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時計のない生活

先週、久しぶりに街に出たついでに腕時計をオーバーホールに出しました。自動巻きのオメガの腕時計。もう20年近く前にアニバーサリーとして妻に買ってもらった腕時計です。もう10年以上オーバーホールをしてないと思っていたけれど、このブログで検索してみたら2019年に一度見てもらっていました(この時はバンドのピンが飛んだだけだったから、日本で修理してくれた可能性がありますが)。その前が2014年。今回はカレンダー機能が空回りするのを修理してもらうついでにお願いしましたが、この時計を購入した老舗の時計屋さんはもう今はオメガを扱ってないそうで、どちらにしろ本国まで送る事になるので帰ってくるまで1ヶ月以上はかかりそうです。

で、今までその都度ここに書いてきたように、腕時計がなくなった途端に左の腕が何かスースーして落ち着きませんし、つい左手首を返して時計を見ようとしてしまいます。「アップルウオッチが便利よ」と妻は云いますが、「どうせ腕時計なんかなくてもスマホやパソコンで時間把握はできるから困らない」と思ってはいます。これまでのブログを見ると時計がないことの影響はほぼほぼ仕事がらみのことだけのように思えます。でも、今回はちょっと違う。例えば朝、出勤前のルーティーンを粛々とこなしている時に、「今何時何分?」と気になるけど、洗面やトイレの時にスマホを持ち歩かないのでまったくわからなくなります。まあ結果として自分の体感と大した誤差は生じないのだけれど、時々思いの外トキが過ぎていて焦ることはあります。昼休みの職場でのウオーキングも午後の始業時刻ギリギリになってしまうこともしばしば。でもまあ、それで遅刻したこともなければトラブルを起こしたこともないわけで、若い頃のように日常生活で時間に厳しく生きる必要も無くなったし、目の見えない我が家の老犬が目は見えなくても長年生活してきた家だからちゃんと家中を歩き回れるのと同じように、毎日毎日同じように生きてきた生活リズムだから、時計を見なくても概ね狂いなく過ごせるお年頃になりました。

このアバウトさ、知らない間に身についているようで、以前ほど特別な感覚ではありません。それよりも、長年ずっと人生を共にしていた相棒のような腕時計が、何のトラブルもなく無事に私の手首に戻ってくれることを祈って、帰ってくるのを心待ちにしているところです。

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