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思索の時間

今年は春の訪れが若干早い印象で、いよいよ庭の草にも伸びる勢いが増した気がします。これから1~2週間ごとの草むしりが必須の時期・・・それは同時にわたしの思索の時間の始まりでもあります。1~2時間の自分だけの時間、草たちと向き合い、会話する楽しい時間なのであります。

うちの庭には今年は妙にタンポポが多く生育していました。いつもは花壇の中が中心なのに今年は普通の雑草に紛れてたくさんのタンポポ・・・そういえば雑草の中で、いつもタンポポやスミレは特別扱いしてしまいます。他と何ら変わらない雑草なのに、ちょっと有名なブランドなもので抜く時に良心の呵責に苛まれるのであります。しかも、同じタンポポでも花壇や植木鉢の中に種を落として咲いているタンポポとその横の地面に種が落ちてしまったタンポポとでは、どうしても運命が分かれがちになる。タンポポにとっては理不尽な話であります。

もっとも、そんな理不尽な中で生き延びるために彼らは大量の種をばらまいて淘汰の波の中を生き延びて行くのだろうし、きれいな花を咲かせているのも見逃してもらえるチャンスを得るためなのかもしれない。タンポポの花が一夜にして綿帽子に変わり一気に風に乗って飛んでいく姿はとても逞しい。だから、私は躊躇することなく、自分の気に入ったタンポポは残し勝手に生育した気に入らないタンポポは有無も云わさず抜き取ってしまうことにいたしました。

理不尽で依怙贔屓(えこひいき)な対応に目くじら立てて怒るのは人間様だけです。そんな声に昔は「だから何?」と蹴散らしていたのに、現代社会では何でもかんでも取り上げて対応しようとする。『不平等』というのは、生きとし生けるものの共通の当たり前の摂理なのではないのかしら?

 

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