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「真実はいつもひとつ」?

定期発行の機関誌の冬号が発行されましたので、寄稿しているコラムを転載します。今回の文章はわたしのブログに手を入れたモノです。

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「真実はいつもひとつ」?

両親が共働きだったので、私は幼い頃からカギっ子でした。私には四歳違いの姉がいますが、学校から帰って留守番をする時、私と姉はまったく逆の行動をとっていました。私は、とにかく家中のカギをかけて回ります。泥棒が入ってきたら怖いからです。家中の部屋のドアも全部閉めて、一番隅にある自分の部屋で息を潜めて一人遊びするのが常でした。でも姉は、学校から帰ってくるなりカギを全部開けて回ります。大きな窓のカギも開けます。「何をしているの? 泥棒が入ってきたらどうするの?」と私が非難すると、「泥棒はカギを壊してでも入ってくるのよ。泥棒が来てから慌てて開けようとしても間に合わないのよ。だから、どこから入ってきてもすぐに逃げられるように全部開けておくの」と言い返されました。そんなこと考えたこともなかったのでとても驚きました。もちろん姉の真似をする勇気はないのでその後もカギを閉め続けましたが、その時に、全く同じことでも発想の仕方には真逆の考え方があるのだということを子どもながらに知りました。世の中にはこのようなことはたくさんあります。「真実はいつもひとつ」というのは某アニメの主人公探偵の決め台詞ですが、現実は必ずしもそうではありません。常識と思われていることでも必ず反対の理論が存在するものです。

自分に自信があればあるほど、自分の考え方以外はすべて間違いだという思いになりがちです。私にはものすごく尖っていた時期があり、「どうして、こんな当たり前のことができない?」といつも周りを責めていました。自分に厳しく、だから他人にも厳しく、それが正義だと信じていましたから、自分が正しいと思うことに適わなければ上司にでも食ってかかっていました。震える声で「ふざけるな!」と叫びながら物を投げつけてその場を去ったことは数知れず。でもある時、「相手の言っている事は本当に間違っているのか?」という疑問をいだくようになりました。自信のある人間ほど実は自分にも他人にも優しいのだということも知りました。すると、自分の支えだった“自信”が一気に崩れていきました。そんな時ふとあの子どもの頃の姉の考え方のことを思い出したのです。そして、「そんな考え方もあるのか。そんな発想ができるなんてすごい!」と感動する余裕がいつの間にかなくなっていたことに気づかされました。

凝り固まった年寄りのアタマには想像できないような柔軟な発想がどんどん湧いて出てくる若者たちの考え方に最近はいつも感服するばかりで、いまさらながら、「真実はひとつじゃない」と思うことしきりです。

 

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