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写真(後)

(つづき)

でも改めて考えると、当時の思い出は良いことも辛いことも今でも記憶の中に残っている分だけで充分なのかもしれない、と思うようになりました。おそらく、徐々に認知症になって記憶が消えて行く中ででも、そのときに残っている記憶だけがそのときの十分量。そうやってフェイドアウトして行くのが自然なのだと割り切ることもできます。

実はわたしは中学生時代の写真もほとんどありません。あれだけ仲良しだった部活の連中との写真も・・・まあ、その頃に子どもが写真機を持って歩くことなどあり得ませんでしたし、なんか『思い出作り』なんて小っ恥ずかしいお年頃でもありましたが。今、SNSへの投稿のためにバシバシ撮っては配信している写真なんて、きっと大部分があってもなくてもいいようなものばかり。写真を撮ってばかりいる分、今の方が記憶に定着しないかもしれません。数年前のフェイスブックにアップした写真を見ても、「こんなことあったっけ」と何も思い出せなかったりしますから。

写真は、『思い出作り』のためというよりも今を楽しむためのツール。あるいは、今の自分を取り巻くものをとりあえず記録するだけのツール。そう割り切ることにしました。

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