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隠居

先日人間ドックを受診した男性が、「完全に仕事からリタイヤしてしまって、何もすることがなくなったのでリズムが掴めません」と話しているのに、わたしは大きく頷いてしまいました。きっと若い保健師さんは「せっかく自由な時間ができたのだから、これからいろいろ趣味の時間を広げてください」とか云うのでしょうね。

『しなければならないことがなくなってしまった』とき、本当に途方に暮れます。客観的にはさほど大したことではないのかもしれませんが、今までToDoリストを作っても処理できずに仕事が溜るばかりだった生活にずっと追われていたので、その全てから開放された瞬間から、「ん?本当になにもしなくていいの?」「何かやるべき重大なことを忘れてないか?」という不安感に襲われます。そして、それからなんとか慣れてきたら今度は「自分は社会にあってもなくてもどっちでもいいような存在になったのか」という急激な寂寥感に苛まれてしまうわけです。仕事人間だった人が定年退職した途端にうつ病になったり認知症になったりすることがあるのが、自分にはよく分かります。わたしの場合、定年が65歳まで延びたおかげでまだ少しは持っていますが、さてさて自分が毎日家にいるようになったら・・・考えただけで恐ろしくなります。

「これからは好きなことをするぞ!」「今まで仕事が忙しくてできなかったことを存分にするぞ!」と定年後に生き生きと”第二の人生”を送っている人たちをテレビ番組で観ていると羨ましくなりますが、きっと世の中にはわたしのような人間の方が多いに決まっているのだ、と自分を慰めています。わたしは別に仕事人間ではなかった(まあ、やりたいことをするために医者になったのだから、それを一生懸命全うしてきたことを仕事人間と云われてしまえばその通りですが)けれど、特別に興味を持って打ち込んできた趣味もないし、これから始めたいと思うものも浮かばない。しばらくはそのことで焦っていましたが、最近は「それもまたよし」と開き直ることにしました。きっとその時が来たら何かが突然わたしの前に現れてくれるだろう、と(だって今までがずっとそうだったから)思うことにしました。

 

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