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これからを想う

阪神淡路大震災の時には、「とんでもないことが起きたな」と思ったけれど、どこか他人事でした。

東日本大震災はそれよりはるか遠くで起きた惨事でしたが、原発のことや商品流通のことで九州にも大きな影響が出ました。不夜城のごときコンビニや自販機の電気が消され、空港の電灯も薄暗くなり、うちの職場でもエレベーターを使わない運動が起きました。日本はもはや昭和のわたしが子どものころの社会に縮小されるに違いないと覚悟しました。2度連続して襲ってきた熊本地震では、ガラガラ音を立てて落ちる瓦の音の中で揺れる地面を這いつくばって逃げ惑い、もはや自分の家も社会もすべて失ってしまうものだと覚悟しました。今まで見たこともないひんまがった風景の中に佇みながら、「生きている」ことのありがたさを噛みしめました。

何かどれも遠い昔のような気がしますが、これだけ何度も人生を諦めた経験をするのはめずらしいだろうと思っていました。その都度、いろんなものを諦めました。そして、とりあえず今できることをして前に進もうと思いました。それらは、まがりなりにも間違ってはおらず、おかげで今があると思います。

そんなわたしたちにさらに追い打ちをかけたCOVID-19の襲撃はとうとう世界中の惨劇となりました。もはや、自分たちは死に絶える!近未来のSF映画のごとく地球はすべてが廃墟となり、蠢くものはすべてがゾンビで・・・と、何をしても怯えていたのはほんの1年前です。周りの人も物も何もかもが猛毒に見えました。外に出ることを許されず、人と関わることも許されず、ニンゲンとしての尊厳も保たれないギリギリの世界に身を置きました。あれはもう何年か昔のような気がしますが、まだ1年です。経済も生活も何もかもを犠牲にしながら今を乗り切るのに必死な日々。これから本当に立て直しが効く世の中に戻れるのだろうかと考えると絶望しか浮かばないけれど、5年前、10年前のことを考えたら、地球全体の一大事だとはいえ、なんとかなるに違いないと思うことにはしています。

10年目の節目になる明日、5年目の節目になる1ヶ月後、思うことは、「無事で何より」という想いだけです。これからのことを考えると何もかもが不安ですが、とりあえず目の前の階段を一歩一歩上っていくしかないのだろうと割り切って。

 

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