社会が停止中
先週土曜日に仕事を終えて13時頃に帰宅しようとしていたら、途中のマクドナルド前で大渋滞。敷地内に入れないで待機する車で本道の国道が一車線埋まっている状態。単純にドライブスルー待ちのための渋滞でした。
日曜日の墓参りの後、近くの公園で昼食を取ろうと思って吉野家に入ったら、「持ち帰り」のレジ列に並ぶ人多数。広い店内は座って食べている人3~4人のみでガラガラ状態でした。「お持ち帰りですか?」と店内に入った途端に店員さんに聞かれたから、持ち帰りの方が今は主流なのでしょう。そしてみんな数人分の牛丼を抱えて出て行く・・・自宅で、家族みんなで牛丼食うのかしら。
どれもこれも新コロの影響なのでしょう。昨日の阿蘇路が行きも帰りもガラガラで、もしかして私たちのいない間に大災害でもあったの?と疑いたくなる静けさ。みんなどこに行っているの?と思うけど、国道沿いの家の庭には普通に自家用車が停めてある。まさか、こんな良い天気の日曜日に家の中に籠もって居るわけ?と目を疑いたくなりました。そうではない人たちは、近くの公園に家族全員でとか友人が徒党を組んでとかいう形で繰り出してきている様子で、牛丼食うために寄った地域の自然公園も、自宅に帰ってからワンの散歩に行った近くの公園も駐車場はあふれんばかり。動物園も遊技場も閉鎖しているし、町中の人混みにまみれて買い物するわけもいかず、家でゲームするのにも飽きてきて、エネルギーを発散できるのは公園だけでしょうかね。まあ、昔やっていたような原始的な遊びを大人も子どもも老若男女が無邪気にはしゃぎながらやっているのを眺めながら、「まあ、これも案外いいよね」とか思ったりしました。
社会が停止中の今だからこそ、昔ながらの生活に立ち返ってその原点を見直す機会が期せずして生まれてきていることに気づき、便利社会に慣れてしまった自分の生き様に新鮮な刺激を与えてくれる良い時期になればラッキーだと思います。
それにしても、公園で遊ぶ子どもたちはとても楽しそう。こどもたちは本来遊びの天才です。そこに何の道具がなくてもちゃんと遊ぶ工夫をします。大人になると、「それの何が面白いの?」と感じるようになってしまうようなことも、きゃっきゃっ騒ぎながら遊んだりします。できたら家の中から引っ張り出してあげてほしいと思います。
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