心と体

異空間への壁

昨日、健診の結果説明をわたしに受けたいと指名した変わり者がおりました。こんな場合、多くは前回わたしの毒舌に打ちひしがれた人です。今回もそんな51歳の女性でした。去年、先生に「バリバリの糖尿病ですよ」「帰りに心筋梗塞で倒れるかもしれませんよ」とボロクソに云われてショックでその日から生活を変えました、と誇らしげに報告してくれました。体重が7kg減ったことよりも、血糖異常がなくなり、クスリが必要だろうと思っていた高LDLコレステロール血症が見事に正常値になったことに驚きました。

「初めの10日間は地獄でした!」と語った彼女はきっと大丈夫だろうなと思いました。大きなリバウンドはしないでしょう。決して偏った生活療法を選択していませんし、今の生活に慣れてしまっているからです。着る服の選択肢が増え(LLからMへ)、若い頃に作ったスーツも着れるようになったと喜んでいました。

生活療法をする場合、そこに大きな(当事者にはそうみえる)異空間への壁があります。厚すぎると思って諦める人、闇雲にぶつかって跳ね返される人などの中で、そのツボをみつけてうまく壁を通り抜けることができると、向こう側には全く別の世界が存在しています。不思議なことに、一旦通り抜けてしまうとその壁がもの凄く薄かったことに気づきます。川にたとえてみると、私たちには小川にしか見えない川が当事者には大海に見えるようです。ちょっと飛び越せばすぐに向こう岸に渡れるのに、魔女の魔法がかかっている人にはなかなか渡れません。

さてこの受診者さんに対して、「それでも維持するのは大変なことです。油断したらすぐ戻りますよ。」と釘をさしてしまうわたし。・・・そんなイケ好かないことをいうのは、どの口かぁ?

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感染症狂想曲・続編

先日、ぼやきのように書いた真空採血管ホルダーの使い回し事件(http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/06/post_08d3.html)について、医療用メルマガでも大きく取り上げられました。

もともとは、島根のクリニックで糖尿病用の穿刺器具の針先を使い回しした事件が発端です。針は取り替えても器具は複数の人に使っても大丈夫だと思っていたとか、針が自動で入れ替わると勘違いしてそのまま複数使ったとか、そういう勘違いが世間にたくさん起きていたことが分かったわけです。これはたしかに他人の血液が付着している危険性があり、本来一人の人が自分で血糖検査をするために販売されていた器具と医療現場で使う器具との意識の混同があったことは、改善すべき問題だと思います。

ところが、この問題がマスコミにでると、同じように世間で使い回しされている「真空採血管ホルダー」をやり玉にあげた報道機関が出てきて厄介なことになりました。B型肝炎ウイルスは当然アルコール消毒したくらいでは死滅しませんから、可能性があるなら全部処分しなさいというお達しがあるのに無視して使っているというのです。医療関係者なら、この穿刺器具の使い回しと採血管ホルダーの使い回しが全く次元の違うものだということくらい誰でも分かります。ところがほとんどその重要性を理解できていない部外者の「同じ犯罪者扱い」報道で、一気にバカげた騒動になったのです。

じゃあ、なぜ駆血帯は全員代えなくていいの?採血台はなぜいいの?シーツは代えなくていいの?医者の聴診器は患者一人にひとつにしないといけないんじゃないの?言い出したらキリがないこの問題を、中途半端な行政処分で済ませることになるのでしょうが・・・(無知の)マスコミって本当に怖いです!

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平均寿命の誤解

ごぞんじのように、日本は長寿国です。超々長寿国です。

日本男子の平均寿命は世界2位、女子は相変わらずの世界1位の長さです(2007.5.18平成18年簡易生命表:厚労省)。でも、これは「死ななくなった」だけで、元気かどうかは別問題です。つまり、ただ長生きしているだけではなく、寝たきりにならずに元気な人生を送ることが大事だということで、これを「健康寿命」といいます。平均寿命と健康寿命の間に差がないのが理想で、それこそが「ピンピンコロリ」です。日本の場合、現実にはまだ6~7年の開きがあります。

ところで、この「平均寿命(平均余命)」とか「健康寿命」とかいうものが公表されるときに、どうも世間に大きな誤解が生じているように思います。この数字を眺めている若者、あるいはわたしたちのような中年~壮年の人間にとって、この数字は決して自分たちのものではないことを忘れてはいないでしょうか。

日本の平均寿命(平均余命)や健康寿命が長いということばの意味は、「いままで長生きしてきた人が元気だ!」「今生きているお年寄りが元気だ!」「生まれたての子が死ななくなった」というだけのことです。直接自分たちのことを表しているものではありません。人生80年なのは激動の人生をこなしてきて今80歳になった人の人生です。現代社会の生き方をする人の人生はそう長くないように思います。平均寿命と健康寿命のギャップももしかすると今が一番短くて、これから徐々に長くなるのではないかと懸念しています。

さらに心配性のわたしがもっと懸念するのは、「元気なからだ」がイコール「生きがいのある人生(心)」とは限らないということです。は~。暗いため息話は早々にやめましょう。

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小脳梗塞

40歳になってからゴルフを始めました。好奇心旺盛な妻とその友人が突然ゴルフを始めたいと云いはじめ、自分たちだけ遊ぶのは心苦しい(というか、堂々と遊びにいきたい)ので、嫌がるわたしを無理やりコーチのところに連れて行ったのです。いまだに下手くそですが、おかげで楽しくプレイできていますし新しい仲間も増えましたので感謝しています。

わたしが小脳梗塞になったのは、ある炎天下のゴルフのときでした(真相はわかりませんが)。概略は「病気博士」(2008.4.22http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/04/post_45b6.html)の通りですが、そのときにちょっとふらついた以外、その後の生活に問題はなかったのでずっと忘れていました。

ところが最近、ちょっとしたことで眩暈がします。通勤の運転中にグラグラっと揺れてしまい、身の危険を感じて頭を振ることもたまにあります。先日のウオーキング大会の道中、道ばたの小さなふじ色の花を見つけ、ガラにもなく屈んで顔を近づけたら途端にグラグラっときました。その場にしゃがみこんでじっとしていたら良くなり、そのまま何食わぬ顔で昼食会場のバンガローに行きました(低血糖だったのかな)。

新しい病変が出来ている可能性がないわけではありませんが、わたしの「素人考え」では、あの小脳梗塞があるために、年齢とともに落ちてくる微妙な調節力が普通より強いのかなと思っています。まあ、だからといって何かを自粛するわけじゃないしクスリを追加する気があるわけじゃありませんが、一応公表しておかないと。いつ何が起きるかわからないかな、とか思いまして。

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感染症狂想曲

あまりにばかげた騒動が続いています。

採血ホルダーというものがあります。採血用の針をセッティングし、患者さんの血管に刺したまま真空の採血管をつなぐと、必要量の血液を直接取れる優れものです。リキャップしないので針刺し事故も起きにくくなりました。このホルダーを複数の患者さんに使い回しをしていた医療機関が毎日謝罪しています。当然、うちの病院も使いまわしていました。なぜなら、このホルダーに血液がつくことはまず無いからです。それを、まるで感染者の血液がついた不潔なものを使いまわしているかのようなマスコミ報道が続いています。そのために無意味に不安を抱いた患者さんや家族の方も多いと聞きます。検査をしても、この採血手技が原因で肝炎に感染した人は出てこないでしょう。たしかに、ディスポーザブル機器は毎回捨てるように作られているのですから、使いまわすのは違法です。それでも、杓子定規に「ダメ」と役人の一言で括ってしまうのはあまりに実情に合ってないように思いました。結局現時点では、採血ホルダーを各人で替えるためには市場の在庫が足りなすぎるそうで(最初から使いまわすのが前提だった?)、生産が追いつくまでは昔のように注射器で採血して針で採血管に移す作業が必要です。これによって採血をする看護師さんや検査技師さんが感染者の血液を自分の指に刺してしまう事故が起きることは必至です。取った血液が少なすぎて取り直したり、多すぎて捨てたりというムダも増えるでしょう。採血ホルダーが完全供給されてからは毎日大量の廃棄物が出ます。普通の廃棄物扱いでいいはずのものを全て医療廃棄物として扱わねければなりません。大量のムダが出てくることでしょう。

「感染予防」ということばを役人さんは全く履き違えているようですが、彼らにとって大事なことはそんなことではなく、任期中に100%何も起きないこと、なんでしょうね。

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たまたまの出会い

わたしの勤務する病院の外来には、各診療科に各々日替わりの新患担当の先生がいます。初めて病院を受診するとその担当の先生が診てくれます。そのまま通院する場合はそのままその先生が主治医になるのが普通です。健診センターの人間ドックの場合は、結果の説明を聞くのに、異常や特殊な検査がなければ機械的に担当医師が割り振られます。する側もされる側も自分の意志とは無関係に、たまたまの組み合わせの出会いがそのまま人生を決することになるわけです。

自分の力に自信があるとか、自分の医療観に誇りを持っているとかそういうレベルの問題ではなく、そんな「自分」をたまたまやってきた受診者さんに無理強いしていいものなのか、もしかしたらわたしが担当しなくて隣りの部屋の同僚が担当したならもっと良い人生を送れたかもしれない、外来をしていたときからずっと気になっていたことです。同じ病気に対しては同じ治療ができるように、医者によって治療の質が変わらないようにするために、治療ガイドラインやクリニカルパスなるツールがあるわけですが、それでも医者の人となりによって患者さんの運命は少なからず変わってしまうと云えましょう。

私は、医師を紹介する場合、名医だとか専門だとかにあまりこだわりません。もちろん、肩書きが大好きな方には期待に沿ってあげますが、人生を任せるのなら人として本心で向かい合えるかどうかの方が大切だと思っています。もちろん実際には会ってみないとわかりませんが。

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マスク小僧たち

最近、病院やクリニックに行くと、手術室でもなければ風邪が流行っているわけでもないのに、妙に大きなマスクで顔を覆ったスタッフの姿をよく見かけます。

うちの病院も例外ではなく、むしろ救急病院のせいか、医者や看護師だけでなく検査技師、放射線技師、臨床工学士、あるいは薬剤師や受付の事務員の皆さんまで、しっかりとマスクしています。感染予防の考え方がしっかり普及しているためだと思います。

ただ、マスクしている皆さんは、自分がマスクしていることをもっときちんと意識してほしいと思います。先日、救急外来の待合椅子のところで、若い看護師さんがおじいさんの横にひざまづいて熱心にクスリの説明をしているのを見かけました。その横を通り過ぎるときに盗み聞きしましたが、きっとあの患者さんは、彼女が何を云っているのかさっぱり聞き取れないだろうな、と思いました。口元をマスクで覆っていると、音が籠もって聞き取りにくい。それ以上に、人は相手の口元の動きをみながら言葉を聞き取るものです。その口元がマスクで見えません。口元をマスクで隠すと、相手の表情も見えません。相手の心のうちも見えません。とにかく、「会話をする」「意志の疎通を図る」という点で、マスクはもの凄くハンディを負っているのですから、普通にしゃべっていたのではまず絶対相手には理解してもらえない、と肝に銘じておかないといけないなと感じました。

私も、咳が出るときにはやむを得ずマスクしますが、意識的に大声でしゃべっているにも関わらず、相手がどうも十分な理解をしてない顔をするため、結局マスクを外して話すことになります。だから、一旦風邪を引くとなかなか治りません。

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国産豚肉

某発泡酒のCMに出てくるお好み焼きがとてもおいしそうだったので、昨日の夜は久々にお好み焼きをしました。スーパーでキャベツとヤマイモを買い、そういや豚肉もあった方がいいかな、と肉売り場に行きました。

やっぱり肉は「国産」かな(本物かどうかわかりませんが)と思い、「国産豚ばら肉」とやらを手に取ろうとしたのですが、思わずやめてしまいました。なぜなら、パックに並んでいる「肉(と称するもの)」の半分以上は真っ白な脂肪の塊でした。なんでアブラに金払わないといけないわけ?その隣りに並んでいた「アメリカ産豚ばら肉」の方がはるかに「肉」でした。久々に買う肉でしたが、今はこんな「肉」を肉としないと売れないのか?と思うと、妙に不安になりました。

「肉は食べないように頑張っています」という人は最近多くなりました。でもそれは本当は大きな間違いだと思います。肉はとても理想的な食材です。動物性タンパク質はビタミン、ミネラルの宝庫でもあります。ただ、「肉」にまぶされてしまった「脂肪」がマズイだけです。サッカーのカズ選手が、オーストラリアで毎食毎食、肉の中の脂肪を全部削り落として食べたというのは有名な話ですが、まさしくそれが正解なのだと思います。昔ながらの肉、つまりいつまでも噛んでおかないと飲み込めないような、そんな肉が理想なのですが、残念ながらそれを今の一般市場から見つけ出すのは至難の業になりました。しっかりと霜降り+フォアグラ状態にして、とろけるような肉こそがブランド肉として高く売れる、現在社会では当たり前といえば当たり前なのですが、そのために、「肉」ということばが悪役になっているのは不本意な気がします。

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船の舵取り

ここ数年、「病気」(特に生活習慣病)の考えた方が大きく変わってきました。「予備群」とか「未病」とかいうことばを良くみかけますが、これは、もともとは「病気になる前に生活を見直して病気にならないようにしましょう」という予防の考え方から来ていました。つまり「一次予防」です。備えあれば憂いなし、といういわば優等生的な理想の生き方を薦める概念でした。

ところが、最近はそんな甘いものではない、と云うようなデータが次々とベールを脱いで出現してきました。食後高血糖(http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/02/post_81ce.html)、慢性腎障害(http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/05/ckd.html)、メタボリックシンドロームなどなど・・・今すぐ流れを変えない限り、病気進行の勢いは絶対止められなくなる!それが「予備群」と云っていた状態の真の姿でした。もはやこれは「予防」の概念ではありません。大きな母艦の舵取りをしているようなものです。対向船がいるとわかったら、かなり前から進路変更を企てないと衝突を回避できません。たとえ見張りを怠っていなかったとしても、直前になってから避けようとしても不可能なことなのです。

ところがこの通称「予備群」のやっかいなのは、姿の見えない敵だということです。やらなきゃいかんと分かっていても、モチベーションを高められない、あるいは維持できません。これまで何度も書いてきました。くどいようですが、やればできることなのです。でもやらないとできないことなのです。舵取りを高々1度ずらしただけで、最終的に何百メートルも方向が変わります。舵を持つ手にちょっと力を加える気があるかどうか、決断力があるかどうか・・・試しにちょっと触ってみるのは意外に面白いものなんですが。

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ガス漏れ事故

2年位前、北海道のある街でガス漏れ事故が起きました。街の地下を走っているガス管が老朽化し一気に噴出してしまって街の機能が麻痺したものです。でも、実はそのはるか前からガスのような臭いがすると市民から苦情が出ていたそうです。「大したことはないので心配ない」というのがそれに対する行政の返事でしたので、その後非難囂々(ごうごう)でした。

このニュースを知ったとき、何かに似ていると思いました。「動脈硬化」です。「動脈硬化」という、目に見えずに実体を確認し難い難敵は、まるでガス管が壊れるように、あるいはダムが決壊するように、何の前触れもなく突然壊れて脳梗塞や心筋梗塞を起こします。でも、決して突然に生じた異常ではありません。動脈硬化は水面下で徐々に進んでいきますが、よほど進行しない限り何の症状もありません。そして大して進行しなくてもあるとき突然壊れます。難儀です。ただ、健診を受けて、動脈硬化の危険因子がたくさんあることを毎年指摘されている人は星の数ほどいます。せっかくの警鐘に対して、「まだ、大したことはないから大丈夫」・・・そう思っている人はいませんか(そう説明している医者が少なからずいますが)?

全くもってガス漏れ事故と同じじゃ!(篤姫の口調で)

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内臓脂肪の誤解

メタボリックシンドロームが市民権を得、特定健診で病人探しの踏み絵のような役目をすることになった「内臓脂肪」ですが、意外にこれが何なのか知らない人が多いようです。

内臓脂肪と脂肪肝をごちゃごちゃにしている人も見うけられます。腹部臓器(胃や腸など)を保護するために腸の表面は「腸間膜」という薄いベールで覆われています。この腸間膜の表面に付着する脂肪が「内臓脂肪」です。ちなみに、脂肪肝というのは、肝臓の細胞のひとつひとつの中に脂肪(一番エネルギー効率が良い)が入り込んでいった状態=フォアグラ状態です。飢餓状態が基本だった日本民族にとって、内臓脂肪はほとんど溜まっていないのが本来の姿だといわれています。腸管ガスがあるので残念ながら腹部エコーでは評価は出来ません。

皮下脂肪と内臓脂肪を区別するのには腹部CTが一番わかりやすい手段です。テレビや雑誌などで見かけたことがあるでしょう。自分のCTを撮ってもらった人もいるでしょう。臍の高さの腹部CTでの内臓脂肪面積=100cm2という数値も世間では腹囲85cmと同じくらい一人歩きしています。日本人の理想は30とか40とかいう数だと聞いたこともあります。ただ、CTの画像というものはCT値で決まります。CT値いくら以下をカットするとか、CT値いくつの範囲を脂肪とみなすとか。つまり、わずかな設定の違いだけで、面積数値は全く違うものになります。100の下が合格(健康)、上が不合格(病人)などという全か無かというものではないことも理解しておいてほしいと思います。

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コレステロールの誤解(後編)

わたしが産業医をしている、ある全国規模の企業があります。今年の職員健診から全社をあげて総コレステロールの項目が削除されました。代わりにLDLコレステロールが追加されました。迅速な対応で驚いています。

ただ、実際にこのシステムでの健診結果が返ってきてみると、総コレステロールのデータがないととても危険だということがすぐに分かるようになりました。注意しなければならないことが大きく2つあります。

1. 「総コレステロール値が低すぎると危ない」:世間ではコレステロールが高いことにばかり目を向けていますが、コレステロールは細胞やホルモンといった大事なものを作る中心的材料です。不足すると大変です。何もしてないのに減る場合、例えば甲状腺機能亢進症や悪性腫瘍やその他の消耗性疾患の存在を疑わなくてはなりません。命に関わる重大な病気です。でもそれを測定しなくなったので、評価できません。

2. 「non-HDLコレステロール」:総コレステロールが高値なのに、HDLコレステロールもLDLコレステロールも低いことがあります。この場合、HDLでもLDLでもないコレステロールがたくさん存在していることになります。例えば、LDLコレステロールよりも小さくてはるかに動脈硬化を起こしやすい「超悪玉コレステロール」が多く存在する場合です。これもHDLやLDLコレステロールだけ測っていたのではわかりません。悪玉が少なくて良かったと喜んでいるとそれよりも遙かに危険なコレステロールがたくさん存在していることが少なくないのです。

ですから、「判定基準にない」=「無駄だから削除」は実はとても危険なのですが、一支社の雇われ産業医の身としてはこうやってグチをいっておくしかないようです。

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コレステロールの誤解(前編)

昨年のわたしの誕生日に、コレステロール値などに関するガイドラインが変更になりました(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007 http://jas.umin.ac.jp/guideline.html)。マスコミを通じでかなり浸透してきたようですが、それでもまだ誤解している人がいます。

「高脂血症」ということばが誤解を招きやすいので「脂質異常症」ということばに統一させたいということで、テレビ番組ではその1ヶ月後にはすでに「脂質異常症」ということばを使っていました(うちの施設はいまだに「高脂血症」を公式文書で使っています)。あ、その前に、「動脈硬化性疾患治療ガイドライン」だったものを「・・・予防ガイドライン」に換えてあることは医療者でも意外に知りません。

一番大きな考え方の変換は、総コレステロール値が基本的に脂質異常症の判定基準からはずされたことです。HDL(善玉)コレステロールとLDL(悪玉)コレステロールがあることは有名ですが、多いほどいいといわれているHDLコレステロールが多くなっても総コレステロールが上がってしまいます。世間では総コレステロールを一生懸命下げようと躍起になっていますが、いいヤツが増えたために総コレステロールが上昇しているなら下げるだけムダになります。メタボリックシンドロームが問題になった頃から、医療現場もコレステロールを積極的に下げるのがベストだという考え方が主流になってきて、安易にクスリを処方する傾向になってきました。そのことへの警鐘を鳴らす意味で、総コレステロールを基準からはずしてLDLコレステロール値を基準に入れたのです。コレステロールを見るときは必ずHDLコレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪などを区別して眺めてください。

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からだが訴えていること

若い男性受診者から相談を受けました。「最近いつも胃が痛く胃薬を飲んでいますが効きが今ひとつです。ただ、土日は薬を飲まなくても全く痛くなりません。ストレスでしょうか?それから、目の近くがピクピク動くようになりました。以前はたまに片目だけでしたが、ここのところ毎日両眼に出てきます。これは関係があるでしょうか?」

彼はその悩みのために健診を受診したのですが、本人の目の前で確認した胃カメラの画像はとてもきれいでした。「これだけ胃がきれいなのだから胃炎や潰瘍でないですね。一番考えやすいのはストレス性の胃けいれんみたいな症状でしょうかね。」と答えました。目の周りのピクピクは大部分は眼の疲労症状ですからまずは眼を休めるのが得策でしょう。「ストレス」ということばはなかなか奥深くて一筋縄ではいきませんが、基本的には自律神経(交感神経)緊張状態の症状をもたらすわけですから、交感神経を落ち着かせる薬で簡単に改善するかもしれないと思います。胃薬はけいれんを取るタイプのものをもらうと効くかもしれません。

でも、そんな話をしながら、「本当は自律神経がいろいろな手段を使って『おまえ(=自分)は身体が疲れきっているぞ!普通じゃないぞ!』と訴えているのではないか?『だから心身の休養を取れ!』といってるのじゃないか?そんな忠告を無視するように薬で押さえつけてしまって大丈夫なのか?」ということが妙に気になり始めてきました。素直に彼にそう話したら、「たしかにそうですね。」と彼は笑って答えてくれました。

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小さながん?

以前勤務した田舎の病院で、ある若い内科の医師が肺炎で入院した患者さんの経過を年老いた妻に熱心に説明していました。その妻は医師の説明のひとつひとつに相槌を打ち、神妙に聞いていました。説明は小一時間で終わりました。

医者が立ち去ったあと、彼女はさめざめと泣き始めました。不思議に思った病棟の看護師が老妻に声をかけました。

「じいちゃんはもう長くないんやろうか?先生の云いよったことはほとんど何のことかわからんかったけど、じいちゃんの胸に小さながんがたくさんあるって云いよった・・・」

「がん?」・・・普通の肺炎で入院してとても経過の良かった患者さんのレントゲン写真に、がんの所見など何もなかったはずです。どうも、彼がわざわざばあちゃんに分かるようにと使った慣れない方言がまずかったみたいです。

「ほら、入院したときはこがん(=こんなに)大きかった影が、今はこがん(=こんな)風に変わっとるでしょ!」・・・あがん、こがん、そがん(=あんな、こんな、そんな)・・・。「こがん」を「小癌」と勘違いするなんてあり得んぞ!と思いましたが、笑い話のような本当の話です。

医者が患者さんに説明をしようとするとき、一般的に若い先生は専門用語を使いたがります。そのため患者さんは理解できずに聞き流す傾向にあるような気がします。年配の先生の中には、どうせわからないんだから、と説明をなおざりにする人がいます。患者さんも全部任せているからと依存していたりします。わたしも何とか理解してもらえるようにと表現をいろいろ工夫してみていますが、どれだけわかってもらえているのかはわからないのが実情です。

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精査指示に込めた思い

数年前、ある企業健診の心電図判読をしました。ある30歳代の男性の心電図に心室性期外収縮がみつかりました。わたしは、二次精密検査の項目として、「心エコー・トレッドミル検査(運動負荷検査)・ホルター(24時間)心電図」を指示しました。ところがその数週間後、「(その企業の)産業医に相談したら、まだ若いのだからホルター心電図だけでいいと云われた。どうしたらいいか?」と企業の担当者から質問が入っているという連絡を受けました。

心室性期外収縮の全てが危険なわけではありません。治療を要するような危険なものはその中のごくわずかですが、心室性期外収縮を起こす原因疾患が隠れていることがあり、それを見つけだすために精密検査を勧めます。その産業医は期外収縮の原因として狭心症や心筋梗塞などの虚血性疾患を念頭に置いたのだと思います。30歳代に動脈硬化の進行は考えられないから、ホルター検査で日常生活に危険性がないかさえ調べておけば良いと判断したのでしょう。でも、わたしが確認したかったのは心筋症の存在です。あるいは負荷誘発性の期外収縮です。若い世代の突然死の原因は大部分がそれらですから。心筋症は心エコー検査をすればすぐ分かりますが、心電図変化が出てこない限り軽度のうちに検査を受ける機会がありません。そして突然死で発症してしまうことがあります。つまり、若年者だからこそ、あえて心エコー検査と運動負荷検査を受けることを勧めたつもりでした。

若年者だからあえて検査を勧めたわたしと若年者だから検査を削った産業医。なかなか、真の想いは伝わりません。でもわたしは、「是非とも検査を全部やってください」とは答えませんでした。金を払うのは本人です。産業医の進言を曲げさせて無理矢理検査しても心筋症が存在する確率は高くありません。受けて何もなければ不満が出ます。「産業医が責任持つって云うんだから、それでいいんじゃないの?」と大人げなくふて腐れて逃げてしまいました。

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聴診器

聴診器は内科医の象徴です。特に循環器内科医にとっては命のようなものだと指導されてきました。回診に聴診器を忘れていこうものなら、「キミは病院に遊びに来たの?」と上司からシコタマ怒られました。聴診器は、耳に当てる部分と相手の胸に当てる部分ができるだけ短いのが理想です。大昔の聴診器はほとんど胸に直接耳を当てて聞くようなタイプでした。それでは不便なのでゴムチューブを付けるようになりましたが、長いほど良く聞こえなくなります。わたしが初めて循環器科に就職したとき、持っていた聴診器のチューブを短く切りとられました。現在使っているのは、その後に大奮発して買った、初めからかなり短い循環器用の聴診器です。

健診の診察で心雑音を聴き取ることが珍しくありません。でも、前回までの記録をみると「異常なし」のことが多いのです。この場合、3つの可能性があります。1.前回の医者が心雑音をきちんと聴き取れなかった、2.聴き取ったが問題ない雑音だから「異常なし」とした、3.前回までは雑音が本当になかった、です。一番問題なのは3です。たとえ大した音ではなくても前回なかったのであれば、新たな病気が生じてないかきちんと心エコー検査などを受けるべきです。1.は論外ですが、やはり餅は餅屋、専門医だから聴き取れる音ってあるんですよね。そんなことを常日頃思いながら、先日自分の聴診器を修理に出したため、診察室に備え付けの聴診器を使って診察しました。世間の病院に普通にある標準的な聴診器です。それを使ってみたら、たしかに雑音なんか聞こえませんでした。かなりの病的雑音じゃないと聴き取れません。「そうか!わたしの腕じゃなくて、聴診器の格の問題か!」・・・もしかすると、良く聞こえる聴診器よりもちょっとザル気味な聴診器の方が、健診としては目的に適っているのかもしれないと思ったりしました。

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チャンピックス

禁煙治療といえば、ニコチンガム(二コレット:武田薬品)かニコチンパッチ(ニコチネルTTS:ノバルティスファーマ)が有名です。ニコチンを体内に吸収させてニコチンの禁断症状を抑えます。多めのニコチン濃度で始めて徐々に軽くしながら最後に縁を切る、というしくみです。ところがガムは仕事中に噛めないとか口内炎ができるとか、ニコチネルは肌がまけて痒くなるとか、副作用のために続けられない人が少なくありません。あるいは逆にニコチン濃度を減らせずにやめられなくなることもあります。

そんな中、つい最近、禁煙補助の内服薬「チャンピックス」(ファイザー)が薬価収載されました。この薬にはニコチンは含まれません。ニコチンはニコチン受容体というところにはまり込むとドパミンというホルモンを放出させます。これがあの一服したときの気持ち良さを出させる物質です。そのニコチン受容体に、ニコチンがはまる前にこの薬がはまり込んでしまいますので、ニコチン自体が反応せず、タバコを吸っても気持ち良くならなくなります。一方で少量のドパミンをきちんと放出させますからニコチンが入ってこないことへの禁断症状が緩和されることにもなります。最初はタバコをやめないままに少量飲み始めて、「今日から禁煙!」と決めた日から量を増やして服用する仕組みだそうです。保険診療ができる医療機関ではこの薬を保険で処方してもらえます。大きく選択肢が増えた感があります。

基本的には「禁煙したい」という自分の意志があるときでないと効果はありませんが、これまで何度かトライしてうまくいかなかった人はもう一度保険診療のできる医療機関の門をくぐってみてはいかがでしょうか。今度は上手くいくかもしれません。

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タスポ

成人識別たばこ自動販売機「タスポ」が世に出ました。わたしは全然興味がありませんが、基本的にはこの取り組みは意味がなかったという意見が大勢です。でも、きっとなくならないでしょう。国が財源になるタバコの自販機を失くしたくないので講じた手段だといわれています。どうしても吸いたい子どもたちは成人である先輩や親のタスポを使うでしょうが、単なる好奇心の子ども達が面倒くさがって吸わなくなるなら意義があると思います。

一方、タバコ自販機をかかえる小売店にとってはタスポは大不評らしいです。 「買うのが楽なコンビニにお客さんが流れるのは分かりきっている。この店も続けられるかどうか」と話すタバコ店の店主の話がでていました。タバコ屋さんの中には廃業する店も少なくないと聞きました。また実際のタスポ認識装置の設置費用は自販機メーカーの負担です。1台10~12万円もする機械を新規導入してもタスポを使う人が増えないのならメリットが薄く、もう作らない方が得という小売店もあるそうです。せっかくタバコの世界から足を洗うのだから、彼らにはもう少しの補助を出してあげても良いのじゃないかしら。対面販売のコンビニでの売り上げが上がるだろうと考えられていますが、身分証明書などの提示をどこまでいい加減にするかが売り上げに大きく関係するというのも皮肉なものです。ホテルや居酒屋では「タスポ貸します」という店が出始めたというニュースが昨日の新聞に出ていました。

タバコ事情が何か少し変わろうとしているのは事実です。が、医療現場がタバコ規制の大きな働きかけをしようとするたびに責任者が某お偉いさんに呼び出されて露骨に脅される国です。自らが自らの身体を守る(あるいは家族を守る)以外、誰も自分を守ってくれない国だということは知っておいたほうが良いでしょう。

ところで、わたしがいつも宝くじを買う(とても良く当たると有名)大分の某タバコ店は、宝くじのために何とか存続してほしいです。

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タバコがなくならない

わたしのタバコ歴は大学3年か4年くらいからだったと思います。きっかけなんて覚えていません。別に長生き志向もなければ将来の夢もないわたしは、健康のために禁煙するなんて気は毛頭ありませんでした。妻は嫌がっていましたので、自宅を新築したときに自宅での喫煙が禁止になりました。医局に喫煙スペースがあった間は仕事をちょくちょく抜け出しては一服していました。他の科の先生との大事な意見交換の場でしたから(みんな必ずこう云いますね)。それが建物の軒下に移動されたあたりから面倒くさくなって職場での喫煙をしなくなりました。仕事中に吸うことはなくなりましたが、宴会などでは貰いタバコを続けていました。2年前に職場が敷地内完全禁煙になったとき、なぜだかわたしは「禁煙担当(禁煙パッチ処方担当)」にさせられました。表向き吸うことができずにいましたが、それでも宴会中の貰いタバコは時々やっていました。ただ、最近はそういう吸い方をすると必ず翌朝吐きそうになりますし、決まってひどい二日酔いになります。どうも、身体自体が受け付けなくなってしまったようです。2日前に半年ぶりくらいに1本吸わせてもらったら案の定翌朝は二日酔いになりました。

タバコが100%身体に悪いことは、もはや周知の事実です。この事実にはまったく逃げ道はありません。世界中がそう宣言しています。なのに、なぜなくならないのでしょう?ケシの花があれだけ問題になったのにタバコ栽培が禁止にならないのはなぜでしょう?日本ができないのはわかります。政治家が牛耳っているからです。大事な収入源だからです。アメリカがそうしないのは、日本みたいな国に売れば売れるからだと聞きました。でも、ヨーロッパを初めとして、製造中止にするか販売禁止にするかしている国がどっかにあってもいいのじゃないかと、いつも不思議でなりません。

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タバコとシャンプー

世界禁煙デー(5/31)からの1週間は禁煙週間なので、タバコに絡む話題を書いてみます。日本禁煙学会という学会があります(http://www.nosmoke55.jp/)。禁煙に関するありとあらゆる情報が集められ、タバコの世界に対してアグレッシブな働きかけを続ける学会です。禁煙治療に保険が使える医療機関も載っていますから、禁煙を考えている人やそのご家族は参考にしてください(http://www.nosmoke55.jp/nicotine/clinic.html)。熊本にも熊本禁煙研究会という活動があります。熊本生活習慣病研究会から派生した研究会です。

2007年度の禁煙研究会では京都府立医科大学の繁田正子先生をお呼びしました。そのお話の中で私が一番記憶に残っていることは、「タバコはなぜ腐らないのか?タバコはなぜ虫に食われないのか?」という話でした。植物でありながら、たとえそれを乾燥させたからと云っても、ずっと机の上にほったらかしたとしても、いつまでも朽ち果てることがないのはなぜでしょうか?そう云われて、「たしかにそうだなあ」と初めて思いました。

結論は簡単でした。製造中に、除草剤(カドミウムなど)が加えられ、防虫剤(ヒ素など)が加えられ、防腐剤も加えられているからです。農薬散布された野菜は洗ったりそのまま放置するとそれなりに濃度は減るでしょうが、タバコはきちんと塗り込められていますから確実に体内に吸収させることができます。私は、その話を聞きながら、タバコは市販のシャンプーと同じ、つまり、シャンプーを飲んでいる様なものなのかと思いました(まあ、経皮毒の市販シャンプーも危険ではありますけど)。

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そうめん

「そうめん(乾麺)一把には塩分が2.8g含まれています。」

先日、健診センターの栄養教室で勉強していたとき(高血圧治療中の身ですので自分でもしっかり勉強しなきゃ)、管理栄養士の先生からこんなショッキングな事実を知らされました。大きな梅干しでも塩分は2gです。1日の摂取塩分10g以下、わたしのような高血圧者は5g~7g以下が推奨摂取塩分量ですから、そうめんを1人前食っただけでもうその日は何も食えなくなるかもしれんてことですか!?

もちろん茹でる作業で大部分の塩分は出ていってくれます。しっかり水切りして食べるとかなり違うはずです(それをわざわざ辛目のつゆにたっぷり浸けたんじゃあ本末転倒でしょうけど)。でも、この数字はかなり意外でしょう。塩分制限というと、すぐに塩や醤油を思い浮かべますが、日本人の塩分摂取の主体は加工製品だそうです。ハム・ソーセージ、ちくわ・かまぼこ・チーズなども含有量の多い食材です。それにまたわざわざ醤油をかけたりする人もいます。わたしの日々の生活を棚に上げて申し訳ありませんが、くれぐれもご注意ください。

ところで、そうめんを食べるときにつゆに生姜を入れます。なぜでしょう?実は生姜に利尿作用があるからです。摂取した塩分をできるだけ早く体外に出す効果があります。昔の人はそういう生活の知恵を普通に知っていたんですね。

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酒と死亡リスク

飲酒習慣と死亡リスクの関連についての疫学論文がアメリカから出ました( Alcoholism:Clinical and Experimental Research 2008;32) 。これまでの報告と違い、週1回7杯の酒を飲む人と毎日1杯ずつ飲む人をきちんと区別して検討した点が論文の売りらしいです。

「1回に飲む酒の量が多いほど心血管系の病気による死亡率が高くなり、また男性のがん死亡率と女性の全死亡率が高くなる」そうですが、その一方で「飲酒頻度が多い人の方が、たまにしか飲まない人より心血管系の病気で死ぬ率が20%も低かった」というおもしろい結果もでていました。もちろん、「適量の酒は身体にいい」ということを裏付けている話であって、私のように「毎日のように大量に飲む」酒は論外だということは分かっています。

先日、「夕食と晩酌を済ませた後に、『もう夕飯を食ったっけ?』とわたしが2度も続けて尋ねた!」と妻が心配していました。たしかに、酒が痴呆を助長するというデータはよく見かけます。また、痴呆に動脈硬化の因子も十分影響していることは容易に推測できます。100%毒物のタバコに比べれば、まだ擁護される要素を持っている酒ですが、結局「適量」は生殺し(http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/02/post_2da6.html)ですから、たとえ「百薬の長」だと云われても、毎日少量飲む方が長生きすると云われても、やっぱり飲まないなら飲まなくてもいいものなんだと云いきっていい気がします。酒だけ特別扱いする意味はたぶん何もないのだと思います。・・・やはり書きたくない事実なのでどうも切れ味が悪い。

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ニワトリのえさ

「毎日毎日、ニワトリのえさしか食いよらんので、力が入りませんよ。」・・・心不全と脂質異常症のため奥さんに食事の厳重管理されていたある男性が、外来で不満気にそう嘆いたことがあります。つい先日も、法事のお説教で、「私はちょっと軽い糖尿の気が出てきて、ニワトリのえさみたいなものだけ食べなさい、と云われました。でも、ニワトリのえさだけで生活するのは当然無理でしょう。」とご隠元さん(和尚さん)が語りました。

彼らが「ニワトリのえさ」といっているのは、刻んだ青野菜やダイコン・ニンジンなどの精進料理ばかりで、肉や揚げ物のひとつも食べさせてもらえない食事の事を指しているようです。それなら最近の我が家の夕飯のおかずはいつもそんなモノです。ボールにたっぷり入った野菜と煮物か冷や奴が基本で、時々焼き魚や煮干しがつきます。それで何か問題でもあります?料理が大好きな妻に料理の腕を奮わせないのは申し訳ないと思いますが、最近は彼女も慣れてきたようで、肉料理や揚げ物料理はすっかり姿を消しました。

「ニワトリのえさ」の何が悪いの?と思います。古来からのニワトリのえさには野菜だけでなく殻になるためのカルシウムもたっぷり入っています。草食動物の理想食じゃないか?と思います。もっとも、最近のニワトリは化学飼料という名の人工の毒物で管理されていますし柔らかくて脂身たっぷりな肉になるように調整されているようですので、極端に抵抗力が落ちてしまってトリインフルエンザなどというチンピラウイルスに簡単に負けてしまうようになってしまいました。毒を盛られて弱い身体にされ、それで仲間が感染したら皆殺しにされるなんて、なんとかわいそうなことでしょう。そういう意味では、人間の世界でもそんな「ニワトリのえさ」にどっぷり侵されてきていることを、しっかり憂慮しなければなりません。

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やっかいな判定

心電図所見が明らかに異常の人がいました。心筋肥大、特に「肥大型心筋症」という特殊な病気の存在を強く疑う波形です。毎年同様の所見で「要精密検査」と指示を出していますが受けていない様子なので、やむを得ず今年も同じ判定をしました。実は20年くらい前に専門医で精密検査を受けて「問題ない」と云われたから、という理由で指示を無視している様なのです。

心臓の筋肉は肥大する必要があるときだけ肥大します。例えば高血圧や高度肥満など、あるいはトップアスリートの心臓(いわゆる「スポーツ心臓」)もその類です。唯一心筋細胞が理由もなく肥大するのが肥大型心筋症です。肥大型心筋症が問題なのは命に関わる重症不整脈が突然出現することがあるのと将来心不全になっていく可能性があることくらいです。生活にほとんど制限は要りませんが、時々定期的に心臓エコー検査で肥大の進行がないか確認したり運動負荷検査やホルター検査で危険な不整脈が出ないか確認したりします。心電図は、心臓細胞の微細な電気信号を見ているので、心臓エコー(見た目)に異常が出始めるもっと前から変化を始めます。心電図に異常所見がでて精密検査に行っても問題がなく、その数年後から変化が出始めることは珍しくありません。

さて、この受診者さんです。是非、今の心臓の状態を確認するために専門医の元に行ってほしい。でも、ここ5年以上心電図は変化していませんので、彼を一生懸命説得して病院に行ってもらって、高い医療費を払って検査しても、たぶん内服治療の対象ではないでしょうし、生活制限も指示されないでしょう。でも、突然死する危険性がある以上、健診の心電図を「経過観察でよい」とは判定できないのです。

外来で、そんなことまで話しておいてもらえると、こんなに悩まなくて良いのですけれど。

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捨てられる人(続編)

特定健診(メタボ健診)が始まって2ヶ月になります。新しい流れに沿って否応ない振り分け作業が行われ、現場でも少しずつ慣れてきているところです。結果の説明をしていると、今こそしっかり生活指導を受けるといいと思われるのに残念ながら基準の穴から見事に転げ落ちて「捨てられる人」(2008.4.20 http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/04/post_4eb9.html )が、他にもいることが分かってきました。

たとえば血糖です。空腹時血糖(≧100mg/dl)またはHbA1c(≧5.2%)で評価しますが、「両方とも測定した時には空腹時血糖で評価する」という決め事があります。ところが、空腹時血糖が正常の人の中に見事な食後高血糖(境界型糖尿病)パターンを示す人がいることはザラです。先日、腹囲が100cm以上あってかつHbA1c=5.8%なのに、空腹時血糖=98mg/dlのために「情報提供レベル」と判定された人がいたのには愕然としました。

また、肥満、高血圧、高中性脂肪血症、高血糖の全てがそろったある男性(喫煙習慣もあり、もちろん腹囲85cm以上)の説明をしました。残念ながら彼は35歳でしたので、全くもってメタボ健診の対象(40歳から)外なのです。この人の方が、70歳のメタボの人よりはるかに重要なのでしょうが、あと5年しっかり熟成されるまで待て!となっています。

予算の存在する決め事ですので、その基準に文句を云いませんが、せめて保健支援をする側は杓子定規な決め事に固執しないでいただきたい。こういう「重症だけど国は面倒見てあげないから自分で何とかしなさい」と云われている人にこそ、保健師さんはしっかりとこの重要性を伝えてあげてほしいと思います。

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ホメオスターシス

「ホメオスターシス」は日本語で「恒常性」と訳します。

ガンガン運動して体重を減らそうと思ってもなかなか減りません。せっかく溜めておいた在庫(脂肪)を空にさせようとする反乱(運動)に何とか対抗しなければ生命の危機ですから、生体は栄養分の吸収力をアップさせます。運動すればするほど溜め込む身体ができてきます。

ダイエットをするために食事療法を頑張ってもなかなか思うようにいきません。入ってくるエネルギーが足りないと直接生命の危機に直面します。限られた資源を大事にするため、エネルギーを使わない身体に変化していきます。あるいは筋肉を減らして飢餓に対抗します。

これらはいずれも生体のホメオスターシスのなせる技です。自然界は常に安定したものを求めます。それが自然界の一番基本的な法則なのかもしれません。安定した一定の状態を保つために、常にバランスを取ろうとしています。生体がそのバランスを取るために準備されているシステムの主体が、自律神経系・ホルモン(内分泌)系・免疫系の3つで、これらが常に自分の身体の状態を監視して微修正を繰り返しているのです。「減量する」などという大それたクーデターを企てた場合、いつもと違う方向に傾いたものを元に戻すために即座に対応します。生体が生きていくためにそれはとても良くできたシステムです。ですから、クーデターは生体監視係に気づかれないように少しずつそっとやってやらないと成功できません。

ただし、逆に運動と食事を頑張ってクーデターに成功した折には、今度はこっちの状態が基本になりますから、たまに羽目を外して暴飲暴食してもすぐに身体は元に戻してくれます。クーデターを企む以上は、その次元までは根性で頑張ってください。

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弁当屋戦争に望むこと

「ほっかほっか亭」チェーンから離脱したプレナス社のブランド「ほっともっと(Hotto Motto)」が昨日から営業を開始しました。うちの近くはほとんど全部「ほっともっと」に替わりました。これからは「ほか弁」とは略せなくなるんでしょうか。これに「本家かまどや」が加わり、中食産業はこれから競争激化が必至だろう、とニュース記事に出ていました。

独身男性や単身赴任者、高齢独居男性のみでなく、塾通いの小学生や共働き夫婦の一家など、持ち帰り弁当を主食にしている人は、ものすごくたくさんいます。かれらこそが最大の生活習慣病の持ち主集団であり、かれらを生活習慣病にさせている主犯のひとつがこの通称「ほか弁」たち(もうひとつは「コンビニ弁当」でしょう)だと云っても過言ではないと思っています。

以前、職場の売店に売られている「減塩弁当」のひとつを買って食べてみたことがありますが、一口食べたら吐きそうになりました。付属のしょうゆをかけなかったからなのかもしれませんが、不味くて吐きそうになったのは生まれて初めてでした。こんな経験をしてしまうと、「減塩弁当は美味しくないモノ」と決めつけて、おそらくもう二度とどんな減塩弁当も買わなくなるだろうな、と思ったことを思い出しました。同じ材料でもうちのセンターのレストラン・シェフに作ってもらったら全く別物に変われる自信があります。

今回の中食産業の競争激化はとてもいいことだと思いますが、それが一時期のハンバーガー屋の競争のような価格競争に終始するようならいただけません。質の良い油と材料を使いながら(本当は油を使わない方が良いですが)、メタボ対策になり高血圧対策になり糖尿病対策になり、それでいて味が落ちず盛りつけがきれいでしかもコスト削減できる研究でとことん競い合ってほしいと切に願っています。

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インスリン抵抗性

血糖のコントロールをするホルモンの中にインスリンがあります。インスリンがなかったら食事する度に血糖が1000~2000mg/dl以上跳ね上がるかもしれません。そうならないのは血糖を速やかに肝臓や筋肉に引っ張り込む仕事をしているからです。一方、夜中に何も食べなくても低血糖にならないのは、肝臓や筋肉から糖を作らせて血中に総動員させる仕事もしているからです。

このインスリンの血中濃度に見合ったほど作用効果が得られない状態を「インスリン抵抗性」と云います。インスリンの指令に肝臓や筋が応答することを「インスリン感受性」と云いますので、「過剰のインスリンがでているのに肝臓や筋のインスリン感受性が低下している状態」と言い換えることもできます。

インスリン抵抗性がどうして起きるのか?単純に云えば、太りすぎと運動不足などでインスリンの働きを邪魔する物質が増えたり、インスリンの指令を受け取る部分(受容体)の数や機能が低下したりするためです。昨日書いたアディポネクチンはインスリン感受性を高めるホルモンの代表ですが肥満によってアディポネクチンは簡単に減少します。代わりにインスリンの働きを落とすホルモンはどんどん増えてくるのです。肝臓や筋肉の中に脂肪が溜まるとインスリンの指令を伝達できません。運動不足は、筋肉内の血流を低下させ酸素不足を招きます。

今日の話はちょっと専門的でしたが、とてもデリケートな調整をしているホルモンが、食べ過ぎと運動不足のために、準備していた仕事をまともにできなくなっているのが現代であるということを理解してください。ことは本当に深刻です。

(参考)http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/02/post_786a.html

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運動療法は16週間

「運動療法で十分な効果を得るには、8週間では短く、16週間継続する必要がある。」

昨年の日本動脈硬化学会で、東京慈恵医大で行った研究の報告がありました。評価の指標になったのは、ここ数年一気に脚光を浴びるようになった「アディポネクチン」というホルモンです。アディポネクチンは脂肪細胞の中から分泌されるホルモン(アディポサイトカイン)のひとつで、善玉ホルモンの代表です。動脈硬化を抑制しインスリン感受性を高める作用があります。脂肪細胞は本当は動脈硬化を予防するために存在するといっても過言ではありません。この脂肪細胞が肥大化すると、アディポネクチンは本来の作用を十分出来なくなり、結果として動脈硬化を進行させることになるわけです。アディポネクチンは運動不足で低下し、喫煙で低下し、食べすぎで低下し、ストレスで低下します。そしてその逆になると増加します。ですから、アディポネクチンの量は動脈硬化予防の最高の指標になります。

報告は、1回60分間の有酸素運動を月8回のペースで行った場合、8週目ではまだアディポネクチンに変化が見られないで16週目に有意に増加したというもので、運動療法の効果を見るためには従来考えられてきたよりも長い時間が必要である可能性を示しています。もっとも、月8回(週2回平均)の運動が月12回だったらもっと短くて効果がでるのかもしれませんし、1回90分間だとどうなるのだろうか?という疑問は湧いてきます。ただ、いずれにせよ16週間目に効果が出たら止めていいわけではありません。ですから、いつ頃から効果がでるということよりもずっと続けられる運動のあり方を探すことが大切ではないかと思います。

自分のアディポネクチン値を知りたいと思う人は多いでしょう。でも、まだちょっとだけ高価な検査ではあります。

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友人がいれば血圧が下がる

「高齢者において、人付き合いを活発にして友人を作ることは、血圧を下げる点で減量や運動と同等の効果がある。」

白人・アフリカ系・ヒスパニック系の米国人229人を対象にして、「孤独」と「非孤独」で比較した結果だそうです(Psychology and Aging 2006;21:152)。「孤独」の人は「非孤独」の人より血圧が平均で30mmHgも高くなり、しかもその傾向は年齢が上がるほど大きくなるようです。

実は、この研究の対象者年齢の中につい最近になってわたしも入ってしまいました。「この歳でもう高齢者扱いか!」・・・何よりもそのことがショックです。そして、今しみじみと考えてしまいます。わたしには友人がいないわけではないけれど、人付き合いが活発だとは云えないんじゃないか。「孤独か?」と聞かれると「孤独ではない」と云いきれない気がします。妙に不安な夢を見て夜中に目覚めたあと、これからの人生が急に不安になったことが時々あります。こんなこと10年前には絶対なかったな、と思います。昔、仕事に大忙しだった部長が急にゴルフを始めました。「ゴルフなんて定年になってからやればいい」と云っていたのですが「そんな歳になってから始めたって誰も付き合ってくれませんよ」と奥さんに云われたのがとても堪えたそうです。

まだ定年までにはかなりの期間があります。新しい人付き合いかぁ。・・・こんなため息をついていると血圧が上がるわけだ。何となく分かる気がします。それが分かる歳になったのがこれまたちょっと寂しいのですが。

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寝ない子は太る(アメリカ編)

アメリカ(ボルティモア)から、「短い睡眠時間が小児の過体重または肥満のリスクを高める」という論文が報告されました(Obesity 2008;16:265)。さらにその報告によると「1時間睡眠時間が増えるごとに肥満リスクが9%低下する」そうです。

以前、富山スタディの話題を書きました(「寝ない子は太る」(2008.1.6) http://satoritorinita.cocolog-nifty.com/satoritorinita/2008/01/post_5d0d.html )。人種が違っても日本のそれと同じような結果が出たことにとても興味があります。子どもが寝ない(寝させない)のは、現代の万国共通の問題点なのだということも分かりました。たしかに良く眠るだけで小児の過体重や肥満が予防できるならこんな安上がりな方法はありませんから有り難いことです。ちなみに、わたしが子どもの頃、夜9時以降の世界を知りませんでした(土曜日以外はTVも9時以降に見させてもらえませんでした)が、わたしは超肥満児(昔は健康優良児扱いでしたが)でした。最近旬のデブタレの皆さんが、「売れてきて忙しくなると太る」と口を揃えて同じ事をいうのが面白いと思います。家に居て暇だと、することがないから寝てばかりいるけど、起きて活動しているとずっと何か食っている、というのです。

子どもの場合は、「成長する(育つ)」と「肥満体になる(太る)」の区別をきちんとつけないと取り返しがつかなくなる危険性がありますので、ご注意ください。

今のところ、睡眠時間の研究ばかりのようですが、睡眠の質はどうなのでしょう。子ども達も大人と同じように睡眠の質が落ちて病んでいるのだとしたら、その方がはるかに問題かもしれません。

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作りすぎは主人の晩酌

「食事療法の基本は、作りすぎないこと!運動療法の基本は、ムダを作ること!」

今日も今日とてわたしの持論を展開して生活指導をしています。運動療法については一応皆さん理解はしてくれます(実行するかどうかは別にして)が、食事療法の方はそう簡単ではありません。

●夫の晩酌の肴を作らなければならない。●若いもんがいやがる。●育ち盛りの子どもたちがいるからむずかしい。・・・これが抵抗の三大理由です。

毎晩若者に毒を盛りながら、自ら自分の大事な子どもや孫の寿命を縮めていることに気付かない愚か者め!と云う熱い話は、現場ではよくしますが必ず苦虫を噛み潰したような嫌な顔をされます。わたしの云うとおりにしたら家族に嫌われるだけですから。

ところで、「晩酌の肴が必要だから作りすぎる」という話を聞くたびに、わたしは毎晩晩酌を欠かさなかった父のことを思い出します。彼の肴はいつも「いりこなす」でした。いりこをちょっとだけ炙って焼き茄子に和えただけの料理です。母はあまり料理が得意ではなかったので、いつも父が自ら作っていました。それを肴にチビチビ熱燗を呑むのが習慣でした。それを子供の頃から見ていたせいか、酒の肴にから揚げや大量の油炒めが必要だという概念をどうしても理解できません。でも、たしかに居酒屋に行ったらそんなメニューしかありませんね。夕飯のおかずといえばレストラン料理、酒の肴といえば居酒屋料理、可哀相ですが、現代社会ではそれしか浮かばないのもやむを得ないかもしれません。今となっては、質素で田舎者だったわたしの親に感謝です。

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様子をみるために仕事を休めるか

健診の結果、「経過観察」や「再検査」という指示を受けたら、あなたはどうしますか?

このレベルの指示は、する側もされる側も一番厄介です。うちの施設の場合、「経過観察」には6ヶ月後と12ヶ月後があります。「再検査」には3ヶ月後と1ヶ月後があります。今すぐ精密検査をした方が良いというほど切羽詰まってはいませんが、何かあってからでは遅すぎる、ほったらかして大丈夫と言い切る根拠もない所見です。得られた異常所見が基準からどの程度離れているかとか、問題ないかもしれないがもし問題があったら(たとえばガンなど)手遅れになるかもしれない、などの所見に対して大ざっぱなピリオドを刻みます。「経過観察12ヶ月後」というのは1年後の健診を受診すればいいのですが、それ以外の期間指定の場合は、再検査のために医療機関を受診することを求められているのです。

健診は見落としができません。「基準通りではない」ものの大部分は取り越し苦労だと思いますが、だからといって「きっと大丈夫よ」などといういい加減な評価はできません。「大丈夫だと思うけど、念のために○ヶ月後に再検査を受けてみてください」と医者や保健師は簡単に云いますが、そのためには(休暇を取って)仕事を休まなければならないのです。自分が指示された立場だったらどうだろう?そうまでして受診するかなあ・・・。取り越し苦労だと思って検査してみたら重大な病気が隠れていた、という事例はたくさん知っています。そんな私ですらつい二の足を踏むのですから、一般の方が放置していても不思議ではないような気がします。でも・・・。結局、「自己責任」という逃げ道に追い込んでいるのでしょうか。

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心房細動

「心房細動」をご存知でしょうか?皆さん、自分には関係ない病気だと思っているようですが、健診で初めて心房細動が発見されることはそう珍しくありません。でも、あまり自覚症状がないこともあり、大部分の場合なかなか自分がむずかしい病気だということを信じてくれません。あるいは、「昔から不整脈があるけど大して心配は要らないと云われている」と云って、相手にしてくれないこともあります。

「心房細動」は普通の不整脈とは違います。電気信号が心房のあちこちから300~600回/分以上の割合で出てきますが、1分間に300~600回/分も脈を打つことはできませんから、何の秩序もなくバラバラの脈を作ります(ちなみに普通の場合は洞結節という決められた場所から50~90回/分くらい出てきて全てがきちんとつながっています)。心房細動には一時的に陥る「発作性心房細動」と、戻ることのない「慢性心房細動」がありますが、いずれの場合も問題になるのは血栓塞栓症と心不全です。特に前者は前触れなく突然起こってしまいます。長島監督が脳梗塞になった原因だという話をすると皆さん理解してくれますが、それでもやはり現実味がない様子です。

現在は、心機能や危険因子の有無によって治療についてのガイドラインがきちんと決まっています。心房細動の治療は基本的には「抗凝固療法(血をさらさらさせる)」ですが、とにかく前触れなく脳梗塞になることが前提ですので、治療が必要な場合は躊躇できません。どうもないからといってクスリを途中で止めることはできない病気です。どうか、健診で専門医受診を勧められたら早めに行ってください!お願いします。

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医療不信?

一方で、最近は手遅れになるまで病院に行かずにほったらかしている人が多くなってきたのも気になります。

テレ朝系の「最終警告!本当は怖い家庭の医学」は夫婦で良くみる番組です。こんな重箱の隅をつつくような病気を良く探し出してくるよなあ、と思うときもありますが、むしろ「『ま、いいか』と病院受診を先延ばしにした○○さん。実はこれが最終警告だったのです!」というお決まりのクダリをいつも理解できません。「いやいや、さすがにそこまでなる前に病院に行くでしょ?」というレベルでもほったらかしているからです。でも、たしかにわたしが「どうしたらいいでしょう」と個人的な相談を受ける場合も、最近はさっさと病院に行かないとマズイよ!というレベルまでそのままにしていたり市販薬で対処していたりする人が多いような気もします。わたしが医療人だから常識と思っているだけで、一般的には常識ではないのかもしれません。

病院に行かない理由が、「まだそれほどではないだろう」という判断間違い(これは周りに人生経験者がいないのも大きな弊害かもしれません)や忙しくて時間がとれないというのであればまだマシですが、「信用できる病院を知らないから」という末期的な理由が少なくないのがとても気になります。あなたは「家庭医」というものを持っていますか?子供の頃から自分のことを知っている医者がいる人、あるいは日ごろ気になることがあったときに相談する医者が近くにいる人には、全く関係のない杞憂です。医者を選ぶコツは、名医ではなく自分とフィーリングが合うこと。何かの機会に早く家庭医を作っておくことをお薦めします。

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治療不要!?

健診受診者の方が記入した既往歴の項目を読んでいると「治療不要と云われた」という答えを多く見かけます。どうも気に入りません。

たとえば、「胆嚢ポリープがあるが治療は要らない」とか「胸部レントゲンに影があるが昔の炎症のあとだから治療は要らない」というのは良く分かります。その通り、治療は要りませんし、せいぜい定期的な健診を受けておく以外に特に何かをしなければならないこともないでしょう。

でも「血圧が高いけど、まだ治療は要らない」とか「脂肪肝だけど治療は要らない」とか、そんなことを医療者が云うはずはないのです。「まずは食事に注意し運動にも心がけましょう。」と云われたはずです。さらに「タバコは早く止めてください。睡眠も十分とり、ストレスを溜めないことも大切です。」などと云ってくれる先生がいたらきっと名医です。「この1年間よく頑張って糖尿病の治療をしてきていますね。とても良いコントロールです。」と説明すると「私は糖尿病の治療なんかしていません!」ともの凄く強い口調で否定されます。講演会などでも機会があるごとに話してきましたが、「治療=くすり」という勘違いの概念を植えつけたのは誰なのでしょう?世間がそんな概念に浸っているから、「メタボ健診は病人を作る」ということになってしまうのではないかと思います。

日本人は、昔から「医療は施してもらうもの」という感覚にあるように思います。医者を「先生様」とあがめ、医者の処方薬を飲んで云うことを聞くのが病気の治療だと教育されてきた気がします。病を治す(克服する)のは自分自身だ、という自立心も持ってほしいと思います。くどいようですが、生活療法は最も基本にして最大の治療法です。

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CKD

以前、食後高血糖がいかに危険かという話を書きました(あなたは糖尿病です!後編:2008.2.16)。どうもない時からいかに早期に病状の進行をくい止められるかが自分の人生を左右し医療費に関わってくるのだという話を書きました。4月に始まった「メタボ健診」も同様です。

そんな中で、食後高血糖と同じレベルで危惧されているのがCKD、つまり慢性腎臓病です。昨年5月に日本腎臓学会が「CKD診療ガイド」を発表しましたが、一般医療者でもその存在を知らない人は少なくないと思います。

「健診でいつも正常と云われているから腎臓は心配ない」とお考えの皆様、とてもショッキングなデータですが、現在CKDの定義に当てはまる人は全人口の18.7%(1926万人)以上いると云われています。つまり5、6人に1人の割合です。実は、健診で「異常なし」と云われている人の中に初期のCKDの人たちが多く含まれているのです。

CKDは進行すると重症腎不全で透析をしなければならなくなるという問題だけではなく、心臓血管系の病気発症、死亡数、入院数のいずれについても独立して危険因子になるようです。もちろん程度に比例してそれらは増加しますが、自覚症状が出てくるはるか前から、危険だということが予測できる因子だということです。それでは、それに当てはまる人はどうしたらいいのか?結局は高血圧・糖尿病・脂質異常症・肥満のある人はしっかり是正に励み(基準値は普通よりかなり厳しく設定されています)、死にものぐるいで禁煙をし、タンパク質をとりすぎない人生を送るなど、やることは決まっています。

厳しい世の中です。

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携帯電話

携帯電話から発せられる高周波がガンを誘発するという話は以前から云われており、それだから携帯電話は使わないとかピッチに代えたとかいう人を何人も知っています。あまり信用できる証明がなされていないとか、旧型の携帯電話の話であって新型機種ではきちんと対応してあるから心配要らないとかいう企業側の反論も耳にします。

そんな中、この度イスラエルのテルアビブ大学のSadetzki博士が、携帯電話と唾液腺(耳下腺)腫瘍の関連について、アメリカの疫学の学会誌に投稿し採用されました(つまり科学論文として認められました)。携帯電話を顔の横に当てて使用する多用者は携帯電話を使用しない人に比べて、主唾液腺(耳下腺)に腫瘍が発生するリスクが約50%増加したという報告です。また地方に住む人ほど増加していました。イスラエルはかなり昔から携帯電話を多用している人が多い国民であり、また地方ほど高周波の出力が強くなっていることが特徴です。対抗策は、ハンズフリーの状態で遠くに本体を持って通話し、通話時間や回数を極力短くすることだ、とまとめあげているこの論文は、この携帯文化の中でどの程度日の目をみるでしょうか。

日本人が使う機種は彼らの使うモノよりもしかしたら新しいのかもしれませんが、今や子どものときから携帯をもつ時代ですから、若い世代の生涯暴露量は私たちの世代のそれの比ではありません。DocomoもauもSoftBankもこぞって家族間通話を無料にして子どもと親のコミュニケーションに携帯電話を!とキャンペーンしている最中です。この論文のような事実が一部の健康オタクの戯言ではなさそうだということは知っておいて損はないと思います。かく云うわたしは、電話をかける勇気があまりなく、極力メールで使用する派ですが、携帯そのものは肌身離さず持って歩いていないと安心できない人種のひとりです。

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いちご農家の憂鬱

知り合いの内科医が語ってくれた実話です。

昔、ある地方の病院で当直をしていたとき、夜中に大慌ての急患が来たそうです。その町はいちご栽培で有名な町で、急患はいちご農家のオヤジさんでした。彼曰く、

「大変です!さっき、間違えて出荷用のいちごを食べてしまいました!大丈夫でしょうか?」

いちごの美味しいこの季節ですから、この農家のオヤジさんの云っている意味がわからない方は、ある意味幸せかもしれません。

昔、うちの義母が知り合いのぶどう農家に行ったとき、おみやげにぶどうを分けていただけることになりました。「出荷用のぶどうと自宅用のぶどうがあるけどどっちにします?出荷用の場合はそのまま食べないように注意してくださいね。」と云われたので怖くなって自宅用を希望したら、まったく離れた別の畑に連れていってくれたそうです。

わたし的にはかなり前からいろいろな人に教えてもらっていた常識なので別に驚きませんが、農薬の恐怖は中国にだけあるものではありません。社会がそれを求める以上、日本の農家の皆さんも、良心の呵責に耐えながら、やむを得ず農薬をギリギリで使って出荷用作物を作っているのでしょうが、自分たちはどうしても恐くて口にできないのは当然だと思います。見た目がキレイじゃなくても虫が食っていても大丈夫(食っている方が安全)だから、自宅用の畑は別に作っています。おまえは人に毒物を売って平気なのか!と怒る人も居ますが、日本の消費者はムシが食っていたりしたら買ってくれないからやむを得ません。ムシさえも食えないような消毒まみれの農作物を求めるようになってそれを平気で食うようになった現代社会は本当に危なすぎます。せめてしっかりと洗って覚悟してお食べください。

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食物連鎖

学生時代に「食物連鎖」という自然界の常識を教わりました。「生産者」とか「消費者」とか「分解者」とかいう用語はもう忘れましたが、植物や木の実を虫や小動物が食べ、それを鳥や肉食動物が食べ、それをさらに大きな動物や人間が食べ、その排泄物を微生物が分解して植物の養分になり、そうやってサイクルが出来ることで自然はできあがっているのだという「常識」です。でも、今の世の中、この食物連鎖が成立していないことが「常識」になりました。鎖を切ったのはもちろん人間です。排泄物を自然界に帰すのを「不潔」といい、さらに自然のものを食べなくても代替品(まがい物)が同じものだと云う。食べさせていただいているという心もなくなりました。連鎖がなくなったときに自然界の法則が崩れ去っていくといういとも簡単な常識に皆が気付くのは、どの程度地球が傾いたときなんでしょうか。私はもうそんなに長生きしませんからいいですけど・・・。

鎌田實「あきらめない」シリーズをもう少し続けます。

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「ミジンコと暮らすと、生命のことが透けて見えてくる」「人間が生きていけるのは、他の生きものたちのおかげ。人間は他の命を食べて生きている。最近、この仕組みが見えなくなりだしている。だから、死んでくれる命に心が痛まないのです」。(「命が透けて見える」から坂田明(サックス奏者)のコメント)

アイヌの人々は鮭を神の魚(カムイ・チェップ)と呼んでいた。(中略)海の栄養を運んでくれる不思議な魚だ。人間を潤すだけでなく、森を潤していた。一頭の熊が七百匹の鮭を森に運び、その食べ残しがリスや鹿の餌になり、そのカスが森の樹々の栄養になっていた。(「余命三ヶ月を生きる・神の魚」から転載)

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田舎の憂鬱、都会の憂鬱

初めて東京に住んだとき、都会の人はすごいと思いました。公共交通機関の機能を存分に駆使していました。同じ地下鉄の乗り換えでも目的地の最寄り駅より2駅遠くまで乗った方が乗り換えホームの移動距離が少なくて済むとか、一旦遠回りのような駅経由で違う線に乗り換えた方が最後に駅を出てからの歩く距離が少なくて済むとか。たしかに一区画が大きい都会では隣りのビルまででも遠いですから、いかに少ない労力で効率よく目的地に行くか!彼らにとっては常識中の常識なのでしょうが、田舎から東京に出ていった私には感動モノでした。

メタボ対策の基本として、「いかに無駄に動くか」を求められている昨今でも、やはり東京の人たちは当時のままなのでしょうか?まさか通勤は極力消費エネルギーを減らし、その分アフター5でスポーツジムに通うとか?「一つ前の駅で電車を降りて会社まで歩きましょう」「歩いていく昼食のお店をたまにはちょっと遠くにしましょう」など、メタボ対策のパンフレットには必ず書かれていますが、田舎の人間にはあまり関係がありません。早朝から通勤に使える電車は限られるし、一駅前は隣町だったりするわけですから。だから田舎では車を使うのはしょうがないんだと主張することになります。ところがそんな田舎に都会から引っ越してきた人の中に2つのパターンがあることに気づきました。交通の便が悪すぎる!と嘆いてほとんど動かない人と、どこまででも歩いたりチャリに乗ったりして動きまわる人です。都会に住んでいたときの動く習慣がどうだったのかにかかっているんでしょうね。結局、車の必然を主張する田舎者の言い訳は前者の元都会人のグチと同じレベルだということに気付かされます。わたしも正式に通勤用チャリの購入計画を立てようと思います。

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