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じっとしているなんて、できない。

大分に住む叔母の娘さんからLINEが届きました。「心臓手術を勧められているけどどうしたらいいだろうか?」という内容。もう80歳を越えた叔母は、わたしが幼少の頃から姉のように面倒を見てくれ、父亡き後は親代わりになって実家や墓の面倒を見てくれた人です。昨年末に夫婦で挨拶に寄ったときにちょっと動いてもふうふう言っていて、見るからに心不全状態。彼女には重症の心臓弁膜症があることは知っていましたから、あまり動かないで予定より早めに病院受診をするように言ったのを思い出します。叔母は、独身時代からとにかく良く動く。というか、よく働く。その習慣が抜けず、息切れしていても近くの病院までリハビリのつもりで歩いていたのできつく叱っておきましたが・・・「何もせんでじっとしよるんで」と言いながらも、きっと少し調子が良くなったらまた家事のわらわらや庭いじりをしていたのではないかと懸念します。

でも、それ分からないでもないです。「何もしないで家でじっとしている」なんて、わたしも絶対にできないと思う。病気や二日酔いで一日寝ていることくらいまではできるけれど、それを今後一生続けなさいと云われたら、そんな生活、想像すらできません。「何もしなくて寝とけば良いなんて、超ラッキーじゃーん!」って妻なら云うのかもしれないけれど、わたしには苦痛以外の何物でもありません。そもそも何か好きなことをして生活しているのではなく、何かしていないと落ち着かないから動くのです。でも読書とかYouTubeとか、やってみようとしたけどすぐに飽きた。1週間入院するとかならそれでも何とかなるけれど、時間つぶしのための何か、では生きている意味が感じられないのです。「また元気に動き回るために今を自粛する」というのであれば、頑張れるけれど・・・。

「手術したらそのあと寝たきりになるんじゃないかと母は心配している」と娘さんは書いていました。「寝たきりになって子どもに迷惑はかけられない」という思いの発言なのでしょうけれど、その裏には、「寝たきりで何もしない余生なんて意味が無い」と思っているかもしれないと思います。祖母(叔母の母)の晩年がずっとそうで、それを介護していた叔母は寂しそうで情けなさそうな母親の姿をずっと見てきたのです。

手術は、再びセカセカ動く生活を取り戻すために受けるもの。そういう前向きの気持ちで立ち向かってほしいと思っています。

 

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