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サブスク社会

先日ここに書いた(『うち、テレビ見ないから』2024.11.29)サブスクの社会。「見ようと思ったら見れるけれど、思わなければ見れない」というのが大前提で、現代社会では「それの何が悪いの?」という風潮だと思われます。だから、耳を閉ざして目をつぶれば嫌なことは何も情報として入ってこない社会であり、情報が必要な時は検索すればすぐに情報が得られるから何の問題もない。そういう理解でいいのでしょうか。

そういえば、我が家が新聞を取らなくなってもう20年くらいなるでしょうか。社会人なら毎日配達してもらった新聞を隅々まで読むのが文化人の証であり社会人としては新聞を取るのが常識だと思っていたけれど、形だけ取ってもスポーツ欄と番組欄とおくやみ欄くらいしか見ないのが常だから、そして古新聞として古紙回収に出すだけの代物になってしまってもったいないから、という理由で止めました。見たい情報はインターネットのニュースで分かるから、と。

ただ、当時と今で大きく違うのは、今の検索されたネット情報が本物かどうか全く分からない時代になったということ。「テレビや新聞の情報は一方的な垂れ流しで本当かどうか信用できないし情報操作されているかもしれない」という考えの人が多くなってきていますが、自分から求めて得られた情報の方が遙かにフェイクニュースが多いという事実をしっかり理解しておく必要はありましょう。

SNSなど見ていると(これもある意味一方的な情報ですが)「え。うそ? ほんとに?」と思わせるスポーツ選手や芸能人ニュースの見出しが無数に送られてきます。興味を持って記事を深く読もうとすると全く関係ないCMや三面記事に迷い込ませる手法で結局なんだかわからなくなるのですが、そこまですることなく見出しだけ読んで「へえ、そうなんだ」と思った連中が「どうも、これが真実らしいよ」と拡散していって、フェイクニュースがまことしやかな噂に変わっていくということ。あるいは簡単に詐欺情報を真に受けてしまう人が後を絶たなくなる。昔はごくまれな話でしたが、今は油断していたら相当量の情報がそんな感じですから、何が本当で何がフェイクなのか本当に分からない時代だと感じています。そうなると、「もうどうせ嘘ばかりなんだから」とばかりに一層社会の情報に耳を閉ざして好きな世界にだけのめり込む人たちばかりになっていくか、面白がってフェイクを量産する輩が増えてくるか。なんともはやです。

 

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