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2021年2月

パンツのゴム

最近、下着のパンツが緩くなってズレ下がる感じがする。

そうそう、毎年この時期にダイエットトライアルするけど、体重が減って腰回りが締まってくるとともにLLサイズのパンツがちょっと大きすぎる感じになるのよ。だからLサイズを買ったこともあるけど夏から秋にかけてちょとLサイズではきつくなるので、いつの間にかLLサイズが多くなる(大は小を兼ねる!)。今年は体重の減り方が今ひとつだからちょっと凹んでいたけれど、この感じは少なくとも腹筋運動が効いて腹回りが小さくなっている証だと思っているところ。

そんなことを云ったら、「単に、パンツのゴムが緩くなっただけなんじゃない?」と妻に冷たくあしらわれた(泣) 「なら、全部新しいのに買い直してくれよ!」と居直りかけて、ふと気付いた。毎朝洗濯物を干して夕方畳んで仕舞うのはいつも私の仕事だ・・・たしかに、まっすぐ干してもお腹の部分が垂れ下がる。畳もうとしてもお腹の部分がまっすぐじゃない・・・あれーもしかして、本当にパンツのゴムが緩くなっているかも知れないぞ。

いやいや、それでもそれに気付いたのはもっと前だ。穿いていてパンツが緩い感じを抱くようになったのはここ数日だ。同じ条件なんだから、相対的に評価しても最近の方が腹が引っ込んだのに違いない! でも、そろそろ新しいのに買い直していい時期じゃないのか、このユニクロパンツ(買うときに悩むのよ。LLサイズにするかLサイズにするか・・・そしてLLサイズを買うの。「また太るだろうから」と思って)は。

 

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アルコール性肝障害

人間ドックや健診で肝機能とか腹部超音波検査とかに対して『要精密検査』や『要治療』の評価を受ける人が昔からたくさんいます。まあ、多くの場合は脂肪肝とか、飲み食いのしすぎとか、ほぼ生活習慣の乱れの現れなのだと推測され、原因究明の検査や薬物治療を求めて紹介状を出すのではなく、生活の見直しをしながら定期チェックを受けるためのかかりつけ医を作るための紹介状であることがほとんどです。だから、どうせ紹介状を出しても「経過観察」の返事が返ってくるだけなのだからと、わたしは結果説明をする時点で判定を下げてあげることが多いです。

で、そういう紹介状を出すと決まって医療機関からの返事には『アルコール性脂肪肝』とか『アルコール性肝障害』とかいう診断が書かれています。「ちょっと飲酒習慣があるだけで、面倒くさいモノだから医者はすぐに”アルコール性”とか書くんだ・・・ほとんどは飲み過ぎというより食い過ぎが原因でしょ!」と悪態をつくわたし。「”アルコール性”と診断するのは、かなり長い間続く大量飲酒習慣(アル中)の人の話なんだよ!」と思いながら、この機会にちょっと調べていました。

”アルコール性肝障害(ALD)とは:長期(通常は 5 年以上)にわたる過剰の飲酒が原因と考えられる肝障害で、以下の①~③の条件を満たすものとします。
①過剰の飲酒とは、1 日平均純エタノール 60g 以上の飲酒(常習飲酒家)を云う。ただし、女性や ALDH2 欠損者では、1 日 40g 程度の飲酒でも、ALD を起こしうる。エタノール 60g とは:ビール[アルコール 5%]大ビン 2 本弱、日本酒 2 合、焼酎[アルコール 20 度]2 合弱、ワイン[720ml]1/2 本、ウィスキー(アルコール 40%)150ml に相当します。
②禁酒により、血清 AST(GOT)、ALT(GPT)およびγ-GTP 値が明らかに改善する。
③肝炎ウィルス(B,C 型)マーカー、自己免疫性肝炎の抗体(抗ミトコンドリア抗体、抗核抗体)がいずれも陰性である。”

ほーらみろ、こんなに飲まなきゃ認めてもらえないんだから・・・。ん? ビール(大)2本弱・・・これは1200mlくらい? そんなに毎日飲めんわ。と思ったけれど、日本酒や焼酎は2合程度? こっちは意外に飲むかもしれない。しかも晩酌と云ったら普通、「さしより(「とりあえず」の意味の熊本弁)ビール、その次に焼酎お湯割り」とかいうパターンが多いじゃない? ということは意外に基準は低いんじゃないのかしら。こりゃ、わたしもちょっと検査値が悪かったらヘタすると「アルコール性肝障害です」とか診断されるかもしれないということじゃないですか。くわばらくわばら。

もっとも、②の条件があります。まずは禁酒してみないといけません(ちょっとだけ減らすのではダメ)。禁酒したら正常値に戻って、もう一度飲んでみたらまた上昇するなら『アルコール性肝障害』という診断になるのですから、ここまできちんと検査・指導してもらいたいものです。γーGTP高値の方にはいつも説明していますが、「この場合、『診断がつく』というより『あなたにはお酒の処理応力がありません』と自分のカラダから引導を渡されたようなモノ」ですから、観念せねばなりますまい。

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休日の朝(続編)

昨日も一昨日も有給休暇でした。年度末の公共工事と同じくらいの意味しかない年度末の無意味な有休消化です。有給休暇は年度跨ぎできないから、もらっておかないと勿体ないし、ちゃんと一定以上取らないと労働基準局の指導が入るわけで・・・。

で、昨日も一昨日も二度寝しました。朝6時前に愛犬を庭にオシッコに出してから再度床に入り、次は8時起き。年末年始でもゴールデンウイークの10連休でも絶対に7時より前には起きることにしていたわたしが、遅くまで寝たら一日の半分を無駄に過ごした気分になって凹む!とつい1週間前にブログに書いたばかりのわたしが・・・。朝8時と云えば、仕事の始業時間です。昨日も一昨日も同僚たちはすでに診察室でスタンバイ完了の時刻ではないか。こんなことでいいのか、自分?

とか、意外にそんな気持ちにはならない。一昨日はその前夜に急ぎの依頼原稿のチェック作業で夜中の2時まで働いたから止むなしだけれど、昨日は何のいいわけ事項もない。でも、別にダラダラした気分にはならないものだ。起きて体温測って(職場には必ず8時半までには報告しなければならない)、ゴミ出しに行って、R-1飲んで、洗濯物干してから血圧測定と仏壇の水替え。ルーティンワークをこなすうちに目が覚めて・・・いつもの休日のようにそれから愛犬と一緒に朝散歩だ。そんなこんなが終わって朝10時。一昨日はそれからパソコンに向かって職場から送られてくる原稿の校正したり午後には妻と街中の美術館に行ったりとても充実していた。昨日はブログ書きしたり、筋トレしたり、締め切り近いコラムの原稿書きしたり、これまた充実。決して、時間を無駄にした気がしなかった。

ということは、わたしの勝手な思い違い(思い込み)だったのかもしれない。休日に日ごろと同じ時刻に起きて体内時計をコンスタントに保っても、気持ちがついていかない。起きる時刻を2時間遅れさせただけで、生活リズムはむしろ良い。そんなこともあるということだ。何でもかんでも「こうあるべき」と思い込みすぎない方がいい。そして、人間は歳を取るとともにカラダの在りようもココロの在りようも変化するモノだということを心得た方がいいこともある。うん、そうだね。

ま、とは云え、たぶん次の休日は今までと同じ起き方に戻るだろうけど・・・(笑)

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気付きたくないけれど。

「あなた、最近、お酒飲むとすぐクシャミするようになったね。お酒が合わなくなったんじゃないの?」

妻が云う。しまった、気付かれたか。実はクシャミだけではない。鼻詰まりもするようになってきた。まるで、花粉症と同じではないか。酒の中ではビールのときが一番明確なようである。その次が日本酒。飲むのを終えるとほどなく症状は消える。

できるだけ気付かないふりしてたのだけど、これからどっちに動くのかなぁ。どんどん拒絶反応が強くなるか、それとも今を底にしてこれから克服して持ち直してくるか。どうも前者のような気がしてならない。

それを考えると、今のうちにいっぱい飲んでおいた方がいいのかなとか姑息なことを考える。と、ところがである。最近、ビール350ml缶の2缶めに入ったら急に眠気がやってきて、飲み終わった頃にはほとんど酔っ払いで目が開けておれないほどに眠くなるようになってしまったのです。そんなこと、よほど疲れていたり睡眠不足だったりしない限り、1年前までのわたしでは考えられなかったことだ。たぶん、今でも、外での宴会とかならもっと飲めるのかもしれないけれど(コロナ禍でそんな機会は皆無になりました)・・・。家では、呑めなくなったなあ、と痛感。なのに、「そんなはずはない」とばかりにお替わりしてみたり焼酎や日本酒を加えてみたりして、何度撃沈したことか・・・。

かつて、「自分のは長生き志向なんかこれっぽっちもないから」と云って誰に注意されても意地でもタバコをやめなかったのに、突然カラダが受け付けなくなって(もらいタバコしたレベルでも、翌朝の吐き気やシャックリが激しくなるし、ちっとも美味しいと感じられなくなって)やめざるを得なくなったことを想起させる。酒飲むと、カラダが「No!」と云い始めるって、考えただけでも、恐ろしいわ。

時とともにアレルギーがひどくなって、今まで食べられていた大好きな食べ物がどんどん食べられなくなって、間違って食べた後に激しい下痢でトイレに何度も駆け込む妻の姿を見ていると、『自分のカラダが何かを拒絶するようになる』って気が遠くなるほど大変なことなんだな、と痛感しています。

PS)こんなことをヌケヌケと書きながら、実はちょっと検索してみたらすでに3年半前には気付いていた(汗):『晩酌をやめるとき?』・・・まあこの頃より明らかにキャパが落ちているのは確か。

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地元飲食店応援プロジェクト

『地元飲食店応援プロジェクト 冬Ver.のご案内』と書かれた知らせが今年から医局長になったS医師から配信されました。

毎年1月に開催される予定だった医局新年会がこのご時世のために中止になったので、そのために組まれていた予算を使って、病院近傍の飲食店を応援しよう!と提案されたものです。つまり、各人が宴席で使う予定だったお金を店のテイクアウト商品を買うための商品券として各人に還元するので、積極的に使ってほしい、という趣旨です。

コロナ禍で大変なのは医療機関だけではありません。特に飲食店の痛手は目を覆うモノがあります。中止になった宴会の予算は、職場としても決してバカにならない金額なのだから使わずに病院の赤字の穴埋めに使う方法もあったとは思いますが、それを医局長の大英断でこんな使い道に活かしたということに、わたしは拍手を送りたいと思います。

もともと夏の暑気払いや冬の新年会はたくさんいる医者間の親睦を図る目的で行われますが、実際には仕事が忙しくて参加できない医者も少なくありません。彼らは結局医局費の恩恵を受けることなく食事を放棄することになるわけで、それを考えたら今回の方が返ってありがたいし、上手く使えば、いつも陰で支えてくれいる家族においしい弁当を持って帰ることもできます。ありがたや、ありがたやです。=

 

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休日の朝

一昨日は建国記念の日でした。職場は祝日稼働日でしたが、わたしは「来なくていい」と云われたのでゆっくり休みました。「ゆっくり休む」と云っても、わたしは休みの日の朝も平日と同じ時刻に起床するようにしています。朝をウダウダするとすぐに昼が来て、すぐに夕方になるので一日が異常に短くなる気がするからです。

でも、休みの日も平日と同じ時刻に起きることにしているのに、なぜか朝の気分が違います。朝6時に起きて7時の出勤まで、分刻みのルーティンをこなしても何とも思わない(むしろ、時間が足りなくてバタバタ)平日と違って、休日はほんの15分ほど寝過ごして起きるだけで、とてもカラダがだるい。いや、だるいのはカラダではなくアタマかも。起きても朝体温と血圧を測定しながらボーッとして、動くのがとっても億劫。何とか気持ちを奮い立たせて洗濯物を干したり洗顔したりしているうちにやっと目が覚めますが、愛犬を連れて朝散歩に出るまでは今ひとつです。

何が違うのだろう。『時間の制約がある』ということが重要なのでしょうか。たしかに、朝からゴルフの予定があるとか隣県で開催されるサッカーチームの試合応援に行くとかいう日には、起きた時点から日ごろと同じくらい気持ちがシャキッとなれます。平日の「7時に家を出なければならない」という足枷は、一日の生活リズムを作る上ではとても大切なことなのだと痛感します。それを考えると、定年退職したあとの足枷のない生活はたとえ毎朝早起きして朝散歩したとしても、今と同じようにはいかないということを覚悟しなければなりますまい。

 

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「検診医しかできない医師」だと?

医師用の配信記事の題名に『一生検診しか勤務できない医者増殖中』を見つけて、カチンときました。頭にきてサラッと読んでみたら、「専門医資格を持っていないので・・・」とか「前職が検診だと訪問診療にも転職できない」とかそんな内容。

「健診なんて(そもそも「検診」と「健診」の違いすら知らない医者に何がわかる?と思いますけど)誰でもできる」と思っている臨床医がいまだに多すぎるし、わたしが健診部門に希望して移動したときには、「先生、今まで忙しすぎましたもんね。少し息抜きするのも大切ですよ」と事務スタッフから云われたこともあります。

わたしが臨床医に見切りをつけて予防医療の世界に移った理由は以前何度かここにも書きました。健診専門医になった頃(正式に専門医資格と指導医資格を取得したのは遙かあとですが)には明らかに格下に見ている連中に「何にも知らないくせにバカにしやがって!」と反発したものです。でも、病院の幹部クラスの部長医師が結果説明の手助けに来てくれる様になった時期に、ものすごく受診者に不評で「何も説明してくれなかった」「ほとんど問題ありません」とか云って何も具体的なアドバイスもしてくれなかったとか大多数がアンケートに書くものだから、数ヶ月で部長医師の手助けシステムが中止になったときに、「それみたことか」とほくそ笑んだことを覚えています。

健診の医師の最大の仕事は健診結果の意味を説明することなんかじゃない。異常者を病院に受診させることでもない。その結果を元にその人の人生に対して何をしたら病気にならずに楽しい健康的な生活を送れるかのアドバイスをすることなんです。言葉は悪いけど、そこいらの単なる優秀な修繕屋には絶対にできない仕事なんです。まともな健診をこなせる医者なんてそんなにいません。昔の「でもしか先生」みたいな云い方、しないでもらいたいものだわ。

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昭和の発想

のどかな公園を散歩中、たくさんの渡り鳥のカモたちが虫を啄(ついば)んでいます。今年は暖冬なので、もうすぐ旅立ちの季節なのかな、とか思いながら眺めています。よく見ると、カモたちは2羽ずつ番い(ペア)になっている場合が多く、あちこちでカップルで行動しています。

「この公園は夫婦で散歩する人がものすごく多いね」と、熊本地震の後に引っ越してきた義母が感心していました。「わたしの住んでいた○○町なんて、夫婦で会話しながら散歩してる人なんかほとんどおらんかったけん! 住んでる人の層が違うんかな?」と。いやいやお義母さん、そうじゃなくて、この公園に車でやってきて健康のために散歩している人が多いだけですよ。

と、そんなことを思い浮かべながら散歩していると、中には奇数のカモ集団がいます。5羽でつるんで啄んでいるカモたちに「お、あんたらはまだ彼女ができてない少年たちやな」と妻が指さすので、「ゴレンジャーくんたちだね」とわたし。その向こうには今度は7羽の集団・・・「これも奇数のあぶれモンだ」と笑う妻に、「今度は七レンジャー、見参!」と調子に乗るわたし。

「あのさ、いいけどさ、ゴレンジャーとか七レンジャーとか、例えがめちゃくちゃ昭和やね、あなた」と矛先がわたしへ。「今の子たちにはゴレンジャーの発想はないだろうね」と。はいはい、わたしは昭和でございますよ。それが、なにか?

そんな夫婦2人とワン1匹の夕散歩。夕日がまだ西の空に赤く光っています。「だいぶ、日が長くなったね」・・・春の訪れが待ち遠しい今日この頃です。

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おそるべし騎馬突き!

先週後半から突然減ってきた体重が週の初めの今日もキープできていたのは大変嬉しいことです。洗面所に映るシルエットも明らかにお腹の締まり方が目立ってきたのが分かります。もちろん、まだまだですが。

2ヶ月頑張っても1.5キロ減から微動だにしなかった体重が急に落ちた理由、明確にはわかりませんがおそらく筋トレ系運動を追加したためだと推測します。寝る前にする4種類の腹筋運動もかなりきついですが、たぶん身体が変化した理由はその後にやり始めた『騎馬突き』だと思います。昨年もそれをやっていました。少林拳の練習に行っていた頃に鍛錬として毎回やらされていた運動。膝を曲げて騎馬の姿勢のまま突きを120回(回数はわたしが勝手に決めました)。まあ単純で簡単な運動だし、高々2分の運動なのでさほど息が上がるわけではないのだけれど、毎日続けているとさすがに膝関節が痛かったり太ももの筋肉が痛かったり、歩くのに若干の支障がでてきたりします。

これを加えたことで締まったカラダが手に入ってきたのだから、止める勇気もなくこのまま続けると思うんですが・・・これが意外に辛いのよ。だから今年始める時には行動メニューに入れなかったのだから。やればできることもやれば成果が出ることも分かっているのだけれど・・・これいつまでするの?となった時に、自分で区切りをつけられないかもしれない。まあ、このトライアルが続く3月末までは続けるかも知れないけれど・・・その後どうなるかなぁ。何か、他のもっと楽な方法ないのかしら。

 

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爽やかな朝

朝、ちょっとだけ眠い目をシバつかせながら診察室までの階段を上がっていると、上から降りてきた若い事務スタッフのお嬢さんとすれ違いました。

「おはようございます!」

朝からとても元気な爽やかな声がマスク越しに届きます。

「あ、おはようございます!」

慌てて返事を返しながら、すれ違う前とすれ違った後では全然気分が違うことに気付きます。

「うん。いいよね。朝から元気をもらえるよね」・・・ひとりそう思いながら診察室に入りました。別に何ということもなく、うちの職場には若い女性スタッフはもっとたくさんいて、みんな元気でエネルギーをたくさんわけてくれるから、それだけでも得している(きっとそのおかげでわたしは日頃から若さを保てているのだと思います)のだけれど、こういう爽やかなあいさつのコトバ1つが、八方塞がりの運気に入ってきたオヤジには響くのであります。

昔、新婚の頃、車を運転していてふと窓から見たときに道路の向こう側を歩いていたお嬢さんがとても爽やかで、車を動かし始めたときに夫婦同時に「今、とても爽やかなお嬢さんがいたね」と叫んだことをいまだに鮮明に覚えています。道に芸能人や女優さんが歩いていたとかいう”オーラ”とはまた違う、しかもその人がこっちを見てくれたとか何か話しかけてきたとかそんなこと全くないのに、ただ見かけただけで皆がとても爽やかな気分になる。これ、ものすごいだと思います。その後、そのお嬢さんは一度も見かけたことがありません。今回のことは、日頃から面識のある若いスタッフさんとのことだから、あの時のような感動ともちょっと違う感覚でした。歳取ったからかもしれません。決して変な下心などありませんので、ご心配なく。

 

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リモートマラソン

昨日(2月の第1日曜日)は本来なら別府大分毎日マラソン大会が開催される日でした。中学生時代の同級生が毎年東京から駆けつけて参加するのでそれを口実にプチ同窓会を開催するのがこの日の決め事でして、それ(マラソンではなく、宴会の方)に参加したくて2月第1日曜日の翌日の月曜日(今日)は有給休暇を取るように年度初めから予定しています。もっとも、天候やら体調やらで実際にわたしが参加できたのは1回だけ、しかもその日だけ同級生は帰って来れなかった(笑)・・・でも、地元大分でのお祭り(子どもの頃は沿道に出て応援していた歴史ある大会)の空気を感じられただけでちょっと嬉しかったことを思い出します。

そんな大会も、今年は開催そのものがコロナ禍で中止(「延期」ですけど2022/2/6に延期だから実質的な中止)。新人ランナーの登竜門として人気のマラソン大会だったのですが・・・。そんな中、リモートマラソン大会(別大チャレンジ2021)が開催されています。このリモートマラソンの考え方は一気に市民権を得てきました。いつ終局するか分からな新型コロナウイルス感染症ですが、1年経っていつまでも指をくわえて待っているなんてことはしない。走りたくてウズウズしている人たちは、走りを楽しむためにちゃんと新しい時代のチャレンジを考えつくモノなのですね。残念ながら、お祭りにつきものの走った後の打ち上げ宴会だけができませんが、もうそっちの楽しみ方はリモート飲み会としてとっくに定着しています。

最近、人間ドック受診者の方の中に「毎年熊本城マラソンに参加するために走っていたけれど、今年は開催されないので走るモチベーションもなくて、太ってしまった」と言い訳する人がたくさんいます。そんな皆さんへ。まだまだリモート大会たくさんありますよ。現地に行かなくても良いのだから、走る気持ちがあるのなら参加を検討してみたらいかがでしょうか? もっとも、イベント参加はただ単に走るだけが目的じゃないところがありますものね。この時にだけ再会できる遠方の走り仲間だったり、沿道で応援する知り合いとのハイタッチだったり、街を上げてのお祭り空気だったり・・・その醍醐味は全くないのだから、その中で走るのは、日頃のトレーニングと何ら変わらないと感じる人も少なくないのでしょう。ま、ものは考えよう。何もできないことへの言い訳考えるよりは何かできることを考えて、コロナ禍を楽しみましょう! 

とはいえ、結局別大マラソンも中止になったし、そもそも県外移動自粛期間中でもあるし、予定していた有給休暇はキャンセルして、今日も朝からしっかり仕事してきました。

 

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学問はあくまでも経験則

医学のメカニズムはこれまでの社会で出来上がった理論です。

社会環境も生活のスタイルも日々変わっていく中で、これから生きていく上で今までの常識が通用するかどうかは、まだ未経験だからわからないと考えるべきだと思います。未経験という点ではコロナ禍と似たりよったりです。

だから、自分に合うかどうかは試してみないとわからないのよ、と思っています。

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八方塞がり

今年、九星気学の六白金星にあたるわたしは本命星が方位盤の中央に来て『八方塞がり』の運気に入ります。

妻がわたしの代わりに稲荷神社に行って『方災除け』のお札をもらってきてくれたのですが、「そのときに『命厄なんとか・・・』て怖いことが書かれていたよ」と云う。「命に関わる厄が襲ってくる」ってこと?と聞いたら、「そうかもしれん」とか答えるので怖くなって調べてみました

『命』は『本命』のことですね。『命中』の『命』。つまりこれが『八方塞がり』と同義語なのですね。

”八方塞がりは、過去八年間の結果が表れてくる年に当たります。"
”ですから吉か凶の年になりますので命厄年祈願をすることで大難が小難、無難になることを祈願するわけです。”
”本命星が中央にくる『八方塞がり』の状態になると、文字通り八方に通り道がなく、吉凶が激しく移動や転機に障りのある運気となります。”
”積極的な動きを控えて力を蓄える時期ととらえ将来を見据えた勉強や資格取得に注力するのもアリです。”
”『八方塞がり』は季節でいうならば、冬の極まる冬至です。これ以上寒くなること、状況が悪くなることはありません。次の春、芽吹きの季節を待つための準備期間として、悲観せずしっかり自分への投資をしておきましょう。”

なんか、とても重い気持ちでいましたが、今回たまたま検索してみて、意外と前向きになれる気がしてきました。そうか、「新しいことを始めてはいけない」けれど「新しいことを始めるためにしっかり勉強するとか資格を取るとか、そんなことをやってもいい」って事ですね。

 

 

 

 

 

 

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スイッチオフ

「あなたの理解できないところは、あれだけ多動児なのに突然動かなくなったら全く動かなくなることよね」

そう妻が云います。はい、たしかにその通りです。わたし、やるべきことがある間はカラダを休めることができません。一旦休んだら動けなくなる(再度立ち上がるのに大きなエネルギーが要る)ことを知っているからです。

毎日、仕事から帰ったら、椅子やソファに座ることなくそのままワンの散歩に出かけます。帰ってきたらそのままコンタクトレンズを外してから洗濯物を畳み、風呂を洗って栓をします。その後に服を部屋着に着替えて椅子に座る。ここでスイッチが切れます。

旅行(日帰りの移動も含めて)や学会出張から帰ってきたら、出発前に掻き集めて旅行鞄に詰め込んだ諸々必要なモノをすべて元あった場所に戻し、新しく買ってきたモノや洗濯物はあるべき場所に分配し、空になった旅行鞄を定位置に戻し、服を着替えて、初めてソファにドスン。スイッチが切れる瞬間。

妻をはじめとする周りの人は、「お疲れなんだからまずは座って落ち着いたら?お茶でも飲んで・・・」とか云ってくれますが、それができないんです。その代わり、一旦オフになったら電池切れのロボットと同じように一気にオブジェ化して、まったく動きません。酒飲んでソファでうたた寝して冬眠中の熊みたいになります。それはそれでちょっと情けないのですが、まあそんな形で均衡を保っているのだと自分を納得させています。

うちの母親は買い物から帰ってきたらそのまま座って買ってきた物を端から開けていくのが常でした。妻もそのパターン。でも、わたしはまず全部を何もなかったかのように整理したその後で初めて買ってきた物を開けるというパターン。しかも、中味を楽しむ前に包み紙やビニール袋を全部ゴミ箱に捨ててしまわないと落ち着けない。「せっかく買ってきたんだから、まずそれ開けて見てよ」とよく妻に叱られたりします。感動が薄らぐ感じは否めませんけどね、これは性分だから・・・たぶん、わたしがそれを始めたら一気にナマケモノのように何もかもを放棄してうだうだし始め、整理や掃除を何もしなくなって引きこもる・・・そんな変態を遂げるような気がしてなりません。

だから、これで良いのです。

 

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ビタミンA

妻が買ってきた目薬を差したら、なんかすこぶる調子が良い。先日ここにも書きましたが、最近の視力の低下は著しく、コンタクトレンズ装着時に老眼鏡をかけても小さな文字が読みづらくなって、「いよいよ老眼鏡の度を上げないといけないのか?」と凹んでいました。夜の真っ暗な車中でスマホに届いたメッセージを読もうとしてもまったく読解できなくなかった・・・「歳取るって寂しいことなんだな~」と諦めていました。右目の白内障が進んだので点眼薬をもらったけどさほど見え方に変化が出るわけでもなく、使い終わった後もそのまま受診をしていません。

そんな折、妻が薬局で市販の目薬を買ってきたのです。数多ある薬の中から『年齢・酷使による眼精疲労。かすみを治す。』『繰り返す疲れ目の視覚機能回復サポート成分配合』と銘打ったモノを選んできました。『吸着性ビタミンA最大量配合』と。こういう手の目薬、全然信用してなかったのですが、使ってみたら途端に見えるようになって驚きました。職場のモニターを使って行う画像読影の業務もここ半年老眼鏡が欠かせなかったのに、目薬を差した翌日からは老眼鏡そのものが要らなくなって・・・こんなに変わるモノなの?と驚くことしきり。文字を読むのがつらいから全く本を読まなくなったけれど、これならストレスなく読めます。

あまりにも極端なのでちょっと怖いのだけれど、この張本人はやはり『ビタミンA』の作用なのだろうと推測できます。学生の頃、「ビタミンA不足は夜盲症」と教わった記憶があります。わたしのこれまでの人生で偏食などないからビタミン不足なんて考えていませんでしたが、たしかに今の自分の症状はビタミンA不足(暗いところでモノが見えなくなったことなど典型的)だと考えて矛盾しない。とりあえず、今の急激な視覚機能の低下は単なる調節障害や白内障ではなく、角膜細胞の機能障害がメインなのだろうと推測して、毎日目薬を差すように心がけています。

でも、こんな姑息な方法、いつまでも続けて大丈夫なのかしら? 目薬だから過剰摂取になる危険性は少ないだろうけれど、常用したために取り返しがつかない副作用とかないのだろうか。サプリを飲む気にはならないし、食事で摂るといっても毎日ウナギやレバー食えないしバター摂るためにパン食にする気もないのだけど・・・。

 

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