ラパポート聴診器
今の病院に研修医で働き始めたとき、聴診器を新調しました。当時のボスに薦められて買ったのはマークX(10)(日本ライト株式会社)でした。チューブが長すぎると音が遠くなるから短く切りなさいと云われました。切ったらとても良く聞こえるようになりました。でも、その後東京に行った後に帰ったとき、同僚が持っていた聴診器に一目惚れしました。それが、ヒューレットパッカード社製のラパポート聴診器でした。二本の柔らかいチューブの曲線がとてもかっこよくて、何か一流になった気分になれました。
それから25年以上、わたしはずっとこの聴診器と一緒に医者を続けてきました。2本のチューブを繋ぐバネが折れて交換したことが2回、イヤーチップが割れてしまって替えたことは何回だったかもう覚えていないくらい。壊れる度に部品を調達して修理してもらって、ずっとわたしの傍らにおりました。でも、そんな愛おしい聴診器の販売元のヒューレットパッカード社がこの製造部門から撤退し、それを引き継いだフィリップス社も数年で撤退・・・結局製造中止になったというニュースを聞いたときにはとても落胆しました。
1、2年前に聴診器の中核であるチェストピースのベル型面が割れました。聴診器に裏表があるのを見たことがあるでしょう。膜型とベル型・・・各々に用途が違います。ベル型を使うのは循環器内科医だけでしょう。胸に軽く当てて心音の低い方を聞き取るためにあります(ナース用の聴診器にはベルはないでしょう。たぶん必要ないから)。聴診器のベル面は皮膚に触れるか触れないかの微妙なタッチで軽く充てて心臓の低いピッチの音を聞き取る目的で作られています。循環器内科医の腕の見せ所の道具です。その大事なベル型面のプラスチックの枠が割れてしまったのです。慌ててアロンアルフアでくっつけてみたのですが、小さな隙間ができてしまい胸に当てるとその隙間に皮膚が挟まって痛いので使い物にはなりません。しかもしみじみ眺めてみたら、表面にはちいさな傷や凹みもあって、そもそも用を成していなかった様です。
イヤーチップの部分は何度も部品交換してもらいましたが、これも先日最後のストックを使ってしまい、いよいよ後がなくなりました。もちろん、後継社が古いラパポート聴診器の部品交換をしてくれることは存じているのですが・・・さて、今になって部品交換を依頼するかどうか、悩むわけです。10年前なら間違いなく交換しましたし、もしかしたら新しい聴診器を新調したかもしれませんが、今となってはこの傷だらけの老体聴診器と最後までつきあうのがよろしいのではないかという気がしてきています。今度壊れたら、おそらくもうこの聴診器は使えない。そのときをわたしの医者人生の最後の区切りにしようかしら、なんて。
そんな想いでヘッドに刻まれた「RAPPAPORT」の文字をそっとなぞってみました。
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