心と体

清潔の概念の戦い

「大丈夫か、現代日本?」

スーパーの惣菜の大腸菌騒ぎで、再びこんなことを叫んでしまったわたし。これをきっかけに、再び必要以上に極端な滅菌生活が強化されてしまう。「手にどれだけ菌が付いているかを目で見ることができるスマフォアプリが開発された」という話をTVニュースで見ました。そんなものダウンロードしようものなら、気持ち悪くてどこもかしこも「滅菌、滅菌!」・・・家中で消毒液をぶちかまし、下手をすると消毒液を飲むヤツまで出てくるのじゃないかと心配になります。

どことかの町で小中学校の給食弁当に異物混入が続いていた、なんてことは次元の違う論外さがありますが、今の衛生概念は根本が間違っている気がします。人間(あるいは動物)は、もともとそんなヤワな構造にはなっておりません。細菌やウイルスとは常に共存してきました。腸内フローラで有名な腸内細菌叢もそのひとつ。今回の問題になった大腸菌は、決して特殊な形のやつではないのに・・・。利用者が感染したのは、利用者の抵抗力がおかしいだけなんじゃないの?なんてことは、医療者は決して公では云えないけれど、絶対アタマの中では思っていると思う。宿主側の抵抗力が落ちているから感染する。でも、感染例が出るとさらに極端な滅菌指導が始まり、一層各人の体内に共存してきた細菌群が消えて行き、その都度各人の抵抗力が低下し、そしてまた大したことでもないことで感染の集団発生が起きる。

悪循環の典型だと思います。おかあさん方、きっと何かが間違っています。子どもたちをこれから強い子に育てようと思うなら、滅菌攻勢で守ってあげるのでは逆効果だと思います。この考え方、間違っていますかねえ。

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ポケモンGO、その後

先日、愛犬の散歩をしていたら、公園の橋の近くに大人数のおじさんおばさんが集まって異様でした。明らかにみんな赤の他人の群衆なのだけれど、手にはスマホ。「これは、ポケモンの何かのイベントだね」と冷たく俯瞰的なコトバを吐いて通り過ぎる妻。去年はあんなに熱中していたのにな、と苦笑い。コンプリートしてしまうと熱意が一気に失せてしまう様だし、自宅周辺でゲットできないものは諦めるしかないし・・・この手のゲームは、簡単でもむずかしすぎても飽きてしまうのでしょう。それが、今でも続けられる人たちのモチベーションってすごいなと思います。

そんなポケモンGOについての学問的な効果の評価がでてきました。

「ポケモンGO」は働く人のメンタルヘルスに有効 初の科学的な検証

・スマホゲーム「ポケモンGO」を1ヵ月以上続けてプレイした労働者は心理的ストレス反応が減少したという調査結果を、東京大学医学系研究科精神保健学分野の研究グループがまとめた。
・日本に在住している正社員・正職員の労働者2,530人を対象に、2016年11月から追跡して調査。2016年12月にインターネットを用いて、「ポケモンGO」を1ヵ月以上継続してプレイしたことがあるか、および心理的ストレス反応の程度について調査した。
・「ポケモンGO」を1ヵ月以上継続してプレイした労働者(9.7%)は、そうでない労働者(90.3%)に比べ、1年後の心理的ストレス反応が有意に減少していた。
・「ポケモンGO」をプレイしなかった労働者の心理的ストレス反応はほぼ横ばいだった。性別、年齢、喫煙習慣、飲酒習慣、および仕事のストレス要因の影響などを調整した上で比べて、統計的に明確な差があった。

この東大の研究は、「ポケモンGO」がメンタルヘルスの改善に及ぼす効果を示した、世界で初めてのものなのだそうです。 簡単に飽きてしまった妻は、残念でした。

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新型タバコ

ドック受診者の中にも、iQOSに換えたという喫煙者がたくさん出てきました。最近はそんなヒトたちも「iQOSもやっぱり害があるんですかねえ」と自ら質問するようになってきて、一時期のように「これで文句はなかろう!」的な胸の張り方をするヒトは少なくなりました。

MedPeerの朝日新聞ニュースの記事<受動喫煙 「新型たばこ」でも問題

先の日本循環器学会で「ストップCVD~禁煙・受動喫煙対策は循環器疾患予防の原点~」をテーマにメディア向けのセミナーを開催し、そこで講演した岐阜県総合医療センターの飯田真美先生のコトバを引用して、「無煙のため受動喫煙がないとされている『新型たばこ』も『決して安全ではない』と述べ、従来の紙巻きたばこと同様に受動喫煙は問題となるとの認識を示しました」と切り捨てています。

発がん性物質やCOPDを誘発する有害物質が減っているはずもなく、日本たばこも売り上げを落とさないために新しい商品の開発に躍起になってはいますが、ムダだと感じています。むしろ免罪符を手にした気分で前より吸いすぎるから健康状態が悪化するだろうことは容易に想像できます。

ただ、正直なところ、副流煙がないから受動喫煙の問題は解決するとわたしも思っていました。だから、「火種から煙が立ち上らないにしても、(エアロゾルを)吸引して吐き出すので、受動喫煙の問題には関わる」というお話は、「たしかにそうだわな」と感心しました。喫煙室に行ってきた人が部屋に帰ってきたり、タクシーの運転手さんが外で吸って車内に入ってきたりしたときと同じようなもの。残念ながら、逃げ道はなさそうに感じました。是非iQOSは、禁煙のきっかけ作りにだけ利用してください。

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自分に余裕があったら

日曜日、日曜勤務の妻を職場まで送って行った帰り道、いつも通り慣れた住宅街を運転していると、突然左の小道から目の前にワゴン車が飛び出てきたので思わず急ブレーキ。そんなわたしに気づいているのかいないのか、その車はさらに2つ目の交差点の黄色信号を無視するかのように突っ込んで右折して消えて行きました。その次の交差点では、前を行く軽トラがウインカー点けることなく突然の左折。「おいおい、勘弁してよ」とさすがに声をあげてしまったわたし。

この日はお昼に惣菜を買いに近くのスーパーにお買い物。駐車場では突然に割り込むように突っ込んで来たおじいちゃんの自家用車に肝を冷やし、店内では通路を塞ぐ家族連れ。なんだかなあ。「今日はみんな、なんでそんなに自分勝手なの?」とつい呟く。

自分がいかに正当か、周りがいかに自分勝手か、自分がいかに不運に見舞われているのか、そんなことを分析しながら、興奮冷めやらぬまま帰路を運転中、ふっとどこからか新しい天の声が聞こえて来ました。

「そんなことを感じるのは、自分に余裕がないからなんじゃないの?自分が疲れてイライラしているからじゃないの?」

「そんなことねえよ! おれのせいじゃねえよ!」といつもなら、自分に反論するところなのに、なぜかスッと入ってきました。そうかもしれん。自分に余裕があったら、こんなこと自体起きなかったかもしれん。起きたとしても気にならんかったかもしれん。くだんのワゴン車は何かよほど急いでいたのだろう。運転手は私の車にも気づいていて、今なら問題ないと判断したのだろうし、もしかしたら自分が気づいてないだけで相手はわたしにアイコンタクトしたのかもしれん。軽トラの運ちゃん、考え事して後ろに車がいることに気づいてなかったかもしれん。スーパーのじいちゃん、年寄りだから視野狭いのだから、こっちが気づいたのなら気遣いすべきはこっちやわ。

そんなこと考えてたら、家に着いた頃には、どうでも良くなった。昼飯食ったらすっかり落ち着いた。単に、腹減ってただけだったのかもしれん。

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健康長寿

よく、「健康長寿の秘けつを探る」と云って、いわゆる『百寿者』の方々の生活習慣や食べているものの分析をする健康番組があるけれども、あれって意味があるのでしょうか? 百寿者の方々というのは、もともとに生き延びる因子を持つ人であって、自然淘汰されてきた人たちだから、失礼な云い方かもしれないけれど、彼らは特殊な人種だと考えるべきで、70歳くらいで元気いっぱいな集団の分析の方が意味があるのじゃないかしら。あるいは百寿者の方々の世代で早く亡くなった人たちと比べて何が違うか、とかね。もちろん、食べているものも参考にはなるけれど、彼らがみんな肉食って酒ばかり飲んでいるぞというのを口実に若い頃から暴飲暴食しても百寿者にはなりますまい。先日、どこかのテレビ番組で云ってましたが、先日大往生を遂げられた日野原重明先生のちょっと特殊な食生活を皆が真似しても意味はなく、「それが、彼の生活パターンに一番合った食べ方だというだけで、そこだけ真似しても失敗します」というのが蓋し正論。だからわたしも、意図的に朝飯を食わないことを他人に強要する気は毛頭ありませんが、やめる気もありません。

健康長寿に対して一番大切なことは、おそらく、どんな食べ物が良いとかどんな運動の仕方が良いとかということではなく、いつも健康でいたいと思って努力を惜しまないことなのではないか、という気がします。人間は、『面倒臭い』と思ったときから歳を取り始めます。そして、『まあこんなもんやろ』と諦めたときに全てが終わります。わたしは別に長寿でいたいとは思いませんが、少なくとも「えーもうそんな年齢なんですか? お若いですね~」と云われたいがために、日々メリハリにある生き方を続けておりますのです。

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食事は理屈ではない

大地震で罹災して大規模半壊のために自宅に住めなくなった男性。止むを得ず、息子夫婦の家に転がり込んだはいいが、若いのでおかずが肉ばかりで辟易していたそうです。秋には自宅を建て直して住めるようになれそうで、「早く野菜中心の食事に戻さねば、身体がおかしくなる」と云うておりましたが・・・。

健診結果は前回と比べてもなんら変わっていませんでした。むしろ体組成や血糖・脂質の値などは今回の方が良かったりなんかするわけです。確かに若いもんの食事は揚げ物が多くて胸焼けしやすいし、肉も肉より脂肪の比率が多かったりするものが多いのでしょうけれど、肉はむしろそれなりの年齢になったら積極的に摂るべき食材の筆頭ではありますし、野菜だけ食ってると筋肉がなくなっていくのも真実です。『健康食』とか『身体にいい食材』とかの理屈に極端にとらわれすぎない方が良かったりする場合も少なくありません。

単身赴任になって奥さんの栄養管理下から逃れて好きなものだけ食べていたら、健診結果がものすごく良くなった人もよく見かけます。『バランスのとれた食事』が自分の体に必ずしも合うとは限らない、といういい例だと思います。

 

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最近の私の仕事中の楽しみは

最近の私の仕事中の楽しみは、強面(こわもて)の仏頂面で入ってくる受診者をどうやって笑わせるかということ。別に冗談を云ったりシャレを云ったりして笑わせるのではありません。結果説明をする中で徐々にココロを開いてもらえて、打ち解けてきた証が笑い顔。「はっはっは」と声を立てて笑ってもらえれば、一応ココロを開いてもらえたと思うことにしています。

どうやったら笑ってもらえるか。昔に比べたらその確率はかなり高くなったと思うけれど、これはハウツウの問題ではありません。少なくとも自分が相手の立場だったらどうしたいか、どうしてもらいたいかを考えるように心がけています。対面した指導者でいる限り、自分は相手のココロには入れません。

構えていた表情がふと壊れて、苦笑いから本当の笑いに変わっていくのをみるのが好き。嬉しい気持ちになっているのを悟られないように気をつけながら、ポーカーフェイスで話を続けながら、診察室を出るときには友達のような近さになれたら、より嬉しい。

今の仕事の楽しみは、それくらいかな。

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頸椎症

「右肩のしびれが徐々に手先まで進行し、箸も持てなくなったので止むを得ず整形外科を受診しました。頸椎の変形をみつけて内服加療を始めたら、症状が落ち着いて来ました。主治医は、『野球やソフトみたいに上を向いたり急に首の位置を変えたりする運動は避けてください』と云うのですが、そんなものでいいんですかね?」

先日、人間ドックの面談をした受診者の言葉を聞いていたら、ここ数年わたしを悩ませ続けてきたわたしの頸椎症人生のことを思わずにはいられませんでした。花見の季節、桜の花を見上げることすらできず、仰向けに普通に寝ることもままならなかったあの時期。ヒゲを剃ってもらうのに散髪屋さんで平坦な高さに頭を下げたら10秒ももたなかったこと。

「自分で経験してない人にはわかりませんよ。『あれはダメ』『こんな運動は避けて』などとアタマで考える必要はありません。自分に何ができるかは自分のカラダが分かっています。結局、『できるものはできるけれどできないものはできない』のです」と助言。ただ焦らないことと発病前の状態に戻ることを期待しすぎないことは大事。『試すことだけはするな』とわたしの主治医からは忠告を受けました。どうしても回復の程度を確認したくなるものですが、なるようにしかならないのですから、自己チェックなんかしないことをお勧めします。いつの間にかできるようになりますから。

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内臓脂肪食

京都医療センターの坂根直樹先生が提供してくれた患者指導用スライドをダウンロードしましたが、そこに並べられた、『内臓脂肪がつきやすい人の食の3特徴』というのを見ながら、独りツッコミ(笑)

その3特徴というのが、
1.早食い
2.残さず満足するまで食べる
3.緑黄色野菜は食べないが、間食、スナック菓子、アイスクリームを好む

だそうです。「とくに寝る前のアイスは要注意です」という医師のコメントで〆られていました。いや、いいんですけどね、自分がそうだからこそ、この指導会話には異議を唱えたい。

『早食い』が悪いのではなく、良く噛まないことと、満腹中枢が刺激される前にたくさん食ってしまうのが悪いだけです。『残さず食べる』のは、”もったいない”精神の日本人の美徳であり、持って生まれた”才能”です。嗜好品は『好き』なのが悪いのではなく、欲望に任せて食いすぎるのが悪いだけです。みなさん、「ただ屁理屈を並べているだけで、云っていることは同じだ」と思っているかもしれませんが、そうではありません。内臓脂肪がたまりやすい人や糖尿病になりやすい人、あるいは太りやすい人は、自分の持って生まれた性質であって、そうでない人と比べて、同じものを食べても違うカラダになるのです。もともとそのおかげで、食えずとも生き延びてきた人種なのですから。

『早食い』を治さなくてもいいから、いつもより2、3噛み余分に噛んでから飲み込む(あるいは飲み込みかけて「まだ噛める」と思ったら、一度戻して噛み直す)意識を持つと、もっとおいしく食べられます。『残さず食べる』は常識だし、好きなものは変えられないのだから、最初から半分しか作らない、買ってこない、並べない、の勇気さえあればいい。目の前に大好きなモノだけがいつもの半分しかないと分かったら、必ず大事に大事に舐めるように味わって食います。これは人間だけが持つ重大な特徴です。犬猫なら、目の前にあるものは考えることなく大急ぎで飲み込みますが、人間は全体把握能力を持ち合わせています。

食欲は生き物の最大の欲求。これを抑え込んでいては生きる意味がありません。もっとおいしく、食事の時間を一番の楽しみの時間に! それが、わたしたちの伝えたい”食事の在り方”です。

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女子マネの死

女子マネ死亡…AEDを巡る論争に言いたいこと

高校の野球部の女子マネージャーが心室細動で急死した事故。監督がAEDを使わなかったことに論点が集中していきそうなこの事故で、わたしも薬師寺先生(岸和田徳洲会病院救命救急センター)と同じような意見を持ちました。AEDを使わなかったら死んだ、使っていたら生きていたかもしれない・・・この空気は本当に怖いものです。そう思います。わたしたちも当然AED装着の講習や実習は何度も受けました(病院の救急現場では電気ショックの正式な器械があるのでAEDを持ち出す機会はまずありません)が、それでも「だれかAEDを持ってきてください」と声を上げる勇気はないかもしれません。

第一、目の前に知り合いの若いお嬢さん(男性やお年寄りではなくて)が倒れていてまだ呼吸をしている時、公衆の面前で彼女の着ている服を脱がせて胸をあらわにさせてパッドを貼る行為をするのは、実際にその場に立ったら相当の勇気が要るのではないかと想像します。おそらく、わたしがその場に直面していたとしても、救急車が到着するまでにすることは心臓マッサージだけだったのではないかと思います。心臓マッサージだったら、服の上からでも行えますし、何度もやったことがあるので(効果のほどはAEDに劣るとしても)確実にやれる自信はあります。家で突然意識を失った家族を見て、救急車を要請したとして、そのままおろおろ周りで見ているだけだったために命を落とした人は数多くいます、家にはAEDはありません。相手は身内です。躊躇することなく心臓マッサージをしてもらいたい。だからこそ、むしろ世間の皆さんにはAED以外の蘇生術をしっかりとマスターしてほしい。今回の事故でさらにその思いを強くしました。

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