文化・芸術

『再開のとき』

先月発行された機関誌の連載コラムを転載するタイミングを逸していました。内容的にはちょっと陳腐なので気乗りしなかったけれど、やむを得ず提出したヤツです。

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『再開の時』

「毎日歩いていたけど、あまりにも暑くて危険だからやめちゃった」
「長年ジョギングが習慣だったけど、足首を傷めてからずっと走ってないです」

「膝が痛くて」「親の介護をするようになって」「仕事が忙しくなって」「散歩していた愛犬が亡くなって」「コロナでジムが休館になって」・・・運動習慣をやめた理由は千差万別です。人間ドックの結果説明の時に「原因は運動不足か食べ過ぎか」と言うと、「待ってました」とばかりに返ってくる運動量減少の理由づけ。きっちり運動を続けていた人は何もせずにゴロゴロしていた人とは運動への想いが違うとは思いますが、さて、その運動習慣を再開させるのが意外に大変だということは経験した人ならよくわかるはずです。もともと大して運動好きなわけでもなく、やせるためとか生活習慣病対策のためにしなければならないからやっていた運動なら尚のこと、できない大義名分が生じた時にこれ幸いとばかりにやめてしまうのは常人の必定です。

「暑いからやめた運動」の再開日をいつにするか? 「暑くなくなった時」なのでしょうが、そのXデーをどうやって決めるか。「気温が3日続けて25℃以下になったら」などというきっちりした日を決めるのではなく、「そろそろかな」と思った日がその日でしょう。ただ、それを決めるのがむずかしい。一度やめたものを再開するのはめちゃくちゃ面倒くさいものです。でもうかうかしていると今度は「寒すぎて」歩けなくなったりします。人は、できなくなった理由をきちんと分析できます。それを解決させるために何をしたら良いのかもちゃんとわかっています。ただ、それを実行する(できる)かどうかという所に大きな壁があります。運動好きではない人が諸般の理由で運動を中断した場合、それが解決していよいよ再開するというタイミングは・・・禁煙を開始するXデー同様に自分で決めて第一歩を踏み出さねばなりません。本当は、禁煙開始でも運動再開でも、別に「何月何日から」のXデーなんか決めなくてもいいと思います。「ちょっと今から歩いてこようかな」で始めればいい。翌日には面倒くさくてやらなかったとして、翌々日にまた歩いてみて・・・よほどイヤでなかったらそのうち少しずつ習慣が戻ることでしょう(禁煙も同じ感じ・・・何度失敗しても翌日からの再チャレンジを繰り返し続けていけばほぼ禁煙)。

そのきっかけが何であれ、せっかく一度は始めた運動ですから、こっそり(誰にも言わずにこっそり)再開してほしいと思います。するなら今、ですよね。

 

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運動と腸内細菌

スローカロリー研究会から発信されてたニュース記事です。

運動が腸内細菌を健康に がんリスクも低下 肥満・メタボの人は運動を

ウォーキングなどの運動をすると、腸内細菌叢が健康になり、がんのリスクが減少するという研究が発表された。運動により心肺機能を改善すると、腸内細菌叢に好ましい変化があらわれ、健康をサポートするのに役立つことも分かった。肥満やメタボの人は、がんを発症するリスクが高いことが分かっている。腸内細菌を改善しがんを予防するためにも、運動を習慣として行うことが勧められる。”(2023年01月26日発信)

先日、大腸ポリープ切除術を受けたときにその切除対象になるポリープ以外の大腸粘膜がほぼきれいで、もう10年以上存在していた4mmφレベルのいくつもあったポリープが消失していたことに驚きました。それがあったからこそ定期的に大腸検査を受けてきていたのです。きれいな大腸粘膜画像をモニターで眺めながら、「ポリープって消えることもあるんだ!」と感動し、「これはきっと腸内細菌叢が変化したからに違いない」とずっと続けて飲んでいるR-1のおかげだと推測したのですが、もしかしたら毎日地道に続けているウォーキングの成果である可能性もありそうです。

はい、どちらも続けましょう。
 

 

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「感謝」の真意

先日、フェイスブックを眺めていて、ある人の文章に目がとまりました。組織の中で一番大切なのは「感謝」の気持ちだ、という話。上司が、部下に仕事を頼んだとき、そこに「感謝」の気持ちがないと、あら探しをしたりダメ出ししたりしてしまう。「感謝」の気持ちを持っていれば、そんなことは決してない。組織が成長できるのは、「感謝」のできる人間が集まったときだ、と。

「感謝」の重要性は20年以上前からわたしの耳にも入ってきて、知識としては理解できていました。毎朝、仏壇で手を合わせるときにも「ありがとう」という言葉を何度も口にしました。思い当たる人の一人一人に「ありがとう」と云いましょう、という本を読んで。それが素晴らしいことだと分かりますし、それを済ますと気分は良い。仕事でも、若いスタッフに何をしてもらっても「どうもありがとう」という言葉を口にするようにもしています。妻に何かしてもらっても必ず「ありがとう」と云うのが口癖。

ただ、それでも、「感謝する」という気持ちを持つことの真意は本当は理解できていなかったのではないかという気がします。それが、この人の文章を読んでいて、「ああ、これか」とどこかで合点がいく自分を感じました。自分の人生に関係するすべての人の行動のひとつひとつが、今の自分を形作ってくれています。「感謝」は形でするものではなく、ココロでするもの。昔は意識して「ありがとう」と云っていた自分が、最近は無意識に「ありがとう」と云っている。周りのひとりひとりがお願いしたことをきちんとやってくれて、相談したことにきちんと答えてくれたから、今の自分があることをココロからきちんと分かっている。そんな自分って、大人になったな、とこっそり思う。他人に仕事を任せられると云うことは、自分が大人になったということ。他人を信じられると云うことは、他人のするひとつひとつに感謝できているということ。

うん。なんかこの感動をうまいこと表現できないから、これでやめます。とにかく、すべてのことに感謝できるようになりました。

 

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「牛になれってことですね」

「なるほど。牛になれってことですね。」

逆流性食道炎の自分の経験から、「飲み込みかけたものを『おぇ』って戻して再度噛むとすこぶる胃の調子が良くなった。3回くらい繰り返すと完璧だ!」と助言するようにしていますが、それを聞いた受診者さんが、奇しくも二人続けてこう答えたのです。

「違います!牛の”反芻(はんすう)”は一回胃に入れてから簡単に消化したものをもう一度戻して噛み砕く作業でしょ」・・・せっかくウイットに富んだうまい云い方をしたとご満悦な受診者さんがちょっと顔を曇らせるのを確認しました。ほら、わたし、いけずだから(笑)。

まあイメージ=「牛」でも全然かまいませんが、放っておくとベルトコンベアに乗った回転寿司のように喉の奥に流れて行ってしまいそうな食材を、「おぉっと危ねぃ!」とばかりに吸い込まれる直前に引き戻してから「まちっと味わう」という作法をこっそり身に着けることをお勧めしているわけです。わたしのような典型的なバキューム食い男ですら”噛み尽し”の魅力にハマってしまったのですから。

「第一、牛になったらいかんでしょ! 食ってすぐに横になって牛になるのが逆食には一番イカンのですから」・・・最後に完全否定でとどめを刺しておきました。せっかくわたしの”極意”をこっそり伝授してやったのに「今日、先生から『牛になれ!』て云われたよ」なんて笑い話にされたらたまったもんじゃないから(ま、これでも結局、はなしの種にされるんだろうな、自分でもこうやってネタにしているんだから)です。

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