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運動をしない理由

昨日、ワンの散歩の後に小一時間、本当に久しぶりに一人で散歩をしました。ワンが工事の音を怖がって近付かなくなった公園の池のほとりを、日暮れ時に歩きながら、1年前まではここを毎日歩くのが日課だったなあ、などと思い返しながら。でも、正直、きつかった。途中から雨も降り出して、ここまで来たことを密かに後悔しました。

人間にとって、「運動をする」ということは、簡単なようで意外に大変なことです。もともと「人間には運動欲はない」から、しないで済むなら絶対にしない。言い訳が思いつける限り絶対にしない。それが”運動”であり、それが”人間”なのであります。

などと、エラそうにその理論を逆手にとって、「しょうがないもんね」とばかりに運動しなくなっていました。1年前に活動量計を抱えていた頃は毎日意地でも10000歩歩きたくて、職場の病院を用もないのに隣りの棟まで日に2回も散歩しに行ったりしていたのです。なのに、たしかに、今は超面倒くさい。「しなきゃな」という気持ちにもならなくなって・・・診察室のある4階までの階段はさすがに毎日使っていますが、それ以上「ムダに動く」なんてことしたくない。全然そんな気にならないんだもの、だってほら、人間には運動欲という欲は存在しないのだから。

”人間には運動欲という欲はない。ただし、動かないと退化する。面倒くさくなった瞬間から年寄りになる” 

そんなこと、百も承知なんだがなぁ。

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