大善寺
できないことを嘆かず
できることを喜ぶ (大善寺)
静岡に住む友人がときどき近くのお寺に掲げてあるお言葉をFacebookに上げてくれます。昨日アップされた写真には、こんなコトバが書かれてありました。
わたしたちの歳になると、この真意が身に染みてわかるようになってきました。できなかったことを嘆くよりできたことを喜ぶ・・・とても大切なことだと理解しながらも、こころはいつも裏腹で、どうしてできなかったんだろう?といつまでもくよくよ考えてしまいます。
奇しくも今は冬季オリンピックの真っ最中。判定問題やらドーピング問題やら規定違反やらいろいろな問題が続出し、国と国のエゴのせめぎ合いの渦の中で選手たちが翻弄されていてかわいそうにと思うのですが、ふと考えてみると、選手たち(とくに日本選手たち)の立ち振る舞いがむかしと変わってきているように感じます。まさしくこの大善寺の教えのごとし・・・皆に期待されながら思ったほどの結果を出せなかった選手たちでもその顔にあまり大きな悲壮感の影を見せず(ココロの中では大きなショックなのでしょうが)、むしろそんな中で自分のできたことを探し出して前向きなコトバに表現している姿。つい数年前のオリンピックまでは、負けてしまった選手だけでなくその周辺全体が重い空気に包まれてテレビで見ているのもかわいそうでしたが、昨年の東京オリンピックの時も同様で、今の選手たちはみな異口同音に『感謝』を口にし、「悔しいけれど、今やれることはやり尽くした」と云いきるココロのたくましさを持てるようになってきました。
何十年も余分に生きているのに悟りきれないわたしには、すべてが輝いて見えて、「若いのにエラいなぁ」と感心(感動)するばかりです。
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