使命感(後)
((中)からのつづき)
医療を受ける側がなんとか割り切れて、人生を自己の管理下でケアする覚悟を持てたとして、医療を行う側のわたしたちはどうか? もはや治療現場から退いたわたしには何も云う権利はありませんが、 何も医療は救急だけではないのだし、高度医療はチームでやれば良いのだから、自分は高い技術を習得して切ったり繋いだりする高等技術を発揮できれば一流だ、それが幸せだと割り切ってしまえばいい? 本当にそうなのか。でも、「医師は腕のいい技術屋であればいいし、アフタファイブは仕事のことを忘れてオフに徹すべき」・・・そんな時代なのかもしれません。便利が当たり前になって、24時間働いてくれるのが当たり前になっている現代社会の歪み・・・コンビニ、宅配、夜間営業店、そして夜間救急や集中治療室。受ける側はありがたいけれど、それがする側の犠牲によって成り立っているサービスの一環であるならば、見直さざるを得ないのでしょうね。
そうなると、「医療はサービス業なのか?」と云う議論になる。わたしは昔から「医療はサービス業である」と思って医者をやってきたのですが・・・そもそも、今医学部で勉学に励んでいる学生さんたちはどんな気持ちで医学部を選んだのだろう? 社会全体の価値観が変わっている中で、当然、自分たちが医学を志していた頃とは『使命感』の概念そのものが違っているのだろうか。
なんか、不毛な、何を書いているのかわからない駄文になってしまったので、この辺でおしまい。
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