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震災遺産とフラッシュバック

あの日から、今年で8年目を迎えました。もう8年、でもまだ8年。復興半ばの東日本の現状を、今年も各マスコミが特集番組を組んで放送したり、ニュース枠で取材ビデオを流したりして伝えていました。8年経って、なんとか立ち直ってがんばっている人たちのたくましい姿の一方で、まだ8年経っても何も前に進んでいないように見える街、あるいはインフラはほぼ回復したのに前の住民は帰ってくる気がなく、これから一から街作りをし直さなければならない地区など、いろいろな風景をテレビ画面は映し出してくれました。

わたしがこの季節になると必ず感じることは、「これってどうなのだろう?」という複雑な想い。あの大震災の悲劇が過去のものとならないように、人々の心から忘れ去られることのないように、今も復興半ばなのだということを万人の心に刻むことは重要なことなのだけれど、あの時の光景を何とか忘れたいと思う当事者たちにとっては、毎年のこの報道は辛いだけのものになるのではないか? そんな想い。

1ヶ月後には、3年前の熊本大地震の報道が同じように連日テレビで流れることでしょう。たとえ、あの日の歪みまくった地獄絵図の風景やその後のがれきの山に変わり果てた街の風景を意図的に画面に出さないように配慮してくれたとしても、わたしの脳裏にはあの地面に這いつくばって逃げ惑った景色が鮮明に蘇ってきます。我が家の愛犬は、今でも小さな地震が起きるたびにわたしたち夫婦に抱きついて全身を震えさせながら悲しい目でみつめてきます。

風化させてはいけない惨事。でも、忘れようとしても毎年いやでも思い出させられてフラッシュバックを繰り返すことに耐え続けなければならない人々・・・似たような経験の当事者の一人としては、とても複雑な想いなのであります。

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