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不安

昨日の朝、また、夜中に目覚めて眠れなくなりました。夜に小便に何度も起きるのはいつものことです。1時間ごとに目覚めて大量の排尿をすることもありますが、寝床に戻ったらすぐに寝付けるので翌日眠くてたまらないということは滅多にありません。

でも、真っ暗闇の部屋の中を独りで歩いているときにふっと不安感がよぎってしまうと、もうそれに囚われてしまうのです。これからの人生のこと。生活できるかどうかとか病気になるのでは?とかいう心配は最近はあまりなくなりました。金がなくなったり大病を患っても何とかなるだろうという気持ちになれるようになったから。でも、死に行くまでの孤独感の事を考えると途端に不安感しかなくなります。年老いたお義母さんが亡くなったら独りっ子の妻はきっと悲しみに暮れるだろう。義母はとても元気だけれど、きっとその日はそう遠くない。ベッドの横のケージの中で寝息を立てている愛犬も、きっと私が定年退職する頃までは生きてはいないだろう。毎回元気にフードを貪る彼女の姿を思い浮かべる時、この家を建てた直後から家の中にある2つの大きなケージは主を失うことになるだろう。その時、ポッカリ空いたスペースに耐えられるだろうか。

そして、残された夫婦2人、どちらにもほとんど身寄りがなく、深く付き合っている友人も多くはない。どちらか一方が亡くなったら、残された方はちゃんと生きていけるだろうか。プライドの高い妻は顔には出さないかもしれないけれど、独りぼっちの生活で今のような張りを持って生活できるだろうか。私は1人残された人生になっても何もしたいことがない。毎日キチンきちんと整理整頓して規則的に運動しているのも、妻を含めて周りに関わってくれる人がいるからでしかない。基本的に世間と繋がっているようで繋がっていない私は仕事をやめれば遁世の世界に入って行きそうだ。でも人知れず死んでいく、というのは現代社会では意外に難しいことだろう。妻の遺品をきちんと整理したらその後何を糧にして生きていくのだろうか。私が妻より先に死んでしまうのが楽だけど、残された妻は世間の未亡人様のように今より元気溌剌な余生を過ごすことができるだろうか。時々不安感を口にする彼女は決して心の中を曝け出すことをしない性格だから、一層心を閉ざしていくのではないか。親しい友人や親戚は居るけれど、彼らには彼らの家庭があるから、それに遠慮してしまう私たちは似たもの夫婦。

そんなことを考えていると、1時間や2時間は簡単に過ぎてしまう。何か世間様にもっと深く関わる事に携わっておかないといけない。退職しても仕事つながりではない繋がりを世間に持っておかねばならない。そんな思いは、逆に焦りしか生み出さなくて、「何にも興味がない」と本当に思う私はこれからどうしたらいいのだろうか。

 

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