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「歳とったからね」

「ぼくももう、歳とったからね」

わたしの働く職場で、若い職員さんからみるとわたしはもう立派に”爺さん”。アタマが白く薄くなり、顔や手に出てきたシミがどんどん大きく多くなっていくにつけ、「年寄りやからなぁ」と自分に云って聞かせます。でも、風貌とは裏腹に、ココロが並行して歳を取らないものだから、どこかに変なギャップを感じます。

『年寄り』と『若い』の境目がよく分からないままに年齢を重ねてしまった結果なのかもしれません。今、初めてわたしに会う人や長い間会っていなかった人に会った場合は”高齢者”という目でわたしをみるかもしれませんが、わたし自身やわたしの家族はずっと連続した日常の中でわたしを見ているので、あるとき突然歳を取るようなエピソードがない限り、結局三十代、四十代の自分の延長でしかないわけで、「気持ちはまだ若いのに身体が付いていかない」と云うことがどうしても許せないというか情けないというか。「もう、いい歳なんだから、そんなもんなんじゃないの」と他人に云われ、「それもそうだね」と分かったフリをしてはいるけれど、決して自分自身では納得なんかしていないのであります。

おそらく、親にも祖父母にもなるタイミングがなかったから、わが家で一番若いのがイヌやトリを除けば自分や妻のままだから、自分より若い人間が生活にいないから、自分が年寄りになったという自覚を得る機会がなかったわけでしょう。まあそれはそれで「若さを保つ」という観点では大事なことです。むかしからの友人知人や若い頃を知っている職場スタッフはお互いに「むかしのまま」なのに、最近入ってきた若いスタッフにとってはわたしは明らかに”高齢者”という見え方になる。そこに大きなギャップがあるのに自分は同じように感じている(わたしはまだ若い、と)。そこが、問題なのでしょうね。

世の中のジジイの『歳をわきまえない愚行・恥行』はそんな勘違いからくるものだと心得て、自分も自戒しなければなりますまい。

 

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