心と体

腹一杯っ!

うちのセンターの最上階に展望レストランがあります。このレストランは、人間ドック受診者しか利用できません。そして、このレストランの料理がとても人気があるのです。ここで食べたいからという理由で毎年人間ドックを受けに来るという方は少なくありません。

先日、その展望レストランで「試食」をしました。スタッフ医師である私たちですら、年1回程度のこのときだけしか人気の料理を食べることはできません。一般の方に混じって、いくつかあるメニューの中から「和食セット」を注文しましたら、ほどなく、とても落ち着いた和皿に上品に盛られた料理が盆に載せられて運ばれてきました。

さすがに味は三ツ星レストラン並で、もちろん完食させていただきました。ただ、半分も食べないうちから腹一杯になってきました。昔、「健診受診者は朝から何も食べていないから少し多めに作るのです」と云っていた頃がありましたが、まさか今どきそんなことをする施設はないでしょう。だって、朝を食べていないからといって、昼に高カロリーを食べることは百害あって一利なし、なのですから。なのになぜこんなに腹一杯なのだろう?と考えました。大したカロリーでもないのに腹一杯になった理由は、きっと食物繊維の料理ばかりだからだと思いました。とにかく噛むしかないのです。小さな小鉢は持ち上げにくいので箸で摘むしかなく、そしてとにかく噛まないと飲み込めないのです。「噛む回数が多いとすぐに満腹中枢が刺激される」って、本当なんだと感心しました。

そしてもうひとつの驚きは、いつまでもお腹が空かなかったことです。夜になっても全く・・・。腹が減るまで食べない!と決めたのに、やむを得ずそのまま夕食をとりました。野菜ばかりなのにどうしてこんなに腹持ちがいいのだろう?その理由を知りたいものだと思いながら、一方で昼食を腹一杯とっているであろう世間の皆さんは、きっと夕食時にこんな中途半端な腹模様で食べているんだろうな、と思った次第です。

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感染症の専門家

先日、感染症で国際的に活躍しているあるドクターがテレビでこう云っていました。

「新型インフルに罹(かか)らないためには、きちんとした手洗いをしなければなりません。できるかぎり石鹸を使って、まんべんなく洗ってください。水洗いだけでは「しないよりはまし」程度の意味しかありません」・・・と。そして、実際にゲストの手のひらを細菌培養した結果が示され、多くのコロニーが培養されている姿をみせながら、如何にきちんとした手洗いが大事かということを語っていました。

でも・・・申し訳ありませんが、わたしはどうしても違和感を感じます。サーズやエボラ出血熱など、高い致死率の感染症対策の指揮をとってきた専門家としては止むを得ないのかもしれませんが、手のひらについた雑菌を全部洗い落とすことが日常生活の中でそんなに大切なことなのでしょうか?皮膚の表面にいる常在菌を全部死滅させるような猛毒に自分の健康な皮膚を毎回曝(さら)してしまうことは、新型インフルから身を守るためには重要なのかもしれませんが、果たして本当に自分のカラダのためになると云えるのでしょうか?

わたしはやはり、「ノー」だと思います。もちろん、人混みの中を歩いてきたとか、街中で不特定多数の手が触ったと思える手摺やドアノブを触ってきたときに石鹸を使うのは重要なことだと思いますが、日常生活の中でそんな機会は決して多くはありません。日頃から習慣づけておかないといざというときに忘れてしまうんだ!という考え方も十分理解した上で、それでもやはり基本は十分な流水での手洗いとうがいだけで良い、石鹸は人体には決定的な毒物だ!という考え方の方を支持させていただきたいと思います。

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ナースプラクティショナー(NP)

先日、熊本県保険医協会からアンケートの依頼が届きました。「ナースプラクティショナー(NP:診療看護師)」についてのものでした。

どこかでちょっとだけ聞いたことのある名前ですが、ほとんど実態を知りませんでした。昨年4月に、大分県立看護科学大学でこのNP養成講座が始まったこと、これは、症状が安定した慢性疾患などの患者さんに対して、医師と連携して医療処置の一部を担える能力を備え、外来や老人保健施設、訪問看護ステーションなどでプライマリケアを中心に活動できる職種を目指しているのだ、ということが、趣意書に書かれていました。とても素晴らしいシステムだと思いますし、実際アメリカでは1964年以来約14万人のNPが臨床現場で活躍しているそうです。ただ、日本の場合は諸般の法律(医師法など)で規制されていて、実際にはナースが医者の代わりをすることは許されていません。

こういうシステムを真っ向から反対する医者もたくさん居ますが、わたしはNPに大賛成です。むしろいい加減な医者よりもより真剣に患者さんの人生に対峙してくれる看護師さんがたくさん出てきてくれることは、そのまま患者さんの利益でもあると思っています。ただ、日本の場合、患者さん本人だけでなく家族も、「先生(医者)が診てくれた」ということで得られる安心感は他と比べものにならず、逆に「先生が診てくれなかった」というだけで<手を抜かれた>と思う人が多いのが現実です。同じことをしていても受ける側の満足感が全く違うという国民性に似た感情をきちんと払拭出来ない限り、アメリカなどの欧米社会が成功しているからと云ってもそれと同じ通念では通用しないだろう、という大きな懸念があります。

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小腹が空(す)いた!

お風呂の給湯器が壊れたので、ボーナス払いで新しいのに替えました。自動湯張りをしてくれてとても重宝なのですが、機械の中のお嬢さんが、突然「もうすぐ、お風呂が沸き上がります」と大声で教えてくれるようになりました。そしてその数分後に、これまた仰々しい音楽とともに「お風呂が沸きました♪」と誇らしげなご報告。毎晩のことながら、まだどうしてもこの声に慣れません。

でも、この「もうすぐ」コールがカラダの中ではとても大切です。「小腹が空いた!」は、まさしくこれと同じです。もうすぐ血糖が下がり始めるのでそろそろ準備を始めた方がいいよという合図です。野生動物の世界では、小腹が空き始めたら、そろそろ狩りに出る準備を始めようか!の意味(それから狩りを始めるので、必死で獲物を捕った頃にはもうあまり腹は減っていなかったりする:だから食べ残す)、というのは先日あやのさんが指摘してくれました。こういうことは自然界では常識です。

どうでしょう?「小腹が空いた」を「腹が減った」と同じだと思っていませんか?「小腹が空いてきたからそろそろ夕飯の買い物に出かけましょうか」であって、「小腹が空いたから、とりあえずお菓子でも摘もうか」ではありません。「あ~腹減った!」(2009.10.28)でも書いたように、本当の意味での「腹減った」が体感出来ない理由はきっとこれだと思います。先日とことん腹が減るまで何も食べないでみました。会議をしていて、頭が「疲れた~」と悲鳴を上げました。眠くなってきました。だれかがチョコレートを1個くれました。それを食べたら、す~っと身体中に力が充満し始めるのがわかりました。このとき、「小腹が空いた」との違いを実感できた気がしました。

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75gブドウ糖負荷試験(oGTT)

数ある生活習慣病の中で、糖尿病こそが生命を脅かす一番の敵であることは世界中で認められています。診断法として、国際的に<ヘモグロビンA1c(最近2~3ヶ月の血糖の平均点)>が空腹時血糖より重要である、という考え方にまとまろうとしています。ただ、糖尿病が発症するはるか前から動脈硬化は進んでいってるのだということは、これまでに何度もここでお書きしました。特にインスリン分泌不全の体質をもつ人の割合が多い日本人の場合、平均点のヘモグロビンA1cを見ていたのでは、明らかに後手後手に廻ってしまうことは明白です。

先日の第50回日本人間ドック学会のワークショップで発表された伊藤千賀子先生(グランドタワーメディカルコート)もこのことに言及していました。彼女の自施設データによると、空腹時血糖100mg/dl(正常)でも、75gブドウ糖負荷試験(oGTT)をしてみると2時間後血糖140mg/dl以上の耐糖能異常者が35%もいたそうです。そしてこの状態が10年以上続いて初めて糖尿病が発症するということも明らかにされました。だから、疑わしいひとは積極的にoGTTを行うべきであると云うことになります。

ただ・・・どこでしましょう?「どうやったらその検査をしてもらえますか?」・・・健診でも良く聞かれます。人間ドックでoGTTを受けようと思ったらおそらく2日間ドック(宿泊ドック)を受けないといけないでしょう。一般の内科クリニックでも検査してくれますが検査用の75gブドウ糖の瓶を1本だけ問屋で買うわけにはいきませんので、ひとりのためにわざわざ取り寄せてしてくれるかどうかは聞いてみないとわかりません。第一、「異常値」ではない検査データの人に保険診療として負荷検査をするのは、お役人さんに云わせればまぎれもない「過剰診療」になります。実際に検査を受けようと思ったら、これは意外に難問なのです。

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マヨネーズとコレステロール

先日健診を受けられた60歳の男性のお話です。

毎年受診していただいていますが、LDL(悪玉)コレステロールの値が、122→ 143→ 170と年々増加しておりました。中性脂肪の値も一緒に増加中です。「何か原因になりそうなことはありませんか?」と聞いてみました。「毎日運動はしているし、夕飯は野菜ばっかり食ってるし・・・まあ強いて云えばマヨネーズかな。野菜ばっかりたくさん食べるようになったから、その都度マヨネーズをかけなきゃいかんでしょ?」・・・以前、同じことを云われて、試しにマヨネーズを使わないでみたら良くなったことがあるというので、どうも犯人はマヨネーズだろうということになりました。

もちろん、マヨネーズを使ったからと云ってみんながみんなコレステロールを上昇させるわけではありません。卵を食べたからと云ってみんながコレステロールを上げるのではないのと同じ理由です。野菜にドレッシングの類を何もかけないわたしにはあまり理解出来ませんが、いわゆるマヨラーおじさんにとって、マヨネーズの食感が好きでたまらないらしいのです。それでもまあ、とりあえずマヨネーズがカラダに合わないのだろうということは納得してくれました。

「じゃあ、醤油なら良いですか?あるいは普通のドレッシングならどうですか?」と矢継ぎ早に質問は続きました。「試してみてください。とにかく試して数ヶ月後に採血するしかありません。」・・・そうお答えしましたが、方法はもっとたくさんあります。カロリーオフのマヨネーズや低コレステロールのものもありますし、答がほしいのなら単に試してみれば良いだけのことです。もっとも、マヨネーズを野菜にかけるからいけないのであって、「マヨネーズに野菜を付けて食えばいい」・・・これは食べ方の常識なんですけど、せっかく止める気になっているマヨネーズにこだわらなくてもいいかなと思って、黙っておりました。

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あおもの野菜

健康のために最近は野菜ばかり食っている、というひとも少なくないでしょう。

「毎晩、キャベツばかりバシバシ食ってますから、野菜は十分だと思います。」と、先日受診したある男性が話しました。キャベツダイエットが有名になってから、そういうひとはさらに増えてきているかもしれません。

でも、意外に勘違いしているひとが多いようなので、蛇足的なことですが一応書いておきます。野菜には「緑黄色野菜」と「淡色野菜」がありますが、その区別が十分できていますでしょうか?その違いは<カロテン>の含有量の差です。そして、「緑黄色野菜」にキャベツは含まれておりません。まあ「緑黄色野菜」=「色の濃い野菜」と考えておけば良いでしょう。ニンジンやカボチャなどがこれに当たります。これに豊富に含まれているβカロテンがビタミンAの作用があるだけでなく、動脈硬化を抑え、アンチエイジングに一役買っていることが分かってきてから、一層「緑黄色野菜」がもてはやされるようになったのだと思います。

ビタミンAと云えば鳥目(夜盲症)、先日「肝油ドロップ」(2009.10.5)のことを書いたときにも出てきました。それ以外にも、肌や目に潤いを与え、粘膜保護による花粉症予防の効果もあるそうです。免疫力を高めて多くのがんに対しても効果があるといわれています。さらにその前駆物質であるβカロテンは、抗酸化作用があるために有名になりました。

そういう意味では、せっかく野菜を食べるのだから、緑黄色野菜がどれなのかしっかりと知っておいてください。「青い(緑)から緑黄色野菜」なのではありませんので。もっとも、キャベツの繊維質もまたとっても大切ですので、付け加えておきます。

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電子化の波

外来診療をやっていたころ、人としての患者さんと関わるためにカルテの中に患者さんのプライベートな内容をメモしていたことを、以前書いたことがあります(2008.1.27「カルテメモ」)。

いよいよわたしたちの施設でも、電子カルテ導入が秒読み状態になってきました。それを開けるだけで患者さんの顔が浮かぶ、患者さんと頑張った治療のいろいろや戦ったときの気持ちがよみがえる、さらにその旦那さんや家族の笑い顔まで浮かぶことすらあるような、そんな、昭和でアナログなカルテは臨床の現場からどんどん消えていくのでしょうね。それは、電子カルテにデジカメで撮った写真を添付すれば解決するというものではありません。

大量のデータをあちこちで同時進行で管理でき、患者さんの客観的な情報を得られる電子カルテは、さらに検査した画像をワンクリックでリンクしてパソコンでみることもできます。モダンでデジタルな情報バンクになるのでしょう。うちの健診センターも強大なコンピュータシステムが牛耳っています。新しく導入されてかなり振り回されましたが、少しずつ情報バンクとしての本領を発揮し始めました。どんどん膨れ上がる情報をスマートに整理し、いざというときに必要な情報だけを取り出すことができる、本当に便利な時代になりました。その情報は冷たいほどに無機質で、ムダな形容詞は一切ありませんが。

でも・・・やはり、人としての患者さんと最後まで付き合っていくのが医者であり医療者であるという気持ちを決してなくさないでいてもらいたいと思います。診察室で、患者さんと話をする時間よりも、聴診器を当てる時間よりも、パソコンに向かってキーを叩く時間の方が多くなってしまっては、それは医者ではなくなってしまいます。レントゲン写真をみると誰のものかわかるけれど、患者さんの顔はおぼろげ、なんて笑い話みたいなことにならないようにと、こころから願っています。

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ふとももが細いと早死にする?

世の中には、いろいろな研究をしているひとがいるものです。

「大腿部の径が60cm未満だと早期死亡や心臓病リスクが高くなる」という報告をしたのは、デンマーク・コペンハーゲン大学病院のBerit Heitmann教授です(BMJ 2009: 339)。これは、2800人あまりの男女を10年以上に渡ってフォローした研究ですが、その期間で生存していたひとたちは亡くなったひとたちより除脂肪大腿部が太いことを発見したのだそうです。結局、大腿部が細いことによるリスクは、筋肉量の少なすぎによるものであり、必要であれば大腿部の太さを増加させるために下半身の身体活動を増加させるのが良いのではないか、という結論のようです。

白人さんの研究ですので、ずんぐりむっくりが基本の東洋人に当てはまる研究なのかどうかはわかりませんが、現代の若いお嬢さんの細くてスラッと伸びた長い脚に警鐘を鳴らしていることにはなるのでしょうか。最近、某テレビCMで、ある若いタレントさんの長くて細い脚が気になっていました。ふともももふくらはぎも膝も全部おなじ太さの、ある意味”ずんどう”な脚を眺めながら何かしら違和感を感じずにはおれなかったのです。

もちろん、脂肪が何重にも巻いた太いふとももを推奨しているわけではないことはお判りでしょう。かく云うわたしもご多分に漏れず太くなってきたことを実感しており、そしてこれが筋肉が増えたわけではないことも自分が一番わかっております。筋肉を作るには動くこと。食事療法だけでは筋肉がやせること。・・・どれも重々分かっておりまする。

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エアロビお嬢さんの悩み

東京の病院で働いていたころ、受付のお嬢さんが職員健診の後で憂鬱そうな顔をしていました。中性脂肪の値が高かったので内科を受診したら、
「もっと意識的に運動して、できるだけ野菜を食べてください。」
と、代謝内科の若い医師から紋切り型の指導を受けたのです。

「ねえ先生、これ以上わたしに何をしろと云うの?」・・・わたしに訴えるようなグチるような口振りで話す姿は、かなりご立腹のようでした。なにしろ彼女は、週3~4回、仕事の後にスポーツジムに通ってエアロビや筋トレで汗を流し、食事もほとんどサラダのみのような食生活、アルコールもほとんど口にしませんし、間食のお菓子を貪り食っている姿など見たこともありません。とてもスリムな恰好良いスタイルを保持していました。

こういう方は、ときどきおられます。彼女の場合は、お父さまが糖尿病の持病があったので、遺伝的に脂質を溜めやすい体質を持っていたのかもしれません。コレステロールなら"夢のクスリ"と称するものは当時からたくさんあったので治療も容易ですが、中性脂肪に対しては今でもあまり画期的なクスリがないのが実情です。使うであろうエネルギー量分を血液中に回し、それを使い切るほどなかったから余っているわけですから、先生の助言は正しいと云えば正しいのですが、嫁入り前の若いお嬢さんに、「今以上修行僧のような人生を歩みなさい」と云うのはやはり間違いでしょう。もしかしたら彼女の場合はむしろもっとタンパク質をたくさん摂って筋肉を作らなければならなかったのかもしれませんね(思いつきで書いています。きちんとした根拠で書いていませんので、簡単に感化されませんように)。

なお、こんな若い先生の意味のない一言アドバイスでも「指導料」はきちんと加算できる仕組みになっています。

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脂肪肝は”時限爆弾”

「脂肪肝はいわば”時限爆弾”」という題名の記事を読みました(Medical Tribune 09.10.22)。ドイツのハノーバー医大から(Dr.Heiner Wedemeyer)の報告でした。

それによると、若い脂肪肝患者が増えている現代社会の中、脂肪肝患者の10人に1人が10年以内に脂肪性肝炎に移行し、脂肪性肝炎の10~15%が10年以内に肝硬変に移行するというのです。さらに肝硬変の10~20%がその後10年で急性増悪したり肝臓がんになったりするわけで、これは未治療のまま放ったらかしたC型肝炎とほとんど同じ経過なのだそうです。

脂肪肝の話題は以前書いたことがあります(2008.7.17「脂肪肝の恐怖」)が、もちろんこれの治療の主体は食事療法と運動療法に他なりません。でも、もともと食べるのが大好きであまり動きたくないから、あるいは普通よりエネルギーを貯めるカラダの作りだから脂肪肝になるわけなので、患者さんの多くは「薬で何とかならないのか?」と主張します。でも残念ながらあまり画期的な薬はまだ存在しないようです。フランスの試験で効果が確認されたウルソの高容量投与や、あるいはビタミンEの投与なども、決して十分なものではないのだとDr.Wedemeyerは報告しておりました。

どっちにしても、内服治療というのは、病気の進展の危険性が濃厚な高度脂肪肝患者に関わる話です。わたしもそんな脂肪肝になりやすい体質の保有者のひとりですが、今世の宿命的な命題だと思って日々闘っていくしかないことなのでしょう。

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医療者の良識

先日は、新型インフルの予防接種に病院スタッフが大勢押し寄せてきました。

「あんたら、その気になったらちゃんと来れるやないか!」・・・日頃の予防接種のときには電話で催促しても「忙しい」と云ってなかなか来ない連中がこぞって顔を並べているのをみて笑ってしまいました。でも、医療者でありながら、なぜそんなに右往左往するんだろう?と、不思議にも思います。

そんな中で、感染対策の部長が怒っていました。「医療者の優先接種対象者を最低限にしてくれというから、うちは必死に絞って希望を出したのに、大学病院なんて面倒くさいから全職員数を希望者として出して、その5割が許可されたんそうだ。県の担当者は一体何を考えてるんだ?」と。ラジオを聞いていたら、ある県では「医療者の希望が予定より多くて、妊婦や重症患者に回すワクチンがかなり遅れそうだ」とか。呆れてしまいます。大学病院に新型インフルの患者なんか来るもんか!こっそり当直のバイトでもしない限り、もし罹(かか)るとしたら自分の子どもから移るのだから、それなら世間で一番後回しにされている健康なサラリーマンや主婦と同じです。そんな医者に打つなら、もっと早く打ってあげたいのに待たされている人はたくさん居ます。これじゃ、何のための優先接種かわかりません。サーズや映画の「20世紀少年」に出てくるような殺人ウイルスなら、医者も人間、まずは自分が生き延びよう!もわからないでもありませんが・・・。しかもワクチンを打ったら罹らないのではありません。罹るかもしれないけど軽い、という普通の季節性インフルワクチンと同じです。なんかとても情けない気分です。

やはり最初の水際作戦のころに煽りすぎたせいでしょう。魔女狩り的なあの騒動は、今さら「今回の新型インフルは怖れなくてよい」と声高に宣言しても、一旦植え付けられた恐怖を消し去る力にはならなかったということですね。

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迅速診断キット

新型インフルワクチンの医療従事者への優先接種がうちの病院でも始まりましたが、わたしたち健診センタースタッフは医者も含めて誰もその対象者リストには入れてもらえません。「臨床現場で実際に直接患者さんと接する者」という条件に当てはまらないからです。今年は、品薄の季節性インフルの予防接種も受けさせてはもらえません。

「バカな話やな!」と陰口を叩いています。うちの病院は基本的に一般の方にインフル治療をしない方針なのですから、インフルに罹った人はうちの病院を受診しません。むしろちょっと発熱したり咳をしていても受診することが多い健診現場の方がはるかに危険性が高いでしょう。若い人と接することの多い学校の先生たちや市職員などが毎日大勢やってくるのです。ちなみに、厚労省の資料によると「ワクチン優先接種対象者」の「医療従事者」とは「新型インフルエンザ患者の診療に直接従事する医療従事者」と定義されています。てことは、うちの病院は基本的には対象じゃないんじゃ?

さて、グチはこれくらいにして、先日産業医研修会で新型インフルに対する具体的な対策講習を受けてきました。予防の原則はあくまでも<手洗いとうがい>であり、無意味に人混みに入って行かないこと、です。発熱者や咳が出ている人はマスクをするのがエチケット・・・結局いつもの季節性インフルの対策と何ら変わりません。そんな中、新型インフルには特殊な事情があります。実は迅速診断キットの陽性率が低いのです。発症早期には40~60%しか陽性反応が出ません。なので検査結果にとらわれず(検査は必須ではありません)、臨床的にインフルを疑ったらすぐに内服を始めるように指導されています。つまり熱が出たので病院に行って、「検査したら陰性だったからインフルじゃない!」というのはまったくナンセンスだということを知っておいて下さい。もっとも、これだけタミフルを予防投与されていたら、耐性株ができるのは時間の問題のような気がしないでもありません。

とにかく流水だけで良いのでこまめに手洗いをいたしましょう。

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あ~忙しい

朝のトイレの中で、「えーと今日しなければならないことは・・・」と頭の中でスケジュールを整理するのがわたしの毎朝の日課です。通勤途中にも、「あ、あれもしておかなきゃ!」とか「あれを検索して、あれをプリントアウトして・・・」とかいう内容が突然思い浮かんだりします。もっとも、職場に着くころには内容を忘れていて、結局思い出せないということもめずらしくありません。

ふと、循環器内科の医師として救急現場で働いていたころのことを思い出しました。毎日持って歩いていた手帳に、その日にしなければならない内容を箇条書きしていました。入院サマリーが誰と誰と誰とが残っていて、退院のムンテラ(退院にあたっての入院中の総括やこれからの注意点などを説明)が誰と誰で、誰々の紹介状を書いて、検査の説明が誰で、入院する予定の人が何人で、ルーチンの検査担当が何時からで、検査結果の読影が何件あって、学会の資料チェックがいくつあって、何時からは医師会の勉強会で・・・若い頭ではあっても、さすがに覚えるのは不可能なほどのボリュームでした。手帳に書き並べた一覧はできた順に消していくのですが、後ろの方にどんどん新しい仕事が継ぎ足され、結局し終えられないままに翌日に繰越しになるのが常でした。よくもまあ、あれでうつ病にもならずに頑張ってこれたものだと、我ながら感心します。

先日、うちのスタッフが上半期の仕事の進捗説明をするのを聞いていましたが、ガマンしきれず途中でアドバイスをしました。あまりにも多くのタスクが秩序なく並んでいて、話があっちに行きこっちに行きするのを聞いていると、きっとこの人は自分の抱えている仕事の全容を把握できていないに違いないと感じたのです。まずは仕事を箇条書きにして整理して、その各々に進捗のグラフでも書いて、何よりもあなたの頭の中をスッキリさせないと、何も前に進まないと思いますよ、と。

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あ~腹減った!

「あ~腹減った!」・・・来月の講演会で使おうと思ってスライドにした標語です。

最近、きちんとお腹が空いていますか?「あ~腹減った!」・・・実は、ここ1、2ヶ月、こころからこんな気持ちになることがなくなった気がしているのです。そしてそれに平行するように、どうも最近お腹や背中に無意味におニクが付いてきて、妙にカラダが重くなった気がします。みなさんはいかがでしょうか?

実は最近、朝起きてからも、昼食前も、そして夕食前も、あまりお腹が減らないのです。気持ちよく空腹感を感じることができていたころ、体調だけでなく、こころもとてもスッキリしていたように思います。少しぐらい心配事があっても気にならず、何をするにも快調でした。わたしは、そんなときにはいつも腹が減っています。「腹が減った」という実感があり、その実感がまた充実感をもたらしていました。あまり腹が減らないときに限って、「そろそろ昼だから何か食べなけりゃ」と思います。何かに熱中しているときは気にもならないのに。腹が減ってもいないのに、時間が来たからモノを食う、というのは決して健康的なことではありません。最近、何をするにも億劫なのは、この空腹感のない毎日と何か関連があるのかもしれません。

いつもユニークな文章でわたしを感動させてくれる石蔵文信先生の最新作「できる男は2食主義」(メディカルトリビューン)にもあるように、食事にこだわらない生活、食事が生活のリズムの基調を作っているのではない生き方が、一番生きがいのある生き方をしているときのリズムなのだろうな、と思うようになりました。

あれ?最初に書きたかったこととは全然違う内容になってしまいました。ま、いいか。・・・今日はこの辺で。

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とりあえずビール

仕事から帰り着く。服を着替えて一息。・・・何はともあれ、とりあえずビール!・・・冷蔵庫から缶ビールを取り出して開ける。「シュパ~」・・・いつ聞いてもいい音である。

この習慣が止められません。いや、ここまでは良いのですが、「とりあえず」のその次に手を出したところから泥沼な夜が始まっていくのです。それも毎晩。どうして、次を取りに行ってしまうのだろう?飲む前は「今夜はこの1缶で止めよう」と思っているのに・・・。それが2缶めのビールのこともあれば、日本酒のこともあり、焼酎ロックのこともあり・・・そんなものがいつも家にあるからいけないのでしょうことは重々分かっているのです。でも・・・最近、煩悩に負けることが頓(とみ)に多くなってきました。

昔、コップ1杯運動をしてみたことがあります。酒の内容も濃度も問わず、とにかく晩酌としてコップ1杯だけアルコールを口にします。飲み終えたら、そのコップにお茶をつぎ込むのです。すると、心は物足りないのだけれどとりあえずカラダはアルコールから離れることができました。なんと数週間後に体重が10kg減りました。脅威のダイエット法です。酒が減ったから酒の肴も一緒に減った結果でしょう。凄いな!と思いました。減ったことに驚いたのではなく、そんなにたくさんの飲み食いが隠れていたことに驚いたのです。

わかってるんですよね~。でも今は、日々のことごとくに負けてしまう自分がいるのです。「おとこはなかなか『する』と云わない。」・・・どうやったらモチベーションが上がるのでしょうか。

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くだもの嫌い

深まりゆく秋、真っただ中です。食欲の秋、美味しいくだものが巷にあふれています。ついつい食べ過ぎてしまう季節です。

先日ゴルフに行ったら、お土産として帰りに地元産のみかん一箱(10kg)をいただきました。さすがに夫婦二人で処理するには多すぎるので、「いつも戴き物をするお隣さんにおすそ分けしたら?」と提案しました。そうしたら、「あそこのお嬢さんたち、くだものがあまり好きじゃないのよね」と妻の連れない返事が返ってきました。

子どもというものは、やさいは嫌いだけれど総じてくだものは大好きなんだと思い込んでいましたが、最近の子どもたちはくだもの嫌いの子が少なくないのだそうです。うちの職場で、この話をしてみましたが、「確かにあまりくだものは食べませんね」と云われました。もらい物があったら勿体ないから食べるかもしれないけれど、わざわざ買ってまで食べないかもしれない、と。

どうしてなんだろうと考えました。味が云々というのではなくて、単に皮をむいたりするのが面倒くさいからじゃないかしらと思いました。しかも、手はべちゃべちゃになるし・・・。その前にまずお母さんたちがりんごや梨の皮をむく作業自体を面倒くさがっているのではないしょうか。もしそうだとしたら、何と勿体ないことか。アイスクリームやケーキなんかより、味覚を刺激する力ははるかに強いはずなのに・・・。ビタミン類や食物繊維を補充するのに、くだものに勝るものはないはずなのに・・・。結局、お母さんやお父さんがくだものを食べず、子どもたちは初めからお菓子やジュースから漂ってくるフルーツの匂いと味を本物と思っているのではないかと思うと、とても空恐ろしくなってきます。

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慈しむ姿

我が家にいる2匹のワンコは、なんかちょっとしっくりいってません。11歳半のオババと来月やっと1歳になる子犬の2匹ですが、この子犬(といってもすでにオババよりはるかにデカイ)が跳ね回って遊びたがるのを、オババが<ウザイ!>と感じているようです。自分が一番でありたいのに負けるのが癪にさわるのかもしれません。彼女も機嫌がいいときには一緒に遊んでいるので、仲が悪いわけでもなさそうです。

我が家には、昨年秋に14歳弱で亡くなったインディという名の雄イヌがいました。彼は、本当に心やさしい男の子でした。せっかく冒険家インディ=ジョーンズにちなんで名前を付けたのに、男の子のクセにいつも弱気で(冒険するのは、若い人間のお姉ちゃんに尻尾を振るときだけでした)、できる限り争いを嫌いました。オババは彼の娘です。彼女は、今自分がやられているような、あるいはそれ以上の仕打ちをインディくんにしていましたし、なんでも自分が一番!と主張していましたが、彼はそれを全部許していました。彼女を見るインディくんの眼差しのなんと柔らかいことか。父だ、娘だ、なんてわからないと思うのだけれど・・・。

「インディはやさしかったよね」・・・毎日くりひろげられるオンナの闘いを眺めながら、よくインディくんのことを思い出します。

昔はそんな弱虫インディくんをちょっとバカにしていましたが、彼のやさしさをずっと眺めるうちに、自分も「インディくんになりたい」と思うようになりました。彼の姿には神々しささえ感じます。きっと彼が我が家に来たのには意味がある・・・それは、本当の慈しみの心をわたしたちも持てるようになりなさい、ということだと思うのです。居なくなって1年が経ち、やっとそのことに気付いてきたような気がします。

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得な生き方

民主党政権に代わって、これからどうなるわからないメタボ健診ではありますが、これの普及のおかげで多くの人たちにメタボリックシンドロームの考え方が広がってくれたことは良いことだと思います(まだまだ間違った理解の人も多いことが悩みの種ですが)。

こうなると、生活習慣病に関連するいくつかの異常を持った人たちに対して、わたしたち医療従事者は、「このまま行ったらとんでもないことになりますよ!」「今、運動不足や間違った食事の仕方を正さないと手遅れになりますよ!」と、ほとんど脅しのような<生活指導>をしがちになります。でも、それは基本的に大きな間違いだと思います。「生活習慣病は、乱れた生活習慣をしているあなたの責任で起きた病気ですよ」・・・内心、そういう気持ちで指導していないでしょうか?でも、本当はそうではありません。生活習慣病はあくまでも「体質の病気」なのであり、同じ食生活や運動量でも病気になりにくい人となりやすい人の差が歴然と存在するのです。

生まれもってに何も食べなくても生き延びていける体質を持っている。なのに現代社会はその体質が生かせない時代。だから、そんな体質の人は現代社会を生きるのに向かないタイプだ、というだけにすぎません。そんな体質を持っていることを本人に教えてあげて、これからの人生を生きていく上では、今のうちに生活を変えておいた方が断然得だ!ということをアドバイスしてあげればいいことです。本人だけではなく、家族の多くが関係する体質だから、若いうちに習慣づけてやった方がみんなが楽な人生を送れるんだ、ということをわかってもらえるように話すことが大切だと思います。

わたしはいつもそういう気持ちでお話しています。

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エコナ騒動に思うこと

特定保健用食品(特保)として有名な花王の「エコナ」に含まれる「グリシドール脂肪酸エステル」が「グリシドール」という発がん性物質に分解される可能性がある、ということがヨーロッパで指摘されたために販売を中止しています。「安全性に問題はないとみているが消費者の健康意識も考慮して販売を自粛します」と花王側は説明しているとか。

体内に脂肪を溜めにくい調理用油としてお国がお墨付きを出した食品のこの騒動は、基本的にあまり興味のない話なのですが、それでもいろいろと考えさせられます。

「○○に良い物質!」・・・学者さんたちは、そういう物質をみつけてうまく抽出し、そうやって<無駄のない理想的な食品>を作り上げるのに躍起ですが、美味いところだけ取り出して返ってバランスを壊すということは間々あることです。むかし、塩イコール塩化ナトリウムだと云って工場で化学反応を起させて作った食卓塩が蔓延りましたが、それが間違いだということを多くの文化人は知るようになりました。あるいは、毒物Aと無毒物B、Cが共存していて、毒物Aを取り除いたら、B+Cで毒物Dができてしまった、ということもよくあることです。つまり、自然界で複雑に入り組みながら出来上がっている物質を妙に弄(いじ)ると予想だにしないものができあがることもある、ということです。自然界のものには絶対に「無駄」がない、というのはとても大事な事実です。

その一方で、もうひとつの思いが浮かんできます。「発ガン性」ということばに過敏すぎるのではないでしょうか?。必ずがんになるとは云ってないし、必ず発がん性物質になるとも断言していないのです。どうせ食用油なんて使わなくても困らないのだから、気になるならあまり使わなきゃ良いことです。あるいは初めからオリーブオイルにすればいいこと。「こんなものを食べると動脈硬化を起して心筋梗塞になるよ!」と注意しても無視するくせに、「微量の発ガン性物質が入っている」と云った途端に食べるのをやめる、ってホントに現実が分かってないよな!と、ついグチりたくなります。

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不安。

我が家もまた、ワンコ2匹と熱帯魚とバラの鉢植え群を除けば、妻と二人暮らしです。

ときどき不安になることがあります。それは突然襲ってきて、アタマとカラダの中をザワザワとかき乱していきます。「ひとりぼっちになること」の不安です。二度の流産を経て、結局私たち夫婦には子どもができませんでした。わたしの姉一家は三重県に住み、妻はひとりっ子です。妻とわたし、旅行中の事故か大天災にでも遭わない限り、どちらかが先に逝くでしょう。「自分が後に残ったとき、独りで生きていくことの強い不安感がときどき押し寄せてくるのよ」と、あるとき妻がわたしと同じような心を明かしました。わたしを実家の墓に葬った後、自分はどうなるのだろう?とも思うのだと云います。

理想はやはりわたしが少しでも後まで生きていることなのでしょう。彼女の希望である南の島への散骨も、わたしが残っていないとうまくいかないかもしれませんし・・・。あの狭い墓の下で、わたしの両親に見張られながら四面楚歌のような状態になるのは死ぬほど(?)辛い。だから散骨してくれ!と彼女が云うのです。

こういうことを考えていると、あるいはそんな話を夫婦で冗談交じりに話していると、本当にいたたまれなくなることがあります。それぞれに仲の良い友人は居ますが、それぞれの生活の中で友人は友人でしかなく、きっとわたしたちは友人に頼ろうとしないでしょう。だからもっと助け合いの仲間を作るべく社会に出ましょう!そんな打算的な生き方を要領よくできるタイプが夫婦のどちらにもないのが、また悩みの種なのです。

で、結局、まあ何とかなるさ~ケ・セラセラ~ということで、時が過ぎていくのでありましょう。そのときが来たら、どなたかどうぞお助けの手を!

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健診の使命

くどいようですが(文頭から<くどい>もないもんですが、これまで何度も書いてきたこのなのでこうしてみました=蛇足)、健診は病院受診とはまったく違います。もともと「自分は病気ではない(と思っている)」人が受けるものが健診です。

同じ採血結果であっても病院でする採血と健診で受ける採血は違うものです。病院の採血は、「異常がない」ことを確認することが目的です。一方、健診のそれは「正常である」ことの確認です。「結局同じことじゃないか!」と云う人がいます。全然違います。主眼がどっちにあるかで結果の評価は全然違うものになるのです。

たとえば、動脈硬化に加速度を増させる「食後高血糖」はどうでしょう。「異常か?」と云われれば異常ではありません。だから病院では下手をするとOKと云われます。でも「正常か?」と云われればまったくもって正常ではありません。だから健診ではこれを問題にして生活改善を促すのです。

「がん」の場合は、健診の目的はあくまでも早期発見です。進行がんになったら健診の負けです。でも、それ以外の生活習慣病では早期発見が目的ではありません。どんなに軽くても、病気になってしまったらすでに健診の負けです。グレイゾーンを白色にするのが健診の使命だからです。

どんなに「くどい!」と云われようとも、何度も何度も強調したいことなのです。受診者も医療者もどうしても納得してくれようとしないじれったさに、最近ちょっと自嘲気味ですが・・・。でもグレイはそのまま放っておいても白色にはならないものなのです。

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紹介状の行き先

健診結果でさらなる精密検査を勧めたり早く治療を受ける方がよいと判断したときに、医療機関への紹介状(診療情報提供書)を発行します。

もともとかかりつけのクリニックや病院がある人は、割と気軽にその紹介状を持って受診してくれます。ところが、日頃あまり病院にかかったことのない人にとって、「病院を受診する」という行為は想像以上に敷居の高いことのようです。

まず、「どこに行ったらいいか?」・・・わたしたちは受診する病院名を指定しません。「専門医ならどこでもいいですよ。お近くでその科を標榜しているところを探すか口コミで聞いてください」・・・この「どこでもいい」ということばほど不親切で厄介なことばはないな、とたしかに思います。「そんなこと云われたってわかんねえよ」と思案しているうちに、時は過ぎていきます。で、いざ行ったとして「受付で何と云ったらいいの?」・・・わたしたちは病院受診を簡単に考えています。「受付にこの紹介状を出せばいいだけだろ」と思っています。ところが、勝手を知らない未知の場所に、自分のカラダを人質にしてもらいに行くような行為ですから、それは一大決心がいるのだ、ということもよく分かります。なぜなら、かく云うわたしも病院受診は苦手だからです。

「○○病院に△月●日に行ってください。予約を取っておきましたから」・・・こう云ってもらったらどれだけ気が楽か。行かないで済むなら行きたくないところなのですから。現在そんなことができるのは自施設の病院があるところだけでしょうけれど、これから地域のクリニックや個人病院と連携してそういう手厚いフォローができるようになれば、健診後の精密検査受診率は大幅にアップするのではないでしょうか。

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主観の入る検査

人間ドックの検査には、判定に担当医の主観が入るものが少なくありません。例えば、眼底検査・・・昨年は「軽度動脈硬化あり」だったのに今年は「異常なし」になったとか、あるいはその逆だとかいうことはよくあります。判定の定義そのものが半定量的(つまりは主観的)な上に、年齢や他の病気の有無や喫煙の有無などを考えて判断することになれば、判定する医者各々の経験や医療観が絡んでくるのは当然といえば当然です。

それは胸部レントゲン検査や胃内視鏡検査、あるいはわたしが担当している心電図検査にも云えることです。そこにある所見が出たり消えたりするわけではありません。そこに見えている絵(所見)に意味があるかないかの考え方の差が出るのです。

それを「いい加減だから信用できない」と云う人もいます。たしかに何も変わっていないのに「異常なし」だったり「異常あり」だったりするのは困惑するでしょう。心電図検査などは数学的な判定基準があるのだから機械が勝手に所見を出します。それをそのまま答にするならそんなバラツキはないはずだ!これは医者の見落としではないか?と疑念を持たれたこともあります。

検査結果の判定が機械的ではないからこそ良いのだとわたしは思っています。機械的な評価をすれば良いのであれば機械メーカーが作ったロボットが白黒つければ良いでしょう(世の中に「異常」ということばが大量に溢れてくるでしょうけれど)。でも、そこに専門医の経験値が加わるからこそ、その検査の「絵」に実体(命)が生まれるのではないかと思うのです。もちろん、がんの見落としがあったのでは本末転倒ですし、「異常なし」が一転して「要精密検査」になるのはあまりに考え方が違いすぎますが・・・。

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肝油ドロップ

「肝油(かんゆ)ドロップを知っている人?」・・・中村丁次先生がセミナーの講話中に左手を上げながらそう聞きました。

「意外に居ますね。これを知っているかどうかで、歳が知れてしまいますね~」・・・先生はニヤリと笑って話を続けました。もちろんわたしもしっかり手を挙げました。

わたしが子どものころ、夏休みになると必ず肝油の缶を買わされました。真面目なわたしは、それが何のために必要なのかなど何も知らずに、それでも毎朝きちんと食べていました。もちろん、肝油は<サプリメント>です。学校が有無も云わさずに買わせて食べさせた<サプリメント>です。メインはビタミンA・・・不足すると「夜盲症(とり目)」になります。この肝油のおかげで、日本人には一人も夜盲症が居なかったのだと、中村先生は強調しておりました。ビタミンD欠乏症の「くる病」の予防効果も肝油にはあると聞いています。おぼろげな記憶では、「一日2粒を推奨するが1粒でも可」ということで、金に余裕がある家はたくさん買っていたような気がします。

栄養状態の良くなった現在では、もちろん学校が一律に斡旋することはなくなっていることでしょう。ただ、<サプリメント>が普及しています(ご他聞に漏れずわたしもいくつか飲んでいます)ので、ちょっと注意してください。現在、すべての栄養素に「欠乏症」と「過剰症」があることがわかっています。「すべての栄養素」です。「これは摂りすぎても余ったものは出て行くから心配ない」と思って、<サプリメント>を一度に大量に取りすぎることのないように、指定された用法用量を必ず守るようにしてください。

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<食べること>の雑学

先日、あるセミナーで中村丁次先生(神奈川県立福祉大学)のお話を聴きました。面白いと思ったことを書き並べてみます。

「人間は、生きていくための栄養素を摂るためにモノを食べているのではない!」

   栄養学者の究極の目標は、「朝1つだけ摂ればもう後は1日何も食べなくても大丈夫で、無駄なものが一切ないから便も出ない」という食物を作り上げることでした。そして、それは現実に出来上がりました。アポロ宇宙船の乗組員が摂った「宇宙食」です。ところが、その完全食は不評でした。こんなものを食べていたら「食事がストレスになる」といって乗組員の間から反対運動が起きたのです。つまり、人間が食事を摂る最大の目的は、「おいしく楽しい食行動」そのものであって、「栄養を摂って健康に生きる」ことではないのだということがはっきりしたのです。

「『モノを噛めば噛むほど胃液がたくさん出て消化が良くなる』というのは本当ではない!」

   味も何もないチューブをひたすら噛んでみても、出てくる消化酵素はほとんど増えてきませんが、味(特に好きなものの味)がついたものを噛んだら、途端に大量の消化酵素が出てくるのだそうです。つまり、ただ「噛む」という物理的な行為だけではダメだということになります。また、口から食べることができずに胃チューブを入れたり胃ろうを造って栄養を摂っている患者さんたちの場合、味覚を刺激することのない限り、たとえ十分な栄養素が入ってきたとしても体内は消化吸収の準備(キャッチアップ)をしないのだということを知っておきましょう。

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こんなにがんばっているのに!

メタボの健診が進む中で、多くのマジメな皆さんが悩んでいることがあります。以前もここに書いたことです。

「食事は野菜から食べ、ごはんはできるだけ時間をかけて良く噛んで、夜9時以降にはできるだけものを食べないのが大事です。」
「わたしはここ2年以上、毎日そうやってきましたし、朝夕の散歩も欠かしません。なのにどうして糖尿病と脂質異常症が良くならないのでしょうか?」

マジメな人ほどこのジレンマに悩まされます。でも、それは「『病気になるのは自分の生活態度が悪いからだ』と思い込んでいるところに根本的な誤りがあるのだ」ということを理解していただかなくてはなりません。よっぽど乱れた人生を送ってきたのであれば自業自得ですが、生活習慣病は体質の病気ですから、模範的な人生を送っていても罹る人は罹るのです。むしろ、そういう人生を送っているから今より悪化しなくてすんでいるんだ、と自分を納得させていただく必要があります。そういう方々のかかえている問題は、「やせれば治る」というメタボの問題とはまったく違う次元のもので、いうならば、「太ると悪化するけれど、やせても治るとは限らない」ということなのです。一言で云ってしまえば<現代社会に向かないタイプ>・・・だから、やることをやってもうまくいかないなら早いとこ病院に行って薬をもらった方が、ずっと質の良い人生を送れる権利を持っている、といえましょう。

ここのところを割り切れるかどうかが、思いの外大変な様子ではありますが・・・。

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芸術家と職人

東京に居たころ、妻が通っていた新大久保のステンドグラス教室では、とても繊細な小さなパーツと小さなノリしろ(というのかしら)でとても細かい作品を作っていました。熊本に帰ってきて、自宅近くにあったステンドグラス教室に行き始めたら、作風がガラッと変わりました。のりしろも大きいしパーツも大小さまざま。結果として大味だけれどダイナミックな作品が増えてきました。「そんな細かいことにこだわっててもしょうがないよ」とその教室の女先生は豪快に笑っていたと聞きます。

「まあ、性格だけじゃなくて、同じような芸術作品でも、職人としてこなすか、芸術家にこだわるか、その差が出てくるんだと思う」と云うのが妻の分析でした。どっちが職人で、どっちが芸術家なのか良く分からないといえば分からないのですが・・・何となく<言い得て妙>という感じで聞いていました。わたしは、相手が満足できる仕事をする(作品を作り上げる)人が「職人」で、まず自分が満足できる仕事をする(作品を作る)人が「芸術家」だと区別しています。

そう考えると、医療の場はまさしく職人の集まりです。うちの病院のような高度先進医療を積極的に追求している現場では、<ゴッドハンド>のような名人芸の医者はたくさんいます。患者さんの命を救うという作業をするのですから、「職人の中の職人」といえるでしょう。それなのに、現場はとかく自分の満足を満たそうとしすぎているのではないか、ということが問題になりました。患者さんにとって、そこまでする必要性はないと思えるところまで手を出しているというのです。そういう反省から、現在ではそこに病変があっても臓器に大きな影響を受けない限り簡単には手を出さない、という考え方が主流になっています。

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心の傷

以前も紹介したことのある医学雑誌MMJの「からだの歌 こころの歌」の九月号にまたひとつ気になる句が載っていました。今回のお題は「傷」。

何事も無かったように
   かさぶたが閉じゆくように日常続く (川本千栄)

解説にはこうあります。
「・・・作者は、心が深く傷ついた経験をそっと詠っている。傷口を覆ってかさぶたが閉じるように、心の傷もふたをされ、日常は続いていく。けれども、「~のように」の繰り返しにはどことなく屈託が感じられる。皮膚の傷はかさぶたができて治っていくが、心の傷は覆い隠そうとしても、思いがけないときに再び血を噴き出して、痛み始めることがある。」

この句を読んだときに、わたしが感じた「寂しい感じ」の理由を、解説は見事に云い当てていました。何事もなかったかのようにきちんと癒えてしまえるなら何も申し分ないけれど、完全に治りきれない傷をかさぶたで隠しながら生きている自分が居る。そんな自分に対する苛立たしさと、いつ再び傷が口を開けるかという不安感とが、この淡々とした句には感じられました。

産業医としてのわたしの仕事の中で、メンタルケアの占める割合がどんどん増してきているような気がします。彼らを見、彼らと話していると、多くの場合にこの句を読んだときとまったく同じ淡々さを感じるのです。彼らの気持ちをうまく代弁した句だと思いました。

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ニンジン嫌い

蒸したニンジンを食べました。蒸しニンジンは、とても甘くて美味しい味でした。煮たり焼いたりするのと違って、蒸し器で蒸すと野菜の持つうま味が全部残っています。取りたて野菜はもちろん美味しいですが、そうでなくても蒸し器のニンジンは思いの外美味しくて驚きました。わたしはニンジン嫌いではありませんが、「ニンジンが大きらい」という人でも、きっとこれを食べたら「美味しい」と云うだろうなと思いながら食べました。

ただ、じゃあ<ニンジン嫌いの人>が、これから好んで蒸しニンジン料理を食べるかと云ったら、きっと食べないだろうなとも思います。そこに蒸しニンジンがあって、「食べてみろ」と云うから食べてみて、「意外と美味しいね、これは食べられるね」と思った。かもしれないけれど、わざわざニンジンを食べようとはしないでしょうし、作ろうともしないだろうと思うのです。「どうしても食べなきゃいけない」と云われたときにはこういう方法があるな、という選択肢にすぎないのです。

わたしにはほとんど嫌いなものがないので実感が湧きませんが、特に食べ物は、一度嫌いになったものは基本的に一生嫌いなんだなと思います。ニンジン嫌いな人も、ピーマン嫌いな人も、しいたけ嫌いな人も、結局子どものころに美味しくないものを口にしたせいなのでしょうか。「別にそんなもの食べなくたって困らないし・・・」という人たちは、せっかく食べられるしせっかく美味しいのに、と思うと残念でしょうがありません。そんな人たちは親になってもわが子にそれを食べさせようとはしないのでしょう。・・・ん~考えただけで勿体ない。

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窓に並ぶ小人たち

<妖精がみえる>というひとが意外にたくさんいます。「オーラの泉」の最終回でそんな話が出てきたときに、思い出したことがあります。

「あそこの窓に小人が並んでこっちをじっと見ているのよ」・・・個室に入院していた初老の女性が何度も見回りのナースに訴えるので、病棟でちょっと話題になったことがありました。重症の心臓病患者が昔から多く入院している病棟でしたので、亡くなった患者さんの幽霊の話はあまりめずらしいことではありませんでしたが、「小人」の訴えは初めてでした。「ICUシンドローム」という病態があります。手術や急性心筋梗塞などで長時間拘束された後などに、幻覚や妄想に悩まされ、不穏状態になったりするのです。個室に拘束されていたこの女性も、きっとシンドロームにかかったんだろう、というのがスタッフの大半の意見でした。

ある日、主治医のI先生が回診をしていたときに、突然彼女が「先生、今あそこから3人の小人がこっちを見て何か云っている!」と叫びました。指差された方向を見ても特に何も見えません。「あまり心配要らないみたいですよ」と彼はなだめようとしましたが聞き入れません。「先生、ほらあそこ!」・・・彼がもう一度見直してみたら・・・いました、たしかに3つの頭。・・・それは、窓枠に停まってこっちを見つめる鳩たちでした。小人だと思っていたのは鳩たちの顔だったのです。この病室のすぐ外に、鳩の巣ができていました。今はほとんどありませんが、以前は病院に良く鳩が巣を作っていたものです。

そんな笑い話があったのはもう15年以上前のことです。でも・・・もしかしたら、彼女が見たものはたまたま窓の外に居た鳩ではなくて、その手前に浮いていた<妖精>だったのかもしれない。そんな気もしてきました。

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手摺り

ちまたに広がる新型インフルエンザ対策として、手洗いやうがいの励行を指示されています。自分のカラダを守るためにできるだけ水洗いだけしかしない、という偏屈医師のわたしですら、最近は良く石鹸で手を洗っています。

臨床現場にいないわたしにとって、しかも家庭に子どももいない状態で、感染者に濃厚接触する可能性はきわめて少ないんじゃないかと踏んでいます。出張や映画鑑賞やスポーツ観戦で人ごみの中に入ることは多いのですが、それでも濃厚接触するとは到底思えません。ただ、ひとつだけ気になっているのは「手摺り」です。手摺りとドアノブは誰がいつ触ったか分からないものですから。・・・ドアの取っ手はやむを得ないとしても、病院の階段の手摺りやデパートや空港のエスカレーターの手摺りは、触らなければ触らないで何とかなるのではないか!・・・そう思ったわたしは、出張のときや日頃の仕事のときに意図的に手摺りを触らないように試してみました。

ところがこれが、年寄りになってくると案外大変なのです。「危険ですから手摺りにつかまって・・・」というアナウンスが流れている理由が良く分かります。手摺りに頼ることなくエスカレーターに立っているだけでめまいがしてきたりします。特に高所恐怖症のわたしは、長いエスカレーターに立って昇っていくだけでドキドキし始めます。職場の階段をのぼっているとバランスを壊して後ろに倒れそうになったり・・・マジで、怖かったことが何度あったことか。

年寄りの冷や水はほどほどにして、やっぱりまじめに手洗いを励行する方が得策かもしれません。

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デジタルの落とし穴

「これだけ毎日運動をして5kg以上痩せたのに、内臓脂肪が増えているなんて、絶対おかしいですよ!」

うちの健診センターの生活習慣病改善のプログラム会員さんは、3ヶ月ごとに腹部の内臓脂肪CT検査を受けることができます。先日、ある女性会員さんが3ヶ月めの検査を受けましたが、その結果をみて、指導に当たっていたスタッフが検査結果に疑問を抱きました。3ヶ月前のCTと明らかに形が違うというのです。しかも開始前に73cm2だった内臓脂肪面積が107cm2に増加しているのです。結局、数日後にもう一度CT検査のし直しをしましたら、72cm2でした。・・・これで、みなさんは納得したようです。でも、どっちにしても全然減っていませんけどいいんでしょうか?

実は、たぶんどっちの結果も間違いではないと思います。彼女が運動をして体重が減ったことは事実です。腹囲も6cmも縮んでいます。何が変わったかというと、一目瞭然です。皮下脂肪が200cm2から150cm2に減っていました(取り直した画像では164cm2)。わたしには今回の2回のCTはどちらもほとんど同じに見えます。CTは臍の高さの1断面です。だから息止めのタイミングや腸管の位置関係で残念ながら簡単に数値は変わってしまいます。また、CT検査の絵はCT値というもので決まります。そこに筋肉の絵があるのではなく、筋肉に相当するCT値の部分を「筋肉だろう」と想定する、脂肪に相当するCT値の部分を「脂肪だろう」と想定する。つまり、そこに脂肪として色付けられている部分が本当に脂肪とは限らないのです。

良く理解できないかもしれませんが、つまり107cm2も72cm2も同じなのです。デジタル表示された数字は妙に一人歩きしがちですが、そんなものなのです。この女性の3ヶ月間の事実は、単純に「内臓脂肪量は変わらずに皮下脂肪量が劇的に減った」ということ。それでいいじゃないんでしょうか?数字にあまり目くじら立てませんように。

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未受診

健診の問診を確認していると、「脂質異常症 未受診」「糖尿病 未治療」などと書かれているのをよく見かけます。なのに「高血圧 内服治療中」とも書いてあったりします。こういう記載があると、見るたびに「何言ってんだか?」と一人突っ込みをしてしまいます。

まずは本人に対して。おそらく健診などで「脂質異常症ですので治療してください。」とか「糖代謝に異常を認めますので・・・」とか指摘されているのでしょう。なのにどうもないから病院に行かず紹介状も捨てて好き放題しているというのなら、「あなたの人生、勝手にしたら?!」と無責任で冷たいわたしはすぐに突き放します。でも、この人は高血圧に対して「内服治療中」とあります。それなら、脂質異常のことも糖代謝異常のことも高血圧の主治医は知っているわけです。当然、運動しなさい!食事に注意しなさい!とうるさく云っているでしょう。それをすることが「治療」だ!ということを、そろそろみなさん分かっていただきたい。・・・「薬を飲まないと治療じゃない!」と云い張る人はまだしょうがないかなと思いますが、「未受診」はないでしょうよ。「わたしのかかっている先生は『高血圧の先生』であって『脂質異常症』の先生にはかかってません!」・・・そう云い切るご高齢の方は確かに居るのです。もう少し、「医療機関」というものを「身近な身辺お世話係」の感覚になってもらいたいなあと思うばかりです。

そして、この問診記録を記載した医療者(保健師さん)に対して。この医療者自体が、<治療=薬>の古い病院感覚を振り払わないと、受診者の方が<運動=治療>だと思うようにはならないだろうな、と思います。ちょっとばかり暗澹(あんたん)たる気分になってしまう偏屈ジジイなのであります。

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シルエットの葛藤

「やっぱりこのカラダは、膨らんでる~!」

数年前に、人に勧める生活療法を自分でいろいろ試してみていたら勝手に体重が10kg減りました。生活習慣病やメタボの講話を依頼されている身としては、大変好都合な経過です。「やせられない」は「やらないだけさ」と強気に反論できるからです。・・・でも、最近フロに入る前に洗面所の大鏡に映る自分のシルエットを眺めるにつけ、何となく大きくなった気がするのです。<いや大丈夫。だって手首は変わってないから胸板が厚くなっただけさ>陰のこころがつぶやきます。確かに手首を握ってみる限り1年前と一緒だ。でも、脇腹にはもうちょっとクビレがなかったか?・・・<いやいや前からそんなものよ>。でも、横向きに見るとこの腹はもっと引っ込んでたろ?・・・<大丈夫!ほらこうやって腹筋に力を入れて引っ込めたらこんなに細くなる!>陰のつぶやきは続きます。屈んだときにできるこの肉の醜いえくぼのような皺は前にはなかったろ?・・・<それは老化だから。皮膚の張りが減ってきたのはしょうがないから>

陰のこころが一生懸命否定するのだけれど、やっぱりこれは膨らんでいます。昼休みのフィットネスができなくなり、夕食の前の酒とお菓子が野放しになり、もともと高校時代に90kg超級だったわたしのからだが戻っていかないはずはないのです。でも、きっとリバウンドするときの感情ってこんな感じなんだろうな、と思います。「毎日管理していたらこんなに太るまで気付かないなんてことはありえません!」と、リバウンドして再受診してくる方に苦言を呈しますが、徐々に増えていくカラダを毎日眺めながらこんな葛藤を繰り返しているってこと、あるよね~。

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ロコモ検診

モロッコではありません。『ロコモティブシンドローム(運動器症候群)』です。

膝や腰の関節を痛めている人は思いのほか多く、あるコホート研究(大規模疫学研究プロジェクトROAD)によると、40歳以上で膝関節や腰椎関節を痛めている、あるいは骨粗しょう症のどれかひとつ以上罹患している人は4700万人います。これは男性の84%、女性の79%にあたるのだそうです。高血圧の推定患者数は3500万人ですから、それよりはるかに多いことになります。

この事実、意外ではありませんか?わたしは自分が膝も腰も痛めているので良く分かりますが、こういう運動器(骨や関節や筋肉)の複合的な機能不全を「ロコモティブシンドローム」と呼びます。ちょうどメタボリックシンドロームと同じように、自覚症状がほとんどないまま進行するのがロコモティブシンドロームですので、早い時期に自分がそれに該当することを知って、介護予防と改善に努める必要があるというものです。

東大整形外科の中村耕三教授のいう、「運動器の健康は空気のようにいつまでもあるものではない」ということばは、とても当を得た良い言葉だと思います。だから介護予防という意味ではなく、人生を快適に過ごすために今のうちから日々からだのトレーニングをしましょう!という考え方は、まさしくメタボの対策と同じです。そのために健診で運動器チェックも入れる検討も始まってきたと聞きます。自分がロコモ(と呼ぶようになるんだろうか)かどうかを自己診断するのが「ロコチェック」。それでロコモに該当する人にはロコトレ(ロコモーショントレーニング)を指導し勧めていくのです。

メタボと同じようにロコモの考え方の普及はまだまだ紆余曲折ありそうですが、是非とも元気でいつまでも動けるカラダ作りに取り組んでもらいたいと思います。

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人間ドックの説明時間

日本人間ドック学会総会の翌日に人間ドック認定医研修会が東京でありました。

その中で、ある若い先生が質問に立ちました。彼曰く、

「わたしは数年前からある地方都市の病院で人間ドックに従事しています。人間ドックでは『受診者全員に、その日のうちに結果の説明をするのが原則』と云われていますが、それでいつも疑問に思っていることがあります。認定施設報告などを見ていると、受診者数が月に1000人とか何千人とかの施設ばかりですが、これを単純計算すると毎日50人以上来ることになります。人間ドックの結果を説明するには最低でも15分はかかります。わたしは午後からずっと話し続けていますがさすがに10人が限界です。毎日50人の人に結果の説明をする、というのは現実問題として可能なのでしょうか?」

それを聞きながら、わたしは彼にすごい魅力を感じました。そうです。「人間ドックの結果説明には最低でも15分はかかる」のです。「異常のない人は簡単に済ませることにしましょう」というときの「簡単に」の最低線が15分なのです。そこのところが分かっていない医者が多すぎはしないだろうか?と常々不満でしたから、彼のことばに力を得ました。

彼の云うとおり、1人の医者がずっと説明を続けても10人が限界。だから、50人が受診するなら5人以上の医者が必要。そういうことであり、質問を受けた日野原先生もそういう回答をされました。最初に受診者人数ありきだからおかしなことになるのであり、説明できる医者やスタッフの数からその施設で受け入れられる上限の受診者数を割り出すのが当然です。だからこそ、彼が切望するように、人間ドック学会認定施設の条件には、小さいけれどこんな熱意のある先生がいる施設も入れるように配慮してあげてほしいと思いました。

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NIPPON DATA

第50回日本人間ドック学会の特別講演では、もうひとつ「NIPPON DATA」のお話もありました(上島弘嗣先生)。

NIPPON DATAとは、National Intergrated Project for Prospective Observation of Non- communicable Disease And its Trends in the Agedの略で、厚労省の命を受けて2回だけ(もともと1回だけの予定だったそうですが)行われた(NIPPON DATA80と90)コホート研究です。でも意外に知られていないのではないでしょうか。循環器疾患に関する疫学的な研究ですが、「そんなこと当たり前」と思われていたことについて、実はきちんと日本人で証明されたデータがないものがたくさんあったのです。そんな「当たり前」のことを、日本人でも「当たり前」に間違いない、という証明をしたものなのです。

これは地味な仕事ですが、とても大切なことです。たばこは本当に心臓や血管に悪いのか?高コレステロール血症は本当に心筋梗塞や狭心症を起しやすいのか?・・・NIPPON DATAの結果があるからこそ、健康に対する指導をする場合も、あるいはクスリを処方する場合も、しっかりとした根拠を示すことができるようになったといえます。

出てきたデータは莫大です。その結果に対してきちんとした考察を加えなければならない、ということを上島先生は強調されました。例えば、「禁酒した人は死亡率が高い!~酒をやめない人より酒をやめた人の方が多く死ぬ!」という結果があります。これは、やめなければならないくらい重症な人が禁酒した群に多かっただけかもしれない、ということだったりします。あるいは、「タバコを吸う人は吸わない人より3.5年も早死にする」というデータは、「なんだ高々3.5年しか縮まらないのなら吸っててもいいか」という喫煙継続の根拠になったりするものです。

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久山町研究の衝撃

第50回日本人間ドック学会学術集会の特別講演で、九州大学の清原裕先生の久山町研究の最新情報を聞きました。

久山町研究のことは、以前「トリアス久山」(2008.1.24)で書きましたが、日本の生活習慣病の疫学的な根拠はほとんどすべてこれが元になっています。特に日本の高血圧治療と脳卒中の改善の歴史はまさしく久山町研究の果たした成果だと云われています。そんな中で、一番怖いのは今や「高血圧」ではなくて「糖代謝異常」、つまり糖尿病や境界型糖尿病、食後高血糖などだそうです。

高齢者の約40%が認知症になります。だから健康で元気に長生きしたら40%の人がボケることになります。で、そのボケる人の多くが糖代謝異常だといいます。高血圧も脳血管性認知症(脳動脈硬化による認知症)の原因になるのだけれど、それより糖代謝異常の方がはるかに多い。ということは、高血圧のわたしと糖尿病家系の妻がこれから二人揃って長生きしたとしたら、何と、先にボケるのはわたしではなくて妻の方かもしれないということになります。驚きです。そして、糖代謝異常はもうひとつ、がんの発生要因としても有意だということがわかりました。脳卒中も、実は高血圧に関連するラクナ梗塞(小さな血管の梗塞)は高血圧治療とともに減少しているのに、アテローム血栓性梗塞や心源性塞栓症はまったく減っていません。これは原因となる糖代謝異常やメタボが増えているからです。

今、日本人は高血圧症による血管病管理よりも代謝異常に対する管理の方がはるかに大切である、ということを教わりました。「病気でもないのに大げさに云い過ぎる!」と揶揄されるわたしにとってはとても大きな励ましに聞こえました。

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酸化ストレス

今を「動脈硬化」の時代にさせてしまった最大の犯人は「酸化ストレス」です。活性酸素、あるいはフリーラジカルといわれているものが血管を錆びさせる元凶ですが、実は酸素を吸えば酸化します。人は酸素がないと生きていけませんが、酸素を吸っているがゆえに老いていき病気になるのです。健康のために運動をすると、それだけ活性酸素は出てきます。普通はその活性酸素を消してしまう抗酸化物質もたくさんあるから問題ないのですが、現代人は酸化ストレスが異常に増えている一方で抗酸化物質は逆に少ないのです。

「動脈硬化はどうやって起きるのでしょうか?」~わたしはメタボの講演をするときに必ずこの話をします。

血液中にあるLDL(悪玉)コレステロールは、酸化ストレスで簡単に変性して「酸化LDL」になります。酸化LDLは動脈の表面(内膜)をすり抜けて壁の中に入っていきますが、この酸化したLDLは本来のLDLとは顔が違います。顔が違うものは変質者ですから、生体はこれを異物と判定します。異物は速やかに排除しなければなりませんから、血液中にいる「単球」と呼ばれる白血球を壁の中に呼び寄せるのです。呼び寄せられた単球はマクロファージというものに姿を変えます。マクロファージは、とにかくターゲットをトコトン食い尽くします。そして食い尽くされた酸化LDLは泡状に変性してプッと吐き出されます(泡沫細胞)。これが動脈硬化の始まりです。「プラーク」と云いますが、これがある程度増えたところで突然壊れる(プラークの破綻)と急に血液の流れがよどみ、固まって(血栓)流れをせき止めてしまうと、組織が腐れ始めます。脳梗塞や心筋梗塞などがそれです。

現代は、酸化ストレスがとにかく多くなりました。LDLコレステロールの多く含まれた食べ物ばかりを貪り食っています。なるべくしてなった「動脈硬化」の時代なのです。

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アミノ・インデックス

第50回日本人間ドック学会でちょっと聞きなれない用語を知りました。

-「アミノ・インデックス」-味の素(株)が研究、開発した新しい技術のようです。タンパク質を構成するアミノ酸は生物の代謝ネットワークの中心的存在であり、アミノ酸の濃度がその代謝の交通量を示しています。このアミノ酸の濃度パターンを「アミノグラム」と云い、本来それは常に一定に保たれています。ところが、身体の中で何かの異常が出てくると代謝に微妙な変化が出てきます。そうすると当然アミノグラムにも変化が出てきますから、この現象をうまく使って、病気に特徴的ないくつかのアミノ酸濃度の組み合わせを統計的に解析しようというものです。

つまり、ある病気や病態のときに特徴的に増えるアミノ酸と減るアミノ酸を見つけます。ひとつひとつのアミノ酸を解析してもなかなかひとつの病気に特異的な異常はみつかりませんが、これら増えるものと減るものの組み合わせで解析してみると、正常群と病気群に明確に分けられるかもしれない、という研究です。

理屈はとっても生化学的かつ数学的で、まさしく理系の頭でないと付いていけません(ちょうどわたしの対極にあります)が、とにかく、採血してアミノ酸解析をするだけで、たとえば早期がんを見つけたり、耐糖能異常(糖尿病)や内臓脂肪蓄積の有無を判定したり、あるいはメンタル異常(うつ)をスクリーニングしたりできるとしたら、ものすごく画期的なことだと思いました。

「血中のアミノ酸は身体のことを知っている」~キーレクチャーをした味の素(株)の安東敏彦氏のことばが期待を膨らませてくれます。

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体温

今年の春に出現した季節に関連しない新型インフルエンザは、思っていたよりはるかに速い速度で地球を恐怖に巻き込んでいます。

ちょっと喉元がモゾモゾする今日この頃、今までなら、「急な秋の到来で寝冷えでもしたかな」と軽い気持ちでいられたのに、今年は「もしや新型インフル?」と考えるのが医療従事者の義務であります。だから、面倒くさいなあと思いながらも今まで測りもしなかった体温などを測って、隔離されなくても良い身体かどうか確認したりなんかします。

そういえば、体温って測りませんね。血圧も測りません(「高血圧症だから仮面高血圧の評価のためにも定期的に血圧を測ってください」と人には云うけど)が、それ以上に体温なんて自覚症状が強い時でもなかなか測りません。しかも、空調完備で自律神経活動をボロボロにしている現代社会では、この自覚症状というのがまた当てにはなりません。毎日血圧を測る人でも、毎日体重を量っている人でも、女性の基礎体温測定を除けば、きっと毎日体温を測っている人はほとんどいないと思います。だから、毎日体温を測ってみると、女性の生理周期とは別に、男女を問わず思いがけない体温の変化があったりするのかもしれません。

最近の若い人は低体温の人が多いようですが、「平熱」というやつを知らない人が多すぎます。あるいは「自分の平熱は36.8℃だ」と云いながら、よく問いただしてみるとそれは小学校のころのものだったり。具合が悪いときにだけ体温を測っても、それが自分にとって高いのか低いのか判断することができません。今が良い機会ですので、どうもないときの自分の体温を測っておきましょう。

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風船腹の成果

うちの施設にある生活習慣改善プログラムの会員Aさんは、遠くからでもすぐわかるような大きなお腹=「太鼓腹」というより「風船腹」の持ち主です。当初「腹水かと思った」と保健師に云わしめたそのお腹は、腹部CT検査をしてみたらほとんど全部が内臓脂肪でした。

それから数年、なかなか風船の大きさは縮みません。半年ごとにメディカルチェックをしますが、体重が減り、皮下脂肪が減っても、内臓脂肪だけは変わりません。「どうしてわたしの腹は縮まらんのですかね?」・・・チェックの度に二人でため息をつくのが常でした。週に何度もフィットネスジムにやってくるし、最初は渋々だった奥さんも食事制限を積極的にしてくれ始めました。あれだけ大好きだった晩酌も止めてみました。でも腹囲は変わりません。風船は大きくならないけれど小さくもなりませんでした。

ただ、半年前からちょっと変わってきたことがあります。血圧や血糖や中性脂肪や肝機能や・・・採血の値がどんどん正常に近付いているのです。血管年齢や心肺機能も改善しています。内臓脂肪量が変わらなくても、採血データはちゃんと改善してくるので、本人はそれなりに満足気ですしモチベーションを落とすことなく頑張って通ってきています。メタボ系の身体でも、必ずしも内臓脂肪が減らなくても、生活を改善させる努力は実を結ぶものだと実感した次第です。医学的ではないのだけれど、「もともと同じ体積の中にグリグリと硬くなるまで詰め込まれていた内臓脂肪が、今徐々に柔らかくほぐされてきているのかもしれませんね」と話したら、彼は、「分かる気がする」といってちょっと笑いました。

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日本語の誤解

健診の日常業務で受診者の診察をする際に、問診をしたナースから検査に対する医師の指示依頼書が添付されることがあります。

「妊娠中 甲状腺機能低下あり  胃内視鏡検査で注射薬を使用して良いか指示ください」

その書類にはそう書いてありました。部屋に入ってきたのは、38歳の女性です。ハタと困りました。「婦人科じゃないんだから、妊婦に薬を使っていいかなんておれには判断出来ないぞ!」・・・内心焦りながら、診察をしました。甲状腺を触診しながら、「甲状腺ホルモンは内服しなくても大丈夫なのですか?」と質問しました。甲状腺機能が一定以上低下しているならば甲状腺ホルモンを補充するのが常だからです。ところが、その女性からは意外な返事が返ってきました。

「いいえ。妊娠した時だけ甲状腺機能低下症だと診断されましたけど、今は正常だそうです。」「え?今は妊娠中ではないのですか?」「いいえ、妊娠はしていません。」

やっとすべてが分かりました。ナースのメモは、「妊娠中(に)甲状腺機能低下症(になったこと)あり」という意味だったのですね。そういう気持ちで読んだら、なんら矛盾しない普通の日本語でした。思い込みは本当に怖いものです。今回は、逆方向の思い込みでなくて良かったと思いました。

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本当の心電図所見

数年前、たまたま救急外来に用事があって行ったら、これから緊急手術になるという救急患者さんの心電図がありました。うちの病院ではそれを一度循環器内科医が確認してサインするのが習慣です。担当の循環器内科医は違う急患さんに対応中でしたので、気を利かせてわたしが読んであげました。

<完全右脚ブロック、手術可能>

そしたら、それを後ろから見ていた若い先生が声をかけました。「先生、ちょっと良いですか?」・・・春からうちの病院に来はじめた研修医の先生だそうです。「この心電図は本当に『完全右脚ブロック』でいいんですか?このQRS幅とRSR'のノッチの形が・・・これは定義にあてはまらないのではないのでしょうか?」

彼は心電図診断の定義について述べ始めました。面倒くさいなあと思いながら、ちょっとタジタジしながら、それでもできるだけ平静を装って答えました。「そうそう。正式に云ったらこれは『心室内伝導障害』でしょうね。でも、それじゃあもらった相手が何のことか分からないでしょ?『伝導障害があって、それが左脚ブロックパターンじゃなくて右脚ブロックパターンであり、だから心機能に問題がなさそうだということを伝えれば、救急の現場ではそれで十分なんだよね。かえって幅が広すぎる『心室内伝導障害』の表現をするより臨床現場では親切だと思うよ。」・・・半分本音、半分ハッタリの返事をして応答を待ちました。ちょっと不服げでしたがとりあえず彼は反論をしなかったので、さっさとER室を退散しました。いらんことするもんじゃないね。

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納得してないんです。

テレビでお笑いタレントさんがあるエピソードを話していました。「犬の散歩中に、その犬の尻尾を引っ張って離さない女の子がいた。その子のお母さんは『○○ちゃん、そんなことしたらワンちゃんがかわいそうでしょ?』と云うばかりで、子どもは面白がってやめる気配がない。いつまでも止めそうにないので、そのタレントさんがその子の三つ編みの髪を引っ張って『こんなことされたらイヤやろ?』と云ったら、途端にその子のお母さんにひどく叱られた!」というのです。

「そうなんよ。最近のお母さんは、『子どもは話せば分かる』と思っているのよ。」と一緒にテレビを観ていたが、急に強い口調で云いました。

「もうちょっと待ってください。この子はまだ血を採ることを納得していないんです。」・・・小児科を受診して採血室にまで来てからそんなことをいうお母さんが少なくないのだとぼやきます。「こんな小さな子どもが注射に納得なんかする訳ないやないか!自分の子どものころを考えたら分かりそうなものなのに・・・」と思いながら、良い頃合に「ハイ、いいですか。そろそろ採りますよ!」と有無もいわさず押さえ込んで採血するのが常だとか。「話したって分かるもんか!」が彼女の持論です。

子育てについて、何かの理解を間違っているのでしょう。くだんのお笑いタレントさんの件も、彼がその子にやったことは、本当はその子のお母さんがすべきこと。わたしたちが考える限り「当然」と思うそんなことが、どうも通用しない昨今なのですね。オジサンには当惑することだらけです。

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いっぱい食べても脂肪抑える化合物発見

いっぱい食べても脂肪抑える化合物発見http://www.asahi.com/science/update/0828/OSK200908270148.html

朝日新聞にこんな記事が出ていました。

京都大学のグループが「細胞内で脂肪の合成を抑える化合物」を発見したというのです。食べ過ぎで肥満になったマウスにこの化合物を与えたところ、体重増加や血糖値上昇を抑え、脂肪肝になるのを防いだそうで、糖尿病や脂肪肝などの治療薬開発につながる可能性を示唆しています。

この異常な過食・肥満社会では福音のような話です。ただ、わたしはどうもこの手の開発が好きになれません。現代社会で全人類の目の敵にされている「脂肪細胞」ですが、本来この「脂肪細胞」が動脈硬化を抑えて糖尿病を予防する仕事をしています。食べ過ぎて脂肪細胞が大きくなりすぎて、そのために本来の仕事ができなくなった。でも食べる量を減らすのは辛いから、それじゃあ、増えないようにする物質をみつけよう、という発想はどうしたものだろう?そんな欲求を満たすためだけのために、本来の生物のもっている機能をいじるようなことをしても本当に大丈夫なのだろうか?綿々と精密に組み合わされて作られてきていた生物の細胞機能が人間の都合に合うように姑息に操作されてしまうのは、遺伝子操作と同じように、何かとんでもないしっぺ返しを食らわせられるのではないのだろうか?心配性のわたしにまた心配の種がひとつ増えました。是非とも、重篤な病人に限定した福音のレベルで抑えてほしいと切に願います。

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目標達成術

メディカルサポートコーチング(奥田弘美先生)の今回の講義のメインはこっちでした。

「マイゴール(自分の目標)」を設定し、それに対してメリット・デメリットを書き並べ、さらに具体的なゴールした姿をイメージしてビジュアル化する。次に具体的に何をしたら達成できるかを書き並べた上で、何からするかを決めていくのです。他のコーチングのセミナーでも、あるいはあるネットビジネスの研修会でも同じようなことを教わりました。これはコーチングの基本的な手法ですので、とてもいい方法だとわたしも思います。ただ、やはりわたしは、こういう研修の場だから、あるいはどこかに相談に行った先だったり、グループでやっているときだから、できるのだと思ってしまいます。だれからも「書いてごらん」と云われないのに、だれも見ていないのに、自分だけで「書く」という作業が習慣になっていないのです。自分に素直になって自分の心の中で「自分を見つめて考える」ということは割合抵抗なくできることです。なのに、それを文字にして形にするという行為が、どうも気恥ずかしいのです。

それでも今回は「演習」でしたので自分でもやってみました(もちろん、「やれ」と云うからやるのですが)。「まず『私の達成したいこと』を書いてください。何でも良いです。」・・・先生は軽い口調で云いました。ハタとペンが止まりました。そうだった!まず第一に、私は「自分の達成したいこと」がはっきりしないのだった!書いては消し書いては消しした挙句に、やむを得ず、「酒をやめたい」と、アル中のオヤジらしく殊勝なことを書いてみました。メリット・デメリットも書き並べました。・・・そして最後に、「とりあえずやること」として「帰ったらすぐ犬の散歩に行き、家に戻ったらすぐに大量のお茶を飲む」と書きました。「いつからしますか?」の問いには「あしたから」・・・。

「今夜からする!明日朝になったらもう今の心は半分になってますから、必ず『今夜から』何かをしてください!」・・・日頃の講演で、いつもそう話している私ですのに。

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「人は聴いてもらえないと動かない」

ブラッシュアップ研修会では『メディカルサポートコーチング』の話もありました(精神科医、奥田弘美先生)。

「応用編」がメインでしたが、やっぱりわたしの頭は「基礎編」で停滞します。すべては「聴くこと」から始まる。「耳」プラス(+)「目」と「心」と書いて「聴」とは、まあよく考えたものです。先入観を持たずにとにかく聴く。うなずいて相づちを打ち、オウム返しを繰り返す・・・2年前の情報管理指導士の資格取得のための研修会でも教わりました。そして反省しました。でも、やっぱりできていないなあ。途中で一切口を出さずに聴くことも、オウム返しも、理屈で分かっていてもできていないなあと、またまた反省です。まあ反省は何度しても良いことです。その都度リスタートのきっかけになりましょう。また今日から意識のし直しですね。

そんな中で、今回わたしのこころに残ったスキルは「ペーシング」です。「ペーシング」、つまり相手にペースを合わせること。同じ視線、同じ声の調子、同じ声の大きさ、同じ速さ、同じ雰囲気・・・これを合わせて調和したときの心地よさは自分でもよくわかります。わたしはつい早口になってまくし立てるクセがあるので、時々リセットさせて、ゆっくり、落ち着いたトーンで意識的に話すようにすることがあります。ところがこれがあまり奏功しないのです。「暗い」とか「態度が悪い」とか云われ、どうも評判が良くないのです。これは、そんなTPOをわきまえていない、いわば「KY」の典型なのだと云うことが理解できました。

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LDLコレステロールの位置

先日、人間ドック健診情報管理指導士のブラッシュアップ研修会に行ってきました。単位取得のためではありますが、実際の特定健診・特定保健指導に携わっている人たちの研修会なので、「ただ出るだけ」的な出席者は少なく、講義もおもしろくて、割といい時間を過ごせたと思います。

特定健診の必須項目に入ってない高LDLコレステロール血症や、慢性腎臓病(CKD)の元になるクレアチニン値の問題、あるいは肝機能障害の有無など、実際にやればやるほど問題点はどんどん表に出てきます。それに不満を持ちながら、最悪のシステムだと批判しながらも、きちんと活用して実りあるものにしようと、日本中の現場はみんな本当に頑張っていることがわかって心強く思いました。

メタボリックシンドロームは、もともと「LDLコレステロールは正常で、中性脂肪やHDLコレステロール異常のある人」でした。ところが、いつの間にか後者だけが取りざたされてしまいました。だから、特定健診(メタボ健診)の必須項目(中性脂肪、HDLコレステロール)に従って特定保健指導の対象にされている人の中に、すぐにクスリを飲まなければならないような高LDLコレステロール血症を合併する人もかなり含まれています。こういう人は、保健師さんや運動指導士さんのお世話になる前にまずは病院を受診しなければならない人たちです。ヘタをすると、やせるために運動をしている最中に心筋梗塞や脳梗塞になる危険性があるからです。ところが、今のメタボ健診の条件では、必ずしもLDLコレステロールを加味しなくてもいいのです。医療の素人である保険者が、「してくれ」といえば基本的にはしなければなりません。怖い話だと思いませんか。

でももっと怖いのは、今回の選挙です。マニフェストによると、民主党が政権をとったらこの膨大な金をかけて始めたシステムがなくなるかもしれません。馬鹿げています。

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LDLコレステロール直接測定法

LDLコレステロール(LDL-C)、通称「悪玉コレステロール」を知っていますか。

現代社会の病気、特に動脈硬化をもたらす生活習慣病の主役を演じるのがこのLDL-Cです。日本人のようにHDL(善玉)コレステロール(HDL-C)が多い人種では、世界が騒いでいる総コレステロール(TC)ではなくてLDL-Cの高値こそが問題なのだということで、2007年に日本動脈硬化学会が「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007」を発表したときに、管理目標の指標をTCからLDL-Cに変更しました。テレビのCMで徳光さんが「LDLコレステロールが・・・」というのを聞いたことがあると思います。最近はあえてLDLということばを広げようとしているようです。企業によってはTCを検査項目から削ったところもありました。

ところが今、そのLDL-Cを直接測定する方法に疑問符が投げられています。第41回日本動脈硬化学会総会のシンポジウムで発表された内容によると、現在LDL-C直接測定法を臨床応用できている8つの方法の間にバラツキが大きすぎて、精度面で問題ありということです。検査の方法によって数値に差が出てくるようでは、出てきた数字に意味がありません。学会としての結論は、今のところはできるだけ間接測定法(Friedewald計算式)で計算した数値を優先した方が良いということです。そうなると自ずとTCを測定しないとLDL-Cの値は出てこないことになります(LDL-C=TC-(HDL-C)-TG/5)。

ちなみに、だからこそ以前ここで書いた「non-HDL-C」を指標にするのが良いのではないかという意見も現実味を帯びてきているようです。まだまだ混沌としています。

ただ、動脈硬化の主役がLDL-Cであるということには変わりはありませんので、しっかりと食事療法に励みましょう。

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おまんじゅうの食べ方

軽い糖代謝異常を有するわたしの義母は、それなりにきちんとした食事療法をしています。定期的にスポーツジムで運動もしていますし、夜7時に夕食を摂って以降は何も口にしないということをしっかり守っています(と、本人が云っています)。

そんな彼女の現在の最大の命題は、お客さんや友人が持ってくる差し入れのお菓子とどう戦うか?です。洋裁の仕事をしている義母の人付き合いはとても広く、家に来客が絶えません。彼女の世代の女性は、当然のごとく手ぶらで来たりはしません。もってくる菓子は甘いものばかり。そして独り暮らしだというのに、体裁を整えて包装された菓子箱のなんと大きいことか。加えて、糖尿病家系の人間のサガとして、甘いものはキライではないのです。

さてさて、そんな条件の女性は世にたくさんいるはずですが、甘いもの、特におまんじゅうを食べるとき(「食べない」の発想は無理だから考えてはいけません)、できるだけ食後高血糖にならないですむ食べ方はないのでしょうか?先日、うちの管理栄養士さんに聞いたら、「食間に食べず、食事に続けて食べる」が一番だ、という答でした。そんなのはダメです。欲しくなるのはおやつ時の小腹が空いている時間帯なのですから。しかも、「ごはんの後のケーキは別腹」というのは、日常茶飯事の常識ですからあまり意味がありません。○○のお茶と一緒に食べるといいとか、△△と食べあわせるといいとか、そういう怪しい健康番組に出てきそうな、そんな下世話な朗報が何かないものでしょうか。

10月に生活習慣病の食事についての研修会があるようなので、そのときに質問してみようかな、と考えているところです。

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わたしはそれです。

「『萎縮性胃炎』は"胃が歳をとって細胞がしわくちゃになった"という意味ですので、是非とも胃の負担を取ってあげてください。『食べ過ぎない、飲みすぎない、イライラしない、よく噛んで食べる、夜遅くにモノは食べない、食べてすぐ寝ない、禁煙する』・・・」と説明していると、相手はそれを奪い取るように、すかさず答えるのです。「ああ、わたしは『イライラしない』だわ!」と。

だれも、「これらの中のどれかひとつを選びなさい」とは云ってません。どれもこれも全部が必要なのです。頭を掻きながら、「全部当てはまってますね」と云う人は割と冷静に自分を分析できている人だと思います。それに対して、ほとんどが当てはまっているはずなのに、その中のひとつを取り出して「それだ!」と主張する人は、自分に自信があるのではなく、どうも自分自身が分かっていないことが多いように感じます。

「生活習慣病の治療の基本は、『無駄に動く、無駄に食べない(作らない)、タバコを吸わない』です」と云うと、「わたしの場合は運動不足ですね」と自己解析する人もいます。そんな場合、わたしは、「自分で解析するのとは違う方に真の問題があるもの」という感覚で話を聞くことにしています。「それ以外は自分はできている」という主張ではなく、それ以外の部分は「触れたくない」という気持ちの表れのように感じるからです。

ちなみに、多くの皆さんが勘違いされますが、「そんな生活をしていなかったから萎縮性胃炎になった」のではありません。そういう弱った胃の状態になっているから、これからはそんな生活に心がけて「胃をいたわってやってほしい」、といっているのです。

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意外に噛んでない

数年前、夕食のおかずを半分にしてみました。わたし自らが提案したことですが、外で何も食べてきていないということを妻に信じてもらうのに半年かかりました。「あなたにはありえない!」と云われました。あのころ、半分になったおかず(もちろんごはんも半分)を口に入れながら、良く噛みました。噛まないと目の前のものがすぐになくなるからです。飲み込みかけたものをもう一度口に戻して噛み直したこともあります。

だから、今でも弁当をたとえ5分で食べても、ちゃんと噛んでいる自信がありました(「噛む時間なんかありません」2009.7.26)。

先日、消炎鎮痛剤の影響で逆流性食道炎になりました。一日中胸焼けがひどく、ものを食べると痛みさえ感じるようになりました。昼食のために持っていくのは、いつも5分で食べ終えることのできる小さな弁当箱です。いつものように弁当箱を開けましたが、やはり痛くて飲み込めません。なかなか飲み込む勇気が出ないため、いつまでもいつまでも噛み続けました。

このとき、再認識しました。これまで自分は噛んでいるつもりでいましたが、いつの間にか全然噛まなくなっていました。世間の人より噛んでいるかもしれませんが、でも自慢するほど噛んではいません。「噛む」って、こういうことだな、と思い出しました。それをしっかり再認識することができたのは逆流性食道炎のおかげだと思います。

でも、食道炎も良くなって、またちょっと噛まなくなってきたかな、と反省。

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母乳信者の誤算

小児科クリニックに勤務する妻がテレビをみながらぼやきました。テレビでは、ある産婦人科病院で新米お母さんが我が子に母乳を飲ませる教室を開催していました。

「何でも『母乳、母乳』!って云ってるけど、実はそれなりに考えものなんだよね。保健師さんによっては、ミルクは毒物だから絶対飲ませちゃダメ!母乳あるのみ!って指導する人までいるのよ。困ったものよ。」

母乳には赤ちゃんが必要とする栄養素が、バランス良く過不足なく含まれている。そして母乳には病気に対する免疫力がたくさん備わっていると云われます。

ところが、最近の若いお母さんときたら、決して栄養が十分とは云えません。だから母乳だけで育てると、赤ちゃんに十分な栄養が行き渡らない危険性もあることが報告されています。そしてもうひとつの誤算は免疫の問題。今時の若いお母さんたちは子どものころに本当の病気にほとんど罹っていません。わたしたちは、風疹(三日はしか)・麻疹(はしか)・水痘(水ぼうそう)などに普通に罹っていましたが、最近はワクチンをきちんと打っているために、罹らないままのヒトが少なくないのだそうです。ワクチンで作り上げた免疫力は、本当に罹ったときにできる免疫力ほど強くないのです。つまり、お母さん自体に大した免疫力が備わっていなかったりします。

たしかにミルクは毒物です。アレのためにアトピーになり、喘息になり、栄養過剰になり、骨を弱くします。それでも、それでなくてもあまりおっぱいが出ないお母さんが少なくないのに、あまり万能ではなくなっている母乳神話に完全にしがみつくのは、もしかしたらあまり現実的ではないのかもしれません。

昔の常識は、机上の空論としてうち崩されていくんだろうかなあ、と思いました。

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3Dアート

焦点をぼやかしながらぼーっと眺めていると、突然その中に立体画像が浮き出てくる絵があります。3Dアートとかいうやつです。「裸眼立体視(ランダムドットステレオグラム)」と云うんだそうです。

初めて目にした15年くらい前にはなかなかうまくいかずに苦労しましたが、最近は隠れた世界を簡単に目の前に展開させることができます。訳の分からない幾何学模様の中に、突然ハートマークの山やらせん階段が迫ってくる感覚は、経験したことのある人にしかわからない感動です。

わたしは、生活習慣病を持つ受診者のだれかが「あ、そうか!」という閃きを感じて、その後の生き方を変えてくれるきっかけになってくれればいいなという思いで、いつもアドバイスをしています。健診を受けるということがそのきっかけの場になればいいなと。自分でも経験したことのあるその感覚は、ちょうどこの3Dアートに似ているなといつも思っていました。一生懸命に凝視しつづけるだけではその感動の世界は姿を現しません。でもいろいろと模索しながらいろんな角度からながめていると、それはあるとき突然浮かび上がってくるのです。「わあ、これか!これがみんなが騒いでいた世界なのか!」・・・このとき、川の向こう岸で楽しんでいる皆さんの世界の中に突然ワープすることができるのです。

「なんだ、簡単なことじゃないか!」・・・経験したヒトが必ず思うその感覚は、経験できたヒトにしかわからない感覚なのです。それをできるだけ多くのヒトに味わってもらいたい。意外に殊勝なわたしです。

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健診医の仕事

eGFRの評価を始めて4ヶ月あまり、先日医局の会議にちょっと遅れて参加したら、それが問題になっていました。あまりにも異常値としてひっかかる人が多く、意味を説明するのに時間がかかるから判定基準から消した方が良いのではないか、というニュアンスの意見でした。

「何を云ってるんだろう、この人たちは?」と耳を疑いました。異常者が多すぎるのは基準がおかしいからだと云いたいのだろうか?思っていた以上に腎臓の予備能が落ちている人が多いということがわかっただけのこと。だからこそ動脈硬化の危険因子を持っている人の生活改善をもっとしっかりやってもらいたい、と指導するのには恰好の材料だと思っているわたしとは、やはり根本的な健診に対する考え方が違うのだなと再認識させられました。

彼らの思っている「健診」は、やはりいまだに「病気の早期発見」なのだなと思います。わたしが健診に求めている「病気になんかならない人生への修正」との意識のギャップはまったく埋まってないように思います。早期胃がんをみつけたとか、乳がんを小さいうちに発見できたとかと同じ感覚で、「もう病気になってしまったものを軽いうちに指摘できる」というのでは、そこいらの病院の医者となんら変わらないではないか!とついつい熱くなってしまうのです。

ちいさな漁船は目の前に障害物が見えてからでもすぐに避けられますが、大きな艦船は肉眼では見えないようなはるか遠くに障害物を発見した時点ですぐに舵(かじ)をとらなければ衝突は免れないものです。現代人の多くがそんな大艦船の生活をしているのだということに気付いて、早く考え方や生活の仕方を変えてくれたらいいなと思いながら、実りの少ないことをグチることなく口うるさく結果説明をしている毎日です。

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CKDとタンパク質

糸球体濾過量を簡単な計算式で推定できる、推算糸球体濾過量(eGFR)が徐々に世間に浸透してきました。これは、以前書いたことのある慢性腎臓病(CKD)を見つけるための指標です(「CKD」2008.5.6)。

今までの腎機能検査で正常と云われている人の中に、思ったより腎臓の予備力が低下している人が隠れており、その人たちが将来人工透析になったり心臓病や脳卒中になったりし易いので早めに見つけだそう、という発想から生まれた概念がCKDです。

この4月から、うちの健診でもeGFRの計算結果を表示するようになりました。思っていた以上にeGFR値が正常基準の90ml/分/1.73m2より低い人が多いことが分かって驚きました。これが60ml/分/1.73m2より低い人は中等度CKDとして腎臓病専門医の指導を受けることが勧められていますが、今まで「正常」だった中にたしかにそういう人がいます。それが低いからといって特別な治療があるわけではありません。●水分のとりすぎと不足は有害である。●塩分制限の基本は6g/日未満。●肥満の是正に努める。●禁煙は必須である。●中等度以上低下したらタンパク質制限(0.6~0.8g/kg/日)が有益。●エネルギーを取りすぎない(30~35kCal/kg/日)。●酒を飲み過ぎない。●血圧は130/80mmHg未満に保つ。・・・これが正式に勧められるCKDの治療方法です。つまりは生活習慣病の是正ですが、それをより厳密に厳しくすることを強いているのです。

わたしは脱水に注意することと無意味にタンパク質を摂りすぎないようにすることを強調しています。現代人は思っている以上にタンパク質を摂りすぎています。脂肪燃焼に有効な○○酸、アンチエイジングの美肌効果に△△、ダイエットに低脂肪高タンパクの□□、たまった疲れを取る●●・・・健康ブームのおかげで、「カラダに良い」という謳い文句に釣られて無意味にタンパク質ばかり摂っていますが、腎臓に一番負荷をかけるのがタンパク質だということを忘れてはいけません。

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より高い理想を求めて?

3ヶ月間の生活改善プログラムで採血データがまずまず改善したある男性がいます。内臓脂肪量が、基準値以下にはなっていないものの明らかに減少しました。採血データも若干正常より高いものが数個あるものの軒並み前より改善していました。ですので本人はそれなりに満足して喜びました。

でも、実際は、週に1回フィットネスジムに来るようになった以外は運動量は前と同じ。夜のアルコールも止められず食事も毎晩たっぷり摂っている、とのことです。週1回の運動ぐらいで採血データや検査データがここまで良くなるとは思えませんから、無意識のうちに前より活動量が増えていたり、前より料理のカサが少し少なくなったりしていることは容易に推測できます。なかなか良い感じなので、「今を維持させましょう」と云って励ましました。

ところが、担当保健師さんが満足しません。「まだガッツリ食べているんですよね。お酒ももう少し減らせるんじゃないかと思います。」と、さらなる生活改善のための介入に意欲的です。「せっかくがんばり始めたのだから後一息がんばらせたい!」という彼女たちの声を聞きながら、熱心だなあと感心しました。でも、そこまでしなくても今それなりの成果が得られているのです。なのに、「生活改善」の名目でもっともっと紳士淑女たれと責められる。そこまで模範的な生活に矯正させることが、そのヒトの人生に本当に必要なんだろうか?

この仕事をしているといつも突き当たる疑問なのです。

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特定保健指導

保健師さんが、健診結果の束をもってやってきました。「これから郵送するんですけど、先生見てくださいよ。みんなすごいんですよ!」喜々としてそう話し始めました。

そこには春の健診で「積極的支援」という特定保健指導を受けることになったみなさんの、6ヶ月間の努力の成果がありました。どれも見事に改善しています。5~10kg近く体重が減っているだけではなく、問題だった検査データも軒並み良くなっています。これは盲目的なダイエットではないことの証だと思います。とやかく云われている特定保健指導ですが、きちんと取り組めば、より安全で効率的に生活改善効果をもたらせる良いシステムだと思います。

「ただ、」・・・イケズなわたしは、ついつい釘を刺してしまいます。「ここまでは、真面目に取り組みさえすれば、どこでもだれでもできるのよね。問題はこれから・・・!」

がんばらなければならないショッキングなデータが目の前にあり、いつまでに達成させるぞ!という具体的な目標さえあれば、ヒトはだれしもがんばれます。でもその結果発表の日がやってきて、達成感に安堵したその時点からモチベーションが保てなくなるものです。結果として1年後には元に戻るかむしろ前よりひどくなる、これが「リバウンド」です。せっかく良くなったデータを維持させるにはどうしたらいいか、それは日本中の健診世界の命題です。なぜできないかといえばモチベーションが続かないから。なぜ続かないかといえばうるさく云う人がいなくなるから。なぜいなくなるかといえば、予算がないから。・・・この鎖をどうやったら切れるか?どうか保健師のみなさん、せっかくつながった縁ですから彼らを真の勝ち組にしてあげてください。わたし個人の意見では、誰もに通用する普遍的で効率的な策を練ろうとするからうまくいかないのでは?と思います。成果を出したあとには、オーダーメイドの介入しかないはず。人海戦術でいいからひとりひとりに合ったモチベーション作りを手助けしてあげてほしいなと思います。

「楽しくなければ人生の無駄使い!」という歌詞が、サンバおてもやん♪の中になかったかしら。まさにそれだね!

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指紋認証

会員登録をしているある医療ページを開けようとしたら、ログインパスワードを聞かれました。覚えてねえぞ、そんなもん!と思いました。クレジットカードの暗証番号を入れるときも、ハタと手が止まることが多くなってきました。

セキュリティの重要性がさけばれるようになり、いろいろな登録をするたびに暗証番号やパスワードを決めさせられます。いろいろ思いつきで決めているとそのうちどれがどれだったか分からなくなりそうで、全部を同じものにすると危険だと云われ、やむを得ず会員番号とパスワードの一覧表を作ったら本末転倒だとおこられました。さらにいつも同じだと何かのはずみで盗まれるから、クレジットカードやキャッシュカードの番号は定期的に変えるように勧告されています。それは理論的には大変良く分かります。そして、そんな勧告をしたのにもかかわらず変えずに事件が起きたらそれは本人の責任だからね!と云うための策だということも一目瞭然です。でも、とてもとても。それでなくても覚えられないのに、ちょこちょこ変えていたのでは、必要なときにどれがどれだったか思い出せる自信などありません。

その点、最近でてきた「指紋認証」や「声紋認証」はなかなかありがたいかもしれませんね。これだと何も覚えなくてもいいし・・・。あ、いかん!こんなものが普及したら、一層何も覚えなくなって、ボケの始まってきたわたしなんか一気にボケボケになっちゃうかも!今や、携帯電話のおかげで、他人どころか自分の電話番号すら覚えていませんもの。

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自分の生き方

林田正光氏は48歳で胆管狭窄症に黄疸を併発し、治療に時間がかかったために、前に勤務していたホテルでずっと築き上げていた地位を剥奪されました。大学も出ず英語もパソコンも得意でない彼は、「世の中ってそういうものだと割り切ることができた」と云います。でもそれは諦めでもへこたれでもなかったのです。彼には叩き上げのホテルマンとして顧客サービスをていねいにやってきた自信がありました。それが彼のその後を決めたのだと思います。

何年か前、当時の上司がわたしに云ったことばはショックでした。「わたしは、キミが今以上の役職につけるように推薦することができない。なぜなら、キミには何の肩書きも専門医資格もないからだ。今の病院のトップは、まず客観的な肩書きを評価基準として求めるようになったのだ。」・・・「それではしょうがないですね。」と笑いながら部屋を後にしましたが、その日の自分の行動をあまりよく覚えていません。わたしが若かったころ、「つまらぬ肩書きや地位ではなく、いかに切磋琢磨して患者治療に取り組んだかが評価されるべきだ!他でどれだけ偉かったかなど意味のないことだ!」と云い切った病院トップの意気込みに「ここは凄いところだなあ」と感動したことを、なつかしく思い出していました。

その後、意外にもろかったわたしのこころとカラダは、ご他聞にもれず不眠症からうつ病へ、胃潰瘍や円形脱毛症やと起しました。自分はこの組織に必要な存在なのか?自分はここにいる意義があるのか?夜中まで考え込んでいたそんなころ、ふっと「自分は何のために医者になったのか?」を思いました。「そうだった。自分はただ患者さんを良くしたいと思ったから医者になった。わたしほど患者さんのこころを代弁しようとする医者はそうはいなかったはず。・・・組織の管理者なんかにならないで済む分、自分のやりたかった医療をこれからも好きにやれるのではないか?それはラッキーなことではないか?どうせ道が限られているのなら、怖いものはないから気兼ねなくやらせてもらおうか。」

とても楽になりました。もちろん今でも周期的にうつの嵐がやってきます。それでも、昔よりずっと余裕のある人生を送れているような気がしています。

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断らない救急

開業前のリッツ・カールトン大阪に営業支配人として採用され、その後営業総括支配人になた林田正光氏のくだりも好きです。林田氏は、今もそのころの経験を生かして全国を飛び回って活躍しているそうです。

ホテルの評価が上がると満室のことが多くなる。お客様の予約を受けられないとき、「あいにくご予約は一杯でございます」といって切るのでは普通のホテルであり、彼は、「私どものホテルは一杯ですが、明日のご予約ですから、もしお困りでしたら、近くの同ランクのホテルの空き状況と料金を調べてご連絡いたします。いかがしましょうか。よろしければ、私どものほうでご予約の手配もさせていただきます。同業ですので割引できないかも伺ってみます」と答えるようにしているといいます。

何もそこまでする必要はないだろう、と思いますか?彼のモットウである「NOといわないホスピタリティ」を常に念頭に置き、実践していたヒトを他にも知っています。わたしを今の職場に引っ張ってきてくれたわたしの恩師です。「断らない救急」をモットウに、救急患者依頼の電話はどんなものでも必ず受けなさいと云われました。今ではめずらしくありませんが、20数年前の異端児の発想は、病院の中でもかなりの軋轢がありました。今は「断らない救急」の申し子のような顔をしている病院管理者の先生方も当時は「スタンドプレイだ!」と云って目くじら立てて反対していました。「相手の先生は困っている。助けを求めている。それを門前払いするな。それがたとえ心臓に関係なかったり大したものじゃなかったとしても良いじゃないか。それは患者さんにとってはありがたいことだ。紹介してくれた先生に恥をかかすな。すべてを受けることで信用が生まれる。困ったときには頼りになる病院として、先生にも患者さんにも信頼のつながりが出来るんだ」~それが彼の口癖でした。そうやって評判があがると、とうとうベッドが足りなくなってきました。急性心筋梗塞を始め、循環器救急の病気はどれも命に関わる重大なものばかりですから時間との勝負です。うちに空きがないから、と断るわけにはいきません。わたしたちは、近くの心臓救急を行っている病院に連絡を取りました。わたし自身、病院のドクターカーで患者さんを迎えに行き、それをまだ余裕のあった大学病院に連れて行ったこともあります。今はたくさんの高度医療をする病院ができましたからそんなことはなくなりましたが、信用と信頼というものはそんなこころからやっと生まれてくるものなのだということを、わたしは今は亡き恩師からそのときに教わりました。

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「早起きは三文の得」ではなくなった?

米国の高校で10年くらい前から始業時間を遅らせる学校が増えている、という記事が医学雑誌MMJ(July 2009,vol.5,No.7)に出ていました。もっとも、遅らせても午前8:15始業ですから、そもそも早すぎだろ!という気がしないでもありませんが・・・。

始業を遅らせると、授業に積極的になり、居眠り・遅刻・欠席が減り、さらにカウンセラーへの相談者やうつ症状を訴える生徒も減ったとのことです。学業成績向上にもつながっているとかいないとか。たしかに夜更かしグセの高校生たちにとって、朝まだ頭も起きてないのにイヤイヤ登校することが減るのですから、この結果は「さもありなん」と納得できますが、これを少し科学的にアプローチしていました。

10~17歳の学生が最適な覚醒を得るために必要な睡眠時間は平均9.25時間(Sleep 2002;25:606)。ところが面白いことに、ヒトの体内時計が思春期になると変化して、睡眠導入が小児期より1時間遅れるのだそうです。だからその分、朝の覚醒時間も遅れることが明らかになったと書いてありました。実際に睡眠概日リズムマーカーのメラトニン量を測定すると、思春期前の子どものメラトニン分泌開始が午後9時半ころなのに対して、思春期になると午後10時半になるといいます。メラトニン分泌は眠たくなる1時間前に始まるので、つまり思春期の子は午後11時半以降にならないと生理的に入眠準備ができていない、とBrown大学の研究は語っているのです。

こんな夜更かしが正当な理由付けとしてまかり通るなんて、時代は変わりましたねえ。

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老人腹

運動する時間がなかなか取れなくなったわたしですが、手足の太さにはあまり変化がありません。義母などは会うたびに「やせた、やせた」と云いますが、これはやせたのではなく筋肉が萎んでいっているのだと思います。それは男性の老化の典型のような気がして、まったく気に入りません。

一方で腹だけが何となく出てきてしまいました。風呂に入る前に洗面所の鏡の前でポーズをとってみても、脇腹のプヨプヨした脂肪はいつの間にかわたしのカラダから「くびれ」という単語を消し去っていました。おかしいなあ。1年前はこうじゃなかったぞ!2年前はもっと締まっていたぞ!と、ニンゲンはどうしてこうも過去の栄光に浸りたがるのでしょうか。この歳になると、腹筋の周りの脂肪は簡単につきます。脂肪は、腹筋に力が入らなくなった瞬間から貯まります。でも腹筋は意識していないと使いません。椅子に座って背筋を伸ばしているあいだは使いますが、背もたれに触れたり、ちょっと猫背になったり、あるいは机に肘を置いた瞬間から、まったく使わなくなります。これはなかなか厳しいものです。

でも、じいさんのカラダにはなりたくないのだ。いい歳をしてバカみたい!とお思いかもしれませんが、いやいやこれこそがアンチエイジングです。これだけはいつまでもジタバタしていたいのです。とりあえず、いつもいつも、オードリー春日かタイガーウッズの姿勢を意識したいと改めて誓い直す今日この頃でございます。

ただ、最近もうひとつ気になる箇所が出てきました。「ほっぺた」です。垂れてます。太ったのではなくて、垂れてます。半年前には気づかなかったから、最近急に垂れてきました。ヤバイです。じいさんのほっぺたです。これはどうしたらいいんでしょう?とりあえずいつも笑っておくしかないと思います。毎日無理矢理に笑うことにいたしましょう。

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夏用スーツ

講演をする機会が増えたので、2年前に夏用スーツを新調しました。東京にいた頃にダブルのスーツを買って以来なので、奮発してオーダーメイドで作りました。

せっかくやせたのだから、「シルエットのかっこいいのを作りましょう」と云われましたが、どうもそういうのが苦手なので(いや、実はすごく憧れなのですが、子どものころから肥満児だったわたしは、服を買いに行ったらデザインよりもまず体に入る服があるか探す習慣でしたから、「オシャレ」というものに縁のない人生だと諦めておりましたのです)、モジモジしていたら服屋さんがどんどん話を進めてしまいました。

濃紺の上品なストライプ柄に、よく見るとボタン穴縢りの糸がピンクだったり、ボタンを青や赤の糸で止めたり、あるいは袖口の裏地だけ真っ赤だったり、胸ポケットの裏地を引っ張り出すとピンクストライプのポケットチーフになったり・・・これがなかなか、遊びごころ満載でかっこいいのです。着ているだけでちょっとウキウキします。

わたしたちの年齢になると、年齢より若く見えるか、年寄りに見えるか、とても大きな差が出てきます。「いい歳をしてそんな子どもみたいなことをして!」「普通のサラリーマンだったら仕事でそんなもの着たら信用を失うぞ!」と目くじら立てる人もいるかもしれません。でもむしろ、この歳だからこそ、「この遊びごころをフォーマルで着たい」とまだ思える自分の考え方を自慢しても良いのではないか?と思うております。

ただ残念なことは、暑すぎて、あるいはクールビズで、上着は持って歩くだけのことが多いということです。隠れた遊びごころを見せびらかすチャンスがなかなか来ません。

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40歳は初老

昨年に続いて今年も40歳の公務員に対する講演をしました。

その一週間前には、これも恒例になっている50歳の公務員に対する講演もしましたが、やはり40歳は圧倒的に若いです。50歳の皆さんを相手にしながら、「どれ見ても、まだまだオレの方が若く見えるな」とこっそり思っていましたが、さすがに40歳の皆さんを見たら、くやしいけれど「まったく勝ち目がないな」と降参しました。

同じような生活習慣病の話をしながら毎回自分で痛感することは、今やそれは予防の概念ではなく、若いころから修正しないと手遅れになる時代だということです。それは大きな艦船が遠くの障害物を避けるためにかなり手前から方向転換を始めないと間に合わないのに似ています。厳しい時代ですが、実感がないのが辛いところです。

それはそれとして、「男の人生は『厄明け』から、女の人生は『閉経』から始まる」というのは蓋し正論だなと思います。わたしの場合も厄明けが大きな節目でした。小脳梗塞になったのも、うつ病になったのも、交通事故にあって脊椎ヘルニアになったのも、父が急死したのも、全部40歳代のことでした。一方で、ゴルフを始めたのも、バスケットボールを再開したのも、サッカーのサポーターになったのも、40歳代でした。もう帰っては来ない40歳代ですが、この10年間にここまでいろいろなことがあるとは思ってもいませんでした。人生で一番輝いている時代。でも人生一番疲れている世代。それが40歳代だと云えましょう。

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「噛む時間なんかありません!」

先日、こんな不思議なことを云う女性がおりました。

待ち時間が長かったのか、何となく初めから機嫌は良くはなかったようで妙に無表情な方でした。こういう方とお話しするときにはことばの一つ一つに注意を払いながら話すことにしています。今回は健診で行った胃内視鏡検査の結果の説明でした。所見はほとんど問題なく、ごく一部に軽いびらん性胃炎(胃の表面が少し炎症で荒れている状態)を認めるのみでした。

「ほぼ問題ない胃です。少しだけ荒れているので胃をいたわってあげる意味で、『食べ過ぎない』とか『イライラしない』とかいうことに注意してください。」と云うと、「『イライラしない』は無理です!」と強く否定されました。「まあそう云わず、意識だけでもしてみてください。」とやんわりと進言しておきました。

「結局、『市販の胃薬を飲めば良い』ということですね。」・・・帰り支度しながらその女性がそう総括するので、「いやいや、薬は要りません。代わりにできるだけ良く噛んで食べてくださ・・・」「無理です!わたしは忙しいので噛む時間なんてありません!」~わたしのことばを遮って、そのことばが即座に出てきました。

「いや、忙しくったって噛めますよ!わたしなんか昼飯は5分で食べてしまいますけど、ちゃんと噛んでますもの。早食いだって噛めます!」・・・カチンと来てしまったわたしはついそんな反論をしてしまいました。表情を変えるでもなく帰っていくその女性をながめなら、感情を抑えきれなかった自分に自己嫌悪でした。

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健診任せ?

健診の心電図である種の不整脈や波形異常が見つかった場合、あるいは運動負荷心電図で異常が見つかった場合、わたしたちは念のために専門医で精密検査を受けることを勧めます。そんな方々の中に、受診した医療機関から、「所見はたしかにありますが、特に治療の必要はなさそうな所見なので経過観察してください」という返信をいただくことがあります。翌年に本人に聞くと、「あとは毎年の健診や人間ドックで診てもらってください」と云われた、というのです。

この手の返事が一番困ります。一体、健診で何を診ろというのでしょう?健診で行う検査は、安静時心電図や一部で負荷心電図をする程度です。それで異常があったから紹介したわけで、それを毎年続けたところでほとんど何もわかりません。不整脈に危険性があるのかどうかはホルター検査でしょうし、心肥大の進行の有無は心エコー検査でしょう。それらを見ないと大丈夫かそうでないかの判断はできません。「健診で何かあったらまた来てください」というのならまだしも、この場合はつまり、「無罪放免ではないけれど、面倒くさいからこんな程度のことを自分のところで診たくない。だからそっちで何とかしてください。」という門前払い的な意思表示のように見えます。

こういう返信をされる先生は、基本的に健診でどんなことをするのかあまり理解していません。だから健診でフォローできるのかどうかなど考慮して云っているのではないでしょう(わたしも昔臨床現場に居たときにはそうでしたから)。困ったものだと思いながらも、ハザマにいる受診者の方に今後の方針をどう説明しようかと思案する日々です。

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早歩きしないとダメ?

「きのう、フィットネスジムで運動体験をしたんです。そのときに運動指導士さんにいろいろ教えてもらいました。わたしは毎日30分歩いていますが、あんなんじゃダメだということがわかりました。10分でも良いからもっと早歩きするといいんだそうですが、わたしには体力がなくてきのうも数分しか出来ませんでした。だからわたしはやせないんだわ。」

宿泊ドックを受けたある女性がそう嘆きました。彼女の年齢は72歳。たしかにちょっと小太りで、軽い糖代謝異常がありますが、それなりにコントロールできていると思いました。エネルギー効率を考えると、たしかに早歩きしないと脂肪は燃焼に転じにくいので、ただの散歩ではダイエットにつながらない、というのは本当です。でも、この女性に果たしてそれは必要なのだろうか?という疑問が生じました。「なんでもかんでもやせればいいというわけではない!」~このブログのタイトルにしたことばですが、まさしく彼女はそんな人のひとりのような気がしました。この年齢の女性はむしろダイエットした方が寿命が縮むというデータもあります。もちろん、筋肉が落ちると老化につながりますからしっかりとした運動を続けることは大事ですが、今でも30分もウオーキングしているのならばそれを続けることで十分なのではないでしょうか?この歳で、黙々と必死の形相で早歩きする姿はちょっと異様です。むしろ季節の変化を愛でながら風を感じて歩いてほしい!というのがわたしの持論です。

どうか無理をしませんように。やりすぎに注意して、もっと人生を楽しんでください、と助言しました。ただし彼女の息子さんとお孫さんは太りすぎ・食べ過ぎです。彼らには厳しく接してほしい、とも話しておきました。彼女の持っている生き延びる遺伝子(倹約遺伝子と糖尿病の体質)をしっかり引き継いでいるようですから・・・。

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喘息コーチ

わたしが個人的にゴルフを教えてもらっている男性がいます。

彼から、「最近なかなか治らない頑固な咳に悩まされている」と相談を受けました。生半可な市販の咳止めを飲まずに、呼吸器の専門医を受診することを勧めました。

それに従って受診した彼は、諸検査の末、『気管支喘息』の診断を受けました。多くの内服薬が処方され、1週間後に再診するように指示されました。ところが、一回内服したら、翌朝は目が腫れ上がって開けられないほどになり、からだがだるくてどうしようもなくなったため、怖くなって処方薬を飲まないでおいたそうです。

定期的なゴルフのレッスンを受けたのはちょうどその頃です。かなり苦しそうな咳をしていました。話を聞くと、結局そのまま放置している、と。「飲まないほうが良いですよね?」「他の病院に行った方が良いんでしょうか?」と心配気です。「最初に行った病院で『飲んでみたらこんなことがあった』と云ってください。それで内服薬を変更するはずですから」と助言しました。前にも書いたことがありますが、ある症状で病院に行ってクスリを貰ったのだけれど、それを飲んで副作用が出たとか、返って調子が悪くなったとかいう目に会ったとき、そのまま止めてしまってほったらかしたり、心配になって他の病院を受診する人が少なくありませんが、これは大きな間違いです。こんな場合は、そのクスリを飲まないで処方された病院に行き、事情を話してほしいのです。その情報から医師は処方の修正をします。本当の治療はこのときからです。医者が名医かヤブ医者かはこのとき以降の処方で決まると云えます。

「じゃあ、1週間後にもう一度行ってみます」と彼が云うので、「ダメですよ。明日必ず行ってください」と念を押しました。そんな彼から連絡がありました。クスリを変えてもらったら、ウソのように咳が止まったそうです。名医だったようですね。

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積極的支援レベル

悪名高い「メタボ健診」も、とりあえず始まって1年がたちました。賛否両論ありながら、喧々諤々ありながら、それでもそれなりに定着するものなのですね。最近は、健診のときに「腹囲測定をします」と云っても誰からも拒まれることはありません。

ただ、まだ特定保健指導のことをきちんと理解していない人が多いように思います。健診結果から「積極的支援レベル」と「動機付け支援レベル」と「情報提供レベル」、および「受診勧奨レベル」に分けられるわけですが、その中で最大級の特別扱いを受けるのが「積極的支援レベル」です。保健師さんたちと一緒に具体的な目標を立て、その後何度も定期的に保健師さんから激励の連絡(メールや電話など)を受けながら生活改善に取り組むのです。あまりに悪くて早々にクスリを飲まなければならない人や、すでに服用をしている人は残念ながら対象になりません。そんな人は病院の先生から指導を受けなさい、ということになります。

これまでに何度も書いてきましたが、メタボ健診は、「誰でもやせなければならないのではなく、とにかくやせればいいのでもない」ということを忘れてはなりません。複数の危険因子を持っている上に内臓脂肪がたまっている人(つまりメタボリックシンドロームの人)はやせれば病気がよくなる可能性があるのですが、何も問題ない人や内臓脂肪がたまっていない人はやせたところで何の意味もありません。そんな努力をする前に早く病院でクスリを貰わないと危ない可能性もあります。だから、メタボ健診で動機付け支援や積極的支援にひっかかった人はむしろラッキーです。そのふるいわけのために「メタボ健診」が存在するのだということを忘れないでおいてください。

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厳しい上司がいる。

「うつ病記」の著者はやしたけはるさんは復職後に二度目のうつ病にかかりました。

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「厳しい上司がいる。」

云っていることがキツイと思う。同僚が叱られる光景をみて、イヤだなと思う。指摘を修正するとまた違うところで叱られる。自分の番になるのはイヤだなと思う。でも、とうとうその順番が回ってきた。

以前ももっとひどい言葉を云われたこともあるし上司の性格は理解しているつもりだ。一度長期休業をしているので、うつ病で二度も長期休業すると色々あると思ってがんばっていた。

ある日、別件で機嫌の悪かった上司から理不尽なことで怒鳴られて、自分の「うつ病サイン」が赤信号になったことを悟った。上司の命令を無視してそのまま病院に行った。

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こんな上司が自分の周りにいたらわたしもイヤだなと思いながら、マンガを読みました。でもよく考えたら、自分がまさしくそんな上司なんじゃないだろうか?「仕事は遊びじゃないぞ!プロならプロらしい厳しさを持て!」「おまえは給料ドロボウか!?」「バカじゃない?」そんなことばを平気で発していたのは、まさしくわたしの姿でした。当時のわたしを知っている人は、今でも出会うと目線を逸らします。よっぽどイヤな男だったのだと思います。

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うつ病記

ある薬品会社が企画・発行した小冊子のマンガ「うつ病記」(はやしたけはる著)を以前たくさんいただきましたので、あちこちに配ってまわりました。今回、ちょっとだけメンタルヘルスの講義をすることになったので、久しぶりに引っ張り出してきて読みました。以前読んだときよりも共感する部分が多くなったのは、それだけ同じような場面を現実に経験してきたからなのかもしれません。

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仕事が忙しくなった。かかえていた仕事が遅れてきた。会社に行く足取りが重くなった。

→なかなか眠れない。仕事の夢を見る。うなされる。頭痛が続く。めまいがする。食欲がおちる。胃が痛くなる。吐き気が続く。集中力がなくなる。

→ 『責任感とプライド』が邪魔をしてギブアップできない!

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病院に行った。「過労だ」と云われた。

→体調管理のために九時五時の仕事になった。複雑な仕事は他の人に回した。みんなが残業する中、自分だけ帰る。なぜか考えが上手くまとまらなくなった。楽になったけど、ボーっとする時間も増えた。

→ 『私の存在意義』って何だろう?私は今、何をしているのだろう?

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著者はこうやってうつ病になりました。今のわたしも、この中のある地点で同じようにして佇んでいる気がします。

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サザエさん

昨夜のテレビの「サザエさん」で、サザエさんが水着になった姿が出ていました。買ってきた水着がやっと入ったのなんのと云っていましたが、でもサザエさんはとてもスマートで驚きました。というか、24歳の一児の母親としてはちょっと痩せすぎかもしれません。

そういえば、サザエさんのお宅はみんな痩せています。九州出身の波平さんはちょっとお腹が出ているかもしれないと思っていたけれど、単に丸顔なだけかもしれませんし、静岡出身のふねさんの兄弟もみんな丸顔なんですがやはりスタイルは良さそう(「サザエさん家系図」参照)。天神の岩田屋でお見合いした大阪出身のふぐ田マスオさんの家系も太っていないみたいで、どうもサザエさん一家の遺伝子はメタボ系には縁がなさそうです。怪しいのはノリスケさんだけかな。

東京というところは生粋の江戸っ子(たい子さんが東京っ子)と地方出身者の混在する土地ですが、もともと倹約遺伝子(何も食べなくてもきちんと生きていける遺伝子)が多いのは、東京出身者なのでしょうか?それとも地方出身者なのでしょうか?マンガを見ながらそんなことを思いました。少なくとも、サザエさんのお宅は世が世なら、あるいは天変地異が突然起きたならば、最初にくたばるタイプの家系の代表のように思います(もちろんカツオ君は要領よく誰かに助けてもらえそうな気もしますが)。

それに対して、花沢さん家はもしかしたらメタボ系かな(あそこは生粋の江戸っ子なのかしら?)。まあ、食べられなくなっても絶対たくましく生きていける家系だから、安心かもしれません。でもどうして「不動産屋さん」はみんなお腹が大きいというイメージがあるのかしら。

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それはできん。

先日、ある女性に健診結果の説明をしました。彼女はわたしと同い年です。

「コレステロール、特にLDL(悪玉)コレステロールが高くなったので食事に注意しているのだけれどなかなか下がらない。あとはどんなものを食べたら良いのか?」というのが彼女の悩みでした。

「『トランス脂肪酸が悪い』というのでマーガリンも全部バターに換えたんです。」と云うので、「LDLコレステロールのことをターゲットにするのなら、この際バターも止めてみたらいかがですか?」とアドバイスしました。そしたら、「それは無理です。わたしは毎朝パンを食べますから。」とスッパリ切られました。「別にバターにこだわらなくてもいいんじゃないですか?わたしなんか、食パンはいつも焼くだけで何も付けませんけど、おいしいですよ。」と答えたら、途端に顔を顰(しか)められました。「そんな味のないもの食べられません!」だそうです。

彼女の場合、LDLコレステロールの値はさほど高すぎるというわけではなく、他の危険因子も特にないので、おそらくコレステロールの値をあまり気にしなくても大丈夫だと思います。ただ、こういう話をするとき、相手の思い込みと聞く耳を持たない頑(かたく)なさに閉口することが少なくありません。彼女は、健康に注意している、できることは何でもしている、と断言していますが、「パンにはバターがなければ食べられない」という考えを変える気はなさそうです。わたしは、焼いたパンとスープだけ(またはサラダだけ)でとても美味しいと思うんですけど・・・ちょっと試してみることで、今までの濃すぎる味覚を変えられるいいきっかけになるかもしれないのにもったいないなあ、と思いました。

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キャロット・ジュース

某老舗デパートのお中元商戦で、限定商品を扱っていた番組を観ました。

なんたらキャロットという(まあ外国の「ニンジン」だろうかな)野菜のジュースをお中元用に売っているのです。試飲会を催したり、店員さんがPRしたりなどで、目標の100セットを大きく上回った売り上げを見せていました。

「大嫌いなニンジンなのに、これは飲める。」「こんなに濃くて甘いのに糖がまったく入ってないのはすごいね。」などと、試飲をしたオバ様方がこぞって買っておられました。メーカーのスタッフも、「一度飲みさえすれば、必ず買ってもらえる自信がある」と豪語していましたが、まさにそれを実証した売り上げ数だったのでしょう。

でもどうなんだろう。健康ブームではあるけれど、思いの外美味しいのかもしれないけれど、それを飲み続けるものなのでしょうか。「ニンジンが苦手だけど、これは入っているのに全然気付かないからわたしにも飲める(食べられる)」というようなものがあったとして、それをわざわざ自分で買って何度も飲みたいと思うものなのでしょうか?

「これは食べられる」を、「だから毎日食べる」と勘違いしてはなりません。数ある中からあえてそれを選ばなくても何も困らないのですから。わたしが「バナナの天ぷらは苦手だ」と云っていたら、数年前、ある居酒屋でバナナの天ぷらを食べさせてもらいました。それは思いの外とても美味しくて驚きました。でも、その後あえてバナナの天ぷらなんか注文していません。そんなものでしょう。「とても良い娘」であっても必ずしも結婚を申し込むとは限りません。数ある中からあえてそれ1つを選ぶ、というのは、考えてみるととても奇跡的なことなのだと思います。

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甥のうつ

甥が会社を辞めました。

今年4月に新卒で就職したばかりでしたが、新人研修を受けているうちに、朝になっても職場にいけなくなってしまいました。

彼は次男坊です。長男はどちらかというと融通が利かない頑固な性格ですが、次男は子どものころから考え方に余裕がありストレスに強い人間だと思われてきました。あまり大酒は飲みませんが友人も多く、明朗快活な男だと思っていましたし、物静かで人格もよく、人望も厚いし、温厚な性格・・・申し分のない若者だと、本人も両親も自信を持ってそう思ってきただろうと思います。

ですから、今回のエピソードは、思いもよらない大事件だったに違いありません。自分でも自分の身体の変化を予想できずに面食らったでしょう。「○に限ってそんなことはないだろう」とわたしも思っていたくらいですから、母親のショックは大きかっただろうと想像できます。

まだ始まったばかりだったのだからもう少しガマンしても良かったのではないかという意見もありますが、自分に合わないと思った仕事なら早いうちに修正できてよかったのかもしれません。ただ、自分に自信があった(息子に自信があった)だけに、どんな仕事に就くにしても次の仕事を始めるときには、うまくいくだろうか、また同じことが起きるのではないだろうかという大きな不安に苛まれることでしょう。

まだまだ若い彼に、幸あれ!

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叱咤激励といじめ

アドバイスの送り手は「叱咤激励だ」「愛のムチだ」と云い、受ける方は「いじめだ」「嫌がらせだ」と感じる。そこから軋轢が生じ、うつが生まれます。

「叱咤激励」と「いじめ」は、一体どこが違うのでしょうか。わたしは、それは「愛情」なのだと思っています。大学の運動部や相撲部屋に伝統的にあった後輩への「愛のムチ」には「愛情」はありません。いたぶることを楽しんでいます。戦時中の軍隊時代からの伝統なのかもしれません。ただこれらは、未熟者が未熟者を指導する図なのですから、お遊びでしかありません。

社会に出て間もない若者に「最初にガツンと云って聞かせておかないと付け上がる」と思いながら教える云い方と、「最初は失敗も当たり前。分からないだろうからできるだけわかり易く」と思って話すことばは、同じことを伝えるとしても全く違うことになるのは、火を見るより明らかです。受ける方も、相手を苦手だなと思って聞くか、信頼感を持って好意を抱いて聞くかでは、まるで違う印象になってしまうものです。自分がイライラしていて、その気はなかったのについ辛く当たってしまうこともあるでしょう。そのときに、「悪いことをしたな」と若い部下に素直に詫びる心を持てるような上司なら、受ける方は決してひねくれたココロには陥りません。お互いがお互いを尊重できる関係になるには「愛情」が必要不可欠なのです。

●受け手への愛情はあるか。●送り手の心に余裕はあるか。●それによって具体的にどうなってほしいのか。

○受け手に心の準備はできているか。○送り手を信頼しているか。○それによって具体的にどうなりたいのか。

・・・結局は、気持ちの相互関係の問題なのだと整理できます。

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体育会系の職場

日本の企業は、大なり小なり体育会系のノリで大きくなってきたと云っても過言ではありません。根性とやる気をバネにして、先輩に理不尽な怒られ方をすることがあっても、「愛のムチ」でしごかれ続けても、それでもそれに耐えて、自分を犠牲にして頑張ってきたからこそ成り立ってきたのだと思います。

むかしながらの定形型「うつ病」は、真面目で几帳面な性格の人がかかりやすいのが特徴です。また新しい形の非定形型「うつ病」が若者の間で増えていますが、寂しがり屋で自己愛が強く、他人への不信感が強い特徴があります。どちらのタイプであっても、この「体育会系の職場」ではかなり辛いところがあります。

なぜなら、「体育会系の職場」では、●みんなそうやってきたんだ。●甘ったれているんだ。●気合があれば乗り切れるはずだ。●最近の子は怒られ慣れていないから壊れる。●付いていけないヤツは辞めればいい。・・・おそらく、現場の管理者の多くがそう思っていますし、自らがその環境の中で育ち成長してきたという誇りと自負があるのです。これを変えようとするのは、よほどの事件が起きるか鶴の一声があるかしかないと思います。

「うつ病」で復職した彼のはなしを聞きながら、救急現場で常に命を相手に厳しい戦いをしているうちの病院でも十分ありえる内容だと思いました。うちの病院にも同じ様なケースがあっていることを知っていますが、管理者たちが時々こぼすグチを聞く限り、おそらく彼らもまた「最近の子は困ったものだ」としか思っていないように感じます。うちは日本でも有数の先進的な職場だと誇りに思っていましたが、相変わらずの旧態依然とした風土なんだなと思うと、ちょっと寂しい気持ちになりました。

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ゆるせない(後編)

この「怒り」の感情は、うつの状態から回復していく過程で、どうしても生じてくる感情です。少し余裕が出てきた証拠であるとも云えるでしょう。今でも治療を続けなければならない自分や家族への迷惑を考えるとき、「のほほんと平気な顔をして生きている加害者」だけでなく、何の対策も講じることなくそんな「加害者」を野放しに許している職場自体にも、ガマンできないような苛立ちを感じるのでしょう。わたしにも経験があるので、その気持ちは手に取るようにわかります。そのことを思い始めると動悸がし、吐き気がし、床についても興奮して眠れなくなってしまいます。

でも、じゃあ、どうしたらいいのだろう?と、彼に質問してみたいところです。その上司を降格させたり辞めさせたりしたらいいのでしょうか?その上司が彼が思っている程度の人間なら、彼のことを逆恨みしてもっと嫌がらせするかもしれません。彼はかえって働きにくくなるかもしれません。彼はそんな仕打ちに耐えられるのでしょうか。その上司が罰せられても、あるいは指導者から退いても、きっと彼の心はそれだけでは満たされることはなく、何ら解決しないことでしょう。

結局、彼自身がその上司を許してやれる心の状態になるときまで、彼の今の苦しみは続くことになります。でも、今の彼には信じられないかもしれませんが、その日はそう遠くない将来にやってきます。自分がこだわっていたことが大したことではないことに気づき、他人を気にしていたこと自体がくだらなかったと思えるときが、今回の「うつ病」から卒業できるときなのだろうと思います。「時が解決する」というのは真理です。それを得るために焦らずゆっくりとした時間を費やしてもらいたいと思います。

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ゆるせない(前編)

わたしが産業医をしている企業のある若者がうつ病になりました。就職後、上司の厳しい指導についていこうとするうちに体調がおかしくなり、動悸がひどくなって仕事に行けなくなりました。とうとう彼は病院を受診し、「うつ病」の診断書とともに休職しました。そんな彼が数ヶ月前に復職しました。それなりに順調に回復し、現場復帰できています。

産業医として関わっているわたしは、先日彼とゆっくり話をしました。一通り彼の思いや近況を話してもらったあと、「もう言い残したことはないの?」と聞いたら、しばらく口ごもったあと、やっと重い口を開けました。

「自分がこんな形で復職できたことはとても幸せで有り難いことです。でも、たとえどんなに反省してもらったとしても、やはり、自分をこんな身体にし人生をボロボロにさせた上司が、何のペナルティも受けないことに納得がいかない自分があります。彼のやったことは「いじめ」であり、同じことが行われて自分と同じような目に遭う若者がこれからも出るとしたらそれは「犯罪」ではないかと思うと、どうしても彼を許せないのです。」・・・ずっと静かに穏やかだった彼の顔色が蒼白になり急に涙をボロボロ流し始めました。

明らかな感情失禁状態なので、その話はそこで終わることにしました。

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徹底的に?

「わたしの身体を徹底的に調べてみました。ありとあらゆる検査をしてみました。」というオジさんが時々います。「徹底的に」とか「ありとあらゆる」とかいうことばは、まあ本人の心意気を示しているだけなのだろうなとは思うのですが、でもやっぱり何か違和感があります。

ニンゲンの身体を「徹底的に」調べる、ってどういうものだと思っているのでしょうか?健診や人間ドックは、もちろん何も徹底的ではありません。むしろ何もないことを念頭に置いて、グローバルな項目をさらっと表面的に流しているにすぎませんから、よっぽどの異常でもない限りひっかかりません。病院では、何か訴えられている症状に対して想像される病気があるかどうかを調べますので、ターゲットはかなり絞られているでしょう。「身体中を徹底的に」などありえません。神秘な世界の集合体である「身体」をバカにしているのか、医療の検査器具を過信しているのか、あるいは「権威ある」医者の云っていることばを鵜呑みにしているのか。

わたしはとても意地悪なので(というより、とても性格が悪いので)、そんなオヤジが誇らしげにしていると、ついつい苛めてみたくなります。このプライドを弄ってみたらどうなるのだろう?と思ってしまいます。「それは大した検査ではありませんよ」とか「それじゃあ、ほとんど何も分かりませんね」とか、平気で云ってみたり・・・きっと、いけ好かない、態度の悪い医者に見えていることでしょう。

だれが最初にこんなことばを云い始めたのでしょう。きっとどっかの有名な文化人か芸能人か政治家なのに違いがありません。ニンゲンの身体を調べるために、隅から隅までありとあらゆる検査をするなら、体力的なことも考えると(非人道的ですけれど)、3ヶ月くらいかけたらそれなりのレベルはできるものなのでしょうか?

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消えていくことばとキー入力

最近、ボキャブラリーの減少に拍車がかかった気がします。思いの外、わたしの脳細胞の消えゆく速度は速いようです。何かを話そうとするとき、あるいはこのブログを書こうとするとき、もっとしゃれた表現をしたいのに出てきません。きっと1年前にはもっとたくさんのことばがボロボロと浮かんでいました。分かり易い云い方を探しているのに、なんかこの辺(アタマの片隅)にあるモヤモヤしたものがはっきりしません。メガネかコンタクトをはめたらスパッと見えそうな、まるで白内障の目のような、そんなモヤモヤで一杯になります。結局、「まあ良いか」と諦めてしまうからいけないのかもしれません。

明らかにここ数ヶ月、パソコンキーの打ち間違いが多くなりました。さほど小さくもない職場のデスクトップのキーボードでも、もちろん携帯電話の小さなキーでも、何度も間違っては打ち直すことをくり返します。同じ間違いを二度も三度もくり返す場合も少なくありません。「手の感覚がおかしくなるのは老化の表れなんだよ」と云われました。微妙な位置がずれてしまうのでしょう。はいはい、老化現象です。分かっています。

もっと本や活字を読むといいのでしょうか?昔やったDSの脳トレをもう一度始めてみましょうか?漢字検定の勉強をしていたころは漢字を毎日書くだけでもアタマがスッキリしました。そんな、いろいろな賦活方法をまた始めておかないとアタマからこぼれ落ちていく脳細胞は歯止めがつかないのでしょう。・・・でも、わかってるのに面倒くさくてできなくなったのは、そのこと自体がもはや末期症状かも・・・。

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モー娘。

わたしの仕事は、心臓ドックや生活習慣病の指導など、特殊な検査結果を説明したり、個別の生活指導をしたりすることです。みっちり説明をしたあとに、話した内容をすべて報告書に記入します。他に仕事はたくさんあるのだから、記入はそのあとにしてほしい、という空気が流れている中で、わたしは、それを説明のすぐあとにします。

なぜなら、すぐに忘れるからです。一人が終わって次の一人に話をしているうちに、一人目の人に何を話したかすっかり忘れています。簡単なメモをとってみたこともありますが、結局書こうとした時点ではそのメモを見ても今ひとつ思い出せません。だから、たとえどんなに顰蹙(ひんしゅく)を買っても、その場で書き上げることにしています。

他の部門を担当している若いスタッフは皆さんあとでまとめて書きます。数日前のコメントをメモを頼りにさらさらと書けている若い人たちは、凄い!と思います。まあわたしにもたしかにそんなときがありましたから、歳をとっただけなのでしょう。

ほんの十数年前、わたしは大好きな「モー娘。」のメンバーを初代から全員ソラで云えました。なのに今はまったく区別が付きません。ゴマキが入ったあと、わたしの識別能力は、石川・吉澤・辻・加護が加わったときまでです。今も似たようなかわいらしいお嬢さんがたくさん並んでいますがどれがどれか良く分かりません・・・お前らに特徴がないんだ!と思うことにしていますが、きっと10年前のわたしだったら簡単に区別できたに違いないのです。

名前を覚えられないだけで、何かものすごく損をしているような気がしてなりません。

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大雨

年に数回、洪水の夢を見ます。

大雨の中、いつもの道を自家用車で走っています。辺りの田圃はもはや池のように水で溢れそうです。進んでいくうちに徐々に道は水に沈んでいきます。ふと前方をみると、もはや道は田圃との区別ができないほどに冠水しており、車を止めてしばし途方に暮れて立ちつくすことになります。「どうしよう。今ならまだ無理したら何とか向こうまで行きつけるかもしれない。でもどんどんカサが増えてきているみたいだから、もしかしたら流されるかもしれない。かといって小さな農免道路の一本道だからUターンすらできないし・・・。」不安でアタマが一杯になりながら、何気なく後ろを見回してみました。何と!!わたしの後ろは断崖絶壁に変わりその向こうは大荒れの海になっています。いつの間にか、自分だけが取り残されているのです。

夢判断の知識が何もありませんが、どうも良い夢ではなさそうだということは分かります。何者かに追われる夢もよく見ます。拳銃を持っているので捕まったら殺されそうで、住宅街の路地裏や家の中を走って逃げまどうのです。わたしの子どものころの実家の辺りや中学校の通学路辺りがよく舞台になっています。

かなり追いつめられているねえ、とそれを聞きながらある人が云いました。ストレスの表れであることは明らか・・・病んでるねえ、と。そうなのかもしれないな、とそれなりに納得します。そうだとすると、何となく解決できているからそれはそれで良いのかもしれません。洪水に車ごと巻き込まれてしまったことはありませんし、追われて捕まって殺されたことはまだありませんから(あ、一回だけ殺されました。完全に血の気が引きました。死ぬってこんな感じだったんだと思いました・・・あれは、別の意味で怖かった)。

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クレアチニンと筋肉

「血中クレアチニン」といえば腎機能を表す物質として有名です。腎臓で濾過されておしっこに出て行くものなので、血液中にクレアチンが多く残っているほど腎機能は低下していることになるのです。ところで、もともと筋肉中の「クレアチン」が代謝して「クレアチニン」になるので、当然筋肉量に比例してクレアチニンは増加します。若いマッチョの方が高いですし、男性の方が女性より高くなるのが普通です。

先日の第52回日本糖尿病学会で「血清クレアチニン低値は2型糖尿病の発症リスクである」という発表がありました(The Kansai Healthcare Study: 大阪市立大針田伸子先生)。40~55歳の糖尿病でない男性のうち、登録時にクレアチニン値2.0mg/dl未満だった人を4年間追跡した研究です。その結果、クレアチニン値が低ければ低いほど糖尿病になる率が有意に上昇したというものです。つまり、筋肉が少ない人ほどクレアチニン値が低くなるのであり、それは基礎代謝量の低下や運動不足の表れだから糖尿病悪化の誘因になる、という考察でした。

至極当然のように書いてきましたが、実は正直なところ、まったく想像だにしていなかった話題なので驚きました。クレアチニンは高値なほど危険なのであり、糖尿病が悪化すれば腎機能が悪くなるのであるからクレアチニン値は上昇するもの。クレアチニン値が低い、などということは臨床上には何ら病的意義はないものだと思ってきました。またひとつ勉強になりました。

「歳をとると腎機能が低下するかわりに筋肉量も低下するから、クレアチニン値は相殺されて年齢が上がっても変わらない」という理論を読みながら、「なるほど」と簡単に納得してしまいましたが、それって、本当に正しいのかしら?

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歯磨きで菌血症

感染性心内膜炎という病気があります。細菌が心内膜に感染して、命に関わることのある病気です。細菌が心臓の弁膜について増殖してしまったら、いぼ状の塊になって(疣贅=ゆうぜい)急性心不全になることもあり、あるいは菌の塊が脳などの臓器に飛んで詰まってしまったり(塞栓症)、もはや手術などの治療でしか解決しないことにもなりかねません。

と、書いてみたところで、おそらくこれを読んでいる大部分の人が他人事だと思っていると思います。でも、循環器の病院にいますとさほど稀なものでもありません。必ずしも心臓に病気を持っている人だけがかかるとは限らないのです。虫歯や歯槽膿漏を放置しているとずっと菌が体内を回っています。菌血症といいます。これが弁膜に付着して心不全になって入院するというパターンは2年に一人くらいは経験しました。だから、うちの病院の心臓外科医は自分の虫歯治療を最優先で済ますように指導されていました。

菌血症というのは、わりと簡単に起きます。物理的なキズが粘膜につけば菌は簡単に入ります。虫歯治療自体でももちろん菌血症を作ります。だから抗生剤を処方されたりするのです。普通は抵抗力が強いから病気に発症しないだけのことだと思った方が良いでしょう。さて、今回の題名の意味がお分かりでしょうか?そうです。毎日する歯磨きでも菌血症は起こるのであり、感染性心内膜炎のリスクになりうるのです。1回の歯磨きで菌血症になる危険性は低いかもしれないけれど、年に1、2回するかしないかの歯科治療より、むしろ毎日2回も3回もこまめにする歯磨きの方が菌血症になるリスクは高くなってもおかしくはない、ということになります。

だからといって、歯磨きをさぼりませんように。一過性の菌血症を恐れていてもしょうがありません。むしろしっかりと健全な生活をして菌に勝てる体力を保つことが大切だといえるでしょう。

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ヨーヨーダイエット

抗加齢医学会の学会誌にアメリカの専門医テリー・グロスマン先生(コロラド州立医科大学)の「減量最前線」という記事が載っています(Vol.5No.1 069)。

一定の体重を減らすまで「ダイエット」を行った後それ以前の食習慣に戻ることでリバウンドし、それをくり返すのは「ヨーヨー」のようなサイクルだということで「ヨーヨーダイエット」というのだそうです。世のダイエットを試みる多くの皆さんが陥るヨーヨーダイエットからどう脱却するか?

グロスマン先生は「永続的に減量を行うための唯一の方法は、長い間続けることが可能な食習慣をみにつけることだ」といい、ガイドラインを示しております。1.減量を達成したかのように食べる。2.腹八分まで食べる。3.健康的な一人前の分量を決める。4.規則的な時間・回数で食事をする。5.カロリーの種類。6.減量のために炭水化物を削減する。

もっともなことが書かれていてあまり興味がなかったのですが、そのうち「すでに減量を達成したかのような食べ方をする」はちょっと面白いと思いました。つまり、すでに自分の目標の体重に到達した場合に必要と思われるカロリーを初めから摂取する、というのです。90kgの体重を70kgまで減量したいと考えたとき、普通は、20kgを○ヶ月で減らすためには最低何カロリーの食事制限と何カロリー消費する運動を・・・と考えて頑張ります。これは、そうではなくて、今現在70kgの人がそれを維持するために摂っているカロリー量を今から摂る食習慣にするのです。今はあまり運動をしていないけれど将来それなりに運動すると決めたなら、それを考慮してそういう生活をしている70kgの人の食べ方を今からするのです。それって、できそうな気がします。もちろんすぐに成果は出ないかもしれませんが、ずっとするつもりの生活を今から習慣付けるだけですのであまり無理がないように思います。これからの指導に取り入れてみようかと思います。

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何か食べられないものはありますか?

先日、友人に誘われて夫婦で焼き肉を食べに行きました。注文をし終わった後で、店のお嬢さんが「何か食べられないものはありますか?」と聞きました。「それはアレルギーのことですか?」さすがに焼き肉屋でそんな質問を受けたことがなかったので妻はそう質問しました。「それでしたら、エビ、イカ、カニ、タコは食べられません」・・・そう答えられて、メモしていたお嬢さんもちょっと緊張気味でした。

最近、食物アレルギーに対する考慮をしてくれる店が増えてきました。ただ、「アレルギーのある方は店員に伝えてください」と店内に表示した上で客から申し出るのと、わざわざ店の方から個別に「アレルギーはありますか?」と聞いてくるのとでは、責任が違ってくるように思います。もちろん、聞いたからと云って、「アレルギーを考慮して食材を変えます」とは云ってないわけですが、うちの妻のようにエキスやだし汁が入っていただけでのアレルギーが起きるニンゲンは世にたくさんいますので、聞かれないで食べたら自己責任ですが、聞いておいてアレルギーが起きたら、それは店の責任になるのではないかと気になりました。

うちの施設にもレストランがあります。健診受診者のみなさんに問診で「食べ物のアレルギーはないですか」とこちらから聞くかどうかで揉めています。相手から「アレルギーがあるのだが考慮できますか」と聞かれたらできる範囲で対処する、というくらいで良いのではないか、という話に落ち着きそうです。こういう情報は知ってしまったら何もしないわけにはいかないからです。できるなら、できるだけ知らない方がいい。知らないで居たいのです。

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塩のこと(後編)

減塩に対して必ず言い訳されることば、あるいは数人の知識人が口にすることば、「塩分がないと力が入らないから減らせない(減らすべきでない)」というのは、少なくとも高血圧患者にとってはウソだと思います。アタマがそう発しているのですが、実際には減らしても力は入ります。慣れてしまえばどうということはありません。ただ、糖尿病の人がカロリー不足だと云いたげにカラダをワナワナさせて危険そうな主張をするのと同じように、高血圧のカラダは塩分をできるだけ多く体内に入れさせようとします。

高血圧ではない人にとっては減塩は危険かもしれませんが、高血圧の人は元々塩分が少なくても生き延びてきた遺伝子なのですから、大丈夫です。でも、不安だから、きっと限界まで減らすことはできません。それが遺伝子です。「減塩1g/日で血圧1mmHgが減少し、国民全体が2mmHg低下したら循環器疾患で死亡する人数が年間で2万人減るのです。」と三浦先生は減塩の必要性を語りますが、みんながみんな減塩して平均点を下げてもしょうがないと思います。高血圧の人、あるいは高血圧の家族歴の人だけが減塩すればいいのですが、その人たちこそが減塩できないのです。高血圧症のわたしは自分をみていればすぐにわかります。デザートのケーキに何も興味が湧きませんが、漬け物を食卓に並べておけばなくなるまでボリボリ食ってしまいます。

6g/日未満に塩分制限すると有意に降圧できるという欧米のガイドラインに準じて日本でも高血圧患者の食塩摂取目標値を6g/日未満に定めました。白人さんは元々塩辛いのが苦手です。昔から摂っている塩分量がとても多い日本人に同じ基準で減塩を指示しても実現はむずかしいに決まっています。これもまた、高血圧でない人にはわかりますまい。

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塩のこと(前編)

日経メディカル特別号(2009.6)に「日本人の減塩はむずかしい」という内容の解説がありました(滋賀医科大学三浦克之先生)。日本人の平均食塩摂取量が2007年も2003年も1988年も大差ないというのです。日本人の脳卒中が著しく低下した理由は、厳格な高血圧管理がなされるようになったからだと云われています。これだけ高血圧と塩分の関連が取り沙汰され、日本中で減塩指導が厳しくされはじめて久しい中、高血圧管理がしっかりしてきた理由が減塩によるものだと思っていたら、単にさっさと内服をするようになっただけだということなのでしょうか。

わたしの実感では、もうちょっと減塩が進んでいると思っていました。たしかにメタボ騒動で、減量や糖分や脂肪分のことばかりが取り沙汰されて、減塩だけが置き去りにされる傾向はありますが、それでも減塩対策の食品やナトリウムを吐き出す食品がたくさんCMされていますから。

現代の日本人の減塩が進まない理由には、日本人の食事が外食と加工食品にまみれているからだと三浦先生は指摘していました。外食や加工食品に塩分が多いのは明らかです。塩分量を増やすと水分吸着量が増えて文字通り「水増し」されること、塩気はクセになるので塩辛くした方が多く売れること、さらに喉が渇けば飲料水も多く売れることなど、商売する上では減塩食なんか売っちゃまずいのです。最近、外で食事を摂ると、「うえっ、塩っ辛え!」と思うことが多くなりました。歳のせいだと思っていましたが、実際塩分が多くなっているのかもしれません。一方で塩分だらけの食べ物を食べ、一方でいくつものサプリメントを口にする、日本人は不思議な国民になってきました。

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やせるために運動!は考えない方がいいと思う。

「毎日イヌの散歩を1時間以上して、さらに仕事場に自転車通勤しているのに、どうしてやせないの?」・・・うちの妻がぼそっと云いました。「食べてるからでしょ?」と無造作に答えたら不機嫌になりました。やせないのだったら運動なんかしたくないのでしょうが、わたしにそんなグチを云われても・・・。とくに女性は女性ホルモンで支配されていますから、運動だけでやせるつもりならアスリートのような日々を送らなければむずかしいし、ずっと続けない限り必ずリバウンドします。さらに、うちの妻の家系は生粋の糖尿病家系です。この世代のこんな家系の女性にとって、体重が「増えない」ということが即ち「勝ち」だと思うのですが、そんなことでは本人が納得しません。

どうせ、運動だけをしたってやせはしませんが、彼女は数年前、フィットネスジムに通うと同時に食事に注意して、カッコいいやせ方をしました。それまではまったく歩けなかったし運動してもまったく汗を出せなかったのですが、今では近くに行くときには必ず歩くか自転車を選びますし、運動でちゃんと汗が出るようになりました。運動を始めたおかげだと思います。ただ、それを経験したために過去の栄光に浸りすぎ、またあのときのような運動を再開すればまたあのときのようにやせられると思っています。

リバウンドするくらいなら初めから太ったままの方が長生きする、というアメリカのデータはかなり説得力があります。つい油断してやせてしまった。カラダにとっては一生の不覚です。もう二度とやせさせないようにしよう!とカラダは誓うのです。せっかく運動の楽しさを経験したのだから、そして「運動欲がない」動物でありながら今でも運動することを続けているのですから、やせるとかやせないとかそんなことにこだわらなくても良いのではないかとひそかに思います。

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やっぱり朝食は要らない

健康のために朝食を摂らないようになって久しいのですが、何とかしてちゃんと朝を食べさせようとする妻が、弁当のおかずの残りで朝食の体裁を整えて「食べない?」と食卓に並べることがあります。一週間ほど前、何となくお腹が空いていたので、それを食べて出勤しました。そうしたら翌日から毎日朝食が出るようになりました。時々職場に着いてからサンドイッチを買うこともあるのだから、まあ良いかなと思って、それに甘んじることにしてみました。

ところが、数日続けてみましたが、どうも体調がよろしくありません。以前は朝9時頃から湧いてきていた空腹感がまったくなく、そのまま昼食の時間になっても腹が減らず、それでも持ってきた小さなお弁当を食べないわけにいかないので完食。昼下がりに無性に眠くなり、夕方になっても何かが腹に溜まっている感じ・・・そして夕食。

朝、ちょっと食べただけで、ここまで「空腹感」がなくなってしまうとは思いませんでした。そのせいか、何か一日中からだが重く、かえっていつも満たされない感じになります。慣れていないだけだろうかとも思いましたが、よく考えたら、朝食を摂らなければ解決することですからそれを止めればいいわけです。わたしのからだを心配してせっかく料理を作ってくれる妻には申し訳ないが、また朝食を摂らない生活に戻ることにしました。

「空腹感」を感じられないとこんなに辛い、ということを体感できたのは、収穫でした。「心地よい空腹感」は、ニンゲンがニンゲンとして生きていく上でとても大切なことだということが良く分かりました。

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糖の細胞記憶

最近、糖尿病に関して面白い結果報告が出ています。イギリスの歴史ある糖尿病大規模試験UKPDSの追跡調査もそのひとつです。

UKPDSは、「糖尿病の初期段階に専門家がきちんと介入して薬も使ってしっかり血糖管理をした人たちは普通の食事療法しかしなかった人たちより合併症が少なかった」という、当たり前といえば当たり前の結果ですが、実はその後を追跡調査してみていたのです。すると、血糖コントロール自体は介入を受けていなかった人たちと同じレベルになったにもかかわらず、心筋梗塞や死亡リスクはその後も有意差を持って低かったというのです。「Legacy effect」とか「glucose memory」とか称されるこの現象は、つまり診断をつけられたらできるだけ早期にしっかりとした積極的治療を始めて、きちんと良好な血糖コントロールを維持させておくことが大切で、そうなれば細胞は高血糖のときの記憶をきちんと次の細胞に引き継いでいく可能性があるということです。

平たく云えば、「血糖管理は、とりあえず最初にしっかり頑張ることが大切だ!」ということになります。これもまた真理であり、だからこそ病気になって早期、あるいはその前段階のレベルで本人に出会うわたしたちのような健診医師が、その重要性を本人にしっかり伝えなければならないのであります。

「強気すぎて受診者の不安を煽る」と陰で非難されているかもしれない(被害妄想であればいいですが)わたしを後押ししてくれる、とてもありがたい結果報告です。

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血糖の正常高値は正常にあらず。

「空腹時血糖が正常高値の人は健常者よりも糖尿病が約6倍も発症しやすい」・・・大阪で行われていた第52回日本糖尿病学会のシンポジウムで札幌医大の大西浩文先生が発表したこの内容は、なかなかセンセーショナルなものでした。

北海道には、九州の久山町研究に匹敵する、30年以上続いている疫学研究(端野・壮瞥町研究)があります。この研究に登録されている受診者を最大16年追跡してみると、最初に受診した時の血糖値が90mg/dl未満だった人が糖尿病になる危険性を1としたとき、なんと90~99mg/dlで2.2倍、100~109mg/dlで6.42倍、110~125mg/dlで14.78倍になるというのです。それもかなり早い時期(例えば100~109mg/dlの場合、5年後ですでに6.76倍の危険性)に。つまり「血糖値は低ければ低いほど糖尿病になりにくい」という結論です。医療関係者の方はご存知でしょうが、これまでの健診では、126mg/dl以上が糖尿病型であり、110mg/dl未満は「正常」でした。昨年変更されて100mg/dl以上を「正常高値」として分けて、注意を促すようになったのです。

「この『正常高値』は厳しすぎる」と医療現場では不評でした。そんな値で引っかけたら異常者ばかりになる!とか、肥満者(メタボ)じゃなかったら心配いらない!とか勝手な手心を加えて説明している医者も少なくないでしょう。先日、ある受診者からクレームがありました。「結果説明が厳しすぎてショックを受けたから来年から受けたくない」というものです。部長は「大した異常じゃなかったのに大げさに説明しすぎたせいだ」とスタッフに説明していました。たぶんその説明をしたのはわたしです。「バカいってんじゃねえよ。あんな異常値を大したことないとか云ってるからみんな病気になるんだろうが!」と内心で思いながら聞き流していました。そんな異端児のようなわたしだから、正式な学会でこんな発表があると自分のやっていることが間違っていないことが確認できて嬉しくなります。

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素人みたいな酒の話

つい最近まで、焼酎の方が日本酒やワインよりカロリーが低いと思っていました。患者さんや健診受診者さんには「数呑みゃどっちも一緒ですよ!」と云ってのけていますが、本当は蒸留酒である焼酎が一番カロリーが少ないと思い込んでいました。

ところが先日、「焼酎とワインと日本酒、同じ量ならどれが一番カロリーが多いのですか?」という質問に管理栄養士さんが答えたのを傍で聞いていて、仰天しました。

アルコール1%当たりのカロリーはもちろん焼酎が一番低いのだけれど、日本の焼酎は日本酒やビールよりはるかに度数が高いので、同じ量(ml)なら結局焼酎が一番カロリー高!そりゃ、考えてみれば当たり前の話です(http://www24.big.or.jp/~nakatomo/alc_karori_hayamihyou.html)。

その代わり、酒由来のカロリーは代謝が早くてさっさと抜けるけれど、糖質由来のカロリーは糖として体内に残り易いわけで、蒸留酒である焼酎の方が日本酒や甘口ワインより体内に残るカロリーは少ない、というのはやや説得力あり。でも、甲種焼酎と乙種焼酎ではどうか?という問いには、(納得いかないけれど)甲種の方がカロリーは多いと書いてあるものが多いようです。

まあそんな蘊蓄(うんちく)をどんなに語ったところで、結局どれも大した差はありません。なぜなら、一緒に食べる酒の肴のカロリーが酒よりはるかに多いのですから。

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「莨」

今年も「世界禁煙デー」になりました。

先日テレビのクイズ番組で、「くさかんむり」に「良」と書いて「たばこ」と読むのだ、ということを知りました。「人」を「良くする」で「食」:その番組の直後に流れたある健康食品のCMのキャッチコピーですが、こっちはわたしも理解できます。でも、なんで「草」に「良い」で「莨(たばこ)」なんや?書くなら「悪」か「毒」やろ!とひとり突っ込みをしてみました。

もちろん今は漢字変換しようとしても絶対この字に行き着きませんから、むかしの意識の名残なのだと思います。この「良」の部分は「富」が変化したという説や穀物を精製したことを表すという説がある、とインターネットには書かれていましたが、どっちにしろむかしの常識です。むかし、たばこには明確な市民権がありましたし、世が世なら、手柄を立てた者が殿様や天皇様から賜った「褒美」の最高級品の中にたばこがありました。ここまで罪人扱い、超毒物扱いをされるとは思ってもいなかったことでしょう。

上方落語に「莨の火」というのがあるようで、この機会にちょっとあらすじを読んでみました。あるいは「莨盆(たばこぼん)」。これもこの字を使うのだそうです。粋といえば粋ですが、まあとにかく、現代社会では、莨の火のごとくに早く存在を消させてしまいたいものであることも事実なのであります。今年も禁煙の啓発講演をしなければなりません。今年のわたしはたばこそのものに興味がなくなったので、どうも講演の準備をすること事態に気分が乗りません。どなたか代わりにやってくれないかしら。

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片噛み

ある日、鏡を覗いてみたら、顔が歪んでいました。左半分の顔面が麻痺してしまう「顔面神経麻痺」ではないかと心配しましたが、筋肉の動きや力が右側より弱いということもなさそうです(自分で試してみただけですが)し、水を含んでも左から漏れたりしません。なのでちょっと安心しました。

どうも左頬が腫れている感じです。「おたふくかぜなんじゃないの?」と云われましたが、熱も痛みもないし何よりリンパ節自体が腫れていません。自己診断で、歯か歯肉の炎症からきていると決めました(歯科には行ってませんからあくまでも憶測)。いつも左の奥歯近くが気になって、食後はいつも歯間ブラシや爪楊枝でゴシゴシ。ときどき血が付いたりしていたのです。片噛みをすると顔が曲がってきて、頭痛や肩凝りの元になる、ひいてはカラダ全体の骨格が歪んできたり免疫力が落ちてきたりすると云われます。わたしの顔は基本的に子どものころから傾いていまして、耳の高さがそもそも左右で大きく違うのでメガネやマスクをすると妙竹林なバランスの顔になります。それだからというわけでもありませんが、むかしから片噛みしないように意識してきたつもりでした。でも食事中にふと気づくと必ず左で噛んでいました。腫れた左側を使わないように、食事のときは右で噛むようにしよう!と思って食卓に付きますが、意識しない限りいつの間にか左に戻っているのです。

先日から、「ながら」をしないで右で噛むようにしてみました(何かに意識が向かっているとすぐ左に戻るのです)。今まで慣れっこでいい加減だった噛み方が本当に一噛み一噛み意識されます。久しぶりに良く噛みます。こりゃ大変だけど、なかなかおもしろいわと思いました。いつの間にか、歪んだ顔が少しまともになってきたように感じました。

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CR

先日、カロリー制限とアンチエイジングの関連についての報告の話題を書きました。「太っていない人がカロリー制限をしても無駄かむしろ危険かもしれない」というものです(「太ったマウス(2009.5.6)」)。

カロリー制限をすると寿命(健康寿命)が長くなり、若返り、カラダの機能低下が進みにくくなるという考え方が、カロリックリストリクション(Caloric Restriction:CR)です。動物実験はすでに70年前から始まっており、実践している人もたくさんいるようです。CRの目的はメタボ対策ではなくてあくまでも「不老(老化の遅延)」で、ガンを抑えたり、うつ病になりにくくなるなどの効果もあるのだとか。わたしが入会している日本抗加齢医学会の学会誌に取り上げられているのを発見し、上記の論文のことがあり、また数年前から朝絶食の食事習慣を続けているわたしとしては、今ちょっとマイブームです。ちなみに、24時間以上絶食+24時間自由食をくり返す「間歇的断食(IF)」というのがあって、すでに抗加齢効果が実証されているということは今回初めて知りました。たしかにプチ断食が如何にカラダに良いかをネット上で説いておられた麻酔科医が数年前におられました。彼もまたそれを実践していたようでした。周りは変人扱いしていたかもしれませんが、わたしはそれを読みながら割合簡単に納得できたことを覚えています。

「高齢者のカロリー制限が寿命を縮める」という意見が上記の論文には書かれていましたが、一方で「CRは高齢者の記憶力を改善させる」というドイツの研究結果が論文として発表されました(Proc Natl Acad Sci USA 106,2009)。

こういう賛否両論の意見がアカデミックに出てくる理論というのは、何か好きです。

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医食同源

健康ブームに乗っかる形で、「医食同源」ということばが有名になりました。広辞苑によれば「病気をなおすのも食事をするのも、生命を養い健康を保つためで、その本質は同じだということ」とあります。37年前にNHKの「きょうの料理」で新居裕久先生という医者が作ったことばなのだとか。

そんなことばの検索をしている途中で、興味ある文章をみつけたので勝手に転記します。「医学統合研究会」なるページの一項目<医食同源の本当の意味>の一部です。

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中国最古の医学書である黄帝内経素問の異法方宜論には次のような記載が見られます。「へん石(外科手術)は東方より来たり、毒薬(薬草療法)は西方より来たり、灸は北方より来たり、九鍼(鍼治療)は南方より来たり、導引按摩は中央より出ずるなり」

つまり、「海岸地帯である東方はいうまでもなく魚介類を中心とした食生活であり、塩分過多になりやすいため、偏勝の気によって“腫れ物”を患い易い。それを治療するためにこの地方では外科手術が発達した。山岳地帯である西方は、この地域で育った動植物が食事の中心になり、人々は鉱物毒を体内に取り入れ易いため、内臓の病気になる人が多い。その毒を下すために薬草を用いた漢方治療の原型が発達した。この地域は元来、豊富な薬草が見られる地域であった。北方は寒冷地帯であり、野菜が育ちにくいため、いやおうなしに動物性の食事(乳、肉等)になる。すると内臓が冷え、お腹の張る病気になりやすい。それを治療するために灸治療が発達した。寒い地方であり、熱刺激を好んだのだ。南方は高温多湿で、土地も肥沃であるため、穀物も良く実り、動物の内臓もよく食す。このような食事を続けると血行障害による病気が多くなるため、経絡を刺激する鍼治療が発達した。中央の都市部では交易が盛んで、どこからでも食糧が入り、都市部ということもあり、食べすぎ、運動不足が多くなる。それらの問題に対処するためマッサージが発達した。」という意味です。

各地方ではその風土に合わせた偏食を強いられますから、土地の人々の病気にも、その食生活の傾向に由来した疾病が現れてきます。それを治療するためにそれぞれの治療が発達したというのが「医食同源」の本来の意味です。

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こういう知識を、思いがけないところから得られる時代、おもしろいものだと思います。

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30代の自殺過去最多

30代の自殺過去最多 若い世代増加 08年警察庁統計」という記事が朝日新聞に出ました(2009.5.14)。2008年に自殺した3万2249人の年齢や原因の統計を公表した警察庁の報告をまとめたものです。

毎年一番自殺者が多いのは50代ですが、2003年をピークに年々減少傾向を示して、とうとう7000人を切りました(6363人)し、それ以上の年齢でも微増かやや減少を示しています。それに対して30代は2年続けて過去最多の4850人で40代とほぼ同数になり、10代も20代も増加しています。つまり、自殺をする人の年代が明らかに若年に移ってきているということです。自殺者総数がやや減少したことを考えると、この傾向はとても深刻であることを示しています。

自殺の原因を特定できた人の統計では、健康問題が半数以上を占め、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題と続くのだそうです。もちろん健康問題の中ではその40%は「うつ病」だと報告されています。ただ、統計に出ている数以上に「うつ病」が原因の自殺は多いと容易に推測されます。経済・生活問題にしろ家庭問題にしろ、あるいは勤務問題にしろ、その基本にうつ病が隠れている例は多いでしょうし、もしそれがなければたとえ深く悩んだとしても死を選ばなかったのではないか、と思うことは多々あります。・・・それにしても、最近の若い人は、いとも簡単に死を選ぶなあと思います。たとえ仕事がなくなって家も家族もなくし、何も食えなくなって餓死することがあるとしても、あるいは職場でいじめや村八分にあい体調を壊したり存在の意味がないと思ったりしたとしても、幸か不幸か、わたしには自ら命を絶つ勇気はないのではないかと思います。

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のんのんさんへ

コメント<動脈の石灰化?2008.9.29>ありがとうございました。

のんのんさんがおいくつの方か存じませんが、ニンゲンは、カラダの中のあちこちで石灰化を起します。組織の老化現象のひとつだからです。動脈も例外ではありません。動脈だけが10歳の時のままでいるわけにはいきません。老化が人より進みやすい人と進みにくい人はいます。現代社会の環境に合っている人も合っていない人もいます。

胸部レントゲン写真で石灰化が見えるのは普通は大動脈弓部といわれるところです。心臓から出て上に向かった動脈がくるっと背中側に回ってUターンするところです。ここはちょうど動脈が輪切りに見えるので石灰化が見えやすいのです。ある程度の年齢になるとこの部位の石灰化が見られる人はたくさんいます。だから、読影する(専門医がレントゲンの所見を読む)ときに所見として読まない先生も少なくありません。かなり強い石灰化でないかぎり、それにはあまり意味がないからです。

動脈硬化の危険因子(喫煙・高血圧・糖代謝異常・脂質異常症・肥満・心筋梗塞や脳梗塞の家族歴・脂肪肝・痛風(高尿酸血症)・仕事や生活のストレス・暴飲暴食・A型行動パターン・睡眠不足など)がもし少しでもあるのならば、どうぞこの機会に修正してください。「心身ともに紳士淑女たれ!」です。ただ、現在そういうものに心当たりがないなら、人生の大きな目標や夢をみつけて、それに向かってとことん頑張ってみてください。間違っても、やりたいことを自粛したり安静にしていてはいけません。ゴロゴロすると悪化します。いつも楽しく活動してください。可能な限り笑っていなければなりません。笑いたくないときでも最低限口角を上げて「いー」という顔をしてください。これが一番簡単にできるアンチエイジングのやり方だと思います。ご検討ください。

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割り込み

阿蘇路を運転している途中、何度か片道二車線が一車線になるところがあります。小心者のわたしはかなり前の時点から本線の方に入り込みますが、追い越し車線側を行き止まるまですっ飛ばして割り込むドライバーは昔からたくさんおります。

追い越し車線をすっ飛ばすドライバーの大半が確信犯です。バックミラーに勢いよく近づいてくる車を見つけると身構えてしまいます。「あいつはオレの前に割り込む気でいるから絶対に入れさせないぞ」と、意図的にエンジンを噴かして前を走る車との車間距離を詰めるのです。

その一台が自分の前に入ったところで、わたしの行く末に大した影響はありません。自分の車線が渋滞するのは自分よりはるか前で割り込み車が多いからであって、わたしがどんなグチをこぼしても無駄であることくらい分かっています。わたしの前に入れさせなくても、前の車の前に入るなら同じことのはずです。なのにこうカリカリするのは自分のこころの中の問題です。ただ単に、要領よくいけしゃあしゃあと生きている人間が許せないというだけのことです。

おもしろいもので、余裕(「時間の余裕」は絶対あるのでこの場合は「こころの余裕」です)があれば、入ってこれずにじっと待っている車に「はいどうぞ、お入りください」とパッシングしたりします。まあ、いうなれば割り込みを許すかどうかは、わたし自身のこころの鏡の反映です。

わかってるんですけど、今日も今日とて、なかなか悟れません。

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肌荒れ

先日、ある老健施設の職員健診に行きました。診察をしていると手荒れのひどい人が妙に多いことに気づきました。水仕事が多いからだろうか?大変だな?とか思いながら診察を続けていましたが、それにしても多すぎる。それも若い世代や男女を問わずに見られます。最近はアトピー体質の若い人が増えていますが、それを考慮しても他の施設に比べてやはりちょっと多すぎる印象でした・・・なぜだろう?一番懸念することは、消毒液の質が悪い可能性です。新型インフルの影響もあって、医療従事者の手洗いはさらに厳しく頻回になっていると思います。頻回に手洗いする職場であればあるほど、現場のスタッフの肌を守ることに重点をおいてあげなければなりません。収益を考えたときに最初に削られるものであってはなりません。若いがために犠牲にされているのであればとても可哀想だなと思いました。

実は診察をしながら、もっと気になったことは、多くの職員さんが実際の年齢よりはるかに歳に見えたことです。さすがに二十歳前後のお嬢さんの肌はキレイです(職歴が浅いからでしょうか)が、診察をしながら、「この人は40歳くらいかな」と思って受診票をみたらまだ二十代後半だったという人が何人もいました。窓から差し込む日の光がちょうど肌荒れを際だたせたのかもしれませんが、総じてこの職場で働いている人は揃って実際より歳を取っているという印象でした。1年前にこの職場に来たときにはこんな印象は受けなかったのですが・・・。職場全体はとても明るいのに職員のカラダが疲弊してきている気がしてちょっと心配です。

産業医ではないので、あまり口出しはできませんが・・・。

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サーカディアンリズム

「サーカディアンリズム(概日リズム)」とは、約24時間周期で変動する体内リズムで、たとえずっと室内にいても内在する機能でほぼ昼夜の変動をさせることができると考えられてきました。ちなみにWikipediaによると、「昼間の有害な紫外線下でのDNA複製を回避するために獲得した機能であると考えられ、結果として複製は夜間に行われることとなった」という記事にはちょっと感動しました。たしかに紫外線を浴びながらDNAが複製なんかしたらすぐに異常な突然変異を起こしそうですもの。

さて、そんなサーカディアンリズムを乱れさせる実験がアメリカで行われました(Proceedings of the National Academy of Science, USA, 2009;106)。健康ボランティアに実験室内に閉じこもってもらって人工的に1日を28時間にしたらどうなるか? それをくり返していくうちに満腹感を誘起させるレプチンが低下したり、糖尿病や高血圧に関与するコルチゾルが異常に上昇したりしたのです。睡眠・覚醒周期を12時間ずらしたとき(つまり昼夜逆転時)に正常との差が一番大きいこともわかりました。これらのホルモンの異常は、食欲の増加と活動性の低下をもたらすことになります。夜勤労働者で肥満、高血圧、糖尿病のリスクが増す原因はここにある!という結論でした。

人間のサーカディアンスリズムをきちんとリセットさせる物質BMAL1が働くには朝日などの光を目に浴びることが必要で、その光刺激が松果体のメラトニン分泌スイッチを入れた結果その14時間後に眠くなる・・・以前体内時計のことを書いたときに紹介しましたが、こんなデリケートな機能を、現代社会はとことん壊しまくっている最中です。起きているときも寝ている時も本来あるべき位置に戻してくれることをカラダは切に願っているのでありましょう。

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太ったマウス

アメリカ(南カリフォルニア大学)から、カロリー制限とアンチエイジングの関係についての動物実験の報告がありました(J.Nutrition, 2009:139)。

「やせたマウス(たぶんやせたヒトも)がカロリー制限をするのは、アンチエイジング戦略としては無駄かもしれず、むしろ危険かもしれない」、つまり「カロリー制限がすべてのマウス(すべてのヒト)の寿命を延ばすとは限らず、有用なのは食べ過ぎの肥満マウス(肥満ヒト)のみである」という単純明快な結論です。まあ、当たり前といえば当たり前の結果だと思いました。

でもこのメタボ時代、だれもが盲目的にやせ志向に邁進(まいしん)していますので、良い警鐘になる論文だと思います。さらにこの論文には、「老齢マウスにカロリー制限を行うと寿命が縮む」という忠告も書かれています。健康に気を遣いすぎる高齢者の皆さんはどうか世間の騒ぎに影響を受けすぎて「やせたやせた」と喜びませんように。また、肥満マウス(肥満ヒト)について、「肥満体に限れば身体活動を増やすよりもカロリー制限をした方が望ましい」というコメントも付いていました。つまり、「ハンバーガーを一気にたべてしまったとしたら、ランニングマシーンを利用するよりも、その後のダブルチーズバーガーを1回抜く方がはるかに効果的だ」ということになります。・・・なるほど、と納得しながらも、そんなことができるなら肥満マウス(肥満ヒト)になんかなってないわ、と突っ込みを入れたくなるのであります。

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ハゲの遺伝子

男性型脱毛症の遺伝子ゲノム解析を行ったドイツの大学の報告記事を読みました(Nature Genetics 2008:40)。

脱毛に関連すると考えられる遺伝子が2つ見つかっているそうです。数年前に見つかった「アンドロゲン(男性ホルモン)受容体の危険遺伝子」というものはX染色体の上にあるため、母親だけから引き継がれる遺伝子です。つまり、「男性における脱毛は母方の祖父から引き継がれることが多い」と結論付けられてきました。

ところがこの度、もう一つ、早期脱毛との関連が示唆される遺伝子がみつかりました。これは父母どちらからも遺伝する可能性があります。これによって父親と息子の毛の生え方が似ていることを説明できることになったのです。

わたしの父は若いころからハゲでいました。赤ん坊のわたしを抱いて写った写真には、もうすでにほとんど額だけになってしまった父の笑顔がありました。わたしはむしろ白髪交じりのゴマ塩アタマでほとんどハゲていません(さすがにちょっとだけ額がうすくなってきましたが)。父方の祖父がハゲていなかったので、私は隔世遺伝だろう、と云われてきていました。でも、このハゲ(脱毛症)の研究を読んでみると、ハゲた人がほとんどいない母親の家系の血を引いただけだったのでしょう。顔立ちや性格は父とうり二つなのですが、それでもちょっと納得しました。

ところで、頭のてっぺんからハゲるタイプと額が広くなっていくタイプ(父は後者)がありますが、心筋梗塞になりやすいタイプは同じハゲでも前者のタイプだという論文を、遠い昔に読んだ記憶があります。

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睡眠の質(後編)

「睡眠不足」ということばには、時間的な睡眠の不足だけではなく、質の不足の意味も示されています。むしろ質の問題の方が意味は大きいのではないかと云われています。睡眠の質が悪いと夜間の血圧がきちんと下がらず、そのためにダラダラと寝続けてしまうというデータも紹介されていました。つまり大人の場合、睡眠時間が長い人の中には睡眠の質の悪さが隠れている危険性があるというのです。睡眠時間が長すぎる人も、短すぎる人と同様に生活習慣病のリスクが増加しているというデータがそれを物語っています。

「睡眠の質」とはつまり熟眠がどれくらいできるかということです。熟眠といえる深い眠りの時期をノンレム睡眠期といいます(夢を見ているときがレム睡眠期です)。このとき脳波が「徐波」という形になっているので「徐波睡眠」ともいうそうで、つまり、寝入りばなに集中して徐波睡眠が出ている状態が「質の良い睡眠」です。これはどうも高等動物にのみ準備されている機能で、短時間睡眠でも効率よく回復できるように発達してきたものだそうです。たしかに脳が疲れる仕事を長時間したりすると、身体は疲れてなくてもその後に「爆睡」します。このときに「徐波睡眠」となり、急速回復している証なのでしょう。徐波睡眠期に刺激を与える実験(徐波断眠実験)を行う(ひどいことをするものだ)と、インスリン感受性が低下し、インスリンの糖処理能力が低下するというデータの紹介を読んで、ホントにデリケートなコントロールをしているものだなと感心しました。

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睡眠の質(前編)

Medical Tribune2009.4.23に載っていた、「睡眠の質」に関する座談会記事を興味深く読みました。「睡眠不足は生活習慣病のリスクを高めるが、睡眠時間が長くても熟眠できていなければやはり生活習慣病を悪化させる」という内容です。

「真夜中は別の顔」・・・睡眠中の科学にはロマンがあり、睡眠中に織りなすカラダの中の振る舞いはすべてが別世界の小宇宙なのでおもしろいと思います。生き物は睡眠中にカラダの奥の体温を低下させ代謝を抑えることで臓器や脳を休ませています。睡眠不足になるとその休憩ができなくなり、狭心症・心筋梗塞や糖尿病、肥満、死亡などのリスクを高めたり炎症の回復を抑えたりするのだそうです。睡眠不足のために、ストレスホルモンが増加するのが原因ではないかと云われています。

4時間くらいの短い時間の睡眠しかとらないと、満腹情報を伝えるレプチンというホルモンの分泌が減り、逆に飢餓情報を伝えるグレリンというホルモンの分泌が増加することが分かっています。そのために空腹感が強くなり、食欲が増します。血糖のコントロールがおかしくなって太ってきます。世のデブタレントが、総じて売れっ子になるほど太っていくのは、夜中まで起きていて食べてばかりいるからだと思っていました(売れていないときはヒマだからすぐ寝ていたのに)が、それにはこんな科学的なメカニズムがあったのですね。

かくいうわたしの睡眠時間は、正味5~6時間弱です。夜中に腹が減るのは実感しています。それでなくても夜はBMAL1の働きでカロリーを割り増し蓄積させると聞いていますのに。くわばらくわばら。

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臓器移植(後編)

そこには、お互いの子どもの「生きる(生かす)可能性」と「生きる(生かす)権利」がぶつかり合っています。親のエゴや切実で複雑な願いが入っています。もちろん、「死」とは何か、「生」とは何かという生命の尊厳を突きつめる重い場ではありますが、そんな哲学的な問題云々よりも前に、何よりも「我が子」。とにかく「我が子」を何が何でも幸せにさせたい。そのためにはどんなことでもしてあげたい。親のその思いは、場合によっては怨念のような激しいエネルギーに化けてしまうかもしれません。ひとつの「命」の奪い合いです。そこにあるのはまさしく修羅場です。

拡張型心筋症の募金について書いた時にも言及しましたが、皮肉にも、すべては「臓器移植が実現可能になった」がために生まれた軋轢(あつれき)です。エコ運動のリユースと同じ次元で語られる話ではありません。それは生命への冒涜(ぼうとく)なのかもしれませんが、臓器移植はごく普通の概念として皆の頭の中にインプットされています。「臓器移植は夢のまた夢」といわれていた時代には、それはそれで皆のこころの準備はできていました。あるいは「外国でないと移植はできない」と限定されればその可能性は限られていました。でもその足かせがなくなってしまいそうです。・・・不幸にして臓器奇形で生まれてきた我が子がいます。親は自分を責めます。罪の意識に耐えながら悶々として生きてきました。今、消えてしまいそうなその命さえ我が子に分けてもらえるなら・・・選択肢が増えてしまった分だけ、迷い、悩まなければならないことになるのだと思います。

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臓器移植(前編)

臓器移植法の改正案が国会に提出されそうです。今回の改正の目玉は、「ドナーの年齢制限撤廃」です。どんな小さな子どもでも、脳死と判断したら臓器移植の提供者になれることになります。もちろん意思表示ができないので「家族の同意」が絶対条件ではありますが、これはかなり厳しい葛藤を覚悟しなければなりません。夫婦で意見はきっと分かれるでしょう。

おとなでも基本は同じですが、子どもの死の判定の方がはるかにむずかしいはずです。もはや無理だろうと思われる状態から奇跡が起きる可能性は子どもの方がはるかに多く、それはちょうどグリーンサイドに外れて完全に止まってしまったゴルフボールが傾斜や風の影響でゆっくりと動き始めてとうとう勝手に転がってホールインするようなものです。先日そんな光景をテレビで観ましたから、実際にないわけではないことです。また、それが子どもだからこそ、まだまだこれから成長するはずだった罪もない自分の子どもの臓器が、脳死を認めたために無理矢理えぐり取られることになるのは、まるで自らが我が子を殺すような深い心のキズを家族が持ち続けるかもしれません。

その一方で、今その臓器をもらえたら元気に生き延びられる可能性のある命が待っています。待っている親の身としては、相手の親の気持ちはわかるものの、我が子にせっかくもらえそうな権利(臓器移植)を使えなかったら、これまた大きな後悔を残して生きていくことになります。「もう脳が死んでいるのなら、早くあきらめて臓器を提供してほしい」・・・阿修羅のような複雑な気持ちに悶々とするかもしれません。

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ジェネリック

「ジェネリック医薬品」とは、「後発医薬品」のことで、いわゆる「ゾロ品」です。

ひとつのクスリを開発して発売するまでには莫大な金と労力が要りますので、発売後ある期間だけそのクスリの作り方に特許権が与えられます。その期間が過ぎたあと、他のメーカーが同じ成分を使って同じ作り方で作るクスリをジェネリックというのです。あちこちでゾロゾロと作られるので「ゾロ品」。昔はジェネリックの仕入れ値が安いため薬価との差(収益)が多かった事情もあり、信頼に欠けるゾロを金のために採用するのは一流の病院やクリニックでやることではない、という風潮がありました。今は薬価差が修正され、医療費削減や受診者の負担軽減のために、逆に積極的にジェネリックへの移行が薦められています。

ただ、同じ主成分を使い、同じ作り方のマニュアルを使って作っても、先発品と同じ効果が理論どおりに出ないことは少なくありません。「替わったクスリは効かないから前のに戻してほしい」と患者さんに云われたゾロ品はいくつもあります。医療者は、「それは気のせいです。だってメーカーが違うだけで”まったく”同じものなんですから」と口では云いますが、根拠はないけれどそれは真実だろうことを薄々感じています。

ある抗生剤のジェネリックBとジェネリックCがあって、「Bはまあまあ効くけど、Cは全然効かないよね」というのが実際の小児科の現場で今ちょっと話題になっています。患者さんの自覚症状の改善の有無ではなく、熱が下がるとか炎症が治るとかですから、結果は明確に出ます。許可を受けて堂々と売られているクスリだから名前は出せませんが、それって「ゾロ品」じゃなくて「バッタモン(=にせ物)」ていうんじゃないのかしら?それを分かっていて処方するのは犯罪と同じなんじゃないのかしら?とか、思わないでもありません。

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アメリカンジョーク

昔から良く引き合いに出されるジョークがあります。医者がプライベートの席で、あるいは何かのついでに、患者さんや知人から医療相談を受けた場合どうするか。

あるとき、同窓会があって、その宴席で弁護士をしている友人にそのことを相談してみます。この場合、相談に乗ってあげた方がいいのかどうか?あるいは云ったことにちゃんと責任を持たなければならないのかどうか?・・・弁護士の彼は明解に答えます。「そんなもん、当然責任はあるんだから、ちゃんと受診料を請求すべきだよ!あるいはそこで答えずに後日受診させるべきだよ。」・・・「そうか。やっぱりそうだよね。これからはもっとクールにすべきだよね。」などと云ってこのときはそのまま別れました。ところがその数日後に、その友人から郵便が届きます。開けてみると、なんとそこには、「コンサルト料○○円」の請求書が入っていました。チャンチャン♪・・・という話です。

これはアメリカンジョークではありますが、でもとても当を得ていると思います。同じことを話しても、外来なら診察料や初診料が発生するのに、それがまるまる無料になるわけです。わたしも酒の席で、あるいはプライベートで、よく同級生や仲間や先輩後輩から健康相談を受けます。そうなった場合、普通は普通に、いやむしろ人一倍親身になってアドバイスをします。良心というやつでしょうか。「今はプライベートだから」なんてクールに答えることはできません。でも、医者が医療に対して意見を云えば、当然それには意味が出てきますし、社会的には責任が生じて然るべきです。かと云って、「知らねえよそんなこと」なんて云ってたら友だちが居なくなってしまいそうで、弱気なわたしは結局、金を貰うときよりも真面目に答えるのでありましょう。そんなだから、世間の皆さんは、どうか医者の良心にあまりすがりませんように。あるいは酒の席なら生ビールか焼酎の1杯でもご馳走してやってください。

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消毒薬と喘息

医療情報誌Medical Tribune(2009.4.16号)に「医療用洗浄薬や消毒薬で看護師の喘息リスク上昇」という記事が載っていました(Occupational and Environmental Medicine, 2009;66:274-278)。現場で悩まされている人は昔から恒常的に多いのに、なかなか医学的な問題として取り上げてくれないのが不思議でならなかったので、今さら?という気持ちよりもホッしたというのが正解でした。

アメリカテキサス州の研究で、パウダー付きラテックス手袋を使う看護師が新たにその業務に就くようになって喘息が増えたり、器具洗浄を行う業務の看護師もそれに就くようになって喘息が有意に増えているというのです。患者さんの皮膚を洗う洗浄液や消毒薬、医療器具洗浄のための薬剤や漂白剤など、日常的に呼吸器刺激物質や感作物質がたくさん含まれているのが原因ではないかと結論しています。

ただ、わたしの懸念はそれに留まりません。皮膚のアレルギーだけでなくカラダ全体の不調や肝機能低下を来している医療従事者は少なくないと云われています。もともと細菌やウイルスを殺すのが目的の薬剤ですから猛毒です。そんなものをいつも扱っているのですから、単に鼻から吸い込んだからというだけでなく、皮膚からの吸収の要素も十分にあるでしょう。一般人の過剰な「清潔病」は考え方次第で避けて通れますが、医療者の場合はそうはいきません。経済面ばかり重視しないで、医療従事者のカラダを守る観点から薬を選んでほしいものだと切望する次第です。

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所詮は他人事ですから。(後編)

もっとも、医療現場では相手を常に客観的に診る冷静さが必要です。

「所詮は他人事」という目で診ないと大事なことを見落とすことがあります。昔から、「身内の病気は自分で診るな」と云われる所以です。自分に近い人ほど冷静さを欠くモノだからです。だいたい世の名医というものは常に「他人事」の冷静な心で厳しい客観的な目を持って診療をしていくので、「冷たい」とか「おまえには血が通ってないのか」とか云われても信念を貫くことができるのでしょう。生半可でいい加減なわたしは、そんな強い信念で「他人事」を貫いているわけでもありません。

先日、健診に来ていた受診者の一人が不整脈発作を起こしたので、病院の救急外来を紹介しました。電気ショックで治療しようとしましたが安定剤が効かずに結局治療を断念しました。担当をした医者は「特に急いで治療しなければならないわけでもないので、目を覚ましたら帰そうと思います」と伝えてきました。「で、これからの治療をどうしましょう」と聞くと、「別に無理して治療しなくても良いんじゃないですか」と即答されました。すぐに命に関わる病気ではありませんが、脳梗塞を起こす危険性のある不整脈ですから元に戻せるモノなら早く戻してあげたい。そういう病気だということを本人が理解して今後の管理をだれかにしてもらいたい。わたしはそう思いました。彼の云っていることは専門医の意見としては正解なのだと思います。でも、「もし、それが自分の親や奥さんや子どもだったら、あなたは同じ対応をしますか?」と云ってやりたい気がしました。後日、柄にもなくわたしから本人に説明をし、幸い不整脈は取れていましたが、今後の管理を他の病院に依頼しました。

「自分の身内だったらどうするか?」・・・診断や対処に悩んだときは必ずそれを指標にすることにしています。

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所詮は他人事ですから。(前編)

「ま、所詮は他人事ですから。」

先日読んだある医者の本の冒頭に出てきたことばを書き写してみました。本の内容とはなんら関係ない話ですが、医者のやっていることは「所詮は他人事」だもんな、といつもそう思っています。

検査結果が悪い。なんとかしないと命に関わる病気になるかもしれない。その危険性を説明していると、明らかに「いらん世話じゃ。私のカラダのことは私が決める!」と云いたげに聞き流している態度を取られることはままあります。外来をしていたころもそうですが、今薬を飲まないと危ない!と云うことを説明している端から「薬を飲みたくないからここに来たのだ。それ以外で何とかしろ!」「今までの先生はそんなことは云わなかった。おまえは傲慢だ!」と云われたりします。単に今までの医者が無知でいい加減だっただけじゃねえか!と内心で怒り心頭に達しながら(きっと血圧上がってるだろうなと思いながら)、自分を落ち着かせることばは、「申し訳ないけど、そんなこと知ったこっちゃない。どうせわたしのカラダじゃないんだから、どうしようとアンタの勝手だよ!」・・・大部分は心のことばですが、声に出して云うこともあります(もちろんもっと丁寧語で)。

わたしは、聖職とは言い難いとんでもない医者です。事実は事実として正確に伝えるとして(伝え方は相手によって千差万別、これは技術ですが)、その後のその人の人生まで抱えてあげる気は毛頭ありません。「いやいやそうじゃなくて、本当に今が大事なんですよ・・・」と説得を続ける医者や看護師さんをみていると、ホントに偉いなあ、と心から敬服します。前世で素晴らしい徳を積んでこられたのでしょうね。

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ブルガダ

先日、うちの職場の生理検査のお嬢さんが、わたしに教えてくれました。

警察から依頼があって、うちで健診を受けたある男性の過去5年分の心電図を提出したそうです。実はその男性が突然死をしたのです。20歳代の男性でした。彼の心電図は最初の心電図だけが「正常」で、それ以降は全部典型的な「ブルガダ型心電図波形」でした。毎回、精密検査を指示していましたが、おそらく自覚症状がなかったから(2回目以降は『いつものことだから』の気持ちもあったのでしょう)一度も専門医を受診したことがなかったようです。

「ブルガダ型心電図波形」は1000人に2人弱程度の割合でみられる波形です。いわゆる「突然死」した人たちの心電図について多くの検討がなされましたが明確な特徴は見つかりませんでした。ところがその中で、ごく一部に共通の心電図波形を有する集団(家族性のことが多いのですが)があることをブルガダさんという人が発見して「ブルガダ型心電図波形」として発表しました。

症状(動悸・ふらつき・意識消失など)や家族歴がなければ大部分は問題ないのですが、前ぶれなく突然危険な不整脈が出現して突然死する人がいるので要注意なわけです。健診では神経質になりすぎてやや引っかけすぎだと批判を受けがちですが、今回の若者のように、おそらく家族歴も症状もなかったであろう人がこうやって突然死してしまうと(詳細を知りませんので因果関係はわかりませんが)、疎かにはできないなと改めて思いました。彼のご冥福を祈ります。合掌。

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死をみつめる。(後編)

「硬直した死体に触るのは嫌じゃなかったですか?」と質問する看護師に「あなただって、さっきこの死体を処置なさったのでしょう?」と逆に聞いたら、「だって、さっきはまだ温かくて柔らかかったもの」と答えた、という下りもとても面白いと思いました。

患者さんが壮絶な戦いの末に<死>を迎えたとき、病院であれば最初にそれに直接接するのは多くの場合看護師さんです。エンジェルセットを持って、死後の処置をします。その段階では、目の前にいるのはさっきまで生きていた患者さんなのでしょう。でも、霊安室に移り、そこから葬儀屋さんや納棺夫さんの手にわたる頃には、それは<死体>になっています。

一体、<死>が<死体>に変わっていく境界線はどこにあるのでしょうか?看護師さんたちはそれをカラダが固くなってきたかどうかで感じているようですが、その前に魂が抜けていく瞬間をきっと彼女たちは体感として感じているのではないかと思うのです。科学的でないそんな感覚がだんだんとマヒしていくのが救急医療の現場なのかもしれませんが、<死者>を<生>の時から連続で見守っていてあげられる唯一の存在が彼女たち(家族は<生>→<死>の間に空白時間がある)なのですから、是非とも自分の感性を大事にしてしっかりと魂と会話してあげてほしいと願っています。

話がいつの間にか横道にそれました。

『<死>は医者が見つめ、<死体>は葬儀屋が見つめ、<死者>は愛する人が見つめ、僧侶は<死も死体も死者も>なるべく見ないようにして、お布施を数えている。』

・・・やっぱりこの人は詩人だ。

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死をみつめる。(前編)

最後にもうひとつだけ「納棺夫日記」について書きます。

『今日の医療機関は、死について考える余地さえ与えない。』・・・医療従事者として、この文章もまたとても深くて厳しい真理だと思いました。

『死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぼっちで死と対峙するようにセットされる。しかし、結局は死について思うことも、誰かにアドバイスを受けることもなく、死を迎えることになる。誰かに相談しようと思っても、返ってくる言葉は「がんばって」のくり返しである。朝から晩まで、猛烈会社の営業部のように「がんばって」とくり返される。親族が来て「がんばって」と言い、見舞い客が来て「がんばって」と言い、その間に看護婦が時々覗いては「がんばって」となる。』『集中治療室などに入れられれば、面会も許されないから「がんばって」もないが、無数のゴム管やコードで機器や計器につながれ、死を受け入れて光の世界に彷徨しようとすると、ナースセンターの監視計器にすぐ感知され、バタバタと走ってきた看護婦や医師によって注射をうたれたり、頬をぱたぱた叩かれたりするのである。折角楽しく見ていたテレビ画面のチャンネルを無断で変えられるようなものである。<生命を救う>という絶対的な大義名分に支えられた<生>の思想が、現代医学を我がもの顔ではびこらせ、過去に人間が最も大切にしていたものを、その死の瞬間においてさえ奪い去ってゆこうとする。美しい死に方どころでないのである。』

手厳しいけれど、自らの「死」を想像したとき、「まさしくその通りだ!」と賛同の拍手を送りたいと思いました。救急医療の現場はまさしく生か死かであり、生死をひとつの流れの中に位置させて死に行く過程を考えることなど考えている余裕はありません。それはホスピスの終末医療とは違うから当たり前だと思っていたけれど、よくよく考えてみれば、その思い込みはやはり<生>の思想に他なりません。

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軽躁

ある医学雑誌によると、日本人には国民性のひとつとして「軽躁」があるのだそうです。甲高い声で早口で心身ともにちょっと騒がしい状態、と云ったらいいのでしょうか。物静かで寡黙なのが日本人の日本人らしさなのだと思っていましたので、ちょっと驚きました。でも、自分を考えてみると確かにいつも軽躁です。特にここ数年は、良いことも悪いことも、嬉しくても怒っていても、いつの間にか大声で話してしまっています。かなり苦しかったうつ状態のときですらそうなったりしていました。もともとは小声でボソボソ話すのが常でしたが、滑舌の悪いわたしが耳の悪いお年寄りの方々にわかりやすく話そうとする意識が強くて、あるいはボソボソしゃべると機嫌が悪いように思われるので誤解されないようにという意識でそうしていたつもりでしたが、歳とともにどんどん声が甲高くなっていくのは、ちょっと病的かもしれません。

その記事にはもうひとつ、武田信玄の遺訓にも触れていました。「主将が陥りやすき三大失観」です。①分別あるものを悪人と見ること、②遠慮あるものを臆病と見ること、③軽躁なるものを勇豪と見ること、です。ここにも軽躁をヨシとしてしまう間違いを戒めています。3つのうちの1つですので、これはかなりのウエイトをもって昔からリーダーが陥りやすかった勘違いなのでしょう。

現代社会の若者たちは、自分の世界に入り込むオタクと周りを気にせずうるさく騒いでいる軽躁ばかりで、社会性が欠落している!と云われますが、それは若者たちに限った特徴ではないようです。わたしもこの機会に、少し反省してみましょう。

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微量金属

人間のカラダの中に必須微量元素というものがあります。本当に微量だけあれば十分な物質だけれど、ないと生きていく上で重要な機能が欠落していくものです。以前、中心静脈栄養の患者さん(口から食べることができないので心臓近くの太い血管まで管を入れて高カロリーの輸液をする必要がある患者さん)が亜鉛不足になるケースが多くて問題になったこともあります。

そんな重要な微量元素・微量金属ですが、食事を普通にとっておけば問題ないはずなのです。ところが最近、そんな微量金属欠乏症の人が普通に見られるようになってきていると云われます。インスタント食品しか食べなかったりお菓子しか食べなかったりの偏食が原因で起きるビタミン不足と同じような理由なのでしょうか。一方で「足りないなら、じゃあサプリだ!」とばかりにサプリの過剰摂取で中毒症状を出してみたり。今はホドホドがホントに難しい世の中です。

ある医学雑誌に載っていた「ヒト必須微量元素欠乏症の症状」の一部を転記します。気になるモノがあったら調べてみてください。

●鉄→貧血・免疫力低下など、●亜鉛→味覚障害(低下)・嗅覚障害(低下)・視覚障害(暗順応不全)・成長の遅れ・妊娠異常・脱毛・うつなど、●銅→神経・精神発達の遅れ、骨や血管の異常、貧血など、●ヨード→甲状腺腫・クレチン病、●クロム→糖尿病・脂質異常症、●コバルト→悪性貧血、●マンガン→低コレステロール血症・体重減少など、●モリブデン→脳症など、●セレン→心筋症・心筋梗塞・がんなど。

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胸がキュンとする

恋をすると胸がキュンとします。この「キュン」は、医学的に何ですか?という質問を受けました。

これは、とても深くてむずかしいことだと思います。医学的に書けば、おそらく簡単なことです。身体中にはりめぐらされた自律神経の網の中で、興奮状態の時に優位になる交感神経が脳から刺激されてホルモンを大量に分泌させられたのです。ドパミンが脳に快感を与えるとともに、ノルアドレナリンが動悸と血圧上昇をもたらすのだと思われますし、皮膚が収縮してゾクゾクとなるのでしょう。ネットをチェックしていたら、このとき心臓の筋肉が瞬時に収縮するから「キュン」となるんだ、という説明文も見かけました。

わたしは循環器内科の医者でありながら(むしろそれだから)、「こころは心臓にある」という説が好きです。交感神経の反応を、脳は猜疑的(理性的)に対処しようとして、心臓は好意的(感性的)に同調するのだと解釈しています。同じ様な「好きだ」でも相手によって、あるいは同じ相手でも日によって「キュン」を感じたり感じなかったりしますし、自分の感じてきた「キュン」には、解説書に書かれているような「胸の痛みの感覚」とはちょっと違うモゾモゾ(ゾクゾク)感を伴っています。「好きだ!」という思い(興奮状態)に対して、脳はそれなりの生体反応で落ち着かせようとしますが、心臓がその制止を振り切って抑えきれなくなってしまうのではないかしら。それが「せつない」という感情。この感情を発しさせているのは脳かもしれないけれど、それを表現しているのはやはり心臓に違いないと思っています。

ま、そんな理屈は脳に任せておいて、こころはいつも素直に感じていきましょう。今日が、そんな胸キュンな日でありますように。

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7つの健康習慣

先日、ある公民館に生活習慣病のお話をしに行ったときに、以前使っていたスライドを1枚久しぶりに引っ張り出して追加しました。

「Breslow(ブレスロー)の7つの健康習慣」というものです。つまり●適正な睡眠時間、●喫煙をしない、●適正体重を維持する、●過度の飲酒をしない、●定期的にスポーツをする、●朝食を毎日食べる、●間食をしない・・・この7つの健康的な習慣に該当する生活を多く送っている人ほど、病気にかかる率が低く寿命が長い、というわけです。

これを読んでどう思いますか?多くの人が「そんなこと当たり前だろう!」と突っ込みたくなるでしょう?5、6年前に初めてこれをみたわたしも、実はそう思いました。で、次に何と続きますか?

現代人は「そんなこと当たり前。でもそんな理想を並べられても現実としてできるはずがない」と続くのではないでしょうか?ところが、ブレスローさんがこれを提唱した1972年のころに遡ったと思ってみてください。タバコの概念は別として、それ以外は「今さらいちいち云われなくても当たり前のことばかり。ただ普通にしてたら良いってことだ!」と思ったに違いありません。自分の若いころを思い出してみても、毎日一般庶民が普通にやってきていたことばかりが並べられています。

「そんなこと当たり前」なのに、昔は「普通のことを並べているから『当たり前』」で、現代は「理想は『当たり前』だけれどするのは大変!」なのです。これは真逆の感じ方です。現代は昔とは別の惑星に住んでいるのだから、昔の理屈を引きずってはいけません!ということを云いたくて、このスライドを追加しました。

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タバコとハンバーガー

BMB2008という、分子生物学と生化学合同のみるからに難しそうな学会が神戸で行われ、そのレポートもMedical Tribuneに掲載されていました。

ベンゾ[a]ピレン(BaP)という物質は喫煙の主成分らしいのですが、それがハンバーガーなどの加熱食品に大量にふくまれていると云うのです。それでもってこの物質を動脈硬化モデルマウスに食べさせると動脈硬化が進行し、さらに動脈硬化誘発食(高コレステロール+高脂肪食)を同時にとらせるとその進行度が増します。BaPは免疫で重要な働きをする胸腺を萎縮させますが、動脈硬化誘発食を同時に投与するとそれが一層ひどくなり、動脈の中性脂肪の蓄積も増加させるのだそうです。

要するに、脂質代謝異常によって作られた動脈硬化巣がBaPによってさらに増悪することが示されたわけで、欧米型食習慣に伴う動物性脂肪や加熱食品を大量に取りながらさらにタバコを吸っていると動脈硬化は加速度を増すことになるよ、ということのようです。BaPがあると大動脈で代謝を活性化させやすくなり、動脈硬化メカニズムを誘発する恐れがあるのだとも書かれていました。

タバコの主成分とハンバーガーの成分が同じだという事実には驚かされましたが、それでなくても現代人は食事の欧米化でかなり大量のBaPを取っているのだということを分かっておかなければならないでしょう。

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健康補助食品

サプリメントに関わる検討が最近医学界でもやっとなされ始めてきました。偏見をもっている医者もまだまだ多いですが、利用者が想像以上に多くなっている現在、それを無視できない状況ですし、その知識がないと患者さんの質問や相談にものれなくなっていくことになります。

サプリメントは「健康補助食品」という括りですが、疫学調査の結果、最近の中高年のサプリメント利用者はそれを「補う」目的ではなく、「病気の予防や改善」の目的で使っているのだといいます。ですから、昔のようにサプリといえば「ビタミン剤」「滋養強壮」と思われていた時代とはまったく趣きを異にしているわけで、たしかにグルコサミン・ヒアルロンサンと関節痛、アントシアニン(ブルーベリー)と目の健康など、特定の目的に飲んでいる人が多いようにわたしも感じています。

利用者が単なる栄養補充ではなくて病気の改善(というより本人たちは「治療」として)のためにサプリメントを利用しているにも関わらず、大部分の人がそれを医者に申告していないという事実は以前にもここで書いたことがありますが、今回、日本病態栄養学会とやらのシンポジウムで愛媛大学から報告されました。「糖尿病患者の約40%が健康食品を摂取しているにもかかわらず、主治医に報告している患者は20%に満たない」というアンケート結果の報告です。患者心理として、「できたら薬を減らしたい。でも、先生に云うと止めろといわれそうだから」とか「薬じゃないからいちいち話す必要はないと思うから」とかなのでしょうか。

これからは、医療者側から「カラダに良いもの、飲んでませんか?」と聞いてあげて、きちんとアドバイスしてあげるのがエチケットなのかもしれません。

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日本統合医療学会

伝統医学、相補・代替医療を統合して「患者中心」の医療を推進するため、2つの学会が統合されて「日本統合医療学会」というのが発足しました。その学術大会のレポート記事を、Medical Tribuneで見つけました。

とても悦ばしいことだと思いました。近代西洋医学体系のみを重んじる現代医療にとっての頼みの綱はEBM(Evidence-based Medicine)ですが、これが一人歩きしすぎたころから大きなひずみが生じ始めてきたと思います。EBMは医療者が訴えられないように編み出した隠れミノであって、わたしには単なる統計学でしかないように思えます。証拠がない医療は「経験主義のまやかしだ」という考えが、経験による医療を魔女狩りのように完全排除させて、統計学的に一番優れた方法だけを公認することを正義だと勘違いしているのではないかと思うのです。医療が普通の科学と違うことは、相手が人間であり、「全て」の人間が恩恵を受けなければ意味がないという点です。「統計学的に有用とされた方法で上手くいかない人は、しょうがないから諦めなさい」というわけにはいかない世界なのです。そしてもうひとつ科学と大きく違うことは、科学的に解決するかどうか(診断がつくかどうか)ではなく、患者さんの生活や価値観が満たされるようになる(満足できる)かどうかが最も重要なことだということです。端的に云えば、原因がわからなくてもすっかり治ればそれでいいわけです。だからこそ、西洋医学的に解明できなくても統合的に解決できるものがあれば積極的に試みてみることは、これからとても大切になってくるだろうと思っています。

幸い、「EBMの抱える矛盾に対し、最近では対話、傾聴、行動観察を通じた質的調査が試みられ、患者や家族から表出される物語に着目して全人的医療を目指すnarrative-based Medicine(NBM)で補っていこうとする動きがある。」そうで、もっともっと人間を人間としてみる医療の分野が広がっていってほしいと思います。

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完璧主義

わたしの印象では、無意味に数字にこだわるのは医療従事者に多いような気がします。特に、検査技師さんと看護師さん、そして時々医者。

数字の意味をちゃんと分かっているのに、どうしてそんな意味のない数センチを気にするのか?あきらかに検査値が正常範囲なのに「上限に近い」と云ってそんなに気にしているのはなぜなのか?・・・わたしにはどうしても理解できませんが、いろいろな重症患者さんや思いがけずにミゼラブルな経過をたどった患者さんの姿を何度も目の当たりにしているから、他人のことなら冷静でいられてもついつい自分のことだと不安になってしまうのかもしれません。でもそれでも、医療従事者がそんなこだわりでアタフタするのはわたしにはいつまでも理解できないことでしょう。

健診を受けたら、今年初めて「やや異常」というのが出た!と大騒ぎしている若者がいました。そんな彼には、「受けた検査項目が増えてしまったからだよ」と教えてあげましたがなかなかピンとこないようです。若者が受ける検査と、ある歳以上になって受ける検査ではその項目数が全く違います。歳とともに受ける検査項目の数が増えるのですが、検査が増えれば当然「異常」といわれる可能性は増えます。単に検査項目が少なかったから「異常なし」だっただけの話です。今時、完全無欠の検査結果であるのは至難の業です。「やや異常」は「異常なし」と同義語だと認識しているのは、健診関係者だけなのかもしれません。

日本人は、男も女も若いのもお年寄りも、本当に「完璧」が好きです。「異常値」は「標準の値ではない」というだけのことで、ちょっと背の高い人に文句をつけているようなもの、ただのコンピューターの嫌がらせですと説明するのですが、なんか納得してくれません。困ったものです。

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数自慢

先日、久々に自分のお腹の傷口をながめて「昔、十何針縫ったんだ!」と傷口自慢をしているオヤジさんをみました。昔ほどではありませんが、今でもそんな数自慢が好きな人は少なくありません。どうしてそんなに数にこだわるのでしょうか?

健診の説明をしていても、「胃にできたポリープの数が去年は○個と云われた」とか、「腎臓ののう胞の数」とか「腎結石の数」とか、みなさんよく覚えておられます。

でも、それはたぶんほとんどの場合あまり意味はありません。たとえば5cmの傷口を縫うとして(その傷の深さや場所にもよりますが)、緊急で外科医が縫うなら6,7針かもしれませんし、形成外科医が小さく縫えば15針もするかもしれません。大ざっぱに乱暴な云い方をすれば、同じ大きさの傷でも何針縫うかは担当した執刀医の気分と性格の問題でしかない可能性も大いにあります。

胃のポリープの大部分は良性ですしヒダの間に隠れたら見えません。腹部エコーはただの影を見る検査だからあってもなくても見えないことはよくあります。要するに、検査した人はそのとき見えた数を伝えているだけですから、伝える人(医療者)は伝えられる人にそれほど重要な意味を持って伝えているわけではありません。たしかに大腸ポリープは大きさが悪性度の指標になります。でもたとえば「去年は3mmだったけど今年は4mmと云われたから心配だ」という人は取り越し苦労です。なぜなら、検査中にポリープの横にノギスか定規を当てて計測しているわけではないのですから、あの数字は施行医の単なる経験的な目分量です。・・・ことカラダの健康に関わる数字の場合は、意味のあるモノと意味のないモノが歴然とあることをしっかり知っておいたほうがいいと思います。

まあ、前述の大きなメタボ腹の傷口をポンポン叩いていたオヤジさんは、ただ「大怪我だった」ということを自慢したかったのでしょうから、笑顔で聞いてあげました。

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大根おろし

焼き魚とそれに寄り添う大根おろしは、わたしの大好物です。

先日、夕飯の準備をしていた妻にその大根をおろす作業を頼まれました。ご丁寧に、「ちゃんと手を洗ってね!」と忠告されながら。ですから、「石鹸で洗ってもいいの?」とわたしも念を押します。「ちゃんと洗い落とせば大丈夫でしょ。」・・・うざいと云いた気に彼女の声のトーンが明らかに落ちました。

日頃から、できるだけ石鹸で手を洗わないように心がけています。特に薬用石鹸は必要ないときには絶対使わないようにします。抵抗力の落ちた重病人やご高齢の患者さんがいるところで働くこともなくなりましたので、それを使うのは、コンタクトレンズを入れる前とかワンのウンチの処理をしたあととかくらいでしょうか。それは、もちろん自分の身体を守るためです。コンビニでくれるウエットティシュや診察室にある消毒液は本当に強力な殺菌作用がありますから、どうかみなさんも使いすぎにご注意ください。

さて、普通にパソコンで仕事をしていたわたしですので普通に水洗いするだけで大丈夫なのに、素手で大根を握るのに妙に躊躇してしまって結局は石鹸で手を洗ってしまいました。あとでさらにしっかり水洗いして無事に大根おろしを作りましたが・・・今回は考えすぎた分だけちょっと気持ち悪かったです。けどまあ、焼き魚もおろし大根もとても美味しうございました。

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ヤーコン

うちの施設で健康増進のための取り組みをしている一人の男性が6ヶ月目のチェックを受けました。始めたときには糖尿病や脂質異常症や脂肪肝で、お腹には基準をはるかに超える大量の内臓脂肪を抱えていましたが、今回どれも見事に正常値になりました。ブラボーです。ところが、問診票の片隅に「健康のためにこの会に入っているのに毎晩浴びるように酒を飲んでいる父に対して、どう協力したらいいのかわからず悩んでいる」という娘さんからの伝言が書かれていました。本人も毎晩焼酎を飲み過ぎることを反省しています。今日こそは1合でやめるぞ!と固く思うのではありますが飲み始めるといつの間にか負けてしまうのです。ただ、それと裏腹に検査結果はとても良くなっているのです。何か問題がありましょうか?これはまさしくわたしの日常と同じでありまして、残念ながら何もアドバイスしてあげられませんでした。転倒して怪我などしないように、とだけ伝えました。

そんな彼がヤーコンなる野菜を自分の菜園に作って毎食少量食べています。煎じてお茶にもしています。原産は南米アンデス地方の菊芋のような野菜です。栄養価が低い一方でフラクトオリゴ糖が含まれるため整腸作用やら脂質異常・血糖・血圧の正常化作用やらがあり、フラボノイドなどのポリフェノールも含まれているのだとか。有名な健康野菜のようです(外国産の食べ物に興味がないためでもないですが、わたしは全然知りませんでした)。これを毎日食べているからこんなノンベでも結果が良くなったのかもしれません。でも、とにかく何であれ、新鮮な野菜をそのまま丸かじりできる贅沢に勝るモノはないような気がします。

たしかに、こんなことするよりお酒を減らした方がはるかに簡単じゃない?と娘さんは思うのでしょうね。わたしたちアルコール中毒はそんな一筋縄じゃないのですよ。だって、中毒だから。

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北風と太陽

藤野武彦先生の「BOOCSダイエット」(朝日文庫)の序章に、イソップ童話「北風と太陽」の喩えがあります。

従来のダイエット法はいわば「北風型」だそうです。つまり、脂肪というマントを早く脱がせようと、逆風になる北風(食べるな・運動しろ)をピューピュー吹き付けるのだけれど、それが強くなればなるほどマントの胸をしっかりかき合わせてマントの中で我が身を縮める一方です。つらいことや嫌なことばかりを強要するダイエット法では、旅人である肥満者は決してついていけない・・・これはとても良い喩えだなと思いました。マントを脱がせたいなら、太陽の暖かな光で旅人を照らし、暑くさせさえすれば自分から勝手に脱ぐものだ・・・これが「脳疲労」を取り除くBOOCS法だというのです。

わたしの最近のマイブームではあるけれども、別にBOOCSのPRをしたいわけではないのでそのことは置いておきますが、とにかくこの「北風型ダイエット指導」の在り方については反省したい点が多々あります。このまま放っておくととんでもないことになるぞ!今、煩悩と戦って何かを始めないと手遅れになるぞ!と背中から鞭打って、嫌々立ち上がろうとするのを抱え上げて牢獄にたたき込む。「おまえのためだよ」「あなたのためよ」・・・どこかのCMのようなそんな呟きを耳元でずっと囁いてきたのかもしれないなあ、とつくづく思うのであります。

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高HDLコレステロール血症

ある企業の採用時健診結果の評価を頼まれました。データを転記して送られてきた診断書には、LDL-C 100mg/dl、HDL-C 136mg/dl、TG(中性脂肪) 92mg/dlと書かれていました。

HDLコレステロールは善玉コレステロールと云われ、動脈硬化抑制効果のあるコレステロールです。ですから、一部の家族性疾患(*)を除いて、HDLコレステロールは多ければ多いほど動脈硬化になりにくいといわれます。100mg/dl以上のものを高HDLコレステロール血症といい、日本には1000人に1人くらい存在すると文献には書かれていました。わたしも運動を始めてからかなり上昇を続け、職員健診では91mg/dlでしたからもう少しで高HDLコレステロール血症の仲間入りができます。

さてここで問題の健診結果です。HDLコレステロール136mg/dl・・・高HDLコレステロール血症ですが、さすがに136はかなりの高値です。高値すぎます。HDL-C 92mg/dl、TG(中性脂肪) 136mg/dlの方が自然です。「書き間違いじゃないですか?」と確認しましたが、「再検査したけど間違いありません」と回答がきました。最近はTC(総コレステロール)が判定基準から外れたためにあえて調べない企業が増えてしまいました。このTCさえあれば、書き間違いかどうかは簡単にわかります。<TC=HDL+TG/5+LDL>という式があるからです。前者ならTC≒254ですが、後者ならTC≒219です。まあ、間違っていようがいまいが採用するかどうかには直接関係ない話ですので、そのまま評価させていただきました。

(*)原発性高HDLコレステロール血症(コレステロールエステル転送蛋白の異常または欠損がある家系の場合、冠動脈疾患のある人が多いという報告がある)

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数字の独り歩き

先月、京都で開かれた第34回ニュータウンカンファレンスに行ってきました。心臓核医学について最先端の医療情勢を知ることのできる、歴史のある研究会ですので、毎年万難を排して出席しています。

核医学というのは、微量の放射線をくっつけた物質(放射線医薬品といいます)を患者さんに注射したり吸い込んでもらったりして、体内に取り込まれた放射線を外から撮影する検査です。心臓に注射すると心臓の機能の悪いところを見つけだせます。核医学に限らず、放射線を使った検査(レントゲンや透視やCT、PET、MRIなど)はどれも「影」を写す検査です。だから医者が所見を読むことを「読影」と云います。内視鏡検査のように直接実物を見る検査とは違って、あくまでも影を眺めながら実体を想像する検査です。最近はMRIや大腸CTなど、まるで実物を見ているかのような立体三次元のリアルな画像を見せますが、錯覚してはいけません。あれはあくまでも影をつなぎ合わせて機械が想像した絵です。バーチャル体験をしているだけです。

そんなまことしやかな像を作っていくためには、決まった領域ごとに数字化する作業が入ります。もともと「影」なものを数字化、つまりデジタル化させる段階で、そこにあるものは明らかに「虚像」です。元々実体のないものを数字化すること(これを「定量化」と云います。医療現場では「定量」ということばは重要な位置にあり、これがなければ「科学ではない」と云われてもしょうがない、という学者さんも多いでしょう。)は注意しなければなりません。ヘタをすると「定量化と言う名の数字遊び」をしているに過ぎない可能性があるからです。絵がきれいだというだけで感動しないようにしましょう。

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病気じゃないから治らない

もうひとつ、石蔵文信先生の「男もつらいよ(男性更年期)」の話題です。

「あなたは病気じゃないから治らないよ」・・・そう言い切る医者がいる(石蔵先生のことですが)。すごくシャレていて良いなと思いました。うつ病の治療をするとき、完全に治そうとするとする側もされる側も精神的に疲れてしまいます。それでなくても元々うつ病になる人は何でも完璧を期す人が多いのですから、つい頑張りすぎて潰れてしまうのだということを、わりとすんなりと理解することができました。

「あなたのうつは完全には治らないだろうけれど、調子が悪くなったらボクのところに来てね」「あなたには薬を飲まなくても済む時期もあるし、たまには薬が多くなる時期もあってもいいじゃない」と伝えます。そうすると、お互い肩の力がふっと抜けるのです。

「あなたは病気じゃないから治らないよ」は、冷たく突き放すことばなのではなくて、「良くなるまでゆっくり付き合いましょう・・・わたしはいつでも付き合うからね」という優しさに満ちたじゅ文のように感じました。

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さいごまでたたかう

Medical Tribune(2009.2.26号)に、東京大学病院の緩和ケア研究グループが行ったアンケート調査結果が載っていて、興味深く読みました。自分が末期がんになった場合にがんに対する「望ましい死」のあり方を問うたアンケートで、外来受診のがん患者、一般市民、がん診療に携わる医師、看護師で比較しています。

望ましい死の在り方として「さいごまで病気とたたかう」と答えた人は、患者81%、一般市民66%に対して医師19%、看護師30%でした。あるいは「死を意識せずふだんと同じように毎日を送れる」も各々88%、77%、44%、58%でした。一方で「残された時間を知っておく」(医師89%)「会いたい人に会っておく」(看護師92%)を重視した人は医療人の方に多かったそうです。これらの結果から、患者さんや一般市民は「自分らしさ」を重視しがんを患っても前向きに過ごすことが大事だと考え、医療従事者は「死に備える」覚悟をした上で終末期治療に臨むことを考える傾向にあると考察されています。

「死後の世界はある」「霊やたたりはある」を肯定した人が患者さんは2割強なのに看護師さんは4割以上あったというのは面白いと思いました。「死は怖い」と答えた人も患者さんや一般市民より医者で多かったそうです。

あくまでも考え方のアンケートですから実際はどうか分かりませんが、多くの死を看取ってきた医療従事者の方が物事をできるだけ客観的にとらえようとしていると察することはできます。・・・読みながら自分はどうかと考えましたが、死後の世界のことを除くとほとんどがん患者さんや一般市民の方の意見に近い気がしました。やっぱり、わたしはもはや医者じゃないのかも。

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アスタキサンチン

ある薬品メーカーの人からアスタキサンチンという物質を配合した新しいサプリメントの試供品をいただきました。

そのパンフレットによると、「アスタキサンチン」には強力な抗酸化作用があるのだそうです。抗酸化はすなわちアンチエイジングです。具体的には、細胞の炎症を抑え、潰瘍や筋肉の痛みを修繕し、体脂肪の増加を防ぎ、糖尿病を予防し・・・おそらくそれらの働きの中心は、動脈硬化を予防することで有名な脂肪ホルモン「アディポネクチン」が低下するのを抑えることによるのではないかと思いました。だから、現代病の代表「メタボリックシンドローム」の予防と治療に最適な健康補助食品(栄養補助食品)という謳い文句になるのでしょう。

そんなこと云われたって、「アスタキサンチン」なんて初めて聞くぞ!と思いながら家に持って帰ったら、家にあった牛乳屋の広告のトップに「食事・運動+この1本『毎日の健康習慣に』 話題の『アスタキサンチン4mg』配合!」と書かれた文字が目に入り、正直びっくりしました。わたしが知らなかっただけなのかしら。

アスタキサンチンは「赤色の色素」のようです。だから魚の赤身の一部はこれによるのかもしれません。この商品は藻から抽出する天然色素だから安全!というのも売りのようですが、多いのは鮭や甲殻類(カニ・エビなど)みたいですからアレルギーの人はちょっと危ないかもしれません。

「試してみて感想を!」と云われました(試供品だから当たり前ですか)が、試して直ぐに何かが変わるというのでしょうか?アディポネクチンの採血をするわけでもないのに。でも幸いなことに1週間後には職員健診があります。まさしく「渡りに船」です。とりあえず、せっかくいただいたので飲んでみましょう。

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ごはんは楽しみですか?

「子どもは育ち盛りだから栄養価の高いものをたくさん食べさせなきゃいけない」とか、「子どもは育ち盛りだから、一日三食はきちんと食べなきゃいけない」とか・・・ほとんど外で遊びもしていない子どもたちなのに、じいちゃんばあちゃんたちはいまだにそんなこと云ってます。もともと日本人はまず一仕事してから遅い朝飯を摂って、あとは夕食だったんです。だから小腹が空いた昼下がりに握り飯などの「おやつ」があったのです。今時は、三食どころか、10時のおやつと3時のおやつがあってさらに夜食まで摂ってそれ以外に間食です。子どもたちに限らず、現代人にはお腹が空いている時間帯なんてないのではないかと思います。

「ごはんは楽しみですか?」

心地よい空腹感があって、夕食が待ち遠しい状態。ダイエットのことなど気にせずに早く食卓に着きたい衝動。そんな期待感のある空腹感をみなさんは日々感じていますか?それは、イライラした空腹(飢餓感)とは全く違うものです。「食べること」を考えるとき、今の社会に一番足りない、そして一番大事なことは、そんな満足感なのではないかと思います。

BOOCSの藤野先生によれば、現代社会の子どもたちの諸症状(気力がない、頭がぼんやりしている、イライラする、怒りっぽい、疲れやすい、肩こりがある、朝起き辛い、朝食欲がない、あくびが出る)は、決して朝飯を食わないからではなく、インスタント食品や脂っこい食事、あるいは間食のジャンクフードの量と強い相関があるといいます。なぜかとても説得力のあるデータだと思いました。

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子どもは和食がキライ?

「子どもは魚を食べない。野菜はキライ。和食なんか食べないで、ハンバーグやカレーが好き。」というのは、単なる先入観ではないか?と、「BOOCS」の藤野先生は云います。

たしかに子どもたちは畑で穫りたてのニンジンをガリガリかじれば「おいしい!」と云います。旬の食材できちんと作った伝統的な野菜の煮物をキライと云わない子はたくさんいます。ところが、生まれたときからレトルトで育ち、冷凍野菜で育っているから(すでにお母さん世代から同じかも)、そんな死んだ味が当たり前と思い、本当の味を知らないまま舌がおかしくなっているのではないかと危惧します。うちの母は料理下手でした。働いていましたので、料理は毎日仕事から帰ってからでした。でも、まだレトルトなどボンカレーくらいしかなかった時代なので料理を手作りで作ってくれました。うちの妻は料理好きで旬の食材で簡単においしい料理を作ってくれます。この味の差は歴然で、明らかに食卓に並ぶ料理の種類と質が違いました。でもわたしは、母の料理、キライではありませんでした。旬のモノしかなかったからでしょうか。いい時代だったなと思います。

いつの間に、毎晩毎晩レストランで食べるような料理を求めるようになったのでしょう?これは欧米型の栄養学先行の弊害かもしれません。忙しいお母さんはどうしても出来合いやレトルトに頼らざるを得ません。初めから本当においしい和食の家庭料理が食卓の基本であったなら、お母さんが手料理をせざるを得ない環境であったなら、きっと子どもたちはそんな料理が好きになっただろうな、と思います。それだから、時々出てくるカレーや肉料理がうれしくておいしかったのに・・・。親にも子どもたちにもかわいそうな時代になったものだと思います。

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朝食(後編)

でも、現実問題として、夜中になるほど面白いテレビ番組があるのです。借りてきたビデオも見なければなりません。お父さん向けのニュース番組の主流はいつの間にか夜の7時ではなくて10時以降にシフトしました。ふと気付くと、誰もが夜更かしすることを前提にして社会が流れています。親が夜中まで起きてテレビやビデオを観ているのだから、狭い家で子どもだけ寝ていることは難しい相談です。だからみんなで夜更かしです。

義務感の朝食は返ってマイナス効果だ、と藤野先生は提案します。食事はお腹がすいたときに食べるものです。でも朝はきっとお腹がすいていません。「食べたい」とも思っていません。でも食べないといけないといわれるから食べているだけ。夜更かしする生活ならば、まだ脳が目覚めていないのだから、「朝食は、一日で最も遅い夜食だ」という藤野先生の主張の方が当を得ています。

そして、そんな朝に食べるものなのだから、何かきちんとした「食事」という固形食にこだわらなくてもいいのではないか、とも主張しています。頭も身体も起きていないということは胃も起きていません。寝ている胃に突然固形物を投げ込むのはあまりに酷というものです。うちの生後3ヶ月の子犬はドライフードを食べるとしゃっくりをします。お湯をかけて柔らかくするとそれが消えました。胃はそれくらいデリケートです。だから朝は水分中心の摂り方でも十分だという藤野先生の意見に、わたしは心から賛同できるのです。

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朝食(前編)

朝食はどうしても摂らなければいけないのか?

これは悩ましい問題です。ある町で小学生の父兄に生活習慣病についての話をするように依頼されました。そこは、町を上げて子どもたちに朝食を摂らせる運動を熱心に繰り広げている地区です。

「朝食を食べなければならないという義務感から自分を解放しよう」・・・健康のために朝食は摂らない!という生活を続けているわたしにとっては、「BOOCSダイエット」(朝日文庫)の藤野武彦先生のこの提案は簡単に理解できます。たしかに糖質を摂らないと脳にブドウ糖が行きませんから、脳の栄養失調をまねいて午前中ぼ~としている子どもたちが多い、というのも良くわかります。京都などで昔から食べられている「おめざ」はまさしくそんな一品でしょう。

でも、子どもたちが朝食を食べたがらない理由は、きっと食べたくないからだと思います。ダイエットのためというよりも、おいしくないからでしょう。なぜおいしくないのかというと、まだ頭も身体も起きてないからでしょう。そう考えると、栄養面の理由で朝食を摂るべきだと論ずる前に、頭と身体が朝食を摂る体勢になることが先決です。なぜ起きていないのか?答えはたぶん簡単です。きっと夜更かしするからです。「朝からしっかりご飯を食べる」というのは早寝早起きの習慣の下での常識です。昔、わたしが子どものころの夕食の時間は遅くても7時ころでした。子どもは9時にはテレビをやめて床につくものと教育されていました。毎晩、長い夜を寝疲れするほどに寝て過ごしたら、いやでも朝は腹が減って早くに目覚めます。それならきっと粗末な朝食でもおいしく食べられます。朝食を習慣化させたければ、まずは夜更かし習慣をどう解決させるかにかかるのだと思います。

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GI値と白米

昨年行われた日本心臓リハビリテーション学会のシンポジウムで食後高血糖管理の話がありました(京都大学 津田謹輔先生)。

GIはGlycemic index(グリセミック指数・血糖上昇指数)の略で、血糖の上がりやすさの指標です。同じ量の炭水化物でも血糖が急に上がったりゆっくり上がったりするものがあり、問題の「食後高血糖」を起こしやすいかどうかの指標として評価されています。1981年にJenkins(ジェンキンス)博士が提唱した考え方です。

GI値=(食品摂取時の血糖面積)/(基準食品摂取時の血糖面積)

基準になる食品(普通は「ブドウ糖」)が2時間の間に上昇させる血糖値の山の面積を100%にしたときに、ある食品の血糖値の山の面積が何%にあたるかということです。白米72とか、にんじん92とか、牛乳34などで、このGI値が低値なほど血糖の上がり方が緩やかになり、食後高血糖を起しにくいことになります。大豆食品であるソイジョイのCMにある「SOYJOYは低GI食品。」というキャッチコピーがまさしくこれ(大豆はGI値15)で、低GIの食品(0~55)を選ぶなら糖尿病も改善するといわれています。

さて、そんなGIの考え方ですが、日本での基準はブドウ糖ではなくてごはんであるべきだ、という考え方に私も賛成です。で、基準食品をごはんにしたらどうなるかという研究がなされたのですが、とても興味深いことに、ごはんを同じ人が同じ量だけ食べてみても、血糖の上がり方にかなりのばらつきがみられたのだそうです。つまり、ごはんをよく噛むほど、あるいはゆっくり時間をかけて食べるほど、血糖の上がり方は緩やかになるのです。何を食べるかではなく、どうやって食べるかで結果が違うというのは、とても面白いなと思いました。

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研修会の食事

先日あった某研究会の懇親会で、ある著名な先生が、「『和食と米飯を見直す』というテーマの研修会に行ってきたのですが、なんとその後の昼食バイキングでは若い参加者の多くがパンとコーヒーを食べていたのです。とても驚きましたが、現実とはそんなものです。」とスピーチされて参列者のみなさんを笑わせました。

わたしは以前、あるセミナーで「コーラがもたらす健康被害」についての感動的なお話を聞いたことがありますが、講演の後にロビーに出たら、我先にと自販機の前に並んで美味しそうにコーラを飲んでいるおばさんたちを見ました。よく見ると、それはまさしくさっき講演を聞きながら涙を流していた人たちでした。ことばで感じるものなんて、結局は他人事なんだなと痛感したのを覚えています。

最近はかなり改善しましたが、以前は総合健診学会や人間ドック学会のランチョンセミナー(昼休みに各メーカーが行うセミナー)のお弁当が異常に豪華でした。医療関係者(特に医者)の弁当付き説明会は超豪華弁当のことが多いのは事実ですが、さすがに健康を考える学会の弁当でこれでは、まるで反面教師だなと思って閉口したものです。

あるメタボリックシンドロームの講演を頼まれたとき、昼食の準備もしますと云われました。こんなとき準備されるお弁当はとても豪華なことが常なので、「わたしは昼はあまり量を食べないから」と断ったら、わざわざ上にぎり寿司を注文されて、返って恐縮したこともあります。

うるさい偏屈じじいになりたくはないですが、本音と建て前に生じる差がもう少し小さくなることを念じて止みません。

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腹囲測定が始まった!

うちの職場の職員健診は、一般の受診者が少なくなるこの季節に行われます。平成20年度から始まった特定健診(通称「メタボ健診」)の花形である腹囲測定が正式に始まりました。

診察をしたときにときどき職員さんに感想を聞きますが、多くの人が誤解しています。「妙なところで測るんですよ。なんか下の方で。」「はい。臍の上を測るのが決まりですから。」「いや、臍の下で測ってます。」「あ、いやそう言う意味ではなくて、『臍の高さ』で測るんです。」「わたしのズボンはウエスト82cmなのに、91cmと云われたんですよ。」「ズボンのウエストとは全く違いますよ。」・・・医療従事者だからそれくらいのこと当然知っていると思っていました。そりゃ、事務の人が知らないのはまだ分かりますが、納得がいかないという渋い顔で首をしかめているドクターを見ると、この病院は大丈夫かな?と心配になります。逆にいえば、まだまだ一般の人が知らなくてもやむを得ないのかもしれませんね。啓蒙不足は否めない事実です!

さてわたしの健診もあと2週間後です。今、必死で悪あがきしていますが、きっと85cm以下にはなりません。高血圧の治療をしていますから、たとえ「わたしの内臓脂肪はCT検査で少ないことを確認しているんだ!」と主張したとしても、きっと指定された保健師さんに拉致されることになるのでしょう。どんな指導をしてくれるのか、ちょっと楽しみです。

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大麻とタバコの問題

大相撲力士の大麻騒動。京大生の大麻所持。いまだに続いています。ラグビーの日本選手権ではとうとう東芝が不祥事を理由に出場辞退してしまって、寂しい限りです。

お相撲なんて、あれだけ問題になっている最中にどうして吸っちゃうんだろう?とか思いますが、でも飲酒運転による事故もいまだに後を絶たないわけで、まあやっちゃうバカはどうしようもないんだろうなと思います。

ただ、以前(2008.11.13)も書きました(http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/11/m-0da2.html)が、大麻事件の話になるとムカムカします。大麻事件を扱った報道番組や討論番組がこれだけたくさんあるのに、とても良識のある文化人や怖いものなしの毒舌タレントが出ているのに、そして彼らが口を揃えて「大麻は犯罪だ」と非難しているのに、どうしてタバコの話題に一切触れないのでしょうか?先日「『大麻はタバコよりはるかに安全だ』とか云って正当化する意見は詭弁だ!」とある弁護士さんが顔を真っ赤にして話しているのを見ましたが、でもそこまでなのです。違うでしょ!「『大麻はタバコよりはるかに安全だ』ということは、国が認めているタバコはもの凄い毒物だということを証明しているようなものなのだから、この機会にタバコも取り締まることを検討したらどうか?」という人が一人くらいいるのが当たり前でしょう。

現代社会はスポンサーでもっています。あるネットビジネスがバッシングを受けたときも影には影響を受けた化粧品メーカーが糸を引いていたと噂されました。タバコ産業はもっと深く政治家が関わっていますから露骨です。それは十分分かっているつもりです。それでも、一人くらい良識を貫くタレントがいそうなものだと思うのですが・・・考えが甘いのでしょうか。

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電子タバコ

電子タバコというものの存在自体は何となく聞いたことがありましたが、先日のゴルフで一緒に回った社長さんが使っていて、初めて実物を見せてもらいました。

専用カートリッジに液体が入っており、それに噴霧器になっている本体と充電した電池とをつないでセットすると、あたかもタバコのような形になります。これを吸い口から吸うと水蒸気の煙が出ます。なかなか優れものです。ニコチンがカートリッジの中に含まれていますが、一酸化炭素やタールなどの発がん性物質が含まれていませんし、火を使わないから火事にもなりません。ニコチン含有量を少しずつ減らしていくと禁煙にもつなげられるというわけです。一方、煙は出ますがただの水蒸気ですから臭いはしません。副流煙の心配もなく、周りの人にも不快を与えません。それなりに高い買い物ですが、それだけの価値はありそうだと思います。禁煙に興味のある人には朗報かもしれません(http://cris-kansai.jp/)。日本製の電子タバコ「TaEco(タエコ)」というのが日本では売れ筋のようです。

さて、くだんの社長さんですが、ついこないだまで禁煙なんか絶対しない!と云っていました(http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/01/post_1375.html)ので、ちょっと可笑しかったですが、でも何かが変わって行動に移したのだとしたら素晴らしいことです。かわいらしい娘さんが何か云ったのかもしれません。数回に1回、タバコの臭いがしました。キャディさんが「これって臭いもするんですか?」と目を丸くして驚いていました。「今はホントのタバコ吸ってるんでしょ?」と同伴のメンバー。「やっぱイライラするときは本物吸わないとね」・・・ま、それでも全然良いと思います。

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「いい医師とは」

日経メディカルオンライン(2009.2.13)に載っていた「東大医学生の“いい医師”の定義に背筋凍る」という記事に目がとまりました。書いたのは医業経営コンサルタントの高月清司(こうづききよし)という人です。

2月4日に亀田総合病院で行われた「明日の臨床研修制度を考えるシンポジウム」の冒頭で、ある東大医学生が「いいお医者さんとは、うまい、つよい、えらいの3つの言葉で言い表せる」と云ったのを聞いて、「うそだろう?」と耳を疑ったというのです。筆者が医療訴訟の現場で感じる、必ず患者とトラブルを起こす医師のイメージこそ、その「うまい、つよい、えらい」で言い表せるからでした。筆者の云うとおり、「いい医師」は「患者にやさしいお医者さん」だというのが一般社会の常識的感覚だと思いますし、患者の視線でモノを考え、患者の言葉で話すことができ、患者の家族に配慮できる医師なら、医療ミスを犯しても訴訟にはならない、という意見も全く同感です。一時期(今でもたくさんいますが)、病気になったらできるだけその病気の権威でできるだけ地位が高い医者にかかりたい、という風潮がありました。今、わたしが病院受診のことでアドバイスを求められたら、必ず「権威とか地位とかを気にせず、あなたとウマが合う人を捜してください。一生付き合う人なのですから、気兼ねしてガマンしていては治るものも治りません。」と答えています。

発表された東大医学生にその場で質問をし、「つよさの中に秘めた優しさ」など、大変満足のいくお答えをいただきました、というフォローのコメントが最後に付いていましたが、おそらくその質問がなければ筆者と同じように感じた人は少なくなかったでしょう。それを聞いた他の医者たちはどう感じたのか、ちょっと興味があります。

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らくらく心電図トレーニングDS

注文してもう3週間。忘れかけていましたが、先日無事に届きました。かなりの人気で初期予約完売のため重版しないと足りないようです。

「らくらく心電図トレーニングDS」

これはDSを使って医療従事者が不整脈を勉強するソフトです。副題は「DSソフトで心電図漬け これで心電図診断のプロになる」・・・まだ一度しか使ってみていませんが、初めて心電図を学ぶ初心者からかなりのプロフェッショナルまでが利用できるようになっているようです。フィードバック学習ができ、ランダム出題で選択肢は毎回変化する、と書いてあります。初版は「不整脈」シリーズのようですが、解説書に書かれた不整脈の用語はかなり専門的に整理されています。これはなかなかの優れものだと直感しました。ちなみにわたしく、初級編10問で2問も間違えました。ちょっと悔しいです。

世間で話題になった(もちろんわたしも利用した)「脳トレ」(脳を鍛える大人のDSトレーニング)とは基本的に違って、明らかに教育用ソフトです。・・・心電図が苦手だった人は是非使ってみてください。きっとこれが一定の評価を受けるようになったら次のシリーズや他の分野の医療教育ソフトが続々と出るだろうと推測できます。楽しみです。

ニンテンドウDS恐るべしです。ただ、医療用だからとはいえ、願わくばもうちょっと安い方がいいですね。

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肥満細胞

「肥満細胞」は脂肪細胞とは別ものですよね?

ある看護師さんに質問されました。「肥満細胞」?何か昔覚えていた記憶。それと別につい最近聞いた記憶。・・・自分の記憶細胞がどんどんなくなっていく昨今、耳慣れているようで知識を整理できない単語が出てきました。こんなときは迷わず検索!直ちに答えを出してくれました。

『肥満細胞(ひまんさいぼう)は哺乳類の粘膜下組織や結合組織などに存在する造血幹細胞由来の細胞。マスト細胞 ( mast cell ) ともいう。ランゲルハンス細胞とともに炎症や免疫反応などの生体防御機構に重要な役割を持つ。・・・』(Wikipedia)

そうです、そうです。免疫学で学びました。アレルギーの代表的な細胞です。リンパ球のB細胞というものから作られたIgEが肥満細胞にくっ付くことでI型アレルギー反応が起きて、ヒスタミンを出すからアレルギー性鼻炎が起きるのです。これからシーズンの花粉症で本領発揮する細胞です。漠然とですが、「顔を」少し思い出してきました。

で、実は最近お目にかかった「肥満細胞」はちょっと別ものです。イヌやネコに起きやすい「肥満細胞腫」というものです。イヌの皮膚悪性腫瘍の代表でそれなりに多い病気です。人間のそれと同じ「肥満細胞」が腫瘍化するわけです。昨年、義母と住んでいるパピヨンがこの病気のために手術しました。うちのワンも先日これではないかと心配しました。免疫系の細胞が腫瘍化するというのは、やはり化学物質や食べ物といった現代社会の弊害なのでしょうか。

・・・ところで、何も考えずにすぐ検索は、どうよ?と自問自答。物忘れと老化に一層拍車をかける結果となったりして・・・。

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肥満治療のカリスマ

先日行われた熊本生活習慣病研究会で特別講演にお招きした京都市立病院の吉田俊秀先生の熱いお話を聴きました。毎日70~100人の肥満外来をこなしながら93%の減量成功率を誇っている吉田先生の話を総合的に評価をするなら、「ほとんどわたしが毎日やってることと変わりないな」でした♪

例によって、講師の語録から気になったフレーズを記録しておきましょう。

●肥満になる原因をみつけて納得させてからでないと、肥満治療は始めない。●「肥満症」を「健康な肥満」にするための治療であり、標準体重を求めているのではない。脂肪細胞が5%減れば、アディポサイトカインはほとんど正常化する。●アルコールは必ず内臓脂肪を増やす。●ダイエットの一番の敵は「小さなストレス」!大きなストレスはやせ細させるが小さなストレスは太る(必ず甘いものやアルコールに走る)。●イヤなことを云われたら、①その場を離れる→売り言葉に買い言葉、即答を避ける!②相手の鼻を見て聞く。③常にポジティブ思考!●3ヶ月間頑張ったら、後は「普通の人」と同じ様に食えるようになれる!「前と同じように」ではない。「普通の人」である。●小さな声で「頑張ります」では頑張らない。大声で「頑張ります!」と云わせること。

アルコール・・・のクダリには思わずため息がでました。興味のある方は、先生の「夜キャベツダイエット」を試してみては?

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食べ物は生き物、生き物は命

標準的な「医者の常識」で生きていたわたしが、食に疑問を抱き始めたのは10年くらい前のことです。常識や定説には必ず逆説があり、そちらの方が納得がいくことも少なくないことを知りました。

西日本新聞に連載されて、本としても発行されている「食卓の向こう側」という特集があります。2003.12.17に<プロローグ こんな日常どう思いますか?>という問いかけから始まったこの連載も昨年12月には第12部に突入しています(まだ続いていることに感動です)。わたしは、数年前に職場のスタッフに借りて初めて読みました。食に対する取材陣の熱い想いがひしひしと伝わってきます。かなりのことは知っていたつもりのわたしですら耳を疑いショックを受けた内容はいくつもありましたが、それでも、この現実を肯定できる自分の感性に安堵しました。

最近の食は「呆食」=好きなものだけを食べているバカ/家庭の食卓はファミレスではない/お母さんが食べるものでオッパイの味は変わる/無くなってしまった旬を取り戻せ/米食・牛乳=できあがった固定観念はなかなか変えられない/「食事はただ肉体に栄養を補給するだけではなく、心を育てる糧でなければならない(道元)」・・・講演に使った哲学的な語録は数知れません。中でも一番好きだったことばが「食べ物は生き物、生き物は命」!生きてないものばかりを選んで口にしている現代人に生きている細胞ができるはずがありません。成分表の添付された「工業製品」を食べても命のエネルギーを吹き込めるはずがありません。ちょっと過激ですが、そんな当たり前のことを皆が忘れていることに強い危機感を感じる者のひとりです。

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エビデンス

先日行われた九州予防医学研究会で、「肺がんに対する(低線量)CT検診」の意義についての講演を聴きました。

今や、肺がんは胃がんを越えてがん死亡のトップになりました。CT検査は胸部レントゲンでは見つけられないような小さな肺がんを見つけ出すことができます。最近は肺の端の方のがんが増えていますが、これは症状がないためつい発見が遅れ、その点でもCT検査は有効だと思われます。うちの施設でも、肺がん検診としてのCT検査を受ける人は少なくありません。被曝のことを考えて通常のCT検査のときよりもかなり低い放射線量で撮影をします。

ところが、実はこの低線量CT検診は必ずしも肺がんの死亡率を低下させるかどうかはっきりしていないのです。この検査で1~2cm程度の小さながんを早く見つけ出したとしても、統計学的には受けなかった人と死亡率に差がないというのです。なのに、病気でもないのに放射線を浴びて被曝するのは、デメリットだけしかない可能性も否定できません。だから、人間ドックなどで肺CT検査をするときは、「必ずしも死亡率を下げないことや被曝することで健康を害する可能性もあることをきちんと説明した上で、それでも受けると云う人にだけこの検査をしなさい!」と国のお役人はうるさくそう云っています。

2年ほど前、国立がんセンターの呼吸器外科の先生の講義を受けました。彼は、「肺がんで死なない唯一の方法は、『タバコを吸わずに年1回肺CT検査を受けること』のみ」と云い切りました。つまり、確率論から云えば肺CTは決め手がない。でも一人の人間が生きようと思ったとき肺CTしか確実なことはない、とこういうことです。自分ならどうするか?自分で選択するしかありません。

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わかっちゃいるけど・・・

「『わかっちゃいるけどやめられない!』があるから人間は倒れないでいられる。」

というのはまさしく真理だなと思います。メタボの生活療法はいつもこの煩悩との戦いです。「わかってるんですけど、つい食べちゃうんですよね。」・・・そういう言い訳はつまり「本当はわかってないのだ!わかった気になっているだけで、もし本当にわかってたらするはずがない!」と、わたし達健診スタッフはそんな皮肉っぽいことばで叱咤激励しています。

でも、これは完全に逃げ道を塞ぐことばです。日本国民はいわば一億総儒学者、あるいは総修行僧です。子どもの頃から見事に教育されていますから、あるべき姿から外れると、「自分はダメだ」「根性がない」と勝手に悩みます。最近の若い子達は新人類だから違うと云われますが、「関係ねえよ」とうそぶいている彼らも内心「ヤバイ」と思うのであります。日本の教育は本当に素晴らしい(=恐ろしい)と認めざるを得ません。

わかっちゃいるけどやめられない!・・・そんな煩悩に対してガマンしてガマンして「頑張る」日本国民。頑張った末に成果が出たとき、何が起きるのでしょう?きちんと悟りを開けたのでない限りは、最終的にココロが壊れる危険性があるように思います。で、わたしは、おかげさまでまだ壊れていません。悟ったのではなく、きっと壊れるところまで突き詰められないのでしょう。

先日宴会のあとに、久々に締めのラーメンを食べました。「メタボの道まっしぐらですよ」と保健師さんにはお目玉を食いましたが、やっぱり締めのラーメンは格別に美味しい♪

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脳疲労

藤野武彦先生の「BOOCSダイエット」にちょっと嵌りそうです。3年前に「健康のためには朝食を取らない」の小山内博先生の理論に嵌って以来、久しぶりに「面白そうだ」と思う理論に出会いました。こういう人たちの著書の特徴は、とても文章がわかりやすいということです。分厚い本なのに気が付いたら一気に読み上げてしまうのは、内容も文章もわかりやすいからだと思います。

BOOCS法とは脳疲労解消法。ですから、この「脳疲労」の理論を理解してしまえばいいことになります。貝原益軒の「養生訓」のごとく、「節制こそが人の道」というのが日本人の好む人間道でしょうが、ストレスだらけの現代社会ではそうはいきません。「わかっちゃいるけどやめられない!」でやっと持っているバランスなのです。無理してやめたら、良くなるどころかバランスがバラバラになる。「ストレスをつくる生活改善は改善にならない」「生活習慣の乱れを直すのではなく、生活習慣の乱れを作る原因を直す」という理論。・・・ん~わたしの文章がわかりにくいですね。

「一日一快食:ワクワクした空腹感を感じそのときに食べたいものを満足行くまで食べる」・・・この理論をダイエットに頑張っているすべての人に捧げたい。でも、我慢しながらギリギリで頑張っている皆さんに熱く語ってみたものの、「それを今のわたしにさせたら今までの努力が水の泡。前よりずっと膨らんでしまうこと請け合い!」と云って聞き流されてしまいました。小山内先生の理論もそうですが、面白いのに意外に普遍化しないのはなぜなのでしょう?する人が信じ切れずに中途半端にやっているか、指導者たちが眉唾物の理論に聞く耳を持たないのか・・・?

ちなみに、わたしも試してみたいのですが、すでに今やっていることがBOOCSの「二原理三原則」に合致してしまっているから、今さら変えるものがないんです。

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認知症になりにくい人

ある医学誌(Neurology 2009;72)に「社交的でストレスを受けにくい人は認知症になりにくい」という報告がありました。以前から、神経質・几帳面な人は呆けやすく、社交的・外向的な生活をしている人は呆けにくい、というのは云われてきていましたので、これを実証した論文のように思われます。

「外向的」「精神的に穏やか」は認知症発症リスクを下げる因子、「内向的・社会的孤立」「神経質」はリスクを上げる因子だそうです。「外向的だが神経質」は「外向的で穏やか」の2倍のリスク、あるいは「内向的でも穏やかな人」はリスクが下がるのだとか。だから、ストレスの多い現代社会ではいつも冷静さを保ち感情を安定させましょう、日頃から社交的な生活を送り楽観的になりましょう、と云うのです。

手足が短いと認知症リスクが高い」という論文が出たこともあります。「友人が多いと血圧が下がる」という論文もありました。

以前も書いたことがありますが、こういうのは結果として知ったところでどうしろと云うのでしょうね。人付き合いが苦手な人にとっては「社交的な生活」を意識するのは本当にストレスです。こころが休まりません。神経質・悲観的な性格をもっとずぼらにして楽観的にさせようと頑張ったところで、そう180度変わるとは思えません。まさしく認知症第一候補のような性格のわたしにとって、それはとても残念な結果を教えてもらったにすぎません。変えられない自分が不甲斐なくて、「いらん世話じゃ!」とちょっと毒づいてみたくなりました。

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新型インフル

10日ほど前に重い風邪を引きました。朝にノドがおかしいと思ったら夜には鼻詰まりと咳が出始め、翌朝にはノドの痛みも加わりました。いつになく早い進行でしたが、それでも発熱がありませんでした。最高でも37.4℃でした。頭痛も関節痛もありませんでした。職場ではインフルエンザが蔓延っていましたが、急激な発熱や強い頭痛はA型インフルエンザの初発症状としては必須のはずです。そう思って病院に行かずに頑張っていました。ところがわたしの発病から2日後に妻が同じ症状で発症、そして彼女はその2日後の朝に急に高熱を出しました。検査の結果、彼女のそれはA型インフルエンザでした。

結局わたしは検査をしませんでしたからインフルエンザだったかどうかは分かりませんが、実はわたしのような微熱でインフルAの診断をもらった人がうちの職場にはちらほらいます。予防接種のせいだけではなく、どうも今年のインフルエンザのパターンはいつもと違うのではないかと思います。

今年の流行はソ連A型ですが、ソ連A型はもちろん今回のワクチンのターゲットの中に含まれていました。なのに、どうしてこんなに流行してしまったのでしょうか。しかもその多くがタミフル耐性で、リレンザの方が有効でした。何かが例年と違っています。新型インフルエンザのパンデミックがいつ起きるのかと世界中が慄いていますが、知らない間にすでにインフルエンザはマイナーチェンジして進化してしまっているように思います。一見とても怖いことのように思いますが、こうやって新しいタイプのインフルエンザに感染することによって、勝手に各々のカラダに免疫ができます。だから、パンデミックを起したとしても意外に大したことにはならないのかもしれません。

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エンゼルメイク

「おくりびと」を観たのと時を同じくして、ある新聞にエンゼルメイクの話題が出ていました。「おたんこナース」で有名な作家小林光恵さんが最初に声を上げた「エンゼルメイク」は、「故人の尊厳を守るために家族や医療者で最期にふさわしい姿に身支度すること」だそうです。死の化粧用品を専門に扱う会社もあると聞いてちょっと驚きました。

エンゼルメイク、つまり「死化粧」ですが、私たちが医療現場で見てきたモノとは全く質が違います。病院で、「人間」から魂が抜ける瞬間を医者と一緒に経験するのがナースです。彼らには最後の仕事が残っています。昔から「エンゼルセット」というモノがありました。身体中の穴に詰め込む脱脂綿や綿棒、タオル、消毒液、縫合セット(注射でできた穴を塞ぐため)などが入った薄汚い箱がどこからともなくベッドサイドに準備され、男子禁制のカーテンの向こう側で殺伐とした儀式が行われてきました。付着した血液をきれいに洗い落とし、傷口に包帯を巻いて、新しい寝間着に着替えさせて「すっきり」した姿にしますが、そこにいるのはやはり「屍」でした。生前の元気だったころの面影はまったく見られず、病気と闘い抜いた成れの果てといった様相でした。

話題にしているエンゼルメイクは、まさしく「おくりびと」。しかもナースだけでなく家族と一緒に旅立ちの身支度をします。いかに綺麗にメイクしてあげられるかというだけでなく、家族と一緒に生前の思い出話をしながら、家族の心のケアを行うことの意義が大きいのだと思います。「故人の尊厳を守るため」といいながら、残された家人や医療者が後悔を残さないように満足のいく区切りをつける儀式なのでありましょう。

素晴らしい!と思いながら、一方でそれは医療の領域を越えていないか?という疑問が残らなくもないのであります・・・。

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死の儀式

救急医療に携わる者の宿命として、多くの死を見てきました。

世間の多くの人が死体を見て初めて死と対峙するのに対して、わたしたちはまさに魂が身体から抜けていく瞬間に立ち会うことになります。8割は病院で亡くなる現代、死を迎える人たちの死の瞬間は、身内の方よりも、わたしたち医療従事者が看取ることの方がはるかに多いのです。

死の瞬間、モニターの心拍の音が切れ、突然心電図が一直線になる・・・そんなドラマのようなことはまずありません。心臓は最後まできちんと拍動を続け、それが徐々に間隔を広げながらゆっくりと終焉を迎えるのです。まるでこの世から立ち去るのに忘れ物がないかカラダの隅々まで回って確認しているようです。最後に長年住み慣れた自分のカラダに「さよなら」を云って・・・命の終わりは、静かにゆっくりとやってきます。

ところが、救急医療の現場では、止まった心臓をもう一度呼び戻すために心肺蘇生術をします。ちょっと休んでいたり居眠りをしていた心臓なら、マッサージを受けるだけで目を覚まします。一方で、すでに魂はいないことを実感しながらも区切りの儀式のためにマッサージをしなければならないこともあります。寝耳に水の知らせに大慌てで駆けつけてきた家族に心の準備ができるまでの間、機械的に心臓を動かし続けるのです。

夜が白々と明けるころ、長時間のマッサージのために震える手で死亡診断書に字を書き込みながら、患者さんと関わってきた日々のいろいろが頭の中に浮かんでくると、知らず知らずのうちに涙があふれてきます。わたしほど、死亡診断書を書きながら泣いていた医者もいないかもしれません。「先生、また泣いてるよ」とあきれ顔のナースの顔が思い出されます。

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パンデミック

40年以上起こっていない新型インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)が、そろそろ起こるといわれてます。妻夫木君主演の「感染列島」は、まさしくそんなパンデミックの恐ろしさを具体的に表してくれている作品のようです。

わたしが産業医をしている企業の保健師さんが、「職員に新型インフルエンザに対する緊迫感がありません。衛生委員会で一言云ってください!」と訴えてきました。・・・でも、実はわたしもあまり重篤感を抱いていないんです。SARSが世界中を震撼させてからもう5年になります。その翌年も小さな流行がありましたが、そのままパンデミックになりませんでした。鳥インフルエンザからの変異が一番懸念されていますが、偶発的に起きるときの致死率が異常に高くても大流行したらそんなに高くならないだろうと云われています。これまで大流行しなかったのは、鳥インフルエンザ発生後の処置を速やかにしたからだと云われていますが、もしかしたらしなくても流行らなかったかもしれないという意見もあります。たしかに大流行するとみんなが寝込むので社会の産業(特にライフライン)が動かなくなる懸念や皆が病院に行って病院がパンクする懸念がありますから、やるべき手段(うがい、手洗い、マスクなどによる予防やワクチン、治療薬の備蓄など)はきちんとすべきだと思っています。

鳥インフルエンザ発症が確認されると、感染していないトリも併せて全部ひっくるめて処理される(殺される)ニュースを見るたびに、胸が痛くなります。トリ自身は何もやってないのに、人間の都合で大量虐殺されます。しかし、まるで外車の修理のように「商品の一括処理」をするような行為が、かえって自然のバランスを壊して、もっと激烈な変異を起す助けをしている危険性はないのでしょうか?

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中性脂肪の正体

先日、医療雑誌に「非空腹時のトリグリセライド(中性脂肪)高値の人は脳卒中を起すリスクが上昇する」という記事が載っていました(JAMA 2008;300)。

トリグリセライド(TG)値、あるいは中性脂肪値が高くて悩んでいる人はとても多いはずです。太っている人だけでなく一見やせている人の中にも高い人はたくさんいます。ところで、この「中性脂肪」とは、一体どこにある何のことだかわかっていますか?中性脂肪とは、すなわち「脂」です。でも、お腹に付いた皮下脂肪や内臓脂肪などのことではありません。活動エネルギーとして血液の中に溶け出している脂です。体内に蓄えた脂肪から肝臓で分解されて血液中に出ています。ものを食べたあとにも食事から吸収したエネルギーがたくさん血液中を回りますから食後は高値になりますが、食後すぐに使わなければ脂肪細胞にして体内に蓄積させて血中から消えていくわけです。

トリグリセライド(中性脂肪)値が高いということは、使うために血液中に流したエネルギーが使われずに余っているということです。使う量が作る量よりはるかに少ないということに過ぎません。ですから減らすのは割合簡単です。なのに減らないのですから、使う量と作る量の差がどれだけ大きいか想像できます。中性脂肪がいつも血液中に溢れていると、一緒に回っている善玉コレステロールが使える形になれませんし、悪玉コレステロールが超悪玉に変わります。結果として動脈硬化を進めますし、直接急性膵炎を起す危険性を増すことにもなります。

普通は、食事の影響を除けるために空腹時に採血します。食べたらすぐに高値になるからです。でも、現代人の多くは空腹時がほとんどありません。冒頭の論文は、食事を取った後の中性脂肪値でもそれが異常に高い人は脳卒中になりやすい、と云っているのです。健全な代謝をしている人が食後でもあまり高くならず、いつも高い人がさらに高くなって減らないのは容易に想像できます。

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歩き始めの警告

ある男性が健康のためにウオーキングを始めました。歩き始めて数分すると必ずといっていいほど胸の妙な違和感が出てきます。でもあまり強くないのでそのまま歩いていると、そのうち症状は消えてしまいました。そして、その後は全くどうもありませんので、止めることなく毎日散歩を続けています。

こんなことを経験したことはありませんか?先週、健診を受けにきたある男性がそんな訴えをしました。すぐさま、わたしのアタマに若いころに受け持ったある患者さんのことが浮かびました。彼もほとんど同じような訴えで外来を受診し、精密検査をするために入院してきたのです。症状は大したことはなかったのに、精密検査の結果かなり重症の狭心症がみつかり、心臓のバイパス手術を受けることになりました。

心臓の筋肉を栄養する血管(冠動脈)が完全に詰まってしまうと普通は心筋梗塞になってしまい、突然死することもあります。ところが少しずつ狭くなっていくと、完全に詰まるまでの間に他の血管から助け舟の栄養血管が生まれて発達してきます。側副血行といいます。完全に詰まってもすぐさま側副血行を経て血液が送られてきて、心筋梗塞を起さずにすむことになります。ただ、側副血行は、幹線道路が土砂崩れのときに隣りの村から山越えして食料を運ぶようなものですので、運動などを始めたときにはきちんと栄養が送られるまでにちょっと時間がかかるのです。

これこそ「本当は怖い家庭の医学」・・・みんながみんなそうではありませんが、こんな症状に覚えのある人は、放っておかずに検査を受けることをお勧めします。

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健康診断個人票

ある会社の職員さんひとりひとりの健康診断個人票とやらに、職員健診の結果を書き写し、最後に「医師の診断」という小さな枠内に病名と判定のゴム印を押します。昨日わたしが書き込んだのは、あるタクシー会社職員の健康診断個人票でした。

「高血圧」-「要治療」、「高血糖」-「要再検」、「肝機能障害」「肥満」「脂質異常」「聴力障害」-「経過観察」・・・指定された枠よりはるかに多い病名が並べられる人がたくさん続きます。やむを得ず周りの枠を使ってゴム印を押しまくりました。みんなタクシーの運転手さんです。大丈夫かな?と心配になります(正直云って、道で手を挙げてこの会社のタクシーが寄ってきたら乗るのを止めようかな、とか思ってしまいそうです)。

労働安全衛生法に従って、従業員の健診を行い、それを管理するためにこの健康診断個人票は存在するのだと思うのですが、昼休みを返上して何人もデータを書き込みながら、こんな面倒くさい書き込みをする意味は本当にあるのかな?と思います。なぜなら、この個人票、たぶん私たちが書き込んだあとはただ大事に保管されているだけで、また1年後か半年後に出してきて私たちが書き込むだけの繰り返しです。会社に産業保健師がいるわけでもなく、結果を見ながら健康相談を受けるわけでもないのですから、実際は監査があったときに「ちゃんとやってます」という証のためにあるだけなんじゃないか、と疑います。

きっと、いい加減に押しても絶対見つからないよ!と、悪態をつきながらも、わたしは手をインクで青く汚しながら、真面目に黙々とゴム印を押すのです。・・・メタボ健診がきちんと作動したら、本当にこの人たちの生活は変れるのだろうか?

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BOOCS理論

たまたま見つけた記事から「BOOCSダイエット」というのを知りました。九州大学の藤野武彦先生が提唱するものです。

基本はダイエット法ではなく、「脳疲労」。肥満の原因になるカロリーのアンバランスをもたらすものが脳疲労。過剰ストレスによる脳の処理能力オーバーが原因となって脳疲労を起こし、食欲中枢がおかしくなる、というものです(というふうに理解しました)。肥満の解消には脳疲労を癒すことが大切、とするこの理論に、変わり者のわたしは見事に食いつきました。早速、藤野先生の著書を3冊中古で注文したところです。

基本原則は「2原理3ルール」。

※2原理:●自分にとってキライなことはしない。●自分にとって快いことをする。

※3ルール:●たとえ健康によいことでも、キライなことは、決してしない。●たとえ健康に悪いこと(食べ物)でも、好きでたまらない場合は、とりあえず禁止しない。●快いことで、健康によいことをする(食べ物なら、健康によいものの中から好きなものを選んで満足いくまで楽しく食べる)。

ここまで読んで興味の出た方は、どうぞ本を買うか先生の講演会に行ってください。脳疲労の理論は肥満やメタボの問題だけでなく、うつ病子どもたちの健康に及ぶ真理のようなので、本が届くのを楽しみにしています。何か新しい発見があったら、またここでご報告します。

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低炭水化物食の台頭

一週間前に配信されてきた医学情報に、「低炭水化物食の糖尿病に対する効果」についての米国論文紹介とその解説が載っていました。

アトキンス博士の提唱する低炭水化物ダイエットの波紋は、紆余曲折ありながらも確実に世界中に広がっています。米国糖尿病学会では2007年に「低炭水化物食は肥満治療としては薦められない」としていたのに2008年には「短期間には有効である」と評価を変えました。効果が予想以上に強かったのでしょう。今回報告された米国デューク大学の研究は、2型糖尿病患者を低炭水化物食群とカロリー制限食群に分けて比較したものです。6ヶ月後まで真面目に続けた人が半数しかいなかった(特に低炭水化物食群は半分以下)ところに、煩悩と戦わなければならない食事療法の難しさが表れています。続けられた人たちだけを比較すると、2~3ヶ月の血糖コントロールの指標であるヘモグロビンA1cはカロリー制限食よりも低炭水化物食の方で多く改善しています。取ったカロリーは低炭水化物食群の方が多かったにもかかわらず。

私自身はまだあまりこの方法を薦める気にはなりません。日本人だからです。というか、ごはんをコーンやパスタと同等に扱うのが気に入りません。GI値でみると白米は血糖値とインスリン分泌量を確実に跳ね上げますが、それでもごはんだけはきちんと食べた方がいいと思う人間です。炭水化物はすぐにエネルギーに変わります。カラダを動かしさえすれば炭水化物の方が簡単に燃えるはずです。それでもその考え方を否定する気はありません。日本でも糖尿病治療に積極的に低炭水化物食を薦める先生が出てきました。うちの施設会員の糖尿病患者さんにも低炭水化物ダイエットの本を持ってこれを実践したいと切望する人がいました。まだまだ保守的な考え方の先生に潰されないように、その方法を薦めている内科の先生を紹介しました。

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高血圧治療ガイドライン2009

1月16日に「高血圧治療ガイドライン2009」が日本高血圧学会から発刊されました。

病気のガイドラインというのは、時代に合わせて数年ごとに改められます。2004年に改正されたときには「仮面高血圧」の考え方が加わりました。このときに「家庭血圧」を測ることがいかに大切かが示されました。健診や病院の血圧よりも自宅や職場の血圧が高い人が世の中にはたくさんいることが分かってきたからです。そして、家庭血圧135/85mmHg以上を高血圧症と定義されました。

ところが、高血圧の定義は決められましたが、じゃあいくつに下げたらいいのか(降圧目標値)が決められていませんでした。診察室血圧140/90mmHg以上を高血圧症といいますが、治療するときにはそれ以下にしておけばいいのではありません。他に病気がない人なら診察室血圧は130/85mmHgより低くすることを目標にすることになります。それと同じ様に、家庭血圧の降圧目標値を作らないと実際にクリニックの先生は患者さんに指導することができません。そこで、今回の新ガイドラインでは、家庭血圧の降圧目標値を125/85mmHgと定めてあります。どうです?凄いでしょう。いつの間にか世の中は、こんな低い値が血圧の基準になっているのです。

でも、家で自分で測る血圧にはそれなりにバラツキがありますし、測り方や血圧計の差がありますから、あまり細かすぎる数値基準を作っても意味はないような気がします。あくまでも大雑把な目安として考えた方が気が楽です。ま、とにかく、まずは自宅血圧や職場血圧を測ってみることが先ですね。

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若いからこそ!

うちの施設では、健診結果の説明は当日の午後に行います。多人数に説明するので、どうしても問題ないところは省略したくなります。特に若い方々はほとんど異常値のない人が多く(当たり前ですけど)、サラサラっと終わるように心掛けてきました。

最近、食後高血糖が問題になっています。空腹時血糖が正常でも、モノを食べた後にだけ血糖が高く跳ね上がりすぎる人がいて、その度に動脈硬化が加速度を増して進行するのです。つまり、糖尿病にならなくても心筋梗塞になるかもしれません。ところが、健診では食べていないときの血糖しか計らないので、健診の結果を見てもその気があるかないかはわかりません。

健診の結果を説明するときに、わたしはそのことを必ず説明します。ただ、これまで他の結果に異常のない若い人には説明を省略していました。・・・でも、最近考え方を改めました。久山町の研究によると、今や男性の2人に1人はこの体質を持っています。糖尿病になっていない高齢者は今までの生活を続けていてもそんなに大したことにはなりませんが、若い人は違います。生まれたときからドクしか食っていない世代です。今痩せているとか、メタボでないとか、そういうことは何の関連もありません。誰にその体質があるかわからないのですから、できるだけ今のうちから健全な生き方をしておいてほしいのです。自分に異常があるかないか分からないのに摂生しろと云われてもなかなか難しい世代です。でも逆に、彼らはきちんと理屈を理解すると、ウソのように簡単に生活習慣を変えられる適応力があります。

これからの人生が長い若いときだからこそ、きちんと説明をしておきたいと考えています。

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オードリー春日の胸

「オードリー」というお笑いコンビが最近ブレイクしています。

「トゥース!」「オゥィ!」と自信過剰な態度で偉そうにしているのが春日くんです。野放しでほとんど勝手にしている風の春日を操りながら、突っ込み返しをしているのが若林くんです。通称「ズレ漫才」の世界を確立した彼らの舞台は、芋洗坂係長とともに、最近のわたしのツボです。

さて、ご他聞に漏れずわたしも年末年始のあいだにどうも太ってきた様子で、鏡に映るわたしの腹が醜く飛び出てきました。若い頃からどうしても猫背になってしまうわたしは、歳とともにすぐに下腹がだらしなく垂れてしまいます。洗面台の前で鏡をみながらポーズを取ってみました。胸を張って腹を引っ込めながら背筋を伸ばす姿をすると、それなりに見れないわけでもない姿に戻れます。ということは、この格好で歩き回ればいいわけです。腹を引っ込めながら背筋を伸ばしていれば、たしかにダイエットにもつながることは分かっています。

先週は、気が付けば必ず猫背になっているので、その都度胸の張り直しをしながら歩いておりました。そんな姿を窓ガラスなどで客観的に眺めてみると、どこかで見た感じのシルエットになっています。そうです!春日くんです!腕を広げて胸を無意味に張っている彼の姿に良く似ています。

若いからだを保つため、今日もアタマに春日くんの姿を思い浮かべながら廊下を闊歩しようと思います。

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膵尾部描出不良

新年早々から、いつもと変わらぬ多くの方が健診を受けに来られています。ありがたいことです。今年も、予防することの面白さと楽しさを多くの皆さんに伝える仕事に専念いたしましょう。

さて、健診の結果表にはときどき何のことかよくわからない所見を書かれることがあります。大した所見ではないのでわたしたちは説明を省略することが多く、一層何のことかわからないままになることが少なくないのではないでしょうか。たとえば、腹部超音波の所見に「膵尾部描出不良」というのがあります。漢字だらけのいかつい表現ですが、文字どおり、「膵臓の尻尾の部分(右端)があまり良く描出されていない」という意味です。でも、それって問題なの?問題じゃないの?わかりますか?膵臓は肝臓や胆のうの下奥の方に横たわっている小さな臓器です。小さい上に奥にあって目立たないので、膵臓がんを見つけにくく、見つかったときには手遅れだったということはめずらしくありません。それじゃあ、この「描出不良」というのは、「不良」だからまずいんじゃないか?そう思う人は少なくないでしょう。

でも、心配は要りません。「描出不良」は「上にいろんな邪魔なもの(筋肉や脂肪や肝臓や腸管ガスなど)があって良くみえない」という意味です。つまり「今回は、良く見えなかったので評価していません。見えんモノは知らん!」というただの覚え書きだと覚えておいて下ください。

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あるとき突然やってくる。

それは本当に、あるとき突然始まりました。

半年くらい前でしょうか。ゴルフ場の昼食を途中で食べ疲れるようになりました。子どもの頃から「バキューム食い」が売りだったわたしには、それはショックなことでした。たしかにゴルフ場の食事は、どこも値段が高くて量が多くてしかも味が濃いのが普通です。昔のように気軽に生ビールを飲むわけにいかなくなり、しかも最近は若いお嬢さんゴルファーも