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手持ちぶさた(2)

(つづき)

だから今回、遊び道具を持たないまま早朝の空白の時間に無防備に晒されてしまった年頭の数分間にふと気づいたことは、この時間が意外に大事なのではないかということでした。スマホを持ち歩かない生活はこんな還暦前のオヤジでも不安になるのですが、それでも、この”手持ちぶさた”の時間をもっと大切にしたいと思いました。何も持たないようにしてできる隙間の時間・・・この時間は『ムダな時間』なのではなく、『贅沢な時間』なのだから。瞑想の時間にしても良いし、思索の時間にしても良いと思います。別に建設的なことをあれこれ考える必要もない。思索というより妄想の時間・・・それで良い。

ただ一方で、本当に文字を読まなくなった自分に気づきます。興味を持ってAmazonした本は多数あるけれど、読破したのが少なく、最近では買っただけで冒頭の数ページしか読んでない本もあります。これではいけない。最近、頓にボキャブラリーが減って単語がすぐに思い浮かばなくなっているのも本を読まなくなったからだと分かっています。昔、1時間かけて電車通勤していたときは、通勤の往復で文庫本を何冊も読みあげていました。別にハウツー本ではないし、仕事に関連する教養の本でもない。北方謙三のハードボイルドシリーズであったり、栗本薫のSF物であったり・・・「それは、あなたのキャリアに何のメリットがあるの?」と聞いてきたドクターがいたけれど、「そんなもん、ありません」と涼しく答えることができていたころ。おそらくあのころがわたしの持っているボキャブラリーは一番多かったに違いありません。 (つづく)

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