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番外:還暦祝いの挨拶(2/7)

(つづき)

私が医学部を受ける決心をしたのは、というか私が医者になろうと思った理由は、精神科医になりたかったからです。私の母方の親戚には統合失調症のいとこや神経症で日本中を流浪した叔父などがいます。彼らが社会のいろいろな人との関わり合いの中で傷つき疲弊する姿を見ながら、彼らと社会の橋渡し役になりたいと思ったからです。

でも、医学部に入ったら、精神科は医学界から仲間はずれにされていて、精神科の先生方が「精神科は科学だ」ということを示そうと躍起になっていた時代でした。教授が「精神分裂病(=統合失調症)は分子レベルで解明できる時代が来た」と興奮した顔で講義しているのを眺めながら、「ここは自分の求めている世界と違うな」と思った次第。あの時そのまま初心を貫いて精神科の門を叩いていたら、今では超売れっ子精神科医になっていたかもしれません(笑)

ちょうど私が医学部に入学した年に私の生まれ故郷にも医大が新設され、私が卒業する年に医大の一期生が卒業しました。地元に帰るつもりでしたから大学卒業後にその大学の研修医を申し込み、入局しました。精神科医を諦めた私は、一旦は神経内科医を目指そうと思いましたが、研修していると神経内科の病気は画期的な治療法がなく、診断がついたところですべてが終了する感じだったのでココロが付いていけず、次に呼吸器内科医になろうと思いました。その頃、「内科医になるなら循環器救急ができないといかん! 第一戦病院でそれを習得したい!」と同僚が云い出しまして、彼が医局長に働きかけてそれが実現しました。その病院が、今働いているこの病院です。もう三十数年前のお話。で、私がその研修医第一号なのですが、私のくじの順番は3番目だったので本当は研修を受ける権利がなかったのです。いろんなご縁と運がありまして半年間の研修をさせていただくことになりました。 あの時、神様がイタズラしなければ、私はどう間違っても今ここにはおりませんし循環器内科医にもなっていません。もちろん、今の妻とも結婚しておりません。 (つづく)

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