。ノーベル賞をもらうような優秀な学者さんは総じて不器用で、テキパキなんて程遠い仕事ぶりです。

それでいいのではないか・・・自分が今の仕事の質に合わないと感jじたならば、辞めてもっと自分に合うものを探しても間に合うのではないか。メンタル不調で復帰できない皆さんをみていると、そんな思いにかられます。

ところが、「そんな簡単な問題ではないのだ」と担当者から教えてもらいました。そこには、自分が自分の実力を発揮できない不甲斐なさの感覚を許容できないという自分の問題ももちろんあるのですが、それ以上に『世間の目』が大きいのだと。家族の期待、周囲の羨望の目が大きいのです。難関を突破して日本でも有名な大企業に就職できたとか、有名な一流病院の職員に採用されたというので 、家族や親戚のみならず近所の人たちにまで祝福されて意気揚々と就職した手前、辞めると挫折したと思われるから平然と辞めることはできないのだと。これは、とても大きな壁かもしれません。「自分はここには合わないと判断した」と息巻いたところで、世間では「あそこで通用しなかった」「ついていけなかった」と評価される・・・全くもって理不尽な越えられない高い壁が立ちはだかる。困ったものです。何から始めたら、この壁を越えられるのでしょうか?

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