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米を研ぐ

先日、朝のTV番組で若いアイドルグループの青年が、分厚い紙製の切符を見て感動していました。「これ、なんですか? 切符? 切符がただの厚紙なんですか! こんな初めて見た」と。改札口で駅員さんが切符にハサミを入れるのも初めて見た、という。そうか、都会の平成生まれの子としては、それは当たり前のことか?

「米は洗うものではなく、研ぐものだろ! 」と云うと「『研ぐ』って何ですか?  聞いたこともない!」と笑われる。「だって、無洗米って云うじゃないですか?」と。ん? たしかに「研がなくて良い米」ではなく「洗わなくて良い米」と命名するのだから、「洗う」は間違いじゃないのか?自分は子どもの頃から母親から、「米はキュッキュッと擦り合わせて揉まないとダメだ」と教えられて来ましたからとても違和感があるのだけれど、検索してみると米穀安定供給確保支援機構の『お米Q&A』の解説がわかりやすくて納得。つまり、昔の精米機器は性能が悪くて糠切れが悪かったから炊く前にしっかり研がないと味が落ちたのだけれど、現代社会の精米工場で精米された米はしっかり糠外しができているから軽く洗って汚れを取るだけで大丈夫なのだそうです。要するに、すでに白米に精米されて売られている米の多くは洗うだけでいいし、玄米などから簡易的に自分で精米するときには研ぐ意識が必要だということですかね。でも、そのうち家庭用精米機の性能も格段に良くなるでしょうから、『米を研ぐ』という言葉が死語になるのは時間の問題なのかもしれません。

文化というものは、時代とともに変わって行き、10年前の常識は非常識になるどころか知らない単語として消えていくのもやむを得ません。それが「文明が進んでいく」ということか。ただ、糠が完全に外されて、純粋にカスである白米だけが残されてしまって他の栄養素が捨てられるのなら、なんか違う気がしないでもない。

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