日記・コラム・つぶやき

萎(しお)れの現実

「最近、すごく痩せたんじゃない?」・・・先日、1年ぶりくらいに会った中学時代の同級生にそう云われました。

何云ってんだか・・・きっと前回会ったときの方がはるかに痩せていたはずですよ~。なぜなら、ここ1ヶ月で急にお腹がひっこまなくなったので、危機感を覚えていた矢先のことなのですから。その日も、最初はポロシャツをズボンの中に入れていたのですが、ズボンがパンパンで見苦しいのであえてシャツを出してカモフラージュしていたのです。

腹が出たのに、傍から「痩せた」と思われるのは、(認めたくない事実ですが)つまり「萎(しお)れた」ということです。実際、おそるおそる体重計に載ってみても体重はさほど増えていませんでした。洗面所の鏡の前でポーズをとってみても、まあそれなりに見れないことはないと思いました。ただ、クビレがない!腹が出たというよりも引っ込まなくなった。そして、脇腹と腰が出た(つまり「ズン胴」)。太ももの脂肪を除けば、手も足も決して太くはありません。首筋も細い方だと思います。だから痩せて見えたのでしょう。

これがまさしく老人体型なのです。悲しいことばです。服をきている限り目立たないけれど、立っているとついつい背中が曲がり、下腹を突き出さないとバランスが取れなくなるのです。膝が曲がり、O脚になっていくのです。躓(つまず)きやすくなり、目線が落ちてくるのです。・・・あ~やだやだ!

これくらいグチを並べておけば大丈夫でしょう。現在、第何回めかの肉体改造の序章に取り組み始めたところです。次はどんな身体になるか、乞うご期待!・・・とか云いながら序章で滑走停止にならんようにせねば。

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タイピング・ミス

以前から気になってはいましたが、最近頓(とみ)にひどくなった気がします。

こうやってパソコンで文章を打つのに、何度打ち直していることか?打ち直しても打ち直しても同じ間違いをするのは、ボケ爺のようでちょっと情けなくなります。しかも昨年あたりの悩みと根本が違ってきているのは、ブラインドタッチではないわたしのタイピング・・・ちゃんと「u」を見て打っているのに打たれたのは「i」だったり、「m」のはずが「n」だったり、それを何度も繰り返すということは、頭(目)の指令がきちんと指先に伝わっていないということに他なりません。「それを『年寄り』って云うんだよ」と妻にバカにされるので、まだ誰にも明かしていなかった悩みです。

さらに促音(っ)の抜けや助詞(を、の、に)の抜けが目立つ目立つ!いらない音を加えてしまって妙な漢字変換を促してしまったり・・・グチばっかり・・・あ~きびしい~現実です。めげずに毎日リハビリタイピングを続けていきますので、長い目で追いかけてやってください。

最近、妻にも記憶欠落が出始めてきました。自分たちの間でおきた些細なエピソードを、完全にすっぱり忘れていることがチラホラ出始めました。わたしの10年前と同じ感じです。ただ、自信家の彼女はそれを認めようとせず、すでに記憶に自信のないわたしは強く否定することもできません。どっちも呆けていく中、なんとか正気の時間を長く引き延ばすためにも、タイピングや執筆活動はそれなりに大切なのだと、自分に言い聞かせております。

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降格

わたしが入れ込んでいるサッカーJ1の某チームが、健闘空しくJ2へ降格することになりました。昇格して7年、今年が一番充実した試合を繰り広げて、観ていても面白い試合展開ばかり。上手くなったなあと感動しました。でも、勝てなかった。勝てないと、いろいろな軋轢が生じ、社会的な批判にさらされ、金の問題云々のウワサや疑念が先行し、純粋に選手たちに夢を託して応援を続けるサポーターを重い気持ちにさせました。もっと本来のプロスポーツ選手のパフォーマンスだけを観ていたいのですが、現代社会はそれを許さないのだなと痛感しました。

J1に昇格した年、スターのいない田舎チームは最終節に引き分けてやっと残留を決めました。3年目は夏の段階で降格100%決定と覚悟しました。あのときが一番寂しくて辛かった気がします。救世主の監督が天から降ってきて奇跡の残留を果たしました。5年目も夏の時点で降格濃厚でしたが、今度は救世主の3選手が風とともにやってきて残留を決めました。そして7年目の今年。・・・2年ごとに危機と奇跡がやってくるこのチームには本当に心配を掛けされ通しでしたが、必ず救世主がやってきてミラクルを起してくれるのでした。・・・でも、今年はダメでした。いつかは来ることなのでしょうが、それが来てしまうとやはりずっしり重いものがあります。

自分が何をするでもなく、自分が資金投資した会社が潰れたのでもなく、日常生活は変わりなく進んでいくものなのに、まったく新しい世界への不安が押し寄せてきます。きっとこれもまたわたしには意味を持った大きなご縁なのだと思うことにしました。そういう経験のない人にはまったく縁のないことでしょうが、サポをしていて良かったと思える日が必ず来ることを心から祈念して、これからも応援を続けたいと思います。

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格言集

健康の講演をするときにわたしはよく標語を作ります。

「三つ子の魂、いつまでも。」とか、「食べない努力より作らない勇気!」とか、「ゾウはネズミを食わない。」とか・・・。このブログタイトル「やせればいいってもんじゃない」もそんな中のひとつです。以前、そんな標語に挿絵を描いてくれないか?と、あるスタッフに話を持ちかけたことがありました。色紙のように絵標語にしてスライドを作ろうかと思ったのです。わたしは彼女を「画伯」と呼びます。絵が上手いとか下手とかいうのではなく、その感性がわたしにないものなのです。それでそんな依頼をしたのですが、お互いに忙しくてそのままになっていました。

「先生、あの挿絵を描いてみようという気がしてきたんですけど、格言集はまだありますか?」・・・突然、彼女からそんなメールが届きました。わたしもすっかり忘れていたことですが、画伯が閃いたときに描いてもらわないと次はいつになるかわからないので、標語を集めた「格言集」のファイルを昔のフォルダから何とか見つけ出してきました。

ただ、それをあらためて眺めてみて、何か心がときめかないのです。「どうです?いいことばでしょ?」・・・当時はかなり気に入っていたのに・・・時がことばをそんなに色褪せさせてしまったのでしょうか。それとも自分の心が色褪せてしまったのでしょうか。どちらにせよ、わたしは到底「相田みつを」にはなれないな、と思いました。

でも、彼女に挿絵は描いてもらいたい。何か健康のための簡単な読本が作れたらいいな、と思うから。大急ぎで、それ用に新しい標語を考えてみましょう。

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星占い

新聞やテレビの星占いはそれなりに好きです(雑誌のは月極めですが、新聞や雑誌は毎日なので)。・・・星占いなんて信じない、という人は今日は読まないでください。

最近は携帯サイトでも毎日占い結果が出てきます。そこで、もし自分の占い結果が、テレビと新聞でまったく正反対だったらどうしますか?

1.良い内容の方を信じる
2.悪い内容に影響を受けやすい
3.結局、可もなく不可もなくの日だと思う
4.今日は、何も信じられない日だと思う

どれでしょうね。むかし、地元新聞の新聞記者をしていた友人が「中央から配給されてきた占い結果の掲載すべき日付けを時々間違えることあるんだよね」と云っていた姿が、妙にトラウマのようにわたしの脳裏に焼きついています(20年以上前の話ですのであしからず)。それを考えると、どうせ占いを信じるなら良いことだけ信じたらいいんじゃん?という気はしますが、そう単純ではないのがわたしたちの心理です。

何でも影響を受けやすいわたしは、たぶん、ゆらゆら揺れる一日を過ごすのだろうと思います。もちろん、自信に満ちていた大学生のころは何でも1.でした。自信がなくなっていたころは2.でした。で、今のわたしは日によって違う心理状態の中で、結局無難な形でほどほどに意識しようとしているような気がします。自分が、できるだけ傷つかないように工面する経験値が上がったのでしょう。

やはり占いはうまく使わないと損。勝負の日(わたしにもいろいろあるんです)の朝に悪い運勢を見かけたときは、普通のことが普通に起きてもラッキーと思うようにしています。そう思っているだけで、その日の運勢自体があまり気にならなくなるものです。

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初心を想う

機会があって、古い友人にわたしのブログを紹介しましたら、ありがたいことにヒマを見つけてバックナンバーを読み耽ってくださっていると聞きました。

「最初から読みたいんだけれど、どうしたらいいんですか?ワンクリックくらいの簡単な操作でむかしの記事が見れますか?」・・・先日、そんな質問をいただきました。そんな複雑な操作は要りません。単なる一枚の巻物になっているだけですから、トップページを一番下まで引っ張ってスクロールすれば2007.12.28の第一回目が出てきます。

せっかく思いついたことばを文字に留めておくだけでなく、多くの人に読んでいただきたいと思ってブログを始めました。もともとは年4回の広報誌の投稿だけでは書きこなせない思いを、忘れないうちに書き留めようと焦っていましたので、こぼれ落ちるように書きました。そのうち医者であることを忘れて自分の人生のカミングアウトを始めるうちに自分や家族をみつめる機会ができました。今、この文章を読んでいただいている皆様はなにかのご縁でたまたまたどり着いた方も多いはずです。そんなとき、できたらブログを始めたころの想いを読んでいただきたくて、わざわざ重くなるのを覚悟で999件までトップページに載せられるように設定しました。

久しぶりに、初めから読み直してみました。最近は若干惰性で書いている感が否めず、そんな自分にときどき自己嫌悪し、ときどきこっそり過去記事を推敲したりしているのですが、当時の文章を読むと自分でも心が深くなっていきます。自分がむかし書いた文章を読んで思わず涙するって、どうよ?退(ひ)いちゃうよね~と云われそうですが、でも是非最初のころのわたしの思いも、時間があったら読んでみてください。

もう一度、初心に戻って、感じるままの文章をこれからも続けることにいたします。

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静かな夜

わたしがテレビを点けなくなったのはいつ頃からでしょうか。最近、ひとりのときには、よほど見たいスポーツ番組がない限り、ほとんどスイッチを入れません。一方、うちの妻は、起きたらすぐにテレビのスイッチを入れます。だから、家に居る間中必ずテレビが点いています。テレビ番組に面白いものがないと思ったときには、録画していた韓流ドラマを観ています。音がしないと落ち着かないのだそうです。

先日、妻が数日間旅に出ました。わたしは我が家のワンたちと一緒にひとりで留守番をしました。・・・それは、とても静かな日々でした。<ブーン>という熱帯魚の水槽の音が家に響きます。ソファの陰で居眠りをしている老犬の溜息と寝返りをする音が聞こえてきました。空気清浄機が突然動き始めたりします。日頃聞きとることのないそんな音をバックに、ときがゆっくりと流れていく気がしました。

若いときはまったく気になりませんでした。まるで聖徳太子のように(は、ちょっと言い過ぎか)テレビを見ながら、論文や手紙を書き、本を読むこともできました。でも、今はダメです。テレビの音が流れている限り、読んでいる本は字面だけ追いながら何度も同じページを行ったり来たり・・・まったくアタマの中に入ってきません。ブログの文章ですらグチャグチャです。作家が執筆活動のために温泉宿に缶詰になるという話を昔から良く聞きますが、そりゃきっと捗(はかど)るだろうな!と思わないでもありません。

ただ・・・玉に瑕なのは、ゆったりとした時間は、眠くなる。微睡(まどろ)みの時間を楽しみながら、結局読みかけの本のページは前に進まず、書きかけの原稿は始めたときのまま・・・だったりするのです。「それもまた楽し!」と自己弁護。

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糸井重里

先日あったゴルフコンペで、一緒に廻ってくれたキャディさんが、私を見ながら云うのです。

「お客さんは『糸井重里』さんに似ていますね!」

「へ?」・・・一瞬、耳を疑いました。そんなこと初めて云われたからです。わたしは若いときからずっと『ベンガル(東京乾電池)』似だと、思っていました。それは自他ともに認める事実でした。他にも『小錦』だとか『石原裕次郎』だとか『若貴のお兄ちゃん』だとか『風間杜夫』だとか云われてきましたが(全然統一感がないといえばないんですが)、でも『糸井重里』は初めてでした。

予想だにしない名前だったのに、「ねえ、『糸井重里』に似てますよねえ?」と同じ組のメンバーにキャディさんが聞いた返事は、「・・・ああ、ホントねぇ。確かに似ちょる!」・・・その返事にまたまた驚きました。納得いきません。帰ってから妻に聞いてみました。「あ、なるほど。それ、何となく分かるわ」げな。若いときからずっと顔を合わせてきた人に云われるとなると、そりゃ認めざるを得ないのでしょうが、でも、そうなんかなぁと、まだまだ不満です。別に糸井さんが萎(しお)れたジジイだとか、嫌いだとか云う話ではありません。彼は、ジャンルがまったく違う(と思われる)骨格の御仁なのです。

考えました。しゃべり方かな?とか、胡麻塩頭になったからかな?とか。・・・でも、単にわたしが歳をとってきて、カラダ全体が萎(しぼ)んできたからなんじゃなか、という結論に達しました。そう思うと、返って妙に感心しました。この際、あの文化人的コピーライトの発想も一緒に似るようにならないかなぁ、と思うのであります。

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女郎蜘蛛

庭の落ち葉を掃いていたら、あちこちで蜘蛛の糸があたまに絡んできました。

鬱陶しいなあと思いつつ、目を上げてみたら、驚くほどあちこちに蜘蛛の巣が張られています。庭中の木々に糸が絡まっています。冬が近づいたせいなのでしょうか?「うちは蜘蛛屋敷か!?」と慄(おのの)いた次第です。

ものすごく繊細に張られた大きな巣の真ん中には女郎蜘蛛のような大きくて鮮やかな色をした蜘蛛が鎮座しています。腕を組んで胡坐(あぐら)をかいているように見えます。そのすぐ横には、形が中途半端ながら曲がりなりにも獲物は捕まえられそうな巣を構えた、ちょっと不器用な小さな蜘蛛もおりました。ちょっとオドオドしているように見えます。よくみると、庭木の枝の先から電線にまで糸を伸ばした蜘蛛の巣もできています。我が家の二階のベランダの壁にも伸びています。ああいう上向きに伸びた蜘蛛の巣はどうやってできるんだろうな?などと考えながら眺めました。

電線や家の壁にまで広げた蜘蛛の巣の方がダイナミックで、新境地を切り開いているんだろうな、などと最初は考えていましたが、もしかしたら逆?天空に糸を伸ばしていった連中は実ははぐれ者で、一番の特等席をあの女郎蜘蛛が奪い取り、その周辺から場所取りが始まり、最後に弾き出されて行き場がなかった連中が、上に伸びるしかなかったのでは?第一、あんな天空にか細い糸を張っても、獲物は簡単には捕まらないっしょ。

なんとなく弾かれ者が不憫になって、特等席の女郎蜘蛛の芸術的な巣を端から全部切ってやりました。さすがに慌てているようでしたが、やはりチンピラの動きとは違って、それなりに落ち着いておりました。

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ちょっとだけ違うことば、まったく違うニュアンス

ある健康番組に出ていた若いお母さんが云いました。その日のテーマは、クーラーの中のカビの健康被害について、でした。

「うちの子のお友達がよく我が家に遊びに来るんですけど、そのお友達がうちでよく変な咳をするんです。だから、大丈夫かなと思って・・・」

そのお友達がうちのクーラーのカビを吸い込んだんじゃないか?と、そのお友達の健康を気遣っているのかと思いきや、全然違うんですね。たまに来るお友達があんなだから、ずっと住んでいるわが子は大丈夫だろうか?・・・そういう「大丈夫かな」なんですって。「今どきのお母さんはみんなそんな感覚なんだよ。他人よりまずわが子!」と吐き捨てるように横から補足するのは小児科クリニックに勤めるわたしの妻。

「ルック!○○、いつも見てま~す。毎晩、○○を見ると一日が終わった気がしま~す!」・・・ある若者がテレビ番組のPRインタビューで答えていました。後ろ向きに座ってうちのイヌのブラッシングをしながら聴いていたわたしは、思わず「ぷっ!」と吹き出してしまいました。

「それを云うなら、『○○を見ないと、一日が終わった気がしません!』だろ!」

おまえ、全然違うこと云いよるんぞ、分かっちょるんかしら?・・・というか、本人が恥をかくことなのだから、インタビューを収録したテレビ局の人、なんで誰も注意しなかったんだろう?「それもまた面白し!」っていう、逆手の意図なんだろうか?

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残された人生

「夫は、去年の12月26日に亡くなりました。」

毎年、寄り添うようにして人間ドックを受診してくれるある開業医のご夫婦がおられましたが、今年は奥様だけが受診されました。やつれきった奥様の姿が、この半年間いかに大変だったかを物語っていました。個人開業の院長が亡くなったのですから、最愛の夫を亡くしたことに打ちひしがれている余裕はありません。今まで何も知らなかった膨大な事務処理のために不眠不休の日々を送ったのだと、受診結果の説明の時間に切々と語ってくれました。

「何しろ、いつも一緒でした。しかも毎月のように二人で山に登りました。お正月は外国の山に二人で行くのが決まりでした。彼はいつもタフで、しかもとても物知りで心から尊敬できる人した。・・・だから、一人残されて途方に暮れています。それでも感傷に浸るヒマもありませんでした。地獄のような日々でした・・・。」

頼もしい伴侶にすっかり頼り切っていたこれまでの人生が伺えます。そして一人残りました。一人で山歩きをする気にもなれず、食べたくもない食事を無理矢理口に押し込んでいいる日々だったと云います。

幸い、健診結果はほとんど問題ありませんでした。軽い弁膜症も耐糖能異常も昔と変わっていませんでした。彼女もその結果を聞いて、ちょっとニコッとしました。でも、彼女の人生はこれからなのだと思います。やっとすべての処理が一段落した今、急に気が抜けて何をする気力も湧かなくなるかもしれません。喪失感と不安感はこれから押し寄せてくるのかもしれません。わたしたちは相談をしました。「もう一度だんなさんと歩いた思い出の山に登ることにしませんか。でも、今の体力ではムリです。来年の春に登ることを目標にして、これから少しずつ体力をつけましょう。」・・・これからは、すべて自分の力で生きていく人生ですが、きっとだんなさんが見守ってくれるから大丈夫です。来年、いい知らせをお待ちしていますね。・・・そう云って別れました。

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左右対称はキライ

実家の墓参りに行きました。生憎(あいにく)熊本から花を持っていく余裕がなく、墓の近くのスーパーの花屋で調達しました。こういうとき、わたしは対になる花の種類を必ず違うものにします。一方にピンクの花を選んだら片方は紫だったり黄色だったり・・・。

きっちりと左右に同じものが填(はま)ってないと落ち着かない性格だったわたしが、いつからそうなったのかは忘れてしまいました。ただ、左右対称は面白くない。こじんまりと安定するけれど特徴が出にくいと思うようになったころ、そんな面白くない、特徴のない自分がイヤになって、何とか自分を変えてみたいと思ったことを思い出します。決して奇をてらうのではなく、「こう落ち着くのが当たり前」と思われている既成概念を、本当は変えられるのではないか?もっと面白く活かせるものができるのではないか?いちいちそう考えるようにしてみたのです。いつも一度は必ず違う角度からもモノをみてみようという姿勢をとるようになったら、見えてくる世界がどんどん大きくなってきました。

陳腐はキライ!

シャイなわたしは、決して目立ちたいとは思いません。でも、「当たり前」のものを「当たり前」で終わらせるのはイヤなのです。

だって、お墓にお供えする花は、左右対称じゃなくてもちゃんと落ち着くものなのですから。

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言い訳

ある日、福岡の親戚が訪ねてきたので、近くの寿司屋に出前を注文しました。熊本では有名は老舗の寿司屋です。

20分ほどして持ってこられた料理は一品だけ足りませんでした。早急に持ってきてくれるようにその場で連絡してもらいました。その品が親戚の注文したものだったのです。ところが待てど暮らせどやってきません。電話をしても文字通りそば屋の出前状態のつれない返事です。お客さんの料理が来ないのにわたしたちだけ食べるわけにはいきません。さすがに堪忍袋の緒が切れました。「もういい!バカにしているのか?もう持ってこんでいい!」といって電話を切りました。家の中に重い空気が充満しました。状況から想像するに、バイトのお兄さんが近くまできて場所がよく分からずうろうろした挙句に戻っただけだと思うのです。それらしいバイクの音が家の横を通り抜けましたから。

小一時間してから店の人が菓子折りを持って詫びにやってきました。ただ只管(ひたすら)頭を下げます。
「遅くなった理由を教えてください。」と切り出すと
「何も言い訳は申しません。全く私どものミスでございます。」
「怒っているのではありません。ただ理由を知りたいだけですから本当のところを教えてください。持ってきた人が道がわからなかったのではないのですか?うちは道が入組んでわかりにくいから・・・。」
「何も言い訳は申しません。どうも申し訳ありませんでした!」

・・・この異常なまでの一点張りの返事はなんなのでしょう?これがこの店のマニュアルなのでしょうか?それとも経験上頭だけ下げておくのが一番丸く収まるという考えなのでしょうか?誰が考えてもこの対応はまとまるものをまとまらない方向に向かわせるだけだと思うのですが・・・。もちろんわたしは、持ってきた菓子折りをつき返して追い返しました。その後一度もこの店から寿司はとっていません。

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ボスのメモ

休憩室でナースが話しているのを、弁当を食べながら聴くでもなく聴いていました。

学会の発表原稿のチェックを上司にお願いしたらいくつか訂正の指示が返ってきた。帰ってから訂正しようとしたら、どこだったかわからなくなったので全然違うところを変えてしまった。でも、上司の方もどこの訂正を指示したか良く覚えていなかったらしく、結局そのまま合格になった。

というものです。聴きながら、先日13回忌を迎えたわたしの元上司のことを思い出しました。忙しい職場でしたが学会活動も盛んで、大きな学会に毎年各自必ず2演題以上を出すのがルーチンでした。ボスとその打ち合わせをするのはいつも早朝です。7時からのカンファレンスの前なので5時半ころに約束をさせられたりしました。

今回はどんなテーマにする?どうアプローチする?こういうのはどうかと思うんだけど・・・「アイデアが勝手に湧き出てくるんだ」と云っていた彼らしく、研究テーマのアイデアは次々と出されてきました。彼の最大の特徴は、具体的に話し合いながら自らの考えをまとめていくかのように事細かに原稿用紙にメモをすることでした。目的や対象、その方法、そしてこれからのスケジュールなど・・・この限られた時間の中でそんな細かいことまで書かなくても、と思うようなレベルまで書きました。そして最後に「1部コピーしてボクに頂戴」と云って、その数ページに及ぶ厚いメモを渡してくれるのです。

ところがこのメモがすぐに本領発揮しはじめます。いざ始めようとしたとき、「さて何を何のためにするんだったか?」ちょっと不安になります。なにしろ似通った内容の研究を同時進行で複数進めていくのです。そんなときにこのボスの書いたメモを読み直します。即座にスッキリと頭の中が整理されます。ときどき行う中間報告のときにもそのメモを基に話しますので、冒頭に書いたナースのようなことは起きません。

彼のあの手書きメモこそが、わたしたちの学会発表の原動力になっていました。

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ムリっ!

最近流れている、ある住宅会社のCMが気に入っています。部屋でうたた寝している女性(上野樹里)の前に、テレビの中から羊の子どもが飛び出てきます。

「ひろ~い、人間にはもったいなくない?」
「もったいなくない・・・。」
「あ、そうだ、親を呼ぼう!」と携帯を取り出す彼。
「なんで?」
「心配するから。呼んでいい?」
「・・・ムリっ!」

この、「・・・ムリっ!」が好きなんです。元々準備された台詞であれ、アドリブであれ、全くわたしの発想の中に存在しないことばだったので、ビビンと響いてしまいました。一般のオヤジであるわたしが考えるなら、それが日常会話であれ、脚本家として書くのであれ、「呼んでいい?」の答えは「ダメ!」か「勘弁して!」であって、「・・・ムリっ!」は絶対出てこないなと思うのです。これが今の若い子たちのことばの発想なんだろうな、と素直に感心します。ここで上野樹里に云わせるなら、やっぱり「ダメ!」より「ムリ!」の方が良いよな。

もう少し、ボキャブラリーを増やす心の旅に出かけたいものだな、などと思いながらこのCMを見ているのであります。

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植木鉢の中の雑草

先日、庭の草刈りをしました。我が家の庭にはたくさんのバラの花が植えられていますが、植木鉢に1本ずつ植えられたバラの木もたくさんあります。そんな植木鉢の中にびっしりと生えた雑草を抜きながら、考えを巡らせました。

植木鉢の中はとても小さな世界です。日照りが続くと、地植えの木と違って水をやらない限り自分で水を手に入れることはできない世界です。たまたまそこに生を受けた雑草たち。その小さな世界の主であるバラの木とともに、宿命的にここで儚い一生を終えるわけです。かわいそうになあ。地面で伸び伸びと生きている仲間たちと違って、人間の加護がなければ絶対生きていけない雑草なんて、きっと不本意だろうなあ。

と思う反面で、彼らがちょっと羨ましくもあります。地を這っている雑草たちは自らの力で水分を得る努力をしなければなりません。光合成だけでは生きていけません。でも植木鉢の中の雑草たちは、自分で努力しなくてもニンゲンが忘れない限り確実に水をもらうことができます(もちろん主であるバラがもらう分のおこぼれですが)。ニンゲンやイヌやネコたちが踏み散らすこともなく、天敵も居ない快適な環境で生きています。きっと、だから植木鉢の中の雑草たちはあんなにデカく成長しているんだろう。そう思うと、そんな人生も悪くないかな・・・と思うのです。

人間、ちっちゃく生きちゃダメだよ!<井の中の蛙、大海を知らず>みたいなちんけな人生を歩んじゃだめだよ!そう云われ、そう思って生きてきましたが、大海を知ったから自分がちっぽけだと云うことに気付くのであって、知らないままに自分が自信を持って一生を全うするなら、そっちの方が「良い人生だった」ということになるのではないか?自分の人生、人と比べて大きいとか小さいとか考える意味はあるのだろうか。・・・そんなことを考えながら、根こそぎ抜き取ってやりました。

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5分早くなった!

自転車通勤を始めて1年になります。職場まで6~7km、約30分をかけて通勤していましたが、その所要時間が最近5分ほど短くなりました。

朝の街乗り自転車は、一生懸命こいでいる割に意外に時間がかかります。信号機であったり交差点に突っ込んでくる車であったり逆走高校生軍団であったりと、闘う相手が多いからです。とくに高校生たちは我が物顔で逆走するだけでなく、何人も横に広がって向かってくるので気が気ではありません。彼らには「一列になる」という発想がないようで、すれ違う時にはただ互いの距離を近づけるだけ・・・若いからできる技だ!と、いつも舌打ちをしながら走っていました。

ここ一ヶ月、そんなイライラがほとんどありません。障害物があまり障害物と感じられなくなってきたのです。すれ違う高校生たちの数も、車の数も、ほとんど変わりはありません。変わったことといえば、<闘わなくなったこと>でしょうか。意地になって守っていた「自転車は左側通行!」にこだわらないことにしました。信号機が赤なら反対側に渡ればよい。「反対側走ってるんだから、おまえらが避けろ!」と意地で張り合っていた陣地争いもやめました。「交通ルールを守れない若造に媚びを売れるか!」と闘っていたころと違って、彼らのルールの流れに従ったらどうということなく隙間ができました。とっても楽な通勤です。

これは、人間つき合いのすべてに通じる真理だな、と思いました。<力を抜いてちょっとだけ引いてあげることは必ずしも敗北にあらず>というところでしょうか。

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藻器堀川(しょうけぼりかわ)

くまもと「水」検定公式テキストブックの65ページに「藻器堀川(しょうけぼりかわ)」というのがあります。もう熊本の生活も長くなりますが、わたしも初めて聞いた名前です。長嶺町に水源があり、保田窪本町から帯山西小学校、渡鹿、水前寺駅南、水前寺公園(水前寺成趣園)鳥居下と続いて、電車通りをくぐって江津湖へそそぐ約8kmの儚い流れなのだと書かれていました(ローカルな話ですみませんが、わかる人にはわかる地名です)。妻の話では、昔はかなりの暴れ川だったそうです。

わたしが食いついたのは、実は名前の由来になった「藻器(しょうけ)」ということばです。「しょうけ」・・・ばあちゃん子だったわたしが農繁期にばあちゃんと二人で田舎に帰ったとき、よく聞いた単語です。「そこん、しょうけん中にとうきびがあるけん、食べちょきよ」(そこの、「しょうけ」の中にトウモロコシがあるから食べておきなさい)・・・「しょうけ」とは「しょうけ」。ん?何なんだろう?と思って調べたら、正式には<竹で編んだザル>のことらしい。妻は「しょうけ」ということばを知りませんでした。都会っ子だからなのか?それとも大分の方言なのか?と悩んだことがあります。

「藻器堀川」の場合は、水が川底にザルのように染み込んでしまうからとか、国分寺の塩桶を洗っていたからとかいう説があるのだそうです。「しょうけ」は<「塩受け」からの転>って載ってますから、「塩桶」つまりそのザルで塩を漉くって洗ったのだろうかしらとか想像します。貴重品だった塩に関連することばは、やはり水の世界にはついて廻ります。塩といえば「塩九升(しょくじょう)通り」・・・これは大分です。長浜様です。

ちなみに、簀(す)のように編まれた桶=簀桶(すおけ→しょうけ)という説もあります。

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冷却時間

わたしの職場で定期的に発行している広報誌にコラムを書かせてもらっています(このブログにも勝手に転載しました)。ありがたいことに、読者の皆さんには意外と好評らしく、内容も任せられたままに毎回好きに書かせてもらっています。

実は次の広報誌の原稿締め切りは8月15日ころだと云われていました。「マスク小僧たち」(2008.6.25)をモチーフにしてコミュニケーションの話を書こうと数ヶ月前から考えていました。ところが、eGFRの基準値論争が起きたとき(「健診医の仕事」2009.8.13)、急に考えが変わりました。全体がガン予防の方向に向かおうとしているセンターの方針が面白くなかったのも手伝って、病気の考え方~一次予防のあり方について、この機会に自分の想いをコラムに書きたいという気持ちがムラムラと湧きあがってきました。「検診と健診」(2008.3.18)や「3Dアート」(2009.8.14)や「船の舵取り」(2008.6.22)や、元になる心はこのブログの中にたくさんあります。ですから、文章は一気に書きあがりました。

ところが、何かと忙しかったのでしょう。いつまで待っても編集委員から原稿の催促がきません。そんな中で、先日何気なくその原稿を読み返してみました。愕然としました。文章にはメラメラとした怒りが感じられたのです。健診とはこういうものだ!どうしてみんなはそんな古い考え方しかできないんだ?だれもわかってない!・・・そんな想いだけが表に溢れ出ていました。読んでみるに付け魅力のないしらけた文章だと思いました。発行が遅れたのはラッキーだったかもしれません。勢いでこんな文章を出さなくて良かったと思いました。早速、その原稿を破棄して、大急ぎでまったく違う文章を書き直しました。

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AO入試

学会で上京していたとき、ホテルで読んだ読売新聞に「AO入試」ということばがでていました。全く聞きなれない用語です。私たち夫婦には子どもがいませんし、仕事も関連がないので、大学入試のことなど全く知りません。なにしろ「センター試験」ということばすらよく理解していません。

ですから、もちろん「AO入試=アドミッションズ・オフィス入試」なんて、一層何のことかわかりません。なんでこんなところで意味の良く分からない英語の、しかも略号を正式な使い方にする必要があるのだろうか?天下の読売新聞のど真ん中に<AO入試>を見出しに使っているということは、特殊な一部の用語ではないのだろうな、などと感じながらちょっとだけ読んでみました。むかし、亜細亜大学の「一芸入試」が話題になりましたが、あれもそんなAO試験のひとつだとわかって少し理解しました。でも今は大学入試の半分くらいがこのAO入試を取り入れているという記事には、本当に驚きました。

大学の教育理念に、受験者の個性や適性や志望理由を照らし合わせながら合否を決めるというのは、両者にとってとても理想的だと思うんですけど、どういう選択基準を持つのだろう?とか、そんな方法で入学した学生諸氏は、総じてちゃんと勉学に励んでその大学の特性に合った大学生生活をきちんと全うできているのだろうか、などの疑問が、何となく浮かんできます。

大学入試って、全然興味も縁もなかったのですが、知らない間にまったく変わってしまったんですね。凄いなあ。

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やっぱり危ないんじゃないかな

先月のある週末の昼間に、熊本で凄惨な列車事故がありました。ある二十歳前の若いお嬢さんが小さな踏切で列車にはねられたのです。1時間に数本しか走らないローカルの電車に自転車に乗ったままはねられ、即死しました。

実は彼女は近くのアイスクリーム屋さんにおつかいに行く途中でした。そして彼女は、自転車で行くにあたっていつものようにi-Podを聴いていました。そうです。彼女はイヤホンで音楽を聴きながら快調に自転車を走らせ、たまたま(わたしの言葉で云えば「宿命的に」)小さな踏切を渡ろうとしたのです。イヤホンは、電車が近づいてきたことに気付くのを決定的に遅らせました。スポーツインストラクターをしていた彼女は、春に他県から熊本に来たばかりでした。

自転車通勤をしていると、イヤホンで音楽を聴きながら自転車を走らせている若者をたくさん見かけます。わたしが後ろから近づいていることなど気付くはずもありません。周りに人一倍注意を払っているようにも見えません。危ないな!と思ったことは2回や3回ではありませんが、きっと若い彼らはきちんと反応できる自信があるのでしょう。でも・・・やっぱり危ないんじゃないかなぁ? わたしはよく歩きます。宴会の後に2時間近くかけて歩いて帰ることも珍しくありません。学会などで他の都市に行ったときは30~40分程度の距離なら必ず歩きます。そんなときにはよくi-Podを聴きながら歩きました。ちょっと若者と同じことをしてみたいから・・・でも本当に全く外界から遮断されます。それはとても心地良い世界です。でも、外界の真っ只中を移動しながら外界と遮断されることの重大さも実感しています。だから最近はあまり聴かなくなりました。

何か、運転中の携帯電話操作よりはるかに危ない行為のような気がしてなりません。高々10~20分程度の自転車移動にも音楽聴かなきゃダメですか?

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デジカメ

キー・スライドがスクリーンに映し出されると、真っ暗な学会場のあちこちで、数年前まであまり見かけなかった異様な光景が繰り広げられます。

突然、客席から5つも6つものデジカメがニョキニョキと湧き出てきて、そのどれもに同じ画が写って白く光っているのです。最近の学会では、参加者はすぐにデジカメや携帯のカメラを使って他人の発表スライドを撮影してしまいます。目の前の人たちが、黙ってすーっとカメラを掲げる姿はやっぱり異様で、いつ見ても慣れません。

便利になったものだなと思いますが、わたしは今でも相変わらずメモ用紙にボールペンで書き写します。まあ、デジカメ操作に慣れていないので、準備して構える前に次のスライドに移ってしまったりして、上手く使えないだけと云えなくもないのですが(昔、わたしのボスがワープロを使いたがらなかったのと同じだな、と思います)・・・。

そんな時代遅れのオヤジですが、オヤジの僻(ひが)みというだけでなく、この若い先生方を見ていつも思うことは、あの画像をちゃんと後で見直すのだろうか?ということです。写真を撮ることに一生懸命のようですが、録音はしていないはずです。スライドを後で眺め直すとしても、それでちゃんと内容まで思い出せるのだろうか?と、老婆心ながらちょっと心配になります。試験勉強のために友人のノートを必死でコピーしたのに、もうそれで満足してしまうのと同じになりはしないか、と。自分なりに注釈などをアレンジして、エキスだけをメモしているわたしですらあまり見直しませんが、それでも一度内容を理解した上で「書く」作業をしている分だけ思い出しやすいと思っています。試験対策にコピーするならわたしのメモをどうぞ!と云いたいくらい。

こんなことを書いてみましたが、読み返してみるとやっぱりこれはただのオヤジの僻み・・・かな。

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洋式便器vs立小便

「男子は洋式便器のどこを狙って小便すべきか」

ある知り合いの医師がそんなコラムのコピーをくれました。何でそんなものをくれたのかよくわかりません。トイレでアンモニア臭がするのは、もちろん便器に当たって飛び散ったおしっこが壁や床にくっつくからです。そのコラムは、わざわざINAXの工場にまで取材に行っていました。おしっこの飛び散りについてはすでに7~8年前に研究が済んでいるそうです。一番飛び散りが少ないのは、便器の手前の縁ギリギリのところで、もっとも多いのは奥の部分。結局「立って小便をする場合はトイレの水面を狙うことをお勧めします。・・・和式トイレも奥の水が深い部分を狙うのが一番いいでしょう」とのことです。ただ、一番良いのはやはり「座ってする」だそうです。そもそも洋式便器は男性が立って小便をするためのものではない・・・たしかにそのとおりですね。最近、勢いも落ちてきたし、排尿後失神も心配だから・・・そんなことを考えても「小便は座ってする」が一番かもしれません。

ちなみに、立ち小便専用の縦型便器の場合は「下から4、5cmの壁を狙う」が正道らしいです。ターゲット付き(ハエの絵とか的の絵とか)なら、ちょうどその位置にマークがあるのだそうです。そしてさらに「一歩前へ!」・・・公共の便器の前によく書かれている日本全国共通の標語です。最近うちの病院の小便器にマークがつきました。飛び散り防止のために誰かがつけたのでしょう。ただうちの病院の便器は上のヘリが飛び出ている(蓋がある)ので、便器の前に立つとマークが見えません。一歩前に出ようものならなおのことです。見たかったらかなり離れないと・・・あれはどう考えても逆効果でしたね。

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ゆるやかな朝食タイム

日頃から朝食をとらない習慣のわたしですが、先日学会で上京した際には旅行パックに朝食が付いていたので食べてみました。以前は食券をもらっても頑なに拒んでいましたが・・・最近ちょっと卑しくなりました?

学会場に出かけるまでにはまだ十分な時間がありました。せっかく時間があるので朝食をゆっくり食べようと思いました。出された魚料理の量も手ごろでしたし・・・。わたしの隣りの席の男性は朝刊を読みふけっています。反対側の席の男性はコーヒーを飲みながら何か思索しているように見えました。わたしも、そんなゆったりとした朝の時間を過ごしてみようと思いました。ところが、日頃からそんな習慣がないわたしには、これがなかなかむずかしいのです。ぼーっと窓の外の街を眺めたり、遠くの席に座っている人を観察したり、そんなことをしながら時間を潰そうとしましたが、かえって苦痛になってきました。「このタマゴ焼きはおいしいなあ」などとひとりで感動しながら一切れのタマゴ焼きを味わってみることの、なんとむずかしいことか・・・結局10分後には自室に戻っていました。

ひとりで食事をとることは、身体のためには良いことではないのかもしれません。もっと「ながら食事」をするのが健康的なのでしょう。でも、わたしは他人にペースを合わせて食事をするのが苦手で、基本的にひとりで黙々と食べ余韻に浸ることなくさっさと席を立つのが常です。その場が混んでいたらもちろんせわしなく出て行きますが、ゆったりと空いていてもかえって落ち着きません。

隣りの席の男性が新聞をたたんで席を立ちました。彼のようなゆるやかな朝食タイムの過ごし方に、いつまでも憧れ続けるだけのオヤジでした。

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ホテル

先日久々に東京に出張しました。旅行社のパックに付いているホテルなのでいわゆる格安ホテルではありませんでしたが、やっぱり東京のホテルはお風呂が狭いです。ひいきのJ1サッカーチームを応援するために毎月泊まる大分のWホテル(ここも決して広くない)と比べても、決定的に狭いと思います。

それでも、別に誰かと一緒に入るわけでもなく、この季節ならシャワーで十分なので、今まではあまり気にしたことはありませんでした。ところが先日は、初めてその狭い風呂でちょっと閉口しました。いつものように朝風呂に入りました。ちょっと動いたら背中が壁に触りました。超冷たい!ヒヤッとして心臓が止まるくらい驚きました。これだけ狭いのだからもちろん今までだって触ったことは何度もあったのに、こんなに驚いたのは初めてかもしれません。シャワーなので、立ったままで足の指の間を石鹸で洗おうとしました。片足立ちが安定せず、すんでのところで前に転びそうになりました。滑るバスタブですから転んで頭を打ったら・・・と思ったらゾッとしました。

若い頃とまったく同じ広さのスペースなのに・・・明らかに狭いのです。それを実感するのです。これが「歳を取った」ということなんだろうなと思いました。きっと若い人たちには全然理解できない感覚でしょうか。もう若くはない自分に愕然とし悔しがることよりも、むしろ一人で泊まるホテルなのだからこれからしっかり気をつけなきゃ、と自分に言って聞かせることを自然と選んでいる自分にちょっと驚き、ちょっとシャクでした。

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「20世紀少年」に重なるもの

昨日、「20世紀少年」最終章を映画館で観てきました。

全然興味はなかったのに、数日前に第二章と一週間前に第一章をテレビで観せられて(他に面白いものがなかったからという理由だけで)、最後が気になってしょうがなくなったからです。テレビ局の目論見にものの見事に嵌(はま)った感じです。

「くだらない!」と思う御仁もたくさんおりましょうが、わたしはこの話は総じて好きでした(原作マンガを読んでいませんが)。わたしの世代にドンピシャだったということも理由にないわけではありません。秘密基地、作りました。当時のいろいろが思い出されますが、きっとクラスメートの1人くらいは存在を忘れてる人がいます(自分がそれだったりして)。わたしもみんなで想像しながらあんな空想マンガを毎日書いていました。あれはどこにいったかなあ。

そんな思い出がある一方で、小学校時代の「ともだち」との付き合いは中学校に上がるときに途絶えました。中学校で地元に進学していないのです。高校や大学で一緒になった人もいましたが、結局お互いに尻込みして話すことは二度とありませんでした。自分の問題ではありますが、それはさびしいものでした。

ただ、昨夜はこの映画を観るべき日ではなかったのかもしれません。あまりに気持ちが悪いのです。昨日は衆議院選挙がありました。民主党圧勝の様子はまるで映画の中の「民友党」のように見えます。鳩山さんの演説に集まった聴衆はエキストラではありません。驚きよりも怖さを感じます。昨日は24時間テレビもありました。国民全員を巻き込むお祭りがまたまた映画とダブります。なんと、今の時点で募金が2億5千万円もあったそうです。何かがおかしい気がしてなりません。そして映画館は子どもたちで溢れていました。新型インフルエンザが蔓延する中でこんな無防備な(わたしもその一人)人ごみが何事もなかったかのように広がっているのでした。

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携帯電話

信号が赤になったので車を停めました。脇道から猛スピードで飛び出してきた大型トラックの運転席には、携帯電話を片手に楽しげに笑いながらハンドルを切っているお兄さんが見えました。その対角の歩道には、一心不乱に携帯メールを打ちながら自転車を走らせる女子高生もおりました。

最近よく見かける光景です。一体、法律ってなんなんだろう?運転中に携帯電話を触ると交通違反=6000円の罰金と違反点数1点というのが決まったのはいつだったでしょうか?もう5年も前の話です。どう考えても意味のない「ハンズフリー・グッズ」が良く売れました。始まったときにはかなりの数の運転手が捕まりました。でも、いつの間にかだれもが平然と携帯片手で運転しています。もしかしたらパトカーとすれ違っても、追いかけられないかもしれないと思うこともあります。

「自転車運転中の携帯電話使用禁止も定められました!」・・・先日出席した運転免許更新の講習会で、交通安全協会の講師は誇らしげにそう云いました。「でも」・・・わたしは手を挙げて質問したかったけれど、話好きな彼は時間をかなり超過していてみんなイライラしていたのでやめました。そんな規則を作ったといったって、きっと高校生たちのほとんどはそんなこと知らないんだと思います。講習会から帰る道すがらでも携帯少年の自転車を見かけました。

実のない法律が存在するのはしょうがありません。ただ、実体がない法律だということを、警察や交通安全協会の皆さんは素直に認めておいていただきたいです。少なくとも、実質は何も変わってはいないということを。でも、かといって狭い道の路肩で、大きな車に急に停まられるのも、それはそれなりにとっても迷惑ではあります。

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日々勉強

先日、中学時代の同窓会がありました。

その二次会で、地元で開業医をしている友人が、「勉強はあんまり関係なかったね」と云いました。彼の云いたかったのは、「学生時代の成績と社会人になってからの成功とは関係がないね」ということだったのかしら、と勝手に解釈しました。

ただそのことばを聞きながら、「いやいややっぱり勉強は大事だと思うよ、Fくん」・・・そう云いたい心境でした。学生時代の成績云々はどうでもいいことだとしても、やはり医者になってから(社会人になってから)は明らかに勉強した者勝ちだと実感します。日々勉強です。医業だけでなく、今の社会は勉強に勝るものはありません。経験も勉強ですし、極める遊びもまた勉強です。獲得した知識と経験に満足していたら、そんな輩はいとも簡単に取り残されてしまいますのです。

「もっと若いころに勉強しておけばよかった」という後悔は、たしかに少しはありますが、そんなことよりも、今現在、面倒くささにかまけてどんどんずぼらに生きている自分が気になっています。そんな何もしないままに過ぎゆく日々に、本当は相当な不安と焦りを感じているのです・・・。それを再確認させてくれた友人でした。

と、こんなこと書いているヒマがあったら、勉強しなさい!

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覚えているもんか!

健診であれ、病院受診であれ、「既往歴」というのを問われます。自分の病気史をきちんと紐解いて教えろというわけです。数日前に秋の職員健診がありました。その案内書に「今回はシステム更新に伴い前回までにお伺いした内容の表示が出来ませんので、当日受付にて改めて『本人既往歴』『家族歴』のご記入をお願いします。」と書いてありました。

バカ云ってはいけません。そんなもの覚えているわけがない。前にも同じことを書きました(2009.1.4「既往歴の記憶」)。ない記憶をたぐり寄せながら何とか病名を思い出しました(それでもかなり落ちているでしょう)が、年齢を思い出すのは不可能です。「子どものころ」か「若いとき」か「最近」かの区別くらいではいけないのでしょうかね。そうじゃないと無理ですよ、と駄々をこねてみました。社会保険庁の「ねんきん特別便」の職歴調査ですら一応わかっている職歴が書かれているからこそ断片を抜き出せるのです。

自分の病気の歴史なんだから当然覚えているでしょう!という顔でわたしをにらむ保健師さん、そりゃあなたは生きてきた歴史が短いから記憶が鮮明でしょう。そんなあなたにはきっと理解出来ないことでしょうけれど、覚えていないものは覚えていないのです。ということで、今年、わたしは自分の歴史を改ざんいたしました。

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自然(じねん)性の人

稲盛和夫という人が、京セラやauを創業した人だということはもちろん知りませんでした。「稲盛和夫 名言」と検索するだけで30000件以上ヒットしたところをみると、知らない方がおかしいのかしら。

前述の『へこたれない』(鎌田實・PHP研究所)にも彼の名言が載っていました。

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(彼は)六十歳からの二十年は死への準備に充てるべき期間と明言した。「生まれた時よりも少しでも良き心、美しい心になって死んでいく。これが大事なのです。人を見ていると、どんなにまわりが燃えさせようとしても、不燃物のようにまったく燃えない人もいます。ちょっとこちらが刺激してあげれば、燃えることができる人もいます。そんな人は可燃性の人。でも大事なのは、自然性の人。自分が、自ら燃えることのできる人。燃える人間になってほしい。」彼は常に人のために生きることを忘れない。いつも燃えながら生きている。すごいなと思った。・・・(略)

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不燃性の人、可燃性の人、自然性の人・・・とても分かりやすい説明だと思いました。でも、本当はだれもが「自然性」の要素をもっているに違いないと思います。もちろん、本当は「可燃性」なのに他人が火をつけようとすると途端に「不燃性」になる人もいます(簡単に云えば、わたしのような天邪鬼な人)。自分が自分自身を見つめる中で、これをしてみたい、と思った何かがみつかったとき、人は大なり小なり燃えるはずです。あとはそれが小火(ぼや)で終わるのか、メラメラと燃え上がる炎になれるのか、そこが問題なのでしょう。やはりせっかく着いた火ならきれいに燃え上がらせたいものです。もっとも、燃えすぎて大火になりすぎるのは考えものですが・・・。

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お金持ちじゃなかったんだ

「借金してでも、家を売ってでも、絶対大学に行かせてやるから金のことは心配要らん。安心して勉強しろ。」

わたしが高校生だったある日、父がマジメな顔をしてわたしに云いました。少し酒に酔っていたかもしれません(今のわたしと同じように、彼はいつも酔っていたような気がします)が、でもいつになくマジメな口調でした。

これは意外に堪えました。親としての思いやりだったのだろうと思いますが、急にそんなことを云われて芯から面食らいました。うちは大金持ちではないけれど、少なくとも中の上クラスの金持ちで、とりあえず贅沢しなければ金には困らない家庭だと思っていたからです。今はどうだか知りませんが、当時の学校の先生の給料はそれなりに高給でした(と思います)。それが2人です。単純に×2です。すでに東京の私立大学に通っている姉が居たとは云え、もうひとり大学に行かせるのに、『家を売ることも吝(やぶさ)かではない』はさすがに予想だにしないことばでした。きっと彼なりの計算をするとこれからとんでもない金がかかると思ったのでしょう。特に医学部なんか入った日には・・・そうか、たしかに私立医大に行かせてもらえるような金はなかったのかもしれません。とにかく、彼が息子を思って気を遣って云ってくれたのであろうと思われるあのことばは、ホントにショックでした。

ちなみに、わたしが大学に入学してすぐに退職した母の退職金の利子だけでわたしは月々の生活をまかなっていましたし、アルバイトすることもなく青春を十分堪能しました。国立大学の学費が年間14万円くらいに上がったばかりのころのはなしです。

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妙な夢。

先日、ちょっと変な、ちょっとイヤな夢を見ました。

新しく赴任した病院の当直表のようなものありました。スタッフのだれかが忘れて行ったようです。何をみるというわけでもなく何となく覗いてみました。私の名前がありました。よく見ると、その私の名前の横に、小さな走り書きがありました。

『○○先生は本当に信頼できるのか?疑問!!』

どういうこと?オレが何かした?いや、オレが何かしなかった?仕事でもサボった?何かいい加減なことでもした?だれが書いた?「何じゃこりゃ?」と怒ることよりも、むしろもの凄い勢いで不安感が押し寄せてきて、めまぐるしく頭を巡らせる羽目になりました。誰かが自分のことをそういう目で見ている。何を誤解しているかわからないけれど、自分をそういう目で見ているヒトが近くに居る。そう思うと、疑心暗鬼になります。妙な胸騒ぎがしたとき、目が覚めました。

イヤな夢でした。でもこれはわたしが見た夢ですから、きっとわたしのこころの中を表しているのだろうと思いました。その漠然とした不安には、覚えがあります。仕事をしている最中だったり、スタッフと世間話をしているときだったり、あるいは宴会で病院幹部と談笑しているときだったりにそれは突然襲ってきました。相手の目が笑っていません。「何を云ってるの?」とあざ笑っているように見えます。完全アウエイです。自分の存在がなくなっていく感覚になります。おそろしい感覚です。

やっぱりわたしは病んでいるのかしら。

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『おかげさん』

木の芽が のびるのは やわらかい から    

                          みつを

我が家に、ベストセレクション『おかげさん』(相田みつを作品集 特別限定版)という名の日めくりカレンダーがあります。一日一枚の日めくりは、それぞれに彼の直筆の書が印刷されている31枚のみです。つまり毎月毎月初めに戻って繰り返すのです。だから、同じものを毎月見ています。特に毎朝それを繰りながら読み返すわけではありません。ただただ、カーテンをあけるついでに日課の作業として繰り返しています。日によっては何日も忘れられていることもあります。

先日、ひとりで弁当を食べていました。いつもは妻が座る席に座ってふと目を上げたとき、それは何となくわたしの目に入ってきました。

「木の芽がのびるのは やわらかいから」みつを

繰り忘れた何日か前のページでした。これまでに何度も読んだことのあることばでした。こういうことばは、それがどんなに深いものであっても完全に弾き飛ばしてこころに入ってこないことがあるかと思えば、何気なくすっと入り込むときもあります。あるいは何の抵抗もなく素通りしてしまうときも・・・。そのときは、どうしてこのことばがこころを捕らえたのでしょうか?

いいことばだなあと思って、しばらく箸を止めて眺めてしまいました。

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誰の満足が大切なのか

友人のお母さんが認知症になりました。介護保険サービスを利用して、ある施設で週末にショートステイをお願いしているそうですが、先日大きなたんこぶを作って、施設の人に抱えられながら帰ってきました。行くときはひとりで軽やかに歩いて出ていったのに・・・と家族は驚いたそうです。こんなことは今回で2回目なのに特に詫びを云うでもなくさっさと帰っていった職員さんの対応に不安になった友人は、危機管理について組織としての考え方を聞かせてほしい、と申し出ました。それを受けて家を訪れたのは2人の現場担当者だけで、言い訳をくり返した挙げ句に急用で早々に帰っていった、とあきれ顔で経緯を話してくれました。

こういうトラブルの場合に、担当部署の責任者と現場担当者が来るのが普通だと思います。今回のように、現場の人間に押しつける形の企業がありますが、つまりこれが施設の姿勢なわけで、簡単に云えば「レベルの低い」施設だと云えます。

その話を聞いていたわたしたちは、ついヒートアップしてしまい、「新聞社に投書しろ」とか「経営者に責任の追及をしろ」とか「とにかくさっさとやめさせろ」とか気色ばんで意見を云いました。それに対して、「ただね、母は違う場所に行くと不安がるし、施設の担当者の人とも仲良くやっているのよね・・・」という友人のはなしを聞いて妙に納得しました。友人の人脈を使えばもっと良い施設を紹介してもらえるでしょうし、施設にクレームを叩きつけてもらうことはできるのかもしれない。そしてこの施設は明らかにレベルは低い。・・・でも、当の本人はそこが気に入って、行くことを嫌がってはいないのです。ケガをするのは勘弁してほしい。でもそれを除けば、家族や周りの人間の不満よりも本人が満足できる方法を選びたい・・・それは野次馬的な自分たちにはわからない、家族ならではの悩みだと思いました。

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たましい

山道を運転していると、ときどき道路脇や道の真ん中に小動物の亡骸(なきがら)が転がっているのを見かけます。山の中なのでイタチやタヌキなどが多いようですが、まったく原型をとどめていないことも少なくありません。

散歩だったのか何か用事だったのか、きっと何気なく出かけて、突然車に叩きつけられたのだろうと推測します。魂(たましい)は突然カラダを離れてしまって、何が起きたのか理解できていないでしょう。ぶつかる瞬間、あるいは魂が抜け出る瞬間、彼らは何を考えるのだろう?人間と同じ様に、走馬灯のように今までの短い人生(動物の場合は何ていうのだろう)がフラッシュバックされる時間はあるのだろうか?第一、彼らの脳はそんなフラッシュバック機能を持った脳なのかしら?思いがけない衝撃に、成仏できない魂がその辺りを彷徨(さまよ)っている、っていうのもまんざら分からないでもないな・・・などと、連休の渋滞の阿蘇路で前の車をボーっと眺めながら考えていました。

魂が消える瞬間(それが病死などのようにある程度準備された場合であっても)、ロウソクの火が消える瞬間と同様に、その一点は一瞬です。この一瞬にとてつもなく大きなエネルギーが現世から消えてしまうのです。その流れには、人間も小動物も違いはないように思います。まるで抜け殻をうち捨てるように道路脇に放置されている亡骸が、踏み裂かれ、朽ち果てて風に吹かれる姿を「哀れだ」と思っていましたが、むしろ自分のたましいが宿っていた抜け殻がきちんと自然に戻ってくれることに妙な安堵感を覚えるようになってきました。

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皆既日食

子どものころの奇妙な記憶があります。天気の良い夏でした。昼より前だったと思います。いつものように汗だくで遊んでいたら、急にあたりが暗くなり始めました。曇ったわけでもなく、夕立でもありませんでした。何が起きたのかよく分からなかったのだけれど、それは急にやってきて、数分でまた何もなかったかのように元に戻っていきました。自分の中では何か不安なドキドキする出来事でしたが、なぜか自分の周りの大人たちは全く意に介さない感じで平然としていた印象があります。そのまま誰に聞くでもなく、わたしはきっと大したことではないのだろうと思うことにしましたが、実は今でも良く理解できていない不思議で奇妙な経験でした。

昨日、46年ぶりに日本を通る皆既日食がありました。嫌がらせをするような梅雨前線がわざわざこの日だけ一気に南下してきましたが、わたしも雲の間から三日月型の太陽を見ることができました。まあ、若干騒ぎすぎの感はありましたが、それでも夜にテレビの特番を見ていると、それは人生観を変え、歴史を変える大きな出来事であったことを痛感しました。

そんな中、ふとあの子どものころの遠い思い出は、もしやその皆既日食ではなかったのかと思いました。コースの主体は北海道の方だったそうですが、九州の片田舎の小さな少年が経験したあの出来事もまた、日食そのもだったのではないかと思います。

次の天体ショーは26年後だそうです。ちょっと微妙な年齢になりますが、もう一度経験することがあるとしても、また子どものころのあの思い出が浮かんでくるような気がします。それにしてもどうしてあのとき、大人たちは何も騒がなかったのだろう?騒いでいたけれど子どもだったわたしに理解できなかっただけでしょうか。いまだに不思議です。

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慣れることの有難さ

わたしの応援しているプロサッカーチームの監督が成績不振の責任をとって更迭されました。4年前、瀕死の状態のチームを生き返らせてくれた神様のような存在でしたので、その話を聞いたときには頭の中が真っ白になりました。もはや何もかもが終わりだ!と悲観しました。ところがある事情でそれが10日間延期されました。もしやこのまま?という期待は残念ながら外れましたが、でもこの10日間があったおかげで、わたしのこころはとても静かに運命を受け入れる準備ができました。ずっとそのことばかり考えているうちに、こころが慣れたのだと思います。そして冷静に現実をみつめる時間を戴いたことに感謝して、新しい体制にこころを向けることができています。

わたしの敬愛するボスが脳腫瘍になったのはもう12年も前です。突然の出来事で、現場は混乱しました。彼なくしては自分たちの組織は崩壊する!と思いました。彼はその後手術を受け、一度現場に復帰しました。「半身不随になってまで生きたくない。男としての美学だ!」というのをみんなで説き伏せて手術をしてもらいました。「あなたが存在しているだけでもわたしたちの支えなのです」と。結局帰らぬ人になりましたが、その期間のおかげで職場のシステムの作り直しだけではなく皆のこころに準備ができました。あの半年間にわたしを含むスタッフ全員が突然成長したと感じました。

昨年9月に亡くなった愛犬の場合もそうでした。彼はわたしたち夫婦の「こころの準備」が出来るまでちょうど1週間だけ、逝くのを待ってくれました。おかげで、こころ安らかに彼を送ることが出来ました。

運命は何も変わっていないのに、パニック状態から静かに受け入れのこころに代われるのは、きっとニンゲンが生きるために前もって備えておいた逃避能力のひとつなのだろうと思います。

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無料?

うちの健診センターで、保健師さんたちがいろいろな企画を積極的に発案して頑張っています。

先日も、館内放送を何度も流していました。一週間にわたってメンタルケアの教室やカウンセリングや展示の企画をすることを告知していたようです。流れているアナウンスを聴きながら、「良く頑張っているな」と心強く思いました。

ただ、「・・・どうぞ、ご遠慮なくお越しください。」と云うことばで終わってしまった館内放送を何度も聴きましたが、「で、お金は?」と、ついひとり突っ込みをしてしまいました。何度聴いても、参加料(入場料)については一言も触れていなかったからです。きっと無料なのだと思い、きっと無料だから云わなくていいと思っているのかな?とも思いましたが、でも、もしかしたら何百円か木戸銭を取るつもりなのかもしれないとも思いました。

きっと、放送を聴いた受診者の皆さんの多くがやはりそう思ったのではないかと思います。こういうありがたい企画は、一般的には料金をとって然るべしです。「あ、面白そうだから行ってみようかな」と思うものの、「値段がわからないからなあ」、と二の足を踏んだ人は絶対居たと思います。うちの施設は昔からそんな「下品」なことは云わないでスマートに表現しよう、という風潮がありますが、云わなければわからないことはたくさんあります。やはり野暮でもいいから「参加は無料です。」と云ってほしかったです。

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禮子さん

人間ドックを受けにきたある女性に結果の説明をしました。

彼女は、診察室に入ると結果報告書を指差しながら、開口一番、「この字、まちがっています。」と云いました。怒っている感じではないのだけれど、でも強い意志を感じる口調でした。彼女の名前は「禮子」さんですが、印刷物には「礼子」と書かれていたのでしす。メインの報告書は「禮子」となっていましたが、いくつかの検査伝票に「礼子」と書いてありましたので、もしかしたら検査室のパソコンの辞書に「禮」がなかったのかもしれません。

「礼」の旧字体が「禮」です。「害」と「碍」のように若干意味がずれているのとは違って、おそらく「禮」も「礼」も意味は同じです。「治」を「二」と書いてあるとか、「斉藤」を「斎藤」と書いてあるとか、そういう間違いは「間違い」なのだけれど、わたしたちは、意味が同じなら新字体も旧字体も同じものじゃないか?と思ってしまうところがあります。

でも、考えてみると、「名前」は「記号」ではありません。他人は、一人の個人を他の人と区別するために「名前」を使います。そういう意味では「A-267897号」でもまったくかまいませんし、「禮子」も「礼子」も同じことです。ところが、本人にとっての自分の名前は自分自身ですし自分の歴史です。親が想いを込めて決めた名前は「礼子」ではなく「禮子」なのですから、「禮子」と「礼子」は全くの別ものです。それは姓名判断の画数の違いレベル以上のものだと思います。

ということで、説明を終えた後にスタッフに変更するように伝えましたが、さて、皆さんにそんな意図は伝わったでしょうか?

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幸せってなんだ?

「ばぁかおまえ、これはもの凄く良いヤツなんぞ!」

わたしの父は、そう云っていつも誇らしげでした。ランドセルに始まり、木琴や書道の道具や技術家庭の道具や・・・同級生たちと同じものを持たせてもらえませんでした。小学校に上がるときに買ってもらったランドセルは何かの高級皮製だとかで柔らかくてペッチャンコでシワシワでした。友だちのランドセルは固くて大きくてテカテカ光っていて、テレビのCMで見るのと同じでとても羨ましかったのを覚えています。「あれは安モンの偽モンぞ。おまえのは本物ぞ。」・・・わたしが不満をいうと、父は必ずそう云っていました。

そうじゃないんです。高級品かどうかより友だちと同じものがほしかったんです。学校で安く一括購入する木琴や書道具を大部分の同級生は使っていました。先生もそれの使い方を基本にして指導しました。学校に行くときに一人だけ皆と違うものを持っていくのはシャイなわたしにはとても辛かったのです。

先日、渡辺淳一氏の「鈍感力」の講演の中で、似たような話がありました。ある日、渡辺氏は二十数名の仲間と一緒に一泊二日のゴルフツアーに行きました。夜泊まった旅館の食事でみんなが腹を壊したのに、ただ一人腹を壊さなかった男がいたそうです。彼が渡辺氏にそっと聞きました。「なぜわたしは腹を壊さなかったのか?」・・・それに対して、「それは分からないけれど、君の腹は細菌なんかよりずっと強かったということなんだから、自慢してもいいんじゃないか?」と答えたら、「わたしもみんなと同じ様に腹を壊したかった」と彼はつぶやいたと云うのです。

「分からないものです。幸せってなんなんでしょうね?」と渡辺氏は話を〆ました。でもわたしは、そのただ一人腹を壊さなかった彼の気持ちがとても良く理解できます。

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やっつけ仕事

ある病院とテレビ局の共同企画で、渡辺淳一氏の講演会がありました。

急性胃腸炎で食欲がない、体調が悪いという彼は、15分か20分くらい話したあたりから時計を気にし始めて、半分過ぎたところで、「まだいっぱいあるなあ」とぼやき、それでもツギハギの「鈍感力」の話をきちっと1時間話して、終わりました。「仕事をキャンセルしようと思った」というだけのことはあります。まさしく「やっつけ仕事」だと思いました。私の方が上手く話せる気もしました。でも、そんな力の抜けた世間話のような1時間を、ちゃんと聴衆を笑わせながら、そっと医学的なエキスを交えながら、きちんとこなすあたりがプロなのかもしれません。

私だったら、与えられた1時間を有効に使おうをするあまり、あれもこれもと話題を詰め込み、早口で畳み掛けるような話をしてしまいます。それでは聴衆はかえって消化できずに不満足になる気がします。別に教訓を伝えたいわけではないし、勉強になることを教えたいわけでもありません。それなら、笑ってるうちに「何か」が残る、だけでも十分です。渡辺さんは決して話が上手いと云えませんでしたが、「やっつけ仕事」でもこれだけ聴衆の心を捕らえられるから偉いなあと思って帰路に着きました。

そんな「やっつけ仕事」の中で、覚えている文を書いておきます。詳細はご想像を!キーワードはもちろん「鈍感力」。

●長生きで元気のいい爺さんたちに共通の特徴は、「人の云うことをほとんど聞いていない」こと。

●「鈍感力」のある子どもになるには、おおらかなお母さんに育てられること。

●世のお父さんは、朝起きてきたお母さんに、「おはよう。今朝は一段ときれいだね」と云いましょう。ウソでもいいから。顔を背けながらでもいいから。

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俯瞰図

きのしたさんに戴いたコメント(2009.7.6「叱咤激励といじめ」)を読みながら、きのしたさんへの返事が長くなりそうになったので、本文にも追加しました。

俯瞰図のお話、私には良く理解できます。一般には地図で教わる「鳥瞰図」と同じ感じですのでそっちの方が分かり良いかもしれませんね。私はできる限りそういう目で人生を考えてみようと思ってきました。医療の現場だけでなく、日常の生活でも、いつも俯瞰の位置から全体を眺めて冷静で中立な立場で物事を判断するように心がけてきました。

ですが、逆にそれはそれでまったく面白くない人生です。ご存知の方はご存知のように、わたしが贔屓にしているプロサッカーチームの試合(大苦戦中)を応援する場合、わたしはいつもバックスタンドのやや上の方から観ています。いわゆる俯瞰の位置で、そこからは全体が見えて楽しいのです。解説者になった気分です。そこからは、テレビでは見せてくれないグラウンドの片隅の選手の動きや、ボールを持つ選手に対して遠くで手を上げる選手の動きなど、手に取るようにわかります。何が悪かったか、何が良かったかを分析するのに最適な位置です。

でも、実はゴール裏や最前列にいる方がもっとワクワクできることも知っています。全体の流れは分からないかもしれませんが、贔屓の選手が自分たちに向かって走ってくる光景に興奮したり、ピッチに立つ選手と同じ様な目線で、重なり合った選手たちの臨場感たっぷりの動きを見ることができます。同じ試合を、俯瞰の位置とゴール裏の位置と同時に経験できたらいいなと思っている人は多いことでしょうが、それは絶対できません。それに対して、人生ではその「同時」ができます。俯瞰の位置からの客観的で冷静な目と、当事者の目で見る主観的で素直な感情とを同時に分析対象にすることができるのは、当たり前のことではありますがとても素晴らしい特権だと思います。

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「右」と「左」

「右」と「左」の書き順も面白い対比です。「右」は「ノ」から書いて横棒が長い、「左」は「一」から書いて「ノ」が長い。子どもたちを悩ませるこの2つの文字の違いもまた子どものころに面倒くさがらずにきちんと教えてあげてほしいものです。

由来は象形文字から来ていますから、知ってみるとそれなりに面白いし、書き順が決まった理由も理解しやすいと思います。

一方で、「覚え方」を検索してみるとこれまた面白い。「ノ」「一」と続けると右回りで、「一」「ノ」と続けると左回りだ(これは子どものころ聞いたことがあるかもしれません)とか、「ノ」は右側から書き始めるけど「一」は左側から書き始める、とか・・・。なるほどねえ、と思わず唸ってしまいました。じゃあなぜ「さゆう(左右)」と「みぎひだり(右左)」の言い方の違いがあるのか?・・・書き順をきちんと覚えましょう!ということを書きたくてちょっとネットを検索していたら、そんないろんな世界に入り込んでしまいました。何事も深く入っていくと面白いものです。

ところで今、「漢字の書き順」はあまり問われなくなってきているそうです。「~でなければならない」という根拠がないから、他の説もあるから、などの理由だと聞いています。そういえばテレビのクイズ番組でインテリ芸能人と称する高学歴のお嬢さん方の漢字の書き順をみると、あまりにユニークで目が飛び出そうになります。きっと彼らは文字を絵(画像)として記憶させるのでしょう。パソコン・携帯世代だからなのでしょうか。まさしく右脳の働きですね。

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「シ」と「ツ」

阿蘇路を運転中、「超安値、ラキー!」という手書きの文字を見かけました。

「ツ」を「シ」と書いてしまう人をみると、心からもったいないと思います。その人に最初に「シ」と「ツ」を教えた人がいけないのだと思います。もしや、教えた人自体が何も分かっていないのかもしれません。彼らは、「シ」と「ツ」の違いは最後の「ノ」を上から下ろすか下から上げるかの差だけだと勘違いしています。だから件(くだん)の「ラキー!」も、単に字が下手なだけだと思っているのではないでしょうか。でも、「シ」と「ツ」は決定的に別物です。この二つにはとても簡単な決め事があります。それができていなければ、「」は「ッ」にはなれない。至極当たり前のことです。

「シ」と「ツ」の違いは、ひらがなを思い浮かべれば理解できます(多くの場合、ひらがなはカタカナの後にできました)。「シ」は「し」なのですから、長短三本の棒を縦に並べ(左端揃え)て初めて「シ」なのであり、「し」を書くのと同じ様に最後に右上に跳ね上げます。「し」を書くときにアタマに点をうつことがありますが、それが「シ」の第一画の点と同じです。同じように「ツ」は「つ」なのですから、三本を横に並べ(上端揃え)て初めて「ツ」であって、「つ」を書くように最後に右上から下に跳ねるのです。

覚えてしまえば簡単なことで、そんなことでこんなくどい文章を書くのもどうかとは思いますが、大したことではないけれど、大したことではないからこそ、大人はこどもたちにきちんとした日本語を教えてあげてほしいと思いました。

そんなことを考えながら運転しているうちに、ふと気づくとすでに県境を越えていました。

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夢と云えば。

大学時代に一緒に演劇をしていた連中が、今も東京で芝居を続けています。昨年、新しい集団にリニューアルして頑張っています。

最近まで、そんな彼らの芝居本番の舞台に自分が立っている夢をときどき見ていました。まったく台詞を覚えた記憶なんかありません。練習した記憶すらありません。でも、たぶん、もうすぐ自分の台詞の順が来るはずです。かなり長い台詞だったような気がします。・・・場面はいつもそんな同じシチュエーションです。でも、わたしは全然焦っていません。台詞覚えした記憶もなければ話の筋もよく分からないのだけれど、友人である演出家が自分を使ってくれたことが嬉しいのか、あるいは仲間と一緒に舞台に立っているのが嬉しいのか、なんかワクワクしています。きっと、その番が来たら勝手に口が動いて勝手に台詞が出る、という確信があるのです。そういえば役者をやっていたころは何かそんな自信に溢れていました。

今から試験を始めます。という夢もときどき見ます。わたしは大学生のようです。演劇ばかりしていて授業をよくさぼったので、この教科の授業に出た記憶なんかありません。もちろん教科書を開いた記憶もありません。試験用紙が配られてきました。もうすぐ試験が始まります。参ったな、何にもしてないのに・・・と思いながら、まるで開き直っているかのように落ち着いています。きっと、何とかなるさと思っています。今までもそうやってきたような気がします。

小心者で神経質なわたしですが、こんな夢を見るところをみると、意外に強気で脳天気なのかもしれません。でも、ここ1年くらい、こういう夢を見なくなりました。

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ひと違い

先日、ある中年の女性が宿泊ドックを受診しました。検査の判読をしているときにたまたまその女性の名前をみつけました。私の知人である開業医の奥さんの名前です。数年前から毎年ご夫婦で受診してくれていました。「あれ、今日奥さんだけ受診するという連絡はなかったんだけど・・・」と思いながらも、住んでいる小さな町の名前も年齢からしてもまず間違いなさそうでした。

ふと目に入った検査情報をみて驚きました。大きな腫瘍がみつかっています。おそらく早々に手術が必要になりそうなものです。今まで何も異常はなかったのに・・・とても心配になりました。ですから担当の専門医に詳しい話を聞きに行きました。あまり良くない所見のようです。・・・何と説明してあげたらいいのだろうかと思案しながら、翌朝、結果説明のために彼女を診察室に呼びました。静かに入ってきた女性は、わたしが想像していた人とはまったく別人でした。同姓同名で、住んでいる町も同じでしたが、まったく違う人でした。「えっ?」と一瞬絶句しましたが、何食わぬ顔をして淡々と結果の説明を済ませました。

後日、話を聞きに行った担当ドクターにひと違いだったことを告げに行ったら、彼はすでに紹介状にドクターの奥さんだと書いて渡してしまったと云います。大慌てで病院に訂正の連絡をとったり・・・大変恐縮いたしました。今回は大事に至りませんでしたが、反省しきりです。わたしは、当人を確認することなく自分の知り合いだと思い込み、事を大きくしてしまいました。たとえすぐに訂正したとしても、誤った情報はこうやって誤りと誤解のままにまことしやかにあちこちに伝わって、とんでもないことになってしまうのでしょう。以後気をつけましょう。

でも、当事者には申し訳ありませんが、全くの別人でホッとしたのも事実です。

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うるさい

庭の草刈りをしていましたら、隣りの家から子犬の鳴き声が聞こえていました。ずっと鳴きやみません。すると、ご主人の声がします。「うるさい!」・・・それでも鳴きやみません。さらにもっと大きく鳴いています。「うるさいでしょ!!」・・・もっと大きな奥さんの苛立った声が聞こえてきました。

聞きながら、ほとんどうちの家と同じ光景だなと思いました。いつもは静かなのに散歩の準備を始めるとまったく聞く耳を持たずに大騒ぎで吠え続ける11歳のワンと、朝早くから起きろ起きろと鳴きながら大騒ぎする生後半年のワンとに、夫婦で何度も「うるさい!」と大声を出すのが日常でした。

わたしは、そんな光景が急に滑稽でみっともないと感じ始めて、意識して「うるさい」ということばをつかわないようにしました。「うるさい」は、自分の苛立ちをただ犬にぶつけているだけです。そしてそれに応じてくれないことにさらに腹を立てているだけです。大声を上げて怒っている姿が傍に聞こえるのは、そんな自分の苛立ちを皆に見せているだけのような気がしました。「怒ってもしょうがないから」と、吠えても無視することにしました。ワンたちは大騒ぎで吠え続けます。「うるさいでしょ!」妻の大声が聞こえます。そんな喧騒の中、ぐっとガマンを続けていたわたしですが、突然プチンと切れました。スリッパを投げつけ、首根っこを掴んでガンをつけます。一瞬静かになりました。が、またさっきより激しい大騒ぎが始まりました。・・・自己嫌悪です。

今どきのおかあさんが、あるいは若いおとうさんが、小さな我が子をなぐりつけ虐待する姿、あるいはノイローゼになるおかあさん。思うようにいかずに突然「切れる」大人たちの感覚がまさしくこんな感じなんだろう、とそう思いました。

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突然の死

妻の中学校時代の友人の母が昨日の未明に亡くなりました。肺がんでした。

ほんの2週間前まで、元気にガーデニングをしていたという70代半ばの女性でした。その友人の父親は長い闘病の末に正月に亡くなったばかりで、母子2人暮らしなって半年後のことでした。

数日前、妻にメールが届きました。母親が入院したこと。ちょっと腰が痛いと云って病院を受診したらそのまま入院になり、肺がんであることを告げられたこと。すでに全身に転移していたこと。組織型を確認するために気管支鏡検査をする予定だったが急速に悪化して結局検査もできないままになったこと。何がなんだかわからないこと。

医療関係者ではない彼女にとって、この2週間の出来事は何一つ理解できることではなかっただろうと思います。最愛の人がある日突然入院して、何を考える時間もないままに意識がなくなり、みるみる危篤状態になって、何も話せないままに何の心の整理もできないままに逝ってしまったことを、きちんと受け入れるのは大変だろうと思います。それでも、ほんの数日間だけでも時間があったことは、何はともあれ彼女には大切な時間だったことでしょう。そういえば、7年前に亡くなったわたしの父は、わたしの知らない間に(というより誰も知らない間に)一人で逝ってしまっていました。わたしが何も知らずに普通に生活していた同じときに、父は一人この世を去っていったのだと思うと、たとえ受け入れがたい突然の別れであっても、きっと彼女の方があるいは彼女の母親の方がきちんと区切りができただろうと思います。

通夜、葬儀から法要まで一人でやりくりすることになるであろう彼女が、ゆっくりとご両親と改めて対話できる日は、かなり先になることでしょう。ご冥福を祈ります。合掌。

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飽きてきた

どうもいけません。

あなたのやりたいことはないの?と聞かれても、今、浮かべることができません。きっと数年前だったらあったのかもしれません。おぼろげながら夢を語ることができたような気がします。でも、ここ1、2年で一気に失せてしまいました。仕事も人生も、なんかどうでもいいや、という気分になることがあります。それは若いときからときどきありましたが、最近ちょっと多くなってきているような気がして気がかりです。

「たばこをやめましょう」キャンペーンの講話を頼まれました。「メタボリックシンドローム予防」の講師も頼まれました。毎年のことです。ただ、今年はなんかあまり気乗りがしません。なぜかあまり興味が湧きません。飽きちゃったといってもいいのかもしれません。自分が興味が湧かないことについて話をするのは、それなりに辛いことだと思います。学校の先生や講演行脚をする皆さんは、たしかにそれが飯の種だからと云っても、やっぱり偉いなあと思います。まったく気乗りがしないときも体調が今ひとつのときも同じことを同じように話して回らなければなりません。自慢ではありませんが、わたしは、同じテーマの話を3回続けるなら3回とも内容を変えないと続けられません。話している自分が飽きてしまうからです。本物の話のプロは、まったく同じ内容と同じことばを3回も5回も10回も続けられるようでなければならないのだと聞いたことがあります。それでなければ、相手に感動を与えることはできないのだ、と。相手に感動を与え続けることは、わたしには到底できない芸当だなあと最近痛感します。

さ、グチはこれくらいにして、そろそろ講演の準備を始めなければ・・・。

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初心に戻る。

「初心に戻る。」・・・「云うは易し、されどするは難し」の典型のようなことばです。

健診センターで健康増進に関わるようになって、他人に云うことだからまず自分で試してみようと思ってやってみたことはたくさんあります。

昼休みに運動をする。食卓に並べる夕食のおかずを半分にする。晩酌の酒をコップ一杯にする。月水金禁酒(宴会を除く)にする。宅配の夕食材料サービスを使う。職場にエレベーターは存在しないと考える(階段だけを使う)。自転車通勤する。朝食を食べない。スーパーやコンビニに車で行かない。仕事帰りにコンビニに寄らない。酒やお菓子の買いだめをしない。禁煙する。1時間半以内で時間があるなら歩いて帰る・・・などなど。そのまま続けてやれていることと、とっくに止めたことなど、いろいろあります。

おかげで見事に体重が10kg減り、筋力と心肺機能がアップし、バスケットボールができるカラダになり、中性脂肪が正常化し、HDL(善玉)コレステロールが跳ね上がり、内臓脂肪が減少し、そして脂肪肝がすっかりなくなりました。

最近、そんな栄光のカラダとは何か違う物体がわたしを包んでいます。自分で試したのだから、やったことをもう一度頑張ればそれなりの効果はあるに違いありません。でもそのためには、常に自分を律し、「決めたことだから頑張る」という信念を維持しなければなりません。当時は面白かったのでやれました。でも、一度達成できると、ニンゲンは弱くなる動物なのだということを悟っています。同じことをするのはちっとも面白くないのです。かなりのモチベーションがないと、同じことをもう一度するなんて考えられません。なぜなら、成功しても当たり前で、上手くいかないと自分がダメだから、とそう感じるに決まっているからです。

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さだまさし

わたしの尊敬する鎌田実先生のブログ「なげださない」の6月6日の記事にあった、さだまさしのシングルCD「私は犬になりたい490円」を買いました。本当に490円でした。

大学生のころ、さだまさしの歌が大好きでした。「現実味がなくて、女々しくて、ことば遊びばかりして歌を弄(もてあそ)んでいるようなやつなんか大嫌いだ!」と、吉田拓郎に傾倒していたクラブの先輩から云い放たれました。直線的な吉田拓郎や長渕剛も好きでしたが、さだまさしの、その女々しいくらいの繊細な表現力がもっと好きでした。今のように、CDやMDやipodやなどというものの時代ではなく、レコードプレーヤーも持たなかったので、カセットテープに録音したり音楽テープを買ったりしてアルバム全曲を聞いていました。失恋したときには、聞いていると涙がこぼれてくるので全部捨てようかと思いましたが、さだまさしとわたしの失恋は関係がないので、もったいないと思い、下宿の押入の隅に仕舞い込みました。

おとなになって、いつの間にかさだまさしを卒業しましたが、アルバムの中の数曲をいまだに口ずさむことがあります。あの繊細な詩からは想像できないくらいの彼の大雑把さと、わたしにないケセラセラの感じが、妙にわたしの興味をくすぐります。

「私は犬になりたい」を早速聴いてみたら、聴いたことのある曲でした。ソフトバンクのホワイト学割のCMソングとしてテレビで流れているからです。簡単にダウンロードできるのにわざわざCD買ったんですか?と云われました。買いましたよ。それが、何か?

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卒業アルバム

先日、高校時代の友人に、同級生のことで質問を受けました。

「竹中のKくんの頭はチリチリだったっけ?」「Tくんという名前の人は高校時代の同級生に居たっけ?」・・・お互いに何とも心許ない記憶を辿り合ってみましたが、おぼろげなモヤは一向に晴れる気配がありません。わたしは自宅の書棚の一番下隅に仕舞っておいた高校時代の卒業アルバムを取り出してみました。「Kくんの頭はチリチリではなくてウエーブのかかったロングヘア」「Tくんはたしかに同じクラスの同級生として卒業している」・・・疑問の確認はできました。

そのまま、ん~十年の長い時の流れを遡(さかのぼ)り、当時はまだ白黒写真だった卒業アルバムをしばらくパラパラとめくっておりました。写真をみるとどれもほとんど見覚えがあります。なつかしい顔ぶれです。でも、写真の下に書かれた名前にまったく見覚えがない、そんな御仁が何人もおりました。「こいつそんな名前だったっけ?」という感じです。記憶のキャパが年齢とともに小さくなって、新しい記憶が入るたびに古い不要な記憶がポロンと転げ落ちるのだなと納得しましたが、結局最後まで数人の名前には記憶のかけらも残っていませんでした。ま、どうせ会うことはないからそれでもいいかなと思ってページをめくりました。

それにしても、みんな若い。何といっても、このシャープなあごの線とつるつるの肌。美人さんは私の記憶以上にさらに美人に、そうでない方も思いの外それなりに、古い白黒写真でも18歳の若い肌が手に取るように分かります。地デジに対応できるのはこんな肌だけだわ、としみじみ思いました。

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下手な説明

先日、職場で会議がありました。

「この件については委員の一人である○○さんに簡単に説明してもらいましょう。」

司会者がある若者を指名しました。その若者の説明にしっかり耳を傾けて聴いていたのですが、最初から最後まで、まったく理解できませんでした。・・・「さっぱり、意味分かんねえよ!」とこころの中で舌打ちして、そのまま聞き流すことにしました。

すると、ある男性が手を上げました。「ちょっと話をまとめてみていいですか?つまり、今の話は、こうこうこういうことで、こうすることになったと、そういう意味でいいのですか?」・・・彼は自分のことばで見事にまとめてくれました。それを聞きながら、「なるほど、そういう意味か!」とわたしのこころを晴れやかにしてくれました。話したことを簡単に要約するのは、本来は司会者の仕事です。でも司会者は前もって内容をわかっていますので、みんなが理解したと思ったのでしょう。彼は話を次に進めようとしていましたから。

こんなことは、きっと大したことではありません。でも、どうでもいいからこんなやつの話なんか聞き流そうと思った私は、きちんと話を整理してその場のみんなの意識を一つにさせた一人の男性の姿勢に感謝しました。わたしだったら、「おまえの言い方じゃ分かんねえんだよ!」と云ったでしょう。彼がそんなことを云わずにそっとサポートしたことで、発表した若者は傷つきませんでした。会議において、一人の人間が分かり良い説明をするかしないかということはどうでも良いことです。でも、みんなの意識が同じ見識で一致できるかどうかが全てですから、こういう心配りがさらっとできる人が組織に居るかどうかということが、とても大きなことだと思います。

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意味が分からん!

先日、あるお詫びの文書をうちの施設で発行しました。本来もっと早期に送らなければならない書類の発送が遅れたことについてのお詫びです。発送書類に添付して受診者の皆さんに送るのだそうです。それを読ませていただいたのですが、正直云って今ひとつよく分かりません。書いてあることに間違いはないし、日本語としても問題ないのですが・・・結局、正式文書としてやむを得ないのかもしれませんが、内容を分かっているわたしたちだから分かるけれど、普通の方がこの文書を読んでも何のことか分からない人が少なくないと思いました。お詫びの文書を添付したという事実があれば良いのかもしれませんが、何か腑に落ちないものがあります。もう少し平易な表現ができるのではないかしら。

一方、数日前、クレジットカード会社から「カードご利用可能枠変更のご案内」という封書が届きました。キャッシングはしないのでいい加減に読んでいたら、何か希望コースを決めて署名をした上で送り返せ、と書いてあるようです。よく分からないので書類を隅から隅まで読んでみました。でも結局よく分かりません。そこには6月17日までに送り返さなかったら規定通りに変えます、と書いてある(ような感じ)。でも理解できていないのにこんな財産に関することを気軽に処理できなくて、今ちょっと閉口しています。実は数ヶ月前に、生命保険会社から「年金受取方法ご指定のお願い」という封書も届いておりまして、これもまた隅々まで読んでもよく理解できないので、そのままです。

日頃から慣れている人たちにはどうと云うことのない簡単なことなのでしょうが、素人からしてみると異次元の内容です。なのに相手は、早々に意思表示をして、それに責任を持つという意味の署名をして送り返せと云います。よく考えたら、とても怖ろしいことだなあと思います。で、世間知らずのわたしは、何もできずに放置しているのであります。

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学位謝礼金

大学の博士号を取得した後に、教授にお礼を渡していたことが複数の大学で発覚しました。指導してくれた教授に対するお礼金だと思ったら、論文審査をしてくれた教授たちへの謝礼金のことのようで、そりゃたしかに一般常識から外れた習慣だと思います。

わたしは、東京で働いていたときに、ある有名私立医大の研究生になって論文を提出して博士号をいただきました。「乙種」の学位(大学院で研究して学位をいただくのが「甲種」)、別名「論文博士」というやつです。学位審査では、提出した論文の要旨を自分でプレゼンし、その後主査・副査の先生方から質問を受けるのですが、もうすでに熊本に帰っていたわたしは、そのためにわざわざ上京しました。待機室で待っていると、大学院生らしい若い数人が話していました。「教授への謝礼はいくらくらいにしたらいいの?」「去年学位を取った○○先輩の話では・・・。」

「げえ!そんなに渡すんか!?」・・・聞き耳を立てていたわたしは驚いて飛び上がりそうになりました。受けるための申請費用だけでもかなり高いのに、さらにそんなに払わないといけないのか!と、田舎者で世間知らずのわたしは正直驚き、不安になりました。わたしはどうしよう?わからないので、勤務していた病院の部長に相談しました。「別に要らないんじゃない。だって、特に指導してもらったわけじゃないんだし。」とっても淡白な返事が返ってきました。「え、ホントにまったく何もしなくていいんですか?」と驚いていると、「お菓子でも持って行って『大変お世話になりました』ってきちんとお礼すれば、それで大丈夫だと思いますよ。」と静かに助言していただきました。

そこの大学は研究生としての学費もとても安く、おかげさまで、日本で一番安い費用で由緒正しい論文博士の一員にさせていただきました。いまだにそれを持っていることで何の得もありませんが。

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ことばの行き違い

「検査は全部終わりました。四階の受付へこのボードをお出しください。」・・・アテンダントの女性が受診者に話しているのを何となく聞いていました。

すると受診者が「ここは何階な?」とすぐに聞き返しました。「ここは四階です。あ、わたしがご案内しましょう。どうぞ。」・・・彼女はそう答えるなり、受診者を連れて歩き始めました。

そんな経緯を傍から眺めながら、きっと彼女には受診者の聞いたことの真意が伝わってないな、と思いました。「あちこちのフロアを上がったり下がったりしてこられたから、今がどこだか分からないんだろう。迷うといけないのでわたしが連れて行ってあげよう!」と考えて行動した彼女のアテンダントとしての行動は素晴らしいと思います。でも、もしわたしがその受診者だったとしても、きっと同じことを聞くでしょう。「ここが四階だと思っていたけど、ここは四階じゃなかったの?」と悩んだから聞いたのだと思うのです。四階に居て、「四階の受付へ」などと云われるとは思わないからです。でも、彼女にしてみると各階に受付があるから他に行かないようにわざと「四階の」と云ったのだと思います。「このフロアの受付へ」と云われれば何も悩まなかったでしょうけれど。

ことばの行き違いというのは、日常茶飯事で起きています。受診者が「あ、彼女は意味を間違えてる」と思いながらも「まあいいか」と思って付いていき、そのまま何も起きなければそれはそれで終わります。ところが、「何云ってるんだこいつ?」とちょっと苛立ってしまって、さらに受付でちょっとしたトラブルがあれば一気に一触即発の空気になるかもしれません。むずかしいものですね。

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やっこさん

急に「やっこさん」を折ってみたくなりました。「やっこさんだよ~っ」などという「やっこ」て何?「冷や奴」とはどんな関係?などと子供心に思ったものです。「やっこさん」を折るのは、折鶴などと違ってとても簡単です。とはいうものの、折ろうと思って手が止まりました。どうだったっけか?自転車の運転と同じで折り始めたら勝手に手が動くと思ったらそうでもなかったです。ま、とりあえずインターネットを使ってすっかり思い出しました。

さて、ただ黙々と四隅を折り曲げ続けていくうちに「やっこさん」ができました。わたしが「やっこさん」を好きなのは、実はこの後です。「やっこさん」のアタマの部分も四角く折り曲げたあと、これが「だまし船」や「かざぐるま」に化ける瞬間、まるで魔法のようなことが起きます。折り紙の中でこれほどダイナミックなイリュージョンはないように思うのです。 子供心に初めてそれを見たときの感動を今も忘れません。小さく折り畳んでいたものを一瞬全部広げます。せっかくここまで折ったのに、です。でも、次の瞬間、もう一度折り戻したら「やっこさん」は「だまし船」に替わっているのです。一生懸命作り込んだものを一度リセットさせる。そして元に戻すとまったく違うものに生まれ変わっている。人生においても、つい精魂込めすぎて凝り固まったものを一度壊して見直すと、そこから大きな別世界が広がることは少なくありません。もちろん、それができるのは折り目があるからであって、シワもない白紙に戻っても勝手に何かに替わることはありません。それが、「経験値」だと思います。

今「やっこさん」を思い出したのは、いろいろなことで行き詰まっている今のわたし自身を、一度きちんと見直す時期になったということかな、と思ったりしました。

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マニュアル

贔屓のサッカーチームの応援のために毎月泊まるホテルに、最近は2週間毎に行きました。このホテルの立体駐車場の係のおっちゃんたちが最近解雇されました。車で到着してインターホンを押すとフロントから受付職員が駆けつけて対応するのです。

「少々お待ちください。アンテナを外しますので。」・・・わたしの車の後方に付いているアンテナに手を伸ばそうするのを、「大丈夫です。毎回大丈夫なのだから大丈夫です!」と拒みます。「そうですか?前にお停めになったことがあるのですね?」不本意そうな顔をしながらもアンテナから離れてくれましたが、次に「ドアミラーを倒してお進みください」というので、「大丈夫です。いつもこのまま進んでいます!」・・・だんだんわたしの声が不機嫌になります。あなたにとってマニュアル書通りかもしれないし、覚えていないかもしれないけれど、わたしはあなたと2週間前にまったく同じ会話をして同じようにイライラしたのですよ!・・・翌朝、車を出そうとするとまた同じ人が出てきました。「お荷物をトランクに入れられますか?入れられるようでしたら・・・」「入れません!」・・・2週間前にもそう云ったじゃねえか!オレはお前よりこの駐車場は詳しいんじゃ!

たしかにむずかしいところです。今回うっかりトランクを開けるかもしれません。鉄の枠に当たって車に傷が付いたら「お前が云わなかったからだ!」と一悶着になるのは必至です。でも・・・少なくとも3月までここに居たおっちゃんたちは一度もそんなことは云いませんでした。その代わり、自らがドライバーと一緒に車の横まで付いてきてそっとサポートしてくれました。きっとトランクを開けそうなときは制してくれるのだろうと思いました。操作盤の前から声だけかけるマニュアル職員には想像すらできないであろう心配りを、おっちゃんたちはいつもきちんとしてくれていました。現場のプロたちというのはそういうものです。「信用」という、単なるコスト以上のモノを彼らは体現してくれていたのですが、きっと経営者にはわからないことでしょう。

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モスキート音

夜中の公園に屯(たむろ)す若者たちを撃退するために、東京都足立区で若者にだけ聞こえるモスキート音なる高周波音を流し始めました。諸外国ではそれなりの効果があっているのだとか。マスコミがこぞって話題にするものだから、わざわざそれを聞きに来る若者たちがいるのも、まあ想定の範囲内なのでしょう。

まるで、蒔いたばかりの種を啄(ついば)む鳥たちを畑から追い払うかのような方法ですが、少なくともわたし的には近づきたくない場所です。なぜなら、きっとわたしには聞こえないだろうから。周りは不快な顔をしているのに自分だけ涼しい顔で何も感じないなんて・・・わざわざ老いの寂しさを感じるために行くなんて考えられません。昔、若者と非若者でまったく違うことばに聞こえる音というのをテレビでやってましたが、何度くり返して聞かされてもわたしには同じようにしか聞こえませんでした(もちろん若者のそれではありません)。

屯(たむろ)す若者たち撃退にどの程度の効果があるのかわかりませんが、興味深く「遠くから」見守っておきましょう。ただ、もうひとつだけ気になることがあります。高周波音を夜の間中ずっと流して空気を振動させ続けることになりますが、それって自然界に本当に何も影響がないのでしょうか?何も感じない老人のカラダはもちろん、ニンゲンを含むすべての自然界の動物、植物、微生物、あるいは航空機や家の壁や大気中のホコリや土の組成に至るまで、本来あるべきでない振動をずっと発生させることが地球全体の存亡にかかわるような大事に本当にならないのでしょうか?杞憂かもしれないけれど、やはり老いたおじさんにはとても心配なことのひとつです。

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肥満の遍歴

子どものころの健康優良児(あるいは肥満児)は小学校高学年でスラッと上向きに伸び、ジャイアント馬場のような胸板だと云われました。中学の部活動を止めてから横に成長し始めた結果、高校を卒業するときには体重90kgウエスト95cmに成長しました。当時は今と違って、穿けるズボンはオヤジ柄の地味なデカパンだけでした。それが、博多の予備校に通い始めて半年で20kgやせました。食べなければ簡単にやせることを悟りました。

医者になって1年でまたまた15kg増えました。自称「ストレス太り」だと云い続けました。もちろん食べれば太ることを密かに悟りました。そんな体重が最初に減ったのは、東京から帰ってきてから山中の病院に1年勤務したときでした。宿舎から病院まで歩いて10分。昼休みは家に帰って食事。これだけで1日2往復するようになりました。体重の10kg減など大したことではありませんでした。その数年後、公私ともに荒んだ時期に「生きても死んでもどうでもいいや」と自暴自棄になって、これまた簡単に10kg増えました。その後、希望して健診の仕事をするようになって、「できないできないと云うが本当にできないのか?」と、人に指導する生活療法を実践してみたら、どうということなく10kg減。

まあ、わたしの体重人生もかなり忙しいものでした。最近ずっと横ばいでしたがどうもここ数ヶ月そっと右肩上がりの様子です。でも、何かしっかりしたモチベーションを持たないと動かないもの。良い口実はないものでしょうか?

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「心地よい空腹感」

久しぶりに職場の広報誌が発行されました。今回もこのブログの中から写しとりました。それでもいいか、と思うようになりました。

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「ごはんは楽しみですか?」・・・あるダイエット本を読んでいたとき、このことばが目に止まりました。あなたはごはんの時間が楽しみですか。健康のために朝食は摂らねばならないというから眠気まなこで食卓に着いてはみるものの、頭も胃もまだ起ききれていないあなたの身体は、ちゃんと朝食の味を楽しめているのでしょうか。疲れて帰ってきて夕食の食卓に着いたけれど、そこに並んだ「健康食」と称する味気ない料理を見て思わずため息をついていませんか。あるいは逆に、毎晩のように作ってくれる完璧な栄養理論に裏打ちされた豪華レストランメニューもどきを前に、ちょっとうんざりしてきたりしていませんか。

「ごはんが楽しみ!」と思えるようになるために最低限必要なものは「空腹感」です。それも「心地よい空腹感」。それがあるからごはんの時間が待ち遠しい。ダイエットのことなど気にしないで早く食卓に着きたい衝動に駆られる。そんな期待に満ちた空腹感をみなさんは日々感じていますか。それはイライラした空腹(飢餓感)とは全く違うものです。わたしたちが子どものころはいつもお腹が空いていました。「お母さんお腹空いた。何かない?」と一日中言っていたような気がします。まったくもって料理下手だったわたしの母の手料理ですら心からおいしいと思いました。今は、子どもたちに限らず、本当の意味での空腹の時間帯なんてほとんどないだろうと思います。食事が単なるエネルギー補給やストレス解消の道具でしかないのかと思うとちょっと寂しくなります。冒頭のダイエット本に「満腹感と満足感は全く違うものです」と書かれていました。「食べること」を考えるとき、今の社会に一番足りない、そして一番大事なことはそんな満足感なのではないでしょうか。

わたしたち健診スタッフも反省しなければならない点があります。「このまま放っておくととんでもないことになるぞ!今、何かを始めないと手遅れになるぞ!」と背中から鞭打って、嫌々立ち上がろうとするのを抱え上げて牢獄にたたき込む、それを「ダイエット指導」と称し、「おまえのためだよ」「あなたのためよ」とどこかのCMのような呟きを耳元でずっと囁いています。それでいて「ごはんは楽しいか?」もないものだと、とつくづく思うのです。うちの家に11歳になったばかりのワンコがいます。いつも若い子のように跳ね回って元気いっぱいです。彼女は、ごはんの皿を前に、よだれを床にタラタラこぼしながらキラキラした目をして「待て」をします。こんなワクワク感、うらやましいです。 

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海女と山男(ウミオンナとヤマオトコ)

妻は海が好きです。青い海をみるとこころが騒ぎ、年に一度は石垣島や沖縄の海中に深く潜ってこころもカラダもリフレッシュさせるのが習慣でした。前世は海人だったに違いないと思います。一方わたしは、青い海をみていると胸が騒ぎますが、それはどちらかというと「胸騒ぎ」。なぜか必ず虚しく悲しくなってきます。それは小学校に上がる前からの感覚です。前世で沈没した船の底にいたのではないか、と思ったりしています。

そんなわたしは山が好きです。森林や高原の緑の中に立っているとすーっとこころが安まってきて、ずっとここにいてもいいかなと思います。実際、以前山の中の病院で勤務したときに、このままここに残ろうかな、と真剣に考えたことがあります。

夫婦でよく、「こころの洗濯のために屋久島に行ってみたいよね」という話になります。でも目的地が全く違います。妻は、屋久の紺碧の海をみていると幸せな気持ちになれるから、一日中蒼い海の中で潜り三昧したいと思っています。私は、厳しい山の中に入っていって、屋久杉(縄文杉)のオーラを感じてきたい、天からの恵みの雨に濡れてきたいと願っています。きっと夫婦で屋久島に旅行に行ったら、島に着いた途端から帰るときまでずっと別行動、ということになるのでしょう。

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あいさつの年齢

道を歩いていたら、近くの中学生が「こんにちは」と大きな声であいさつをして通り過ぎました。思いがけない声に、「こ、こんちわ」・・・いい歳をしてわたしはアタフタとしてしまいました。

朝、職場について更衣室に行くまでにいろいろな人とすれ違います。患者さんや家族の人たちに「おはようございます」とあいさつすると、ある年齢以上の人ならほぼ全員が返事をしてくれます。朝からとても良い気分になります。でも、制服に着替えた職員とすれ違うときに同じことをしても約半数は返事が返ってきません。医者たちの返事が返ってこないのはもう慣れました。彼らは、特に医者になってから大学病院や公立の大きな病院でしか働いたことのない医者には、知らない人(といっても同じ職場の職員なのですが)にあいさつをする、という概念がありません。可哀想に、と思います。

そんな彼らでも、おそらく小さな子どものころや小学校低学年のときには、きちんとあいさつができていたはずです。そう学校や家庭で教育していたからです(そのときからできない子は高い確率で親もまともにできません)。ところが、中学後半から高校、大学生になったころからできなくなります。「恥ずかしい」というか、「かっこわるい」と感じるお年頃です。近くの知らないオジサン・オバサンに意味もなくあいさつするなんて、まるで「子どものすること」という感覚、わたしもそうだったので良くわかります。

それがまたあいさつするようになるきっかけは何なのでしょう。社会人として他人と対応する必要ができたとき、あるいはお父さんやお母さんになったときでしょうか。それでも仕事でもないときにはしないという人は頑なにしません。「あいさつ」から出てくる、辺りを穏やかでポジティブな空気にさせる力をもっと感じてほしいなと思って、たとえ返事が返ってこなくても無差別にあいさつをしているわたしは、ちょっと変人かも。

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新システム

4月から職場のコンピュータシステムが換わりました。新しい業者の新しいシステムに移行しましたがまだあまり機能できていません。それでも担当業者は今月一杯でリリース完了の動きです。そのため、現場の不満が徐々に吹き出ようとしています。「最初に話し合いをしたときに『こんなことをしたい』『こんな機能をつけてほしい』という夢を語り、『可能です』と答えたのに何も実現していないじゃないか!」という不満です。

でも、おそらく相手にすると「云われた機能はほとんど完成している」と思っているのだろうと思います。つまり初めからアタマの中で描いていた風景がまったく違うのです。コンピュータ業界の常識からしてこの程度できれば上出来でしょう、という線があります。利用者はそんな線引きは初めからしていません。

3月まで使っていたシステムを7年前に導入するときにも一悶着ありました。当時の業者がリリース完了を宣言しようとしたとき、ときの部長が怒りました。「おまえら最初に売り込みに来た時に云ったのと全然違うじゃないか?大金使わせておいてこんな使い物にならないもの置いて逃げていこうと思ってるんじゃないだろうな!」と。そのときのレベルとたぶん今は同じくらいだという印象を持っています。当時の業者は、それから大量のプログラマーを動員してわたしたちのアタマの中に描いていた機能を可能な限り実現できるように骨を折ってくれました。男気の世界でしかなかったと思います。そのため複雑怪奇な誰も修正できない代物ながら曲がりなりにも痒いところに手が届くシステムが生まれたのです。

おそらく、今回はそんなことはしないでしょう。不満を抱きながら「いままでは良かった!」と良き時代に思いを馳せて夢を追うより、不便な新しいものに「こんなものさ」と慣れていく方が現実的かもしれません。わたしはすでにすっかりあきらめていますので、割と気は楽です。

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うぐいす

先日の日曜日に実家の墓参りに行きました。雲ひとつない快晴でした。小高い丘の上にある墓苑の前に立ったとき、どこからかうぐいすの鳴き声が聞こえました。ホー、ンケキョ!おしい!「ホ」が一個足りないけどまあまあ合格かな、とか独り言を云いながら墓の前で手を合わせてきました。真夏日の陽射しがジリジリと照りつけましたが、吹き抜ける風はまだまだ爽やかでした。

3月の終わりころ、うちの自宅近くでもどこかからうぐいすの鳴き声が聞こえていました。ホーホケキョッ!あのときの鳴き声は、教科書どおりのキレイな完成品でした。うぐいすの鳴き声にも上手い下手があるようです。あのときはあまりにもキレイすぎて録音された音ではないかと勘ぐったくらいです。

遠いむかし、今ごろだったか、もうちょっと早い季節だったか忘れましたが、山の中の病院に勤めていたある朝早くに、宿舎の裏山からうぐいすらしい鳴き声が聞こえました。ホー、ケ、ケ、ケキョキョ・・・わたしは素っ頓狂な鳴き声で目を覚ましました。ひいき目に聞いてもまったくもって下手くそでした。その音痴な歌声は、つっかえつっかえでしたがそれでも毎朝聞こえてきました。まるで近所の子どもがピアノの練習を始めたときのようです。いつしか毎朝くだんのうぐいすの歌声を聞かないと落ち着けないようになり、出勤までに聞こえない朝は心配になったりしました。毎朝マジメに練習をしていたのでさすがに徐々に上手くなっていきました。最後に、ホーホケキョッ、ケキョケキョケキョッ!とキレイな歌声になったときには、「うまくなったなあ」と、思わず拍手を送りました。

春にうぐいすの声、いい風情です。・・・そういえば、最近ひばりを見なくなったなあ。

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携帯メール

最近、携帯メールを打つのがとても億劫(おっくう)です。打ちたい先はたくさんあるのに、携帯のキーを打ったり変換させたりする作業がどうもスムーズにいきません。打ち間違えることも、へたをするとせっかく打ったものを最後に消してしまうこともしばしば・・・。溜息が出ます。

私が携帯を持つようになったのは14、5年前でしたか?外勤先の病院で当直をするときにヒマだから友人に打ったのがわたしの携帯メールの初めでした。たしか200字制限くらいだったと思います。ことばを選び抜いて打ったことを覚えています。わたしにとって、今や携帯メールは離せない必須ツールになりました。その後出てきた携帯の新しい機能にはほとんど手を出しません(出せません)が、メールだけは直接電話するより頻繁に使います。

なのに、今の新しい機種に替えてからキータッチミスが多くなった気がします。目も悪くなったのかもしれませんが、それは「全部ひっくるめて、『歳取った』ってことだよ!」と妻が冷たく云い放ちました。一生懸命打ったのに、後で読み返すとほんの数行だったり・・・たしかにそんなことは1、2年前にはなかったかもしれない。最近は割り切って、長いのを打たなければならない時にはパソコンから自分の携帯宛にメールを出して転送することさえあります。そんな屈辱的なこと1年前までは考えられませんでした。絵文字でごまかしても、やっぱり歳には勝てませんですかねえ。

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芝居を観る。芝居を楽しむ。

大学時代に演劇部に入りました。

年2~3回の定期公演のために日々練習をくり返していました。時期が来ると、差し入れを持った先輩たちが夜な夜な練習を見に来てくれます。本番の一週間くらい前にあるリハーサルは多くの先輩たちがきびしい評価をしてくれる一番緊張する日(たぶん本番より緊張する)です。「学芸会じゃないんだから」「入場料分の芝居を見せないと詐欺だ」「こんなのでお金をもらうつもり?」・・・毎回かなり厳しい評価をいただきます。どの程度が入場料分の演技なのか明確な基準はありませんが、温かい叱咤激励だと受け止めて本番までに一気に気運を高めていくのが常でした。

そんな環境だったため、わたしはいつも批判をする目で芝居を観ていました。それがアマチュア演劇でもプロの芝居でも変わりなく、いつもアンケートにどんな批評を書くかを考えながらあら探しをするような目で観ていました。自分がするならどうする?という目で見てしまうのです。それでもおもしろい芝居こそが本物だ!などと嘯(うそぶ)いていましたが、つまるところ、同業者や後輩に負けたくなかっただけかもしれません。だから、芝居を観てもちっとも楽しくなかった。

芝居を楽しめるようになったのは、上京した友人たちの芝居を観に行くようになったころからでしょうか。「自分は役者」のココロを捨てて「私はただの観客」になる。肩肘張らずに観れる異空間はとても楽しく、あっという間に時が過ぎ去りました。感動で涙がでました。ずっともったいない時間を過ごしてきたんだなと後悔しました。悪いところを探さず良いところを観る・・・人や組織をみるときにも通じる、そんな世界の嬉しさを、わたしは遅ればせながらそのときに体感することができました。今は、芝居を観るのが楽しみです。ただ、熊本に帰ってきてからはなかなか観に行けません。東京の人がうらやましい。

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ひらめく

忌野清志郎が亡くなりました。58歳でした。わたしを今の職場に導いてくれた恩師も五十歳代半ばで亡くなりました。皆さんは、惜しい人を亡くしたと嘆き、さぞかし無念だっただろうと故人を語ります。

でもわたしはそうは思いません。彼らは、単にわたしたち凡人よりも人生サイクルがちょっと短かっただけだと思っています。脳腫瘍で亡くなったわたしの尊敬する恩師をみているとそう思わずにはおれませんでした。毎日数時間しか寝ず、いつも精力的に動き回っていると、新しいことが次々とひらめいてくるのだと云っていました。せっかくアイデアが次々と浮かんでくるのに寝ているなんてもったいない、とも云っていました。一日のうちのほとんどをボーっとして過ごしているわたしたちの何倍もの速さで生きていたのですから、早くこの世の卒業試験をクリアできても何ら不思議ではありません。

「ひらめく」ということ。クリエーターではないわたしには、あまり縁のないことばだと思っていました。それがどうも最近よく「ひらめく」ようになった気がします。このブログを書き始めたことも関係しているかもしれません。ネタをいつも無意識に探しているのでしょう。診察をしているとき、説明をしているとき、会議をしているとき、出張中の飛行機の中、ひらめきは突然やってきます(もしや、わたしの人生サイクルが急に加速を始めたのではないでしょうね)。

ただ、悲しいかな、忘れちゃう。刹那のひらめきは刹那に消えていく儚(はかな)いものなのです。ひらめいたものを忘れてしまい、「なんだったかなあ。すっごく素晴らしいことだったんだけどなあ!」なんて思ったことは数知れません。これは「歳」ですね。やはり先が短いということでしょうか。脳細胞が覚えられないので、ひらめいたらメモするようにしています。近くにある紙にとりあえず題名だけでも。・・・ただ、後でそれを見直しても、何のことだかさっぱり思い出せないことも少なくなかったりして・・・。

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飛び箱

肥満児で運動オンチだったわたしは、小さいころからかけっこが苦手でした。かけっこだけでなく、逆上がりも飛び箱もできませんでした。泳ぎも苦手でした。オンチな音楽と、もっとオンチな体育だけ通知表はいつも3でした。

当時小学校の教師をしていた父は、日曜日に自分の勤務する学校にそんなわたしを連れて行きました。日曜の職員室はとても魅力的です。職員室の父の机の引き出しの中には、まるでドラえもんのように、小さな子どもにとって魅惑の教材サンプルがたくさん転がっていたからです。そんなひと時のあと、騙されたように体育館に連れて行かれました。数学(算数)が専門の父はとりたてて運動などしたことはないと思っていたのですが、まがりなりにも小学校の教師です。ちゃんとした教科書どおりのノウハウで教えてくれ、数時間で飛び箱も逆上がりもできるようになりました。運動は苦手でしたが、練習してできるようになるのは快感でした。だから今でも、練習は嫌いではありません。

実は、そんなわたしは6年生のとき、100m走の地区記録を持っていました。運動オンチだったわたしが学校の陸上の代表として市の大会へ出るようになったきっかけは大したことではありません。4年生のときの運動会でなぜか3位になったからです(それまではドベ)。有頂天になれるほど自分を信用できませんでしたが、でももしかしたら自分は足が速いのかもしれないと錯覚しました。ジョギングなど始めてみました。5年生の運動会ではダントツの1位になり、リレーの選手にも選ばれました。自信なんて所詮そんなものです。

運動に限らず、やればできる(かも)という自分への自信が生じるきっかけは大したものではありません。自分に自信のない皆さん。焦らずともいつか錯覚に近い自信が生じるきっかけに出会います。それに気付いたときに、もっと錯覚しておけば大丈夫です。

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朝食摂ってないぞ

「おれは朝から何も食べてないんだぞ!」

健診を受ける人はまあそれが当たり前なんですが、どうも腹が減ってイライラするらしいのです。先日の健診では受付開始時間のはるか前から並んで、「あ~カラダがフラフラして倒れそうだ!まだ始まらんのかなぁ」と大声でグチる中年男性がおりました。大人げないといえば大人げない人です。健康体だといえばまさしく健康体の証明なのかもしれません(まあ、総じて、こういう人はメタボ腹で生活習慣病の坩堝(るつぼ)の方が少なくないのは事実ですが)。

健康のために朝ごはんを食べなくなって長いので、わたしにはそのイライラ感はまったく理解できませんが、でも、朝食べていないのはそんなに大変なことなのでしょうか。もしや、朝ごはんを食べないのは不健康だと思いこみすぎているがために、早く食べないとカラダを壊すかもしれない、とかマジメにそう思っているんじゃないかとかえって心配したりしています。

どうせ検査が終わるまで食べられないのが健診なのだから、せっかくなら「空腹」を感じる良い機会にしたらいいのにと思いますし、きっと、そのあとの昼食がとてもおいしいはずです。もちろん、朝を食べていない分を取り戻そうと大量の昼食を摂るようでは本末転倒ですが。

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カウンセラーの素質

わたしの親しい知人のお話です。

その女性は、親戚の男性の相談(グチ)をよく聞いてあげるそうです。いつもカッカしている彼はいろいろな鬱憤(うっぷん)が溜まっているようです。ちょっと下世話なハレンチなことも含めて、彼女は聞き役になります。「こいつは凄いんや。こいつに話をすると気持ちがスッキリするんや。おまえもこいつに悩みを聞いてもらえ!」と云って他の人にも彼女を紹介しようとするので勘弁してほしい、と先日話していました。「だって、全部右から左に聞き流してるだけだもの。他の家族には話さない方がいいような内容が多いから聞いてやってるけど、どうせ大した話じゃないから、ただ適当に相づち打ってるだけ。全然覚えてないから、前のことを聞かれたら、『あらそうやったかいな』とか云って誤魔化してるんだから。」

恐れ入りました。カウンセリングのプロに云わせると「けしからん」のかもしれませんが、わたしはむしろ完璧なるカウンセラーの姿だと感服しました。相手の云うことをじっと聞き、相づちを打ち、ときどきオウム返しに反復し、共感してあげる。それだけで相手は満足して帰る。まさしく教科書通りのカウンセリングです。しかも聞き流しているから自分が入り込んで悩むような失敗もありません。それを日々の仕事にしているわたしはそれができずに悩んでいるのです。なかなか最後まで聞いておれませんし、すぐに悩みに入り込んで一緒に考え込んでしまったり、勝手に助言してしまったりして、ちっともうまくいきません。

これはもともと持って生まれた才能なのだろうな、と彼女の話を聞いてそう思いました。

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酒のトラブル

草なぎくんの泥酔全裸事件はバカみたいな騒動になってしまいました。もちろん大の大人が法律違反したわけだから罰せられるべきものですが、多くの一般常識人が「たわいもないこと」と思い、「騒ぎすぎだろ」と同情した事件です。この事件に対して某H大臣が、まるで虫けらのごとくに吐き捨てたあの態度が一番滑稽でした。地デジのCMまで全部作り替えるんだそうですが、税金の無駄遣いも甚だしい。

この某H大臣は、産婦人科病院の副院長が酒気帯びでお産に立ち会った事件でも、「飲酒運転より悪質!」と吐き捨てました。「バカいってんじゃねえよ」と思わず叫んでしまいました。この副院長がべろんべろんで何かした訳じゃなし、予定手術の執刀医が酒飲んで来たのとは訳が違います。いつ何があるかわかならないんだから断酒しろ、飲んだら現場に来るなと云うのであれば、そう法律で決めてしまえばいい。わたしたちもパーティの最中に救急の人手が足りずに呼び出されることはよくありました。あれをされないで済むのはラッキーな話です。その代わり、現場は医者が足りずに救急ストップをかけるでしょう。世の晩酌をされる開業医の先生は皆夜間の対応はできなくなり、巷に救急患者だけが溢れることでしょう。かく云う大臣さん方もいつ何が起きるかわかりません。パーティーや料亭から呼び出されて官邸に颯爽と向かっているのをよく見ますが、大臣さんは酒気帯びで公務をしても飲酒運転と同じじゃないんでしょうか?

最近、「常識」への過剰反応が甚だしいように思います。ちなみに某N大臣のドロドロ会見も、風邪薬を飲み過ぎたら(酒を飲み過ぎなくとも)本当にあんな風になりますから試してみてください。ただ、会見をキャンセルする選択をしなかったのがまずかっただけで、あれを酒のせいにしないでもらいたいものです。

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不良と非行

「最近は『不良』が居なくなった。居るのは『非行』か『犯罪者』だけだ。」という話を、先日運転中のラジオ番組で聞きました。

「不良」とは、「不良行為少年」を指すことばで、徳を害する行為をしている少年および少女のこと。法律上は、「非行少年には該当しないが、飲酒、喫煙、深夜徘徊その他自己又は他人の徳性を害する行為、つまりは不良行為を行っている少年」と規定されています。一方「非行」とは、軽い違法行為、あるいは違法ではなくても反社会的とみなされる行為のことで、「少年非行」は、「未成年者によってなされた犯罪行為、及びこれに類する行為と社会的に判定された行為」だそうです。要するに、非行は法律違反をすることであり、不良は公序良俗に反する行為はするけど違法ではない、という区別だと理解しました。たしかに昔から巷には「ワルゴロ」や番長グループというのは存在していましたが、彼らは強面にワルぶっているだけで、特に男なら大なり小なり成長期に必ず通ってきたプロセスでした。一応、そこには彼らなりの仁義があり、彼らなりの理屈がありました。一線を越えない「常識」がありました。一部はそのまま暴力団に入る者もいましたが、大部分は一時的なものでした。「昔は『やんちゃ』だったよね」という連中は、みんなこんな連中でした。

ところが、最近はそのプロセスなく、日頃不良そうな生活を送っていないのに突然犯罪を犯す青少年ばかりになった、と冒頭の番組がぼやいていたのです。だからたぶん「加減」がない(できない)のだと思いますし、ゲームの中のようなバーチャルと現実を区別できないのでしょうが、やはりとてつもなく怖い時代になってしまいました。

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ザ!鉄腕DASH!

先日、久々に「ザ!鉄腕DASH!」を観ました。ほのぼのとしていますが、昔から好きな番組のひとつです。

TOKIOの面々も各々に歳をとりましたが、彼らは若いときから何に対しても真面目に取り組んできたし、いつも好奇心旺盛で発想力と行動力があって、何よりも素直な若者たちなので、ついつい見入ってしまうのです。

もうかなり成熟してきたDASH村。わたしもあんな生活に昔からあこがれていますが、結局は周りの人たちの協力をどう得られるか、どう入り込めるかなわけで、それが不器用なわたしには一番苦手なのであります。周りはとてもやさしくしてくれるのに、何か自分から入っていけないのです。相手が厚意を見せてくれればくれるほど、それに甘えてはいけないのじゃないか、それは厚かましいのじゃないかと思ってしまいます。皆の心の中に入っていきたいのにふと気づくと決して心を許している状態になっていません。ひとりでは何もできませんし、何も楽しくありません。分かっているのですが・・・。そんなウジウジした思いと焦りを、この番組を観ながらいつも感じてきました。

父は若い頃から盆栽が好きで、ベッドの脇にはいつも盆栽の本がありました。本を読んで自己流に研究し、分からないことは散歩中に見かけた庭先でも聞いてくる姿をよく見かけました。退職したら庭師に弟子入りしたいと云っていましたが、ある日腰を痛めてしまってそれを断念したと聞いています。わたしはこれもまた苦手です。自己流の研究は好きですがそれを他人に曝して助言を請うとうことができないのです。子どものころにそういうことに慣れ親しんでいなかったのが一番の原因かもしれません。この歳からでもきっと変えられるはずとは思いますが、裏腹に偏屈爺になって行く一方です。何とかならないものかしら。

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漢字が多い

うちの職場の広報誌に定期的にコラムを書くようになって、もうすぐ15編めになります。ここに書くコラムの内容はわたしに一任されているため、提出したモノが原則としてそのまま掲載されます。ですから、良かったのか悪かったのか、内容の偏りや間違いがないかを指摘してもらうこともできません。そのため、できあがった広報誌をときどき友人に送って評してもらっています。

「内容はわかりやすいし、文章もやさしくて自分は好きだ。ただ、いつも思うのだけれど、ちょっと漢字が多すぎる気がする。同じ内容でも、漢字が占める割合が多いと重い感じがして読みたくなくなる場合がある。」・・・ある時、友人のひとりにそう云われました。

これはとても大事なことのような気がします。自称「国語博士」のわたしは、当用漢字に直せるモノは直して標記するのが当然の正しい日本語表記だ、と思っていました。それはそれで正解だと思うのですが、でも、公文書や論文ではありませんし、最大の目的は「人に読んでもらう」ということですから、「漢字が多い→むずかしそう」の感覚は避けては通れないと思いました。ときどき、作家さんの書く文章で、何でひらがななの?と思うことがありましたが、そんな意味もあるのでしょうか。

今では時々(ときどき)、わざと漢字に直さないで表記したり(表したり)、できるだけ平易な言葉に(やさしい言葉に)変えたり、いろいろトライしてみています。大体、漢字が多い時には自ずと内容が固くなり、あるいは自分の中で内容や云いたいことをきちんと把握していないことが多いモノです。自分で噛み砕けてないのであれば、人には伝えられません。ん?今日の文章は、何か漢字が多い気がします。屁理屈で引き伸ばした文章だからでしょうか?

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手際と手順

夕食の食材宅配サービスを頼むようになって5ヶ月を過ぎました。最初はこんなに少ないの?と思いましたが、最近は「多すぎるよ」とグチるようになってしまいました。慣れとは恐ろしいことです。

さて、先日小さな宴会で料理の話になりました。ちなみに、わたしはほとんど料理ができません。世の魅力的な男性たちのように「美味い料理を作りたい!」という衝動に駆られることがまったくないばかりか、味さえ濃すぎなければ、世に不味い料理などほとんどない!と思い込んでいる、錆びた舌の持ち主です。

前述の食材宅配サービスは、毎回必ずおかず三品分の材料が入っています。三品それぞれの作り方のレシピも同封されていますのでそれに従ってそのまま作れば、準備された料理ができあがります。ただ、夕食の準備として、その三品を同時進行で作りあげる「手順」は何も指示されていません。いらん世話だといえばいらん世話ですが、Aの準備をしながらBの下準備を開始し、さらにCの野菜をいつ刻むか・・・料理のセンスは「手際」に出ます。でも、準備されているのはあくまでも各々の料理の作り方のみです。「わたしは料理が好きだからそういうことはまったく苦にならないけれど、料理ができない人には辛いでしょうね」・・・いつものように指示通りの料理を手際よく作り上げながら、妻が以前そう話していました。

考えてみると、料理に限らず、世の中何事も手際と手順次第です。それが、「できる人間」とそうでない人間の決定的な差なのだろうと思います。わたしはどうかといえば、何をするにも要領が悪くてイヤになってしまいます。

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パニック体験

友人たちと某デパートに遊びに来ましたが、待ち時間があるというのでデパート内を一人で散策しておりました。三階の売り場の中を何をするでもなくブラブラしておりました。

ふと、あることに気づきました。静か。静かすぎる。徐に辺りを見回してみたらわたし以外誰もいません。それを除けば他には何一つおかしなことはありませんが、とにかくわたし一人。・・・突然、異常な不安感が押し寄せてきました。わたしの目は出口の一点に釘付けになりました。「急いでここから出なければ危ない!」・・・咄嗟にそう感じて走り始めました。出口のドア以外は視界から消えています。突然胸がドキドキし始めてきました。とてつもない不安感がザザァーっと押し寄せ、視界が波打つように広がったり縮んだりして落ち着かなくなりました。

はやる気持ちで出口を飛び出た後、とにかくみんなのいるところに行かなけりゃと思い、狭い非常階段を上り始めました。ところが不安感は強くなる一方で、ふと「反対!」と思いました。何故だか分かりませんがそう思うと急に振り返って下り始めました。狭い階段の途中で誰かとすれ違った気もしますが定かではありません。壁に囲まれた非常階段をグルグルと回りながら何段下りても外に出ません。何?ここはどこ?出口はどこ?目の前の視野がどんどん狭くなっていきます。不安感と動悸がおさまりません。とにかく、外の空気を吸いたいんだ!誰か助けて!

と、ここで目が覚めました。数日前の夜中のことです。パニック発作ってこんな感じなのかな、と思いました。初めての経験です。どうしたのでしょう。わたし、病んでいます。

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悟るということ。

『悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた』

増補改訂版の「納棺夫日記」には、本文の後に「『納棺夫日記』を著して」という文章が加えられていました。その冒頭に紹介された、正岡子規(『病牀六尺』)のこの一節もまた、わたしのココロに衝撃を与えました。わたしも、いつでも平気で死ねるようになることが悟るということだ、と信じていた者のひとりだったからです。むしろ「悟り」を開いたらその瞬間がこの世からの卒業のとき、親鸞の云う「光如来に出会って<死即仏>となる」ときだと思っていたのです。

突然、余命を宣告されたときに、こころを乱さずに死を迎える準備ができることが「悟り」ではなく、平然と日々を有意義に過ごせることが「悟り」・・・そうかもしれません。今想像してみても、前者ならわたしにもできるかもしれないけれど、後者は今のわたしには到底できるとは思えません。どこかの禅僧の半端な修行など屁の突っ張りにもならないことも簡単に想像できます。

死に往く人たちが皆穏和な顔になり、皆「ありがとう」という感謝の念に満たされていることをわたしも以前から感じていました。どんな苦しい思いをした死に方であっても、もはやその向こうには生も死もないきれいな青空の空間が広がっているのでしょう。きっとそこは素晴らしいところなんだろうな、と思います。それを思えば、死に往くことなどたやすいことでありますが、やはりこれは「悟り」とは違うものなのでしょう。というより、「悟り」がどうだこうだと、そんなことにこだわっていること自体に大した意味などないのだろうと思います。

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詩人。

『・・・詩人とは、悲しい存在なのである。雨でもなく雪でもない<みぞれ>というものがあるように、覚者でもなく普通の人でもない詩人というものがある。親鸞もまた、自分は僧ともいえず、俗ともいえず、どちらともいえないあやふやな存在であると自覚し、愚禿親鸞と名乗って、・・(中略)・・と、己の中途半端な姿を正直にのべなければならないほど、誠実な悲しい存在であった。親鸞も道元も、そして良寛も、偉大な良き人は、みんな詩人でもあった。』

「納棺夫日記」第三章<ひかりといのち>を読んでいて、突然フリーズしました。「詩人」・・・忽ちわたしのこころをとらえて離さないことばになりました。続きを読みながら、魂がどんどん惹きつけられていくのです。『詩人は、その詩作品とは裏腹に、決して美しいといえる生き様ではなく幸せといえるような生涯は見当たらない。物への執着がなく、そのくせ力もないのに人への思いやりや優しさが目立ち、生存競争の中では何をやっても敗者となり、純粋で美しいものに憧れながら、愛欲や酒に醜く溺れ、死を見つめているわりに異常に生に執着したりする。言葉でいっていることのわりに、やっていることはお粗末で、世に疎まれながら生きている。そんな詩人に共通の生涯を辿る理由が<光>ではないかと言うのです。あの<光>に出会うと、生への執着が希薄になり、同時に死への恐怖も薄らぎ、安らかな清らかな気持ちとなり、すべてを許す気持ちとなり、思いやりの気持ちがいっぱいとなって、あらゆるものへの感謝の気持ちがあふれでる状態となる。』

・・・わたしの憧れとする生き様が、まさしくそこに書き記されているような気がしました。医者は天職ではないだろうという感覚に襲われ始めた最近のわたしは、医者ともいえず、かといって普通の人でもない、あやふやな感覚の中に浮遊しています。「詩人」の生き様をこれから体現できる権利が、もしかしたらわたしにはあるのかもしれないと思いました。

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新入社員

新年度が始まりました。うちの病院にも毎年多くの若者が入社してきます。医療従事者だけではなく、多くの事務員さんも入ってきます。

彼らを見ながらいつも感じることがあります。これだけ多くの若者たちが入ってくるのに、どうしてうちの病院の職員さんたちはみんなこんなにとてもしっかりしているのでしょうか。好人物だらけに見えます。仕事柄、あちこちの企業の健診でいろいろな人たちと関わっていますと、世間一般に「この人はちょっと」という人が必ずいるものです。ほとんど子どものまま社会に出てきたような若者や悪態をつく人、あるいはいわゆる変人の類の人など、一般の企業のサラリーマンを見ていると必ず一定の比率でそういう人はいます。あるいは一緒に仕事をしていながら、すれ違っても挨拶すらしない人も少なくありません。

それなのに、うちの病院ではまだそんな人間に出会ったことがありません(医者は別です。医者は、わたしも含めて「変人だらけ」と云っても云いすぎではありません)。世間一般で批判されているような「ちゃらんぽらん」な若者がうちの病院にいないのはなぜなのでしょう?かなり厳しい入社試験だとは聞いていますが、それだけでは人格的な見極めはむずかしいはずです。偶然ではないでしょう。頭がいいから仕事だけきちんとこなしているのだろうと考えられないわけではないけれど、頭が良い人ほど変人が多い昨今です。やっぱり試験官に見る目があるのでしょうか?それとも入社後1ヶ月の新人教育が本当に徹底していると思って、純粋に自施設を自慢して良いものでしょうか。自然淘汰もあるのでしょうね。

とにかくはっきりしていることは、こんなさわやかな職員さんばかりの中でわたしは幸せ者だということです。

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田舎の裏庭

先日、友人とトイレの話になりました。

わたしの田舎(父の実家)の便所は家の一番奥、縁側の廊下をミシミシいわせて歩いていったその果てにあり、手洗いの水は便所前の軒下に懸かったジョウロのような容器に入っていました。幼稚園に上がるまで農繁期にはいつもばあちゃんに連れられて田舎に滞在していたわたしは、あの忌まわしい薄暗い空間がお化け屋敷のように恐怖でした。

最終目的地(便所)は、家の中の北のはずれの裏庭に面したところにありました。「何もおらぁせん!なんか、男ん子やろうが!」と本家の兄ちゃんに笑われ、今にも泣き出しそうな決死の覚悟で闇の中に突入するのでした。昼間でも薄暗くて気味が悪いのに、夜はさらに凛とした漆黒の闇が裏庭の向こう側に待ちかまえていました。生け垣の向こう側に延々と広がる田圃や林からは虫たちの声、さらにその向こう側にある沼や川のせせらぎの音も聞こえていたはずですが、きっと当時のわたしには何も聞こえなかったはずです。もはや天も地もない暗闇の中を前だけをみてスローモーションで駆け抜けていく自分がいます。便器の下から手が出てきてわたしの足を握るかもしれないから夜にウンコに行ってはいけない。後ろを振り向いたらそこに何かが立っているかもしれないから、終わったらそのまま振り向かずに後ずさりし、音を立てずにドアを閉めてから一目散で走って帰るのです。でも、この行動計画の最大のネックは、軒下の水。これでどうしても手を洗わないといけないのかしら。子どもながらに何回そう思ったことでしょう。きっと裏庭の闇の中から無数の妖怪たちがこっちをみているのです。こんなところで、無防備にひとりで立っていては彼らに見つかってしまうではないか!

やっとの思いで明るいこの世に戻ってみたらみんながこっちをみて笑っています。そっと大きなため息をつきました。・・・こんな夢を、この歳になってもときどき見ることがあります。疲れているのかしら。

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誕生日

今日は、4歳違いのわたしの姉の誕生日です。

子どもの頃は良くけんかをする姉弟でしたが、大学受験の前日に一生懸命英単語を覚えていた姉に対して「今ごろしてもムダだよ!」と軽い気持ちで云ったら、突然不安そうな暗い顔になったのを覚えています。あのとき以来、あまりけんかをしなくなりました。今は三重県に住んでいます。長男のアトピーを診察した医者の説明の仕方が不安だった!と、なぜかわたしのところに文句の電話をもらったこともありますが、わたしが父の反対を押し切って結婚したことを知ってからは口も聞かなくなり、遠く離れていたこともあってそのまま疎遠になっていきました。

久しぶりに彼女と話したのは、母の十七回忌のときでした。それは妻が初めてうちの親族に正式に紹介された日でもありました。でも本当に互いの想いを語ったのは父の急死の後からかもしれません。何日も同じ屋根の下に居て相談しながら遺品をひとつひとつ整理したときに本当にココロが再接続できたような気がしました。わたしの唯一の身内である姉と再度つなぎ合わせしてくれたのは、云うまでもなくやはり両親だったのだとココロから感謝しています。もともと多くを語り合う間柄ではありませんでしたが、あのころポツポツと語ってくれた彼女の若いころからの想いは、本当はまだまだ語り尽くせていないだろうと思います。

何度も繰り返される法事の度に顔を合わせましたが、昨年父の七回忌も終わり、また当分会うことのない関係になります。それでも、きっと昔とは違った姉弟の間柄であるだろうと信じています。先日、息子の就職にあたって保証人になってくれないかという電話がありましたので、快く引き受けました。

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国試対策

わたしはどうも連むのが苦手です。試験勉強はひとりでやっていくのが昔からの習慣でした。自己流のやり方や覚え方でないとアタマの中に入っていかないのです。そのスマートでない勉強の仕方をヒトに笑われるのが嫌なだけだったのかもしれません。

自分の生き方のスタンスには自信もあり、その方法はそれなりに通用してきました。でも、医師国家試験だけは恐怖でした。クラスメートは必ず友人とグループを作って勉強し合っていました。あるいはクラブの先輩から虎の巻やポイント集のコピーをもらい、どんな参考書を買えばいいかアドバイスを受けていました。それが国試対策の常套手段だったのだと思います。別に授業をさぼっていたわけではありませんが、居眠りすることは多く(今でも学会場で暗くなると瞬時に意識がなくなるのは当時からの条件反射かしら)、本学(医学部ではなく全学部合同)の演劇部に入り浸っていたわたしはクラスにクラブの仲間すらいませんでした。コピーは何とか再再再コピーの段階で分けてもらい、友人に参考書のアドバイスの受け売りを教えてもらいはしましたが、いかんせん勉強の仕方がわかりません。

よくもまあ合格したものです。受験した後もできた実感がなく、卒業して引っ越すときにもまだ国試対策の問題集と参考書は捨てる勇気がありませんでした。きっと医者の多くが常識だと思っている知識を、わたしは意外に知らないままに仕事しているかもしれません。代わりに、多くが知らないであろう、分厚い内科教科書の欄外のコラムの内容をこそっと覚えていたりするかもしれません。昔はちょっと負い目に思っていましたが、最近はこんな医者がいても良いんじゃないかしら、と開き直っています。

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独りよがりの恋

高校を卒業して大学予備校に通い始めたころから、わたしはある同級生に独りよがりの恋をしました。遠く離れた、わたしの立場で云えば(相手にとっては恋愛ではなくて仲の良いお友達だったかもしれません)「遠距離恋愛」になるそのつき合いは、途中での中断を経ながら、まがりなりにも大学卒業の前まで続きました。

携帯電話やメールの存在しないあの時代、手紙と里帰りのときのたわいないデート以外に交わすことばすらありませんでしたが、わたしはいつもウキウキしていました。「恋」というものはそんなものです。

予備校時代、夏を過ぎても成績はパッとしませんでした。志望校の合格可能性Dランク・・・とりたてて遊んでばかりいるわけでもないのに今ひとつスイッチが入りません。そんなころ彼女から一通の手紙がきました。「勉強の邪魔になるからしばらく手紙出さなくていいよ」・・・きっと軽い気持ちで書いたのでしょうが、その一通で突然わたしのスイッチが入りました。正月明けの模試ではAランクに。おかげさまですんなり志望校に入学でき、わたしってすごいなと思いました。その影響からか、大学時代のわたしは何をするにも自信がありました。それはきっと遠くに彼女がいたからだと思います。生き方の自信というものは理屈ではありません。芯になる存在があれば簡単にできることです。でも医師国家試験を前に別れを告げられました。彼女のために大分に帰る決心をしていたわたしのこころは見事に潰れました。彼女とは縁がなかったのだと諦めるのに長い時間がかかりました。

ただ、今思うと、彼女はわたしが今のわたしであるためにどうしても必要だった、最大のご縁だったのではないかと思います。彼女がわたしの前に存在しなければわたしは医者をしていません。医者になったことが良かったか悪かったかはわかりませんが、今でもわたしは彼女にこころから感謝しています。

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思索の時間

サッカーシーズンが始まり、贔屓にしているJ1チームの応援のために隣県まで阿蘇の山を越えて何度も往復します。ひとりで運転しながら誰にも邪魔されずに見慣れた風景の中を走っているこの2時間半がわたしにはとても充実した思索の時間になります。

いろいろなことに想いが馳せます。間近にひかえた講演のシュミレーションや頼まれた原稿の構想を練ってみたり、その合間に目の前の無謀運転に腹を立てたかと思えば、阿蘇の山々の季節の移ろいをぼぉっとながめながら遠い昔を思い浮かべ、次の瞬間には今夜の宴会のことを想ってみたり、はたまたラジオの会話に勝手に突っ込みを入れてみたり。その内容は全く秩序も節操もなく、時々はひとりでいることをいいことについつい独り言を云ってみたりしています。呆け防止の脳トレとしてはとても大事な時間だと思っていますが、決して建設的なあるいは学研的な時間でないことだけは確かです。

ただちょっとだけ気になるのは、想いの方向が最近は未来ではなく過去に向かうことが多くなってきたことです。これからこんなことをしたいとか、あの仕事をどう展開していこうとか、そういう想いがここ数年あまり浮かんできません。したいことやしなければならないことがないからなのかもしれないけれど、子どものころや青春時代のころのことばかりが浮かんでくるというのは、どうしたものでしょうか。

この時間に自分のブログのネタを思いつくことは良くあります。ただ困ったことに、せっかく内容の概ねをアタマの中で書き上げていたというのに、目的地に着いて友人に会ったころにはすっかり内容を覚えていないこともまた日常茶飯事なのであります。まるで夜見る夢のよう・・・。

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仲間たち

先日、今年度の〆の宴会がありました。わたしが今の職場に来て、最初に管理を任せられた部署の宴会でした。

当時、わたしは40歳代前半でした。スタッフたちは20歳代中盤でした。歳の差は約20歳。でも、わたしは何の問題もない歳の差だと思っていました。上司という感覚がなく、心もカラダも「仲間」として接してきたつもりでした。「仲間」は一緒に何もかもをゼロから作り上げていって、何をするのも面白かったように思います。

ところが、いつの間にか月日が経ちました。ふと気付くと、そこに無視できない歳の差を感じ始めていました。「あんたらは若いもんね」が口癖になってきました。今は直接の管理をする立場ではなくなってしまったからかもしれませんが、自分がたいそう年寄りのオヤジさんになった感じ。彼らは昔のままなのに・・・今も昔も同じ20歳の歳の差なのに、何か前よりはるかに遠くなったような気がしました。わたしは心身ともに無理がきかなくなっています。何をするにもつい守りに入るようになりました。

きっとわたしの中だけの問題なのでしょうけれど・・・「仲間」が「部下(他人)」になってしまったような感覚は、やはり思いの外寂しいものです。ちょっとだけ感傷的になってしまった、先日の宴会でした。

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花冷えの思い出

ご多分に漏れず急な花冷えが続いています。その前が暖かすぎたので体感的にはちょっと花冷えの域を超えているかもしれません。だから桜満開の春の景色なのに厚手の上着は手放せません。

この季節にいつも思い出すのは、別れと新しい生活、引っ越しと薄ら寒い新しい住処のことで、ちょっと甘酸っぱくてうら寂しい感情の残り香が心の片隅に残っています。

東京に引っ越したのは遠い昔、結婚1年後の春3月でした。二人とも初めての東京生活に緊張していました。紹介してもらった人と前もって不動産屋巡りをして、緑の多い石神井に、できたばかりの新築のこぎれいなアパートを見つけました。熊本のアパートを引き払い、各々の車を処分し、大分市役所で戸籍謄本などの諸々の書類を発行してもらい、墓参りを済ませてから片道だけの航空券を買って九州を飛び出しました。新居には荷物が翌日届きました。Y運送業者のパック便は引っ越し前にあったとおりの状態に戻してくれるのが売りでした。そういえば、本棚の中の本が全部左右逆になっていて揉めたことを思い出します。「逆だ!熊本で入れた奴が間違えたんだ!逆に入れてくれ!」と主張するのに「いえ、決まりですから」といって頑なにわたしの希望を拒んだ、山形出身の運送屋さんは、今は何をしているのかしら。頭に来たので、彼らが入れている端から全部払いのけて入れ替えてやった、血気盛んなころでした。

小物を入れた箱をまだ開けきらないまま夕方になりました。東京の日没があんなに早いモノとは思いませんでした。一気に気温が下がっていきました。やはり北国は寒かった。電気カーペットがあればこたつは要らないだろうと高をくくっていた私たちは、思いがけない肌寒さと知人のいない心細さで潰れそうになったことを、今でも思い出します。

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テレビ

あなたは、家に帰るなりテレビのスイッチを入れないと落ち着かないタイプですか?

昔のわたしはいつもそうでした。妻は今でも家に存在する限り必ずテレビのスイッチを入れます。朝など、家の中でテレビの音が聞こえ始めたら彼女が起きてきたことを示します。家にいる間中、何をみるでもないのにテレビをつけないと心が落ち着かないというのは現代社会人のひとつの習慣のようですが、それが不安神経症のひとつである場合もあると聞きました。

さて、最近、わたしは一人のときはテレビをつけなくなりました。朝も仕事から帰ってからも、よっぽど見たい番組がない限りスイッチをいれません。静かな部屋でパソコンのスイッチを入れます。そうすると持ち帰った仕事も手紙も依頼された原稿も、あるいはブログ書きも、ものすごくはかどります。たまには静かな部屋で本を読みます。すごい勢いで内容が頭の中に入ってきます。昔はテレビの音がバックグラウンドミュージックのように感じてむしろ聞こえた方が仕事がはかどっていましたが、今は単なる雑音として聞こえ、かえって作業の邪魔をするようになりました。昔は聖徳太子だったかもしれないわたしの頭が歳とともに超凡人になってしまったのでしょうかしら。

テレビのスイッチを入れないと落ち着かないとか不全感があるなどといった感覚はまったくなくなりました。でもその代わりに、最近のわたしが朝起きて最初にすること、あるいは職場に行って最初にすること、そしてもちろん外から家に帰って最初にすることは、「パソコンのスイッチを入れること」です。これは、無意識にテレビのスイッチを入れるのと何ら変わりはないのじゃないかしら?今、パソコンから離れることはできそうにありません。仕事の逃避をするときもパソコンです。・・・テレビ依存症がパソコン依存症になっただけだったりして。

お~こわっ!

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募金

拡張型心筋症の青年が海外で心臓移植を受けるため、ボランティア募金を行っていました。これに似た募金は全国で前から繰り広げられています。プロサッカーチームのサポーターをしていると、最近は良くこういう話を聞きます。

拡張型心筋症というのは、心臓の筋肉が徐々にその力を失い動悸・息切れなどを起し始める難病で、最近は内服薬で正常機能近くに回復できる人も少なくありませんが、やはり最終的に動けなくなって苦しみながら亡くなる人が多い、とてもミゼラブルな病気です。ただ、ここに「心臓移植」という選択肢が出てきました。心臓移植が成功すれば再び元気な人生を送れる可能性があります。本当にそれは、画期的な朗報です。でもその一方で、その選択肢ができたがために返って多くの人が悩み苦しむことになったのかもしれません。わたしは生命の尊厳をあまり冒したくないと思う医療人の一人です。当事者ではないからあまり軽はずみなことは書けませんが、できる限り宿命を大事に受け入れたいとも思います。

過激なことを書きましたが、可能な限り可能性にかけることはそれで良いと思います。でも、国内でなぜ心臓移植ができないのかというと、多くの日本人が「臓器提供意思表示カード」にきちんと○印をつけていないからだと聞きました。「ある難病青年がいるからみんなで助けよう!」との呼びかけには直ぐに同意するのに、自分(あるいは家族)が死んだときに「その臓器を提供するのはお断りだ!」というのは、どうしたものでしょうか?それが国民性だと云われればそれまでですが、ここのところがわたしにはどうしても受け入れられないのです。

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カラダの声が聞こえる

人間ドックに来て結果説明を受けるときにわたしを指名してくれる方が数人います。昨日もそんな75歳の女性が来られました。もう割と長いお付き合いになります。

いくつかの持病を持って近くの開業の先生のところに通院している方ですが、とても元気です。人間ドックの項目でいえば特に悪いところも見当たりません。治療中の高血圧や肝臓病や甲状腺機能も良好です。それどころか、骨密度(値としては骨粗しょう症ですが)や心臓ホルモンの値などは年々改善しています。値自体は微々たるもので医学的には誤差範囲内の変化かもしれませんが、年々歳をとっていくことを考えたらこれはやはり明らかに身体が若くなっている証拠だと思って、本人に伝えました。ちょっと微笑んで「嬉しいです」と答えました。

わたしが胃カメラの写真を説明している途中、彼女がおもむろに口を開きました。「最近、自分のカラダの中から発せられる声がきちんと聞こえるようになってきましたよ。昔はこの声に気付かなくてカラダを痛めつけてばかりでした。」・・・思いがけず深いことばが返ってきました。「自分のカラダの声が聞こえる」ためには、しっかりと自分のカラダと対話をする習慣が必要です。ちょっとやそっとのことでは中々実感としてこのことばは出てこないだろうと思います。自分に素直になれたとき、すっと聞こえてくるものなのだろうな、それが「悟り」というものなのだろうなと思いますが、残念ながらまだまだわたしにはあまり聞こえません。いつも耳を澄ませているつもりでいるのですが・・・。

また来年、お互いにますます元気な姿になって再会することを約束しました。

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よだれ

わが家には、来月11歳になるメスのワンがいます。家の中では若干4ヶ月になったばかりのメスのワンと対等に遊び、ひとたび散歩に出ると11歳とは思えないような強い力でぐいぐい引っ張って行きます。

そんな彼女が、ごはんの時間になると自分を抑えきれなくなります。彼女の食事は子どものころから一日2回のドライフードのみです。元気がいいとはいえやはり年寄りですからドライフードは老犬用になりましたし、腎臓を悪くさせないようにあまりタンパク質をあげないでくださいと病院の先生に云われているので、最近はわたしが酒を飲みながらこっそり手渡ししていた冷や奴やピーナッツも禁止させられました。ごはんの時間、自分の皿の前に座って「待て」をするときにボトボトこぼれる涎(よだれ)はいかんともし難く、尻尾を振り切れんばかりに振り回しながら待つ彼女のキラキラした目からは、ものすごいワクワク感が伝わってきます。もちろん「ヨシ!」と云った瞬間から食べ終わるまでに何分もかかりません。先日腸炎を起こしたばかりでしたからしばらくサツマイモを加えてあげましたが、一層大量の涎でベトベトになりました。

「そんなものイヌだから当たり前!」などと一蹴しないでください。先日(2009.3.3)の「ごはんは楽しみですか?」でも書いたように、現代人でこんなワクワクした空腹感を味わえている人はそんなに多くはないと思います。正直云って、そんな彼女の毎日が、ちょっとうらやましいのです。

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墓参り

彼岸の入りを前に、実家の近くの高台にあるわが家の墓に参ってきました。昨年は父の7回忌、一昨年は母の25回忌でしたので、今年は特に大きな法事の予定はありません。1月に伯父の葬儀の時にちょっと寄ってきて以来でしたので、小一時間かけて草むしりやら墓石磨きやら、めずらしくまともに墓掃除をしてきました。父と母の骨が埋められている赤土の上の草はなんとかきれいに抜くことができました。

うちの墓は、26年前に母が亡くなったときにわたしの名前で父が建てたもので、「吉相墓」というものらしい。吉相墓の何たるかをわたしはあまり詳しく知りません。7年前に父の骨を埋葬する時に墓石屋さんを呼んで大がかりな埋葬をしました。最近のお墓のように墓のウラに納骨スペースがあるのではなく、遺骨は土を掘ってそこに埋めます。長い歳月の間に骨は土へと帰りますと云われ、たしかに掘り起こしても母の骨らしい破片は見あたりませんでした。このとき、粛々と父の骨は土に帰っていきました。「当時は吉相墓がちょうどブームだったんですよね」と、墓石屋さんがちょっと自嘲気味に云いました。先祖との関わりや親子の関わりを大事にするという本来の考え方よりも、「先祖のたたり」とか占いとかのいかがわしい話題がマスコミを騒がせたために、「吉相墓」ということばにあまり良いイメージがないのかもしれません。

穏やかな春の日差しがふりそそいでいました。めずらしく風もなく静かな空気でした。残念ながらこの地にわたしたち夫婦の墓を建立してくれる子孫はいません。わたしの両親と一緒に生活したことのない妻が、自分が亡くなったときにできるなら南の海に散骨してほしいと云った、その気持ちはわからないでもありません。そんなことを思いながら、今年はいつもよりちょっと長めに手を合わせてきました。

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全休符

先日、テレビのあるクイズ番組で「五線譜に『全休符』の記号を書いてください」というのがありました。

「全休符」です。「全音符」はまだ何とか思い出せます。でも「全休符」は、不本意ながら何のことか全く浮かびもしませんでした。何かカモメが飛んでいるような形の「四分休符」はなんとか覚えています。どっかの草の実のような形の八分休符というのもありましたね。でも、それ以上は無理。「全休符」の存在を一生懸命思い出そうとしましたが、わたしの記憶の淵にカケラも残っていなくて、完全にギブアップでした。

ところがこれを出演者は簡単に答えていきます。「全休符」の形だけではなくそれを五線譜のどこに書くのかまで正解しないといけません。なんでそんなもん覚えているのよ?と思います。歌手や音楽関係者ならともかく、お笑いや俳優さんには縁がないでしょう。記憶のキャパが限られている上に徐々にキャパの大きさが小さくなるこの歳になると、そんなムダなことを覚えていると他に覚えるべきものが記憶の箱からこぼれ落ちてしまうのです。と言い訳なんかしたいところなんですが、その番組で私よりかなり年輩の俳優さんまでもが正解したときには、マジでへこたれました。

・・・ちなみに、正解はこれ (http://musical-grammar.com/pause005.html)。

昨夜は、「リピート」なる楽譜記号が問題に出ました。・・・これまたさっぱり!頭は使わないとどんどん記憶のキャパを少なくしていくんだろうなということを実感しています。わたし、マジでもう一度脳トレを再開しようかしら。

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国語博士

公式文書や製本された本でも、段落が変わったときに一字下げしていない文章がたくさんあります(わたしのブログは気まぐれで行替えしているので字下げしないことにしましたのでたぶん「悪文」の代表です)。きっと原稿をワープロやメールで書いているためなのではないかと思います。あるいは文の最後が「。」「!」「?」で終わっていない公文書も最近目立ちます(「。」の後に( )があるとか)。学術的な学会誌や小中学校の教科書くらいにしかきちんとした日本語表記はなくなったのではないかと思うと、ちょっと悲しくなります。

若くして亡くなったわたしの母は、国語の教師でした。中学で教師をしていた頃は国文法ばかり教えていました。そのためか、当時まだ小学校低学年だったわたしは文法のスパルタ教育を受けました。たとえば国語や社会科の教科書、あるいは書棚に並んでいる有名な小説家の本を指し、そのたまたまた開けたページの「ここからここまでの文章をノートに書き写しなさい。その文章をすべて文節に分け、次に単語に分けた上で各々の品詞名と動詞なら何形かを書き込みなさい」と、突然云われるのであります。授業用に準備されたものではないので大変そうに見えますが、その分、正解するととても嬉しくて面白かったことを覚えています。サ行変格活用(サ変)→「さ、し、する、する、すれ、せよ、しろ」。下一段活用→「け、け、ける、ける、けれ、けよ、けろ」。ついでに、形容動詞→「だろ、だつ、で、に、だ、な、なら」。・・・子どものころに覚えたものは、これだけ健忘のひどくなった今でも意外に忘れないモノのようです。でも、ちょっとだけあやふやになってしまった文法をもう一度勉強し直してみようかな、と思う今日このごろです。

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日本語文法

「最低限の日本語文法の常識を持っているまともな人を担当にしてくれないなら、他の会社を探します!」

うちの施設で定期的に発行している広報誌の編集・製本を依頼していたS社の担当者が、渡した原稿の文章をめちゃくちゃに書き直してしまってわたしの逆鱗に触れました。文章の専門家ではないスタッフの文章はお世辞にも上手いとは云えないものでしたが、わたしが可能な限り「てにおは」の手直しをして提出しました。ところが、できあがったゲラを見て愕然としました。担当者があちこちいじり直した挙げ句に、わたしが手を入れる前の文章よりはるかに悪文に壊してしまっていたのです。いわゆる「フィーリング」で書いてあるその文章は日本語になっていませんでした。この人は日本語文法をまったく知らないのではないか?と思いました。省略されていようがいまいが、日本語の文章(とくに書き言葉)にはきちんとした文法があります。主語には述語があり、述語には必ず主語がある。もともと文法なんて気にしたこともない人は、そんな最低限の決め事の何たるかを分かっていないようでした。文章を扱う仕事に付いていながらこんな文章を許すS社自体がうさんくさい会社に見えました。

数年後に新しい会社に契約を変えたとき、またまたわたしのコラムをいじられました。必要もなくたくさんの段落に区切られていたのです。「読みやすいように行を変えてみました」と云わんばかりでした。文章内容の大きな区切りが「段落」です。まるでメールやブログの文章と同じような感覚で意味も考えずに気軽に行替えした、その感覚には呆れました。

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パニック発作

石蔵先生によると、中高年の引きこもりの中には「外に出るのが面倒くさい」人だけでなく、不安障害(パニック障害)の人も含まれる可能性があると云います。これは、大勢に囲まれると息苦しくなったり胸がドキドキしたりする病気です。

わたしの妻が、若い頃パニック発作に悩まされました。きっかけは突然でした。わたしたち夫婦は、わたしの仕事の都合で新婚早々に東京に移り住みました。石神井公園近くの閑静な住宅地にあるアパートを借りましたが、都心で仕事をしている私と違い、周りに知り合いのいない彼女にとって一日何もしゃべらない日も少なくなかったようです。ある日、西武池袋線の電車に乗っていたら、池袋の直前で突然急停車をしました。何があったのか告げられることなく待たされたとき、突然動悸が始まりました。単なる信号待ちだったことを後で知りました。次に、超満員の急行電車に乗っていました。このとき突然に不安がこみ上げてきたのです。「今、この電車が急停車したらどうなるのだろう?」・・・思っただけで怖くなりました。尋常でない動悸に襲われました。早くこの場を離れたい!そう思いましたが、急行電車は何駅も飛ばして走っていきます。やっとの思いで途中駅のホームに降りたとき、顔面蒼白になっていたそうです。

それ以降、彼女は電車に乗れなくなりました。やむを得ない時は時間を掛けて各駅停車に乗りますが、それでも最初のうちは何度か途中下車したと聞きます。出ないで済むならどこにも行きたくない・・・彼女の一番苦しかった時期でした。まだ当時はそういう概念が確立していませんでしたので、病院に行っても良いアドバイスはもらえませんでした。何とか治った後、何年もして「パニック障害」という単語を初めて聞いたとき彼女は喜びました。やっと得体の知れない相手が分かり、自分だけが特殊じゃなかったことを知って安堵したのです。

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肩書き

「今度ぜひ、新聞の読者の投稿欄を注意して見てください。60代以上の男性の職業をみると、「無職」「年金生活者」「町内会長」「元会社役員」「元小学校校長」「執筆業」などさまざまです・・・」

大阪大学の石蔵文信先生の書いた「男もつらいよ(男性更年期)」の中の一節です。上に書いた職業のほぼ全員が「無職」だと思われるのに、男性はなぜか肩書きにしがみつくところがあると云うのです。その後わたしも時々新聞や雑誌の投稿欄を覗きみることにしています(昔はここを読むのが好きでしたが、最近は苦情やグチが多くなってきた感じであまり読まなくなりました)が、たしかに・・・学校教育のことを書いているわけじゃないのに「元教師」、地域の問題を書いているわけじゃないのに「元自治会長」・・・ありますね、たくさん。

その本の中で、男性の多くは出世やお金を人生の目的にしており必ずしもその先にある「幸せ」に向かって頑張っているわけではないので、退職すると目標を失うことになる、と云っています。現在進行形の肩書きはまだ理解できますが、辞めてしまったらもはや何の意味もない役職名に拠り所を求めざるを得ないのは、日本のオヤジの悲しいサガなのかもしれません。

先日わたしたちが企画担当した研究会で、発表者の役職名を全部消しました(必要ないかなと思って)が、ムカッとしている人が何人かいたかもしれませんね。

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ホッチキス

「書類が多くて失いそうだから、ホッチキスできちんと留めて送ってほしい」

先日、病院にあるアンケート箱にそんな要望が入っていました。奇しくもわたしは書類の束の隅に留められたホッチキスをひとつひとつ外しながら、そんな報告書を読んでいました。うちの健診結果の報告書も一部が冊子様になっています。その冊子は導入された時から真ん中でホッチキス止めされています。「市政便りや公文書の類が全部ホッチキスを除けようとしているこのご時世に、なんでホッチキスなんかをわざわざ使うの?」と事務方にクレームを云いに行ったら、利用者からの要望が多いのだと回答されました。

たしかに書類を区分し、なくさないようにまとめるのにホッチキスは便利です。でも、ホッチキスは捨てるときにとても厄介です。ゴミの分別化が一層細やかになりました。紙ゴミを捨てるに当たってホッチキスの針は全部取り外さなければなりません。個人情報はシュレッダー行きです。スチール製のホッチキスの針が1つで付いていようものなら一瞬にしてシュレッダーが壊れます。だから公文書や自治体の広報誌は折り曲げただけの冊子に代わったのだと認識しています。主目的の使いやすさを重視(お客様の要望に従って)する一方で、使用後の扱いの可能性まで目を向ける心配りがある方がカッコいいな、とわたしは思います。

ある食品会社の健診に出向いたとき、書類が全部紙のホッチキス留めでした。ホッチキスの針が食品ラインに混入したらいけないからです。たしかに使っているうちにポロポロ外れますが、それでもこれで十分だと思いました。

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おれがおれが

「大分の人はみんな優しかもんな。熊本のモンのごつ、『おれがおれが』て人を押しのけて出しゃばる人は大分には少なかですもんね。人間が上品ですもん・・・。」

よく参加させていただくゴルフコンペのメンバーの一人が、先日の宴会のときにわたしにそう話しかけました。わたしが彼からみるとそんな風にみえるということかしら。それは「上品」というのではなくて「優柔不断」とか「自主性がない」とか、そういうのではないのかしら?とついつい思ってしまいますが、少なくとも外から見た大分はそんな感じ方なのでしょうか。

熊本出身の運動選手、松野明美・古閑美保・上田桃子を見ていると、たしかに一流になるには「わたしがわたしが」でなければならないのかもしれません。「おれがおれが」は自己主張が強い人と思われ勝ちですが、一方でリーダーシップがあってお節介、集団をグイグイ引っ張っていくタイプとも考えられます。そういう点では、まさしく「おれがおれが」のイメージに合う人は大分より熊本に多いような気はします。「大分県民は個人主義者が多い」という意見を聞いたことがあります。「他人のことには干渉しないから、自分のことにも干渉しないでくれ」というタイプです。以前大分駅前からタクシーに乗ったときに、大阪から来たばかりだという運転手さんがそんな大分県民性をずっとぼやいていました。・・・考えてみると、わたしもきっとこんなタイプだな、と思わないでもありません。・・・世の大分県民の皆さんはどうお感じでしょうか?

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大分

大分市に生まれて、高校を卒業するまでずっと大分で育ちました。のどかな田園風景の中に1学年2クラスしかない小さな小学校があり、校庭には大きな楠の木が生えていました。そんな海に近い田舎の地に父が家を建てたのは、わたしがまだ3歳くらいのころでした。今も残っている実家の家は、高校2年生のときに建て直したものです。

ふるさとの「大分」はあまり好きではありませんでした。取り立てて取り柄がない土地のような気がしていました。大学から熊本に住むようになって、一層劣等感を感じるようになりました。熊本は、街の大きさも然ることながら、生き方にメリハリがあり自信をもっている人が多い印象でした。自己主張をあまりしないのが大分の県民性なのかもしれません。大分には「革新県」のイメージがありますが、文化については行政主導のいつもトップダウン方式のような気がしていました。現場から自然発生的に生まれてきたものではない、よそ者文化の植え付け方のような気がして、いつも反発していました。

いろいろと深い縁があって、最近は良く大分に帰ります。「そんなに大分は良いかい?」「愛人でもいるのかい?」と云われながら、足繁く行き来するようになりました。いつしか大分の文化が好きになりました。それが行政トップダウンであれ自然発生であれ、そこに根付いた文化が人々の足元にしっかりと根を広げてつながり合っている印象を受け、とても羨ましく感じます。そしてふと気付くと、わたしはどこにも属さない根無し草の様相で、なにか一気に凹んでしまうのであります。

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それぞれの時間

先日、妻と待ち合わせをしました。

「12時30分に○○の前で!」・・・他の用事で出ていたわたしは30分ほど歩いて12時20分に目的地に着きました。「良かった。何とか時間に間に合ったね。」と独り言を云いながらほのかにかいた汗を拭きながら待つことにしました。でも12時30分になっても待ち人は来ません。ちょっと寒くなってきたので、一度脱いだセーターを着込みました。

「お待たせ~。ちょうど良かったね!」と云いながら義母と一緒に妻が自家用車で到着したのは12時40分でした。わたしはそのまま車に乗り込んで目的地へ。この20分間のズレはわたしたちの間では別に話題になりません。なぜなら、いつものことですから。わたしは目的の時間の10~15分前に照準を合わせます。いつも余裕をかませる時間配分をするので遠距離になると思いの外順調にいきすぎて、1時間も前に着いたりしたこともあります。一方、妻の家系は目的の時間の10~15分後に照準を合わせます。ヘタをすると待ち合わせ時間に家を出たりします。つまり、わたしの云う「12時30分」は「12時15分~12時30分」のことであり、彼女の云う「12時30分」は「12時30分~12時45分」のことなのであります。

標準時のズレが初めから分かっているのですから、神経をとがらせる必要はありません。むしろ、わたしが初めから15分くらい照準を遅らせて行動すると良いのでしょうが、これができないんです。性分というヤツでしょうか。だから長く待つのが常ですが、時間潰しの準備さえしておけば別に苦痛ではありません。意外に充実した時間を過ごせます。

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梅酒

酒を飲みに行って、ときどき梅酒を注文するようになりました。梅酒なんて酒じゃない!と思っていましたが、友人が頼むので一緒に注文したのがきっかけでした。・・・美味しかった。そして、梅酒は種類が多いことも知りました。焼酎からも日本酒からも作れること、その質はピンキリだということも酒飲みの知り合いたちに教えてもらいました。

わたしの実家には、庭作りが好きだった父が植えた古い梅の木があります。季節になるとたくさんの梅の実がつきます。は、教師の仕事を退職して胃がんで死ぬまでの短い期間に、その梅の実を使って梅酒を作っていました。でも、残念ながらそれを飲んだ記憶がありません。ちょうど大学時代で実家から離れていたからかもしれませんし、そんな甘ったるいモノなんか飲まない!と突っ張っていたからなのかもしれません。

酒飲みだった父も母の作った梅酒はあまり飲まなかったと記憶します。母が亡くなったとき、母が作った梅酒を壺5、6個分捨てたのを覚えています。亡くなったのが5月ですので、あのときの梅は、その前年(まだ入院する前)のものだったのかしら?20年ほどしてが亡くなった後、家の片づけをしていたら納戸の奥深くに山積みされた壺がみつかりました。もはや主の居なくなった家には必要のないものだと判断して壺を処分しました。何か、深い思い出の残った存在が消えていく感じがしました。

母の作った梅酒はどんな味だったんだろうか?飲んでおけばよかったなと今になって思います。そして今、人に貸している実家の庭の梅の木はもう実を付けなくなったのだろうか?・・・やっと花が付き始めた我が家の小さな枝垂れ梅を見ながら、そんなことを思いました。

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SVR理論

心理学者マースティンという人の「SVR理論」(1972)というものをご存知ですか?

初対面の男女が親密になるまでには3段階の発展段階があり、各々の段階において2人が重視する内容や関係にズレが出てくると、その関係を続けにくくなったり、たとえ結婚しても早々に離婚してしまうというのです。逆にこの3つのステップをきちんとこなしていけば結婚に失敗は少ないと括っています。

●第一段階=刺激(Stimulus)ステージ:出会いのとき、人は身体的、行動的特徴や社会的地位に心を惹かれる。外見(容姿や地位など)の<刺激>がその後の進展を決める。

●第二段階=価値(Value)ステージ:「初期の接触」段階では<価値観>が似ていることが重要になる。趣味や好み、意見の一致などの共通点が見出されると心が惹かれてもっと親しくなりたいと願うようになる。

●第三段階=役割(Role)ステージ:さらに親密になると共同作業・共同行動の場での2人の<役割関係>が重要になる。お互いにお互いを補い合う関係になる。2人の課題にしっかり向かい合える関係になれると真の親密な関係になれる。

聖バレンタイン・デーなので、ガラにもなくこんな記事にしてみました。先日、妻が職場の上司からこの理論を書いてある本のコピーをもらってきました。「うちは第二段階が抜け落ちていたのよね、きっと」と云いました。・・・なるほど。

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マンガ

わたしの尊敬する恩師は、常に情熱的で学問に貪欲で常に患者さんの立場に立ち、そしていつも部下や病院の5年後10年後を見据えた提言をする人でした。カリスマ中のカリスマですが、世間のカリスマにありがちなワンマンプレーではなく、部下や周りの人間の幸せを常に考えている人でした。止まることを知らず、だから人生のサイクルが普通よりはるかに早かったのだと思います。生まれてからこの方、わたしが関わってきた人の中で、この人はやはり全く別格であったと思います。

ただ、意外にもそんな革新的な彼が、頑なに拒んでいたのがマンガ本です。わたしたちはよくマンガ誌を回し読みしていました。「大の大人が、しかも医者の君たちが、マンガなんか読むなんて信じられん!」・・・彼はいつも強い口調で叱責していました。「今は歴史書や哲学書もマンガの方が分かり易いモノがたくさんあるのですよ」と進言しましたが、全く聞く耳を持ちませんでした。マンガは子どもの読み物・・・他の事に関しては、あれだけ柔軟で発展的な考え方をしている人なのに、その決め付けを最後まで曲げませんでした。今考えても、あれだけは不思議です。

それはともかくとして、本当に最近のマンガ本はセンスがあって大人が読んでも面白いと思います。某病院の当直中にバカボンドやピンポンの全集を読んでいたら、いつの間にか夜が明けたことがありました。友人は「神の雫」を読んでワインに嵌りました。マンガは決して暇つぶしで読むものではありません。ただ、正直なところ最近の自分はあまりマンガを読みません(大人のマンガも含めて)。なんか、妙に面倒くさいのです。小説を読む方がはるかに楽です。これが「オヤジの証明」というものならさびしい限りです。

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甲子園

わたしの出身高校が春の高校選抜野球に出場します。後援会や野球部OBは何十年ぶりかの甲子園出場に躍起になっているようすですが、わたしの気持ちはあまり高揚しません。

わたしの人生の思い出の中で、残念ながら高校時代だけがすっぽりと抜けています。学校や校区中に名の知れた優等生でありながら、影で同級生に陰湿ないじめをしたり親の金を盗んだりしていた小学校時代。街中にある某附属中学に進学したがために、田舎者の劣等感にさいなまれよそ者感覚を自分の中からぬぐい去れないまま、友にココロを許すことができなかった中学時代(それでも中学時代の友人たちとのつき合いが今でも深いのは不思議です。父の葬儀や相続の手続きなどのときには一番力になってくれました。「友人」っていいなと思いました)は、妙な虚勢ばかりを張って生きていた気がします。

「高校に上がったらクラブ活動せずに勉強しなさい」といわれた高校時代ですが、結局電車(現JR)通学の帰宅部は、途中どこに寄るでもなく、家に帰ってから遊ぶ友人が居るでもなく、かといって勉強するでもなく、ただただ一人漠然と生きていました。よそ者感覚は中学時代の比ではなかったように思います。「幼なじみ」とか「高校からの悪友」とかいう青春ドラマのそんな響きに憧れながら、良きにつけ悪しきにつけ、高校時代の三年間に想い出が何も残っていないのは、もったいないばかりです。

そんなこととは無関係に、春の選抜、是非旋風を巻き起こしてほしいと思います。

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聞く耳

毎日読んでいる好きなブログがあります。以前「マザーテレサのことば」を紹介したブログです。先日、またとても心に残った文章がありました。

   そんなこと知ってる

   と思った途端、新しいことはなにひとつ入ってこない。

   知ってると思った途端に好奇心は消える。

   そのとき自分は傲慢。

本人の許可も得ずに転載していますが、この4行を読んだ瞬間にグサリと胸に何かが刺さり、見事にはまりました。人の話を聞くとき、「聞く耳」を持てなければまさしくそれまで。聞く耳を持とうと思って聞き始めても、「ギャンことくらい、分かっとっタイ!」と思ったら、もうその後にその人が何を話そうとほとんどアタマの中を素通りしています。そんなことはありませんか?わたしはきっといつもそうです。相手が目上の人や偉い人なら尚のことです。学会に行っても、「これは知っている」と思った瞬間からアタマが他に移っていくのがわかります。

これはそのまま逆にも当てはまるのだということを忘れないようにしたいものです。わたしが人に説明するとき、分かり切ったこと、毎年聞かされていること、そんなフレーズがわずかでも相手のアタマをかすめたら、相手が再びわたしのことばにアタマを戻してくれる可能性は極端に低くなるのだということです。

とても深いことばとして肝に銘じておこうと思いました。

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般若心経

わたしの密かな人生の目標は「般若心経を理解すること」です。

15年くらい前から、本屋で分かりやすそうな本を見つけてきては読み漁ってきました。「色即是空、空即是色」・・・この世の全てのものは空であり、無である・・・理屈はそれなりに分かるのです。本に書いてあることも自分なりに理解できていると思いますし、納得できます。でも、実感としてどうしても理解できない。ピーンとくる感覚に出会えません。だから今ひとつ不満足なのです。

アタマ(理屈)で考えるから理解できないのでしょう。ある心臓病の患者さんに相談したら、「何度も写経をしてみたら見えてきますよ。まずは心を落ち着けて書いてみてください。」と云われました。友人が100円ショップでペン字の写経のノートを見つけて買ってきてくれました。なかなか墨と筆を準備する時間がとれませんが、ペンや鉛筆なら書けるかもしれないと思って仕事場のデスクに立てています。・・・が、結局まだ一頁も書いていません。これを書き始める心と体の準備ができたとき、次のステップに上がれるのかもしれないと思います。・・・ていうか、こんなことで屁理屈こねている自分には、結局まだまだその気がないんでしょう。数分で書ける事なのに、まだどうしても書き始める気になれないのです。

修行僧がそうであるように、理屈だけの頭でっかちでは絶対に覚れない世界がそこにはあるのだろうと思いました。これから徐々に経験値を積み重ねながら、生きている間に「あ。これか!」という気持ちになれたらいいかな。

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納棺師

遅ればせながら、映画館で「おくりびと」を見ました。魂の抜けてしまった抜け殻である遺体をキレイに祀り、艶やかにかつしめやかに送り出す儀式は、「愛おしい人と一緒に生きてきたことの想いを抱きながら、訣別のあいさつをする」、逝く人のためというよりは、残された者が自身の心の区切りをつけるための儀式だと思います。故人(の体)と対面するのは、多くの場合お葬式や通夜の席になるのでしょう。そこにあるモノにはすでに魂がないことは分かっています。生前の面影はすでになく、変わり果てた顔に死化粧を施し、「キレイにしてもらったね」とか「ありがとう」とか、かけがえのなかった存在に優しく最後の語り掛けをして、自分の心に別れの踏ん切りをつけるのです。

闘病生活を続けてきた母の最後の顔は、わたしの脳裏に残る母の顔=もっとふっくらとして静かに優しく微笑んでいる=とは似ても似つかない屍の顔でした。死後一週間たって少し腐乱しかけて見つかった父の身体は誰なのか半ば判明しにくい姿でした。突然死して数時間後の同僚の遺体と対面したときにも、若さを誇った彼の生前の面影は全く残っていませんでした。

「おくりびと」である本木君が施してくれる納棺のための儀式は、生前の姿を想像し、目の前の死体を生前の姿に戻してあげようとする作業です。あそこまでキレイに施した姿を目の当たりにするならば、おそらく残された者たちは今よりもっとたくさんの思い出を頭に浮かばせ、もっと多くを語りかけることができたでしょう。

死を忌み嫌う風土の中では蔑まれた職業と認識されるのもやむをえないかもしれませんが、死体を祀り上げる一方で死体を忌み嫌うということは、よく考えるととても矛盾したことです。「夫は、納棺師なんです」・・・最後に広末が堂々とそう語った姿をとても嬉しく感じました。

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できるかどうかではない!

ある健康プログラム会員の加入者が思うように増えないため、対策委員会を作って会議を開いたことがあります。わたしは委員長をしました。

何週間もかけてアタマを絞りました。若い人たちの柔軟な発想はとても面白く、感心することしきりでした。いくつかの独創的な意見のうち現実味のありそうなものをある程度具体的に取りまとめて担当の事務部門に提出しました。ところが、すぐに付き返されました。「無理!」の一言で・・・。さすがにあのときは、わたしも切れました。大の大人が、こんなに時間をかけて考えた末にこれなら頑張ればできそうだと判断したものを、上に上げる前に門前払いというのはいかがなものか。わたしは、門前払いをくらわしたその担当者と話をしに行きました。

「わたしたち対策委員会が提案したということは、『それができるのかどうか?』を聞きたいのではない。『することを前提にして、それをするために何をしたらいいのか?』を聞きたいだけなのだ。だから、具体的にその答をください!」・・・担当者は苦虫を噛み潰したような顔をしながら聞いていました。そして、「これだったらできないわけではない」という案を提案してくれました。「なんだ、やればできるじゃない!それを上に上げてくださいな」・・・そう彼に伝えて別れました。

あれからもうかれこれ2年。結局今も何も変わっていません。どこかで明らかに絶ち切れになっています。組織が大きくなるとフットワークが異常に重くなってしまいます。出てきた意見がとても前向きで素晴らしいものだっただけに、とても寂しく思いました。そして、それを何とかしてあげられなかった自分の力の無さに落胆しました。

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リセット

昨年の忘年会で、少年隊の「君だけに」を踊りました。踊る機会を作ってもらい、一緒に踊ってくれたメンバーさんには心から感謝しています。

わたしが「復刻版『君だけに』を踊りたい」と口にし出したころ、わたしのココロは公私ともにかなりヘタっていました。時々やってくるうつ周期の中でもちょっと大きめの嵐がやってきていたころでした。こんなときには、じっと嵐の通り過ぎるのを待つのが常なのですが、何をするのも億劫な状態がいつまでも続きました。何かきっかけをつかみたい。現状をリセットさせて再出発したい。そう考えていたころでした。

そんなとき、6年前に、いい歳をした大の男たちがわざわざ休日を返上して一日中宴会芸の練習に打ち込んだことを思い出しました。傍からみればとても滑稽だったに違いありませんが、何事にも一生懸命打ち込んだときの達成感は、中途半端な心身状態にあるものをすっきりリセットさせてくれます。人間(少なくともわたしは)、人生の中に何か一生懸命に取り組めるものを見つけ出して、それを達成させたいという願望があります。その達成を周りが褒めてくれたら最高ですが、たとえ周りが認めてくれなくても人生の達成感は自分をたっぷりと満たしてくれましょう。小さな宴会芸の練習に打ち込むことがわたしの人生の取り組みであるはずはありません。でも、もう残り少なくなってきた自分の人生の中で、まだその人生をかける取り組みの何たるかがはっきりしていません。小さなリセットを何度も繰り返しながら、いざ大きなリセットの時期がきたときにたっぷり情熱を傾けられるように日々訓練しておきたいと思っております。

我武者羅に頑張る姿をみて、ちょっとポーズをつけて「くだらねえ」とか云ってみる年頃もありましたが、本当はいつでも頑張ってみたいんですよね。

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同窓会名簿

先週、ある印刷会社から、わたしの卒業した中学校の創立60周年記念同窓会名簿の発刊のお知らせが届きました。50周年記念の何じゃかんじゃがあってから、もう10年もたったんですね。月日のたつのは早いものです。

さて、「同窓会」というのは「卒業者」がその対象です。必ず○○年卒(第△期生)という括りです。よく考えるとそれなりに不思議な話です。3年間のうちの2年半を一緒に過ごしても3年生の秋に転校していったら、この人は同窓会メンバーには入らないのです。彼らにはこのお知らせハガキは送られて来ません。卒業後何年か毎に何らかの理由で消息確認をされますが、そんな人たちの消息は月日がたてばたつほど分からなくなり、同じクラスにそんな人が居たという記憶自体すら無くなっていくこともあります。在学中にあんなに仲が良かったのに・・・わたしたちの中学でも、途中で何人もの友人が通り過ぎていった気がしますが、正確にはもう定かではありません。わたしは当事者ではないのでよく分かりませんが、転出していった友人たちは、違う卒業者名簿を手にしながら、思い出のいくつかを消されていくような寂しさを感じているのではないのでしょうか。転勤族のお父さんがいると何校も渡り歩くことになります。あちこちに足跡を残しているように見えて、結果としていつの間にか自分の歴史は端からどんどん消えていっているのかもしれません。

同窓会名簿の話題が出てくる度に、一覧表に出てこない友人の名前を思い出すことがあります。顔は思い出すけど名前を思い出せないこともあります。みんな元気にしているのかしら?

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「アタマの理想とカラダの理想」

昨年のうちに懺悔した通り、今回の職場の広報誌のコラムは、ここに書いた内容のツギハギになりました。ちょっと屈辱的ですが、まあこんなこともありましょうぞ。

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今日も今日とて、みんなそろってメタボとの戦いです。戦いはきっと難航していることでしょう。なぜ脂肪は思うほど簡単に減っていかないのでしょうか?ちょっと考えてみてください。「理想」とは何か?「余裕」とは何か?

アタマが考える「理想」とは、余分なエネルギーをできるだけ細胞から取り除いて体内の倉庫を空にすることです。いざとなったらいつでも入れられるスペースを空けていることが「余裕」です。一方、カラダが考える「理想」は、できるだけたくさんのエネルギーを細胞に充満させている状態です。いざとなったら何も食べなくても耐えていけるだけの在庫が倉庫に満たされていることこそが「余裕」です。つまり、アタマとカラダは全く逆の状態を理想だと考えているわけです。一つの個体が、いつもそんな二重支配状態にあるのだから、ことはそう簡単ではありません。会社のトップの意見が真っ向から対立していたら、あるいはチームの首脳陣のビジョンが全く違っていたら、社員や選手はきっと右往左往することでしょう。昔はほとんど飢餓状態の中にあって、貯められるときに貯めておくのが「理想」であり「余裕」だという点でアタマとカラダの意見はいつも一致していましたから、何ら問題はありませんでした。むしろアタマはいかに効率よく貯められるかを考え、カラダは実際に貯められる機能を完成させました。

アタマの方は現代社会が抱える飽食の状態の危機感をきちんと察知し、「これじゃイカン」と真面目に反省して、何とか社会に適応できる戦略を指示しようとしています。でも、カラダの方は飢餓状態のときの記憶が細胞内に脈々と生きているので、いつ襲ってくるかわからない危機的状態にいつも脅えています。急に天変地異が起きたら、あるいは山で遭難したらどうしようか。いつもそんなことを考えています。人類は、この2つの全く違う戦略感覚のシステムがあることによって絶滅することなく生き延びてこられたのだといわれています。

大きなメタボ腹をかかえた旦那さんが憂鬱な顔をして説明室から出ていきます。その後ろをなんら問題のなかった奥さんが優越感に浸りながら背中を押して付いていきます。日常の健診センターでは良く見かける光景です。世が世なら、確実に立場は逆転していただろうにと思うと、ちょっと旦那さんがかわいそうになります。そんな矛盾だらけの大きなハコをかかえて途方にくれている皆様。とても大変ですが、現代社会ではアタマとカラダの両方に納得いかせるのは到底不可能です。カラダに気付かれないように、そっとがんばってください。

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なぜに自転車通勤?

「先生、なぜに今、自転車通勤なのですか?」

職員の一人に面と向かって尋ねられました。先日は、病院の看護部の幹部に「健康のために自転車通勤なんですね。さすがですね!」と云われました。わたしが自転車通勤を始めたのは昨年の秋です。1年以上前からいつかは始めたいと思っていましたが、買う自転車を決めることから始めなければならず、素人のわたしはなかなか踏み出しきれずに二の足を踏んでいました。

で、なんで始めたくなったんでしょう。健康のため?メタボ対策?・・・よく健康講話をするときに自転車通勤を始めたことをネタに使うことはありますが、最高の運動は「歩くこと」だと思っていますので、「健康のため」などというくだらない理由で高い金を払う気になるとは思えません(ただ、自転車というものがこんなに高いものだとは買ってみて初めて知りましたが)。「やせるために自転車通勤」は有効な手段だと思いますが、わたしにとってはあくまでも結果論です。エコ?ガソリン代が上がって、1年以上前から我が家の経済をかなり圧迫させ始めました。何しろサッカーシーズンになったら月に2回以上は大分まで往復します。その穴埋めのために通勤は自転車で?あるかもしれません。でも、きっとこれも始める強い理由ではなかったと思います。

妻に聞いてみました。「知らないわよ!」と一蹴されました。「でも、たしか『職場の誰かが自転車通勤してて、カッコいいからボクもしたいな』って云ってなかった?」とのこと。え~!そんなミーハーな理由なん?・・・結局、「なぜに自転車通勤?」の答は良くわかりません。いいんです、理由なんて。とにかく、クセになります!自転車通勤。

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伯父が亡くなりました。

先日、伯父が亡くなりました。満83歳の大往生だったと聞きました。

秋に長女をがんで亡くしたころから入院生活をしていました。元気だった頃、「自分より若い者が先に亡くなっていくのが辛い」と伯母にもらしていたと聞きます。若い頃からの喧嘩相手だったわたしの父親が亡くなったとき(基本的にうちの父のチャラチャラした自信有り気な態度に辟易していたみたい)には、長い間ふさぎ込んでいたそうです。

子どものころから可愛がってもらいました。哲学者のような人でした。とても無口な人でした。お宅に伺っても、2人でいるとほとんど無言のまま時が過ぎました。でも、ぽつぽつっと話すことばの中に優しさがこめられていることがわかります。山登りが好きだったということは告別式で初めて知りました。祭壇の写真も山登りのときのものでした。伯父についてのわたしのイメージは、タバコをくゆらせながらいつも本を読んでいる姿でした。優しい眼差しですが、芯が強くて自分の意見は絶対に曲げない頑固者でした。うちの父親と同様に、そんな性格を熟知した奥さんが居なかったら、こんなに円滑な人生は送れないであろう不器用な人だったと思います。そして、賢い彼はそんなことくらいしっかりわかってすっかり奥さんに頼っていたのだと思います。

わが子ががんの手術を受けたころから認知症になっていました。がんで亡くなったことはわかっていなかったかもしれません。「あれ?あんたなんでここに居るんかえ?」そんな会話を今頃天国でやっているのかもしれません。ご冥福を祈ります。

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計画表

わたしは、段取りを立てること自体はキライではありません。というか、それなりの段取りを立てておかないと落ち着きません。待ち合わせが何時だから、何時に家を出て、そうすると何時に起きないといけないかな、などといつもアタマの中で考えています。「まあ、何とかなるさ」と口で云いながら、本心は気が気ではないのです。

若い頃は、まず必ず計画表を作りました。「夏休みの過ごし方の計画」は、作りはしますがそのまま実行できた試しはありません。でも、作らないと落ち着かないので必ず初日に作ります。作ること自体が楽しい作業で、好きです。「期末試験や中間試験の勉強計画」は、カレンダーを使って細かく書き込みました。きちんと予定通りにできるとそれだけで無性に嬉しかったものです。もっとも、それで成績が良かったかというと、それとこれとは別の話です。今の仕事になってからは「講演の準備計画書」や「学会準備の計画書」(つまり本番がいつだからこの日くらいから取りかかってこの日ぐらいには作り上げるなどのスケジュール決め)などがあります。いつも本番の1週間以上前には準備が整ってしまい、かえって本番のころには内容をすっかり忘れていたりしました。

そんな段取り屋のわたしの様相が、最近変わってきました。計画表を作るのが面倒くさくてたまりません。講演の準備にしても、数日後に本番なのにまだ何も始めていない、なんてことが珍しくなくなりました。今も、明日が〆切の原稿にまだ手を付けていません。どうも、この「面倒くさい」ということ自体が、老化の表れなのだと云われました。

でも、まあ、何とかなるでしょう(今回のは間違いなく「逃避」ですね)!

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段取り達人

1月4日(日)の朝に「カラダのキモチ(TBS)」というテレビ番組を観ました。

家一軒分の荷物をトラックに積み込ませると、新人の引越し業者さんの指示では45分かかりました。でも同じことを達人がするとその半分の時間で済んでしまいました。何が違うのかというと、トラックの荷台にすべてを詰め込んだ最終的な姿を具体的に「イメージ」できるかどうか、のようです。きっとわたしも、新人さんと同じようにとりあえず箱モノを運び出して奥から詰め込むことを考えます。でもそれでは定型でないものを入れるのに必ず死腔ができるのです。当たり前のことです。それをパズルでもはめ込むようにアタマの中で一旦きちんとシミュレーションして、一部の隙間もない形できれいにしまいこんでしまう達人の技(技というよりアタマの中)は、天才だ!と感心しました。

回り道をすることや無駄なことが大嫌いな人がいます。そういう人たちのアタマの中ではこんなシミュレーション作業が常時繰り広げられているのかもしれません。彼らは活発にアタマを使うことを楽しんでいるのでしょう。将棋や囲碁をしたらきっと得意なのでしょうね。でも、今のわたしはそんな人たちにあまり憧れません。わたしのような固くなった(今に始まった固さではないのですが)アタマの構造ではそんな作業は難しいですし、効率の良いスマートな生き方自体、もともと得意ではありません。でも、むしろあの新人さんのように、出したり入れたり試行錯誤しながら右往左往して、無駄な時間をかけて少しずつ形にしていく不器用な過程が、最近だんだん好きになってきました。

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正月の風景

元旦早々、早朝からゴルフに行くのが最近の習慣になりました。

行く途中、にぎりめしを買いにコンビニに寄ります。今年も、そこにはごく普通の朝のコンビニの風景がありました。そういえば5~6年前に初めて元旦ゴルフに行ったころには、元旦のこんな時間に開いているコンビニはありませんでした。夜中に初詣に行った連中はすでに布団の中で、巷には車も人も動物もほとんど動いていませんでした。ゴルフ場の食堂も開いていませんでしたから、みんな手弁当でしたし、中にはおせち料理を持ってきた輩もおりました。

この数年で、元旦の風景は明らかに変わったと思います。初売りが1月1日だという店もたくさんあります。レストランの多くは大晦日からぶっ続けに開いていますし、日頃の祝日と違うのはテレビ番組だけかもしれません。その一方で、年末には正月準備で商店街は毎年賑わっています。昔からずっと変わらない光景です。正月に火を使わないで済むように作りためる「おせち料理」は、今でも定番として各家に存在します。お正月の間に食べるであろうお菓子や飲み物も買い溜めます。おせちに飽きる2日の夜か3日の夜にはやっぱりカレーだな、と材料を買い込んでいます。

それなのに、なんと、元旦の昼には某ハンバーガーショップのドライブスルーに長蛇の列。夜には焼肉屋やファミレスが大混雑していました。凄いですね。あのおせち料理は、一体いつ食べるのかしら?買い溜めたお菓子はいつ食べるのかしら?

国民の8割が正月に太る、という理由が良く分かります。

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入れ替えてみる。

年末に自宅の大掃除をしました。

掃除は日々やっておけば良い。年末は寒くて頑張りすぎると風邪を引くから掃除向きじゃない!と思いながら、結局は御用納めの後になってアタフタとする人生を何十年もやってきました。反省しても学習できない人生をここでも送っています。

わたしの大掃除は、モノを整理して要らないモノを捨てるのが主体です。斜めのモノを横に揃えるだけのこともあります。そんな中で、ひとつだけ楽しみにしている行動があります。そこいらに散らばっているモノを全部ひっくり返してから取捨選択をして元に戻していくのですが、全部を終えた後におもむろに総入れ替えをします。左右を入れ替えたり上下を入れ替えたり。洗面所の机上の配置も食卓の上の配置も自分の机や部屋の小物の配置もことごとく入れ替えます。決して「模様替え」ではありません。

日々使っているものを全部逆の配置にすると、もの凄く違和感があります。何も考えなくてもカラダが動いていた、その場所にあるべきものがなくて空振りをするのです。おもしろい!案の定、正月早々の朝の歯磨きから見事な空振りをしました。アタマを働かせていないとすぐにボケていきます。日常の生活の中に、ほんのわずかでもアタマを使う機会を作ってみました。

とかカッコいいことを書いてみましたが、実は「ちゃんと掃除したよ」という証のためにこっそりいじってみているだけの楽しみです。

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一生の不覚~酒の懺悔

正月早々からきたない話で恐縮です。

父親から酒飲みの血を引き継いで、ほとんど酒に飲まれることのない人生を歩んできました(はいはい。わたしがそう思っているだけです!)。外では自然にセーブしますが、不覚にもせっかくいただいたものをすべて吐いてしまった経験が2回あります。

人生最初の不覚は、大学入学後にあった出身高校の新入生歓迎コンパでした。下宿屋に帰ってからやらかしました。隣室の先輩方に「酔ってませんよぉ~」と酔っぱらいことばで絡みながらやらかしました。空いていた3畳の部屋に寝かされましたが、初めて飲んだ「白波」の臭いが(当時の白波は臭かったぁ)消えるにはかなりの日数がかかりましたし、1年間は白波の文字をみるだけで吐きそうでした。

次の不覚は、研修医で入局したときの歓迎会でした。勧められるままに飲んでいて急に催しました。何とかトイレまでがまん!と小走りしましたが、こらえきれずに途中でやらかしました。ちょうど吐いた目の前に教授がおられました。面目ない医者デビューになりました。それ以降「先生、お酒はほどほどにしなさいよ。」と云われ続けました。

家に帰った途端にグデングデンになるのは茶飯事ですが、外では平然とスマートに酒を飲むのをモットーとしております。遠い昔の失敗以来、地獄の想いは経験していません。吐かないけれど、上司のお宅にお年始に行って2年続けてベロンベロンになるまで飲んだのは、東京に住んでいたころのことです。最近は、すぐ口が回らなくなります。

新年早々、いただいた日本酒をちびちび飲みながら、そんなことを思いました。

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他人(ひと)を喜ばせる仕事

何を悩んでいたところで、何をあがいていたところで、かまうことなく粛々と新年は明けました。素晴らしいことだと思います。

昨日の大晦日の夜、テレビを見ながら、「他人を喜ばせる仕事」について考えました。

「医療は、究極のサービス業だと思います。」「おれはそうは思わないな!」・・・遠い昔、ある地方の公立病院に出向していたとき、副院長と鍋をつつきながら激論を交わしたことを思い出しました。「医療=サービス業」・・・それは医者としてのわたしを動かしてきた確固たる信念です。

医者の仕事とはなんだろうかと自分に問いかけると、わたしの答は割と簡単に出てきます。それは、「他人を喜ばせること」・・・生きていて良かった、あなたと出会って良かった、そう思っていただけるように仕事をするのが医者の仕事、きっとそう答えます。わたしたちは他人を喜ばせる仕事をして高いお金をいただいています。役者さんやお笑いの人たち、あるいは床屋さんや郵便屋さんもみんなそうだと思いますが、それが笑わせることであれ感動させることであれ、「他人を喜ばせる」ということがどれだけ難しいことか、もしかしたら医者がそのことを一番分かっていないのではないかと思うことがあります。そのことにずっと悩みもがきながら生きてきました。そのために勉強し、研修し、話し合い、工夫し、怒られ、落胆し、喜び、大いに泣きました。

いつまで医者をしているかわかりませんが、良い人生の選択だったと思っています。さあ今年はどんな形で喜んでもらえる仕事ができるでしょうか。楽しみです。

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続くモノですね。

気付いたら、ブログを始めて今日でちょうど1年目になりました。

健診の医者として、日々思っては消えていくことを忘れる前に書いておこうと思って始めたブログでした。年4回、広報誌にコラムを書くようになって、ネタ探しをする目で日常を眺めていると今まで気付かなかったことが世間にはたくさん溢れていることに驚きました。これをそのまま忘れ去るのはもったいないと思い、どこかにメモする場がないか探していたらブログをみつけました。

週に2、3回書ければ良いかなと思って始めましたが、1月3日に書いて以降は皆勤賞になってしまいました。医者の目での徒然のつもりが、時々自分史も書いてみたり。自分の中でじっと封印して隠しておいたココロを世間に曝してみたいと思うようになったのは、ブログを始めた最大の収穫かもしれません。数年後に150編くらいできたら自費出版で本にでもしようかとか思っていたら、どうということなく360編を越えました。もしわたしが倒れたら、遺言だと思ってだれか骨を折ってやってください。

わざとページを区切らずに1回目から並べています。とても重くなりますが、たまたま出会った人にも是非とも最初の方を読んでほしいから。最初の方にやはり書きたかったことが選び抜かれている気がするのです。家族について書いた文章はどれもとても好きです。一番素直な自分が出ている気がします。書き始めるにあたって考えておいたネタはまだ半分以上が手つかずです。ふと思いついたネタをメモしておきますが、後で文章にしようとすると何を書きたかったのか良くわからなくなったりします。物忘れ防止のためにもうしばらく続けてみようと思いますが、さすがに少しペースを落としたいかな。でも、わたしは典型的な執着気質なんで・・・今後とも、たまにはお立ち寄りください。

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餅つき

昨日は、職場の仕事納めでした(まだ年末年始の業務は盛りだくさんですが)。昼休みには、寒空の中、恒例の餅つき大会が行われました。もう何十年も変わらない病院の風物詩のような光景です。つき上がった餅を職員と入院患者さんの一人一人に振る舞うのも変わらぬ習慣です。

ところが今年から、市内の基幹病院のひとつであるN病院では餅つき自体が中止になりました。振る舞われた患者さんが餅をノドに詰まらせたら訴えられるからだそうです。たしかに年末の餅つきは臼と杵を使って多人数が何度もつきますからとても腰のある伸びやすい餅ができあがります。飲み込みたくても飲み込める大きさにまでこなされず、一か八かで飲み込んでみることを、実はわたしも経験したことがあります。毎年、必ず餅をノドに詰まらせて窒息死する人があることを考えると、そして現代の訴訟社会の現状を考えると、やむを得ないことなのかもしれませんが、日本の特徴的な風物詩なのでとても寂しい気がします。病院の病室で食べるんだから何か起こってもすぐ対処できるんじゃないんかい?大きさや内容物を工夫すると何とかなるんじゃないんかい?と思ってしまうのですが、「そんなことまでしてやらなきゃいけない行事でもない」・・・今時のクールな事務方さんや幹部はやっぱりそう考えるのでしょうね。

蒟蒻畑の騒動は、どう考えても企業の責任ではありますまい。あれだけ忠告しているのにもかかわらず、子どもやお年寄りに渡す人が悪い!とてもはっきりしている事実です。でも餅は、手がかかって美味しくでき上がったモノほど詰まらせ易いのがネックです。うちの病院も今年の振る舞いが最後になるかもしれないと聞いています。だからひとつだけ食べてみようと思いましたが、もうなくなっていました。

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医者の用足し

自らが心臓病の治療を受けている開業医の先生がおりました。先生の悩みの種は、心不全予防のために飲んでいる利尿剤(オシッコを出してムダな心臓の負担になる水分を抜くくすり)でした。普通、外来には患者さん用トイレしかありません。利尿剤を飲むと午前の診療中に何度もトイレに入らないといけないので、飲むわけにいかないと云うのです。それが原因で心不全になったこともあります。・・・結局、それがきっかけで先生は医院を閉めました。

ある眼科を受診して待合室で待っていたとき、おもむろに院長先生が診察室から出てきてトイレに入りました。そして程なく、ハンカチで手を拭きながら出てきた先生をみつけました。わたしが呼ばれるのはずっと後ですが、その手で目を触るのだと想像すると何かあまりいい感じがしませんでした。

この冬の時期、わたしも診察の途中でがまんできずに小用を足しに行くことは間々あります。幸い、うちの施設は職員用トイレが裏側にあるので受診者と動線を交わらせることはありませんが、それでも部屋に帰ってきたときにトイレに行ったことに気付かれるのではないかと無意味に気を遣ったりします。一番大変なのは院外健診に出向いたときです。午前中に診察を100人近くすることが少なくありませんが、途中で小便に行くのはさすがにできません。皆が、わたしがトイレに入る姿を見てしまいますから。我慢の限界に達しそうになることは実はかなりの回数ありました。

しっかり手洗いしているのだから、実際には感染した患者さんを診察した後よりかえってきれいなはずです。単なるイメージだけの話なのですが、する側もされる側も払拭できない後ろめたさがあります。・・・医者も人の子、どうぞご容赦ください。

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舞台に立つ!

6年前、二人の青年が少年隊のビデオを持ってやってきました。「先生、今年はこれをやります。」「?」・・・何のことかと思ったら、職場の忘年会の出し物の踊りのことでした。「君だけに」・・・仮面舞踏会よりもスローテンポではありますが、何しろ、演歌ビートのわたしのリズム感にはかなりの難題でした。コマ送りで見てもどっちの足をどう出しているのか理解できません。何度も何度も繰り返して確認しました。何度か週末に合宿を張って、フィットネスフロアの鏡の前で悶絶しながら頑張った記憶があります。

わたしの初めての舞台は、たぶん大学1年の時の演劇部定期公演「可愛い女」(安部公房作)です。中学の文化祭での「水戸黄門」のチョイ役は時間の都合でカットされましたから。「まさか!あんたが演劇部ね?」・・・大学の演劇部に入ったとき、友人だけでなく学校の恩師や親までもが驚きました。「可愛い女」はミュージカルでした。メインキャストの1人として、恥ずかしいくらいの拙い踊りと歌をやったことを思い出します。下手くそでしたが一生懸命でした。出来がどうであれ、決していい加減ではなかったことが今でも自慢できるわたしの歴史でした。

「君だけに」は、宴会場の芸(「余興」ということばは大嫌いなんですが)ですから、もちろん酔っ払いの皆さんは絶賛してくれました。たかが宴会芸にどうしてそこまで?そんなヒマがあったらその分仕事したら?などといわれながら、久しぶりに一生懸命な練習を楽しみました。しかもビデオを持ってきたひと回り以上若い世代の二人も、宴会芸だからといったいい加減な妥協をせずしっかり汗を流してくれました。だから本当におもしろかった。今年、6年ぶりに再び「君だけに」を踊らせてもらいました。わたしが1年前から訴えてきた希望でした。今回は2回だけプチ合宿をしました。そして、また完璧な「君だけに」を踊れました。楽しかった!

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アナログ人間とデジタル人間

「人間はアナログ人間とデジタル人間に分けられますが、先生は間違いなくアナログ人間だと思います。アナログ人間の医者の方がご高齢の患者さんを診るのに向いていると思います。あっちに行っても先生らしく地域医療に励んでください。」

元上司の送別会のとき、はなむけのことばとして副院長がこう云いました。まあまあ当たっているなと思いました。

で、わたしはどうだろう?と考えました。わたし自身の答はとてもはっきりしています。デジタルのデの字も当てはまらないくらいのアナログ人間です。でも、周りはどう見るでしょう。物事をきちんきちんと片付けていかないと落ち着かず、几帳面に計画を立て、融通が利かず、いい加減なことをされたら烈火のごとくに攻撃するのがわたしの性格・・・きっと多くの人がわたしのことを「典型的なデジタル人間」だと思っているのではないかしら。そう思うとちょっとシャクです。デジタルが良いとか悪いとかいうことではなく、自分の本来の姿を分かってもらえないのが面白くないのです。

つくづくわたしってアバウトだなと思います。日本人の大腸がんの発症頻度が現在どれくらいに増えているかとか、メタボに該当する人は全受診者の何パーセントなのか、あるいは昨年の健診センターの収益は何円だったか?などという質問が大嫌いです。知るかそんなこと!病気になる人はなる。最近明らかに増えている。自分がそれになりたくなかったらやることはやっておいた方がいい。それでも病気になるなら、それは天命だ!それでいいんじゃないんか?・・・そんな人間です。そりゃあ出世しないわけだ。・・・それでもいい加減な姿を他人に見せるのがイヤで、それなりに誤魔化しています。デジタル人間に憧れて、分かっている振りをするのはそれなりに大変なんです。

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親孝行

わたしが7年前まで勤務していた循環器内科の副部長が年内で退職されることになり、先日送別会がありました。研修医として今の病院に勤務し始めたときのわたしのオーベン(指導医)でした。若い頃から、気に入らないと上司でも平気で文句を云っていたわたしのことを、きっと鬱陶しく思っていただろうなあと、今になって反省しています。

定年でもない彼が退職して生まれ故郷に帰る決心をしたのは9月だったそうです。そして同じ専門領域の業務をしているわたしに一早く決心を教えてくれたのが10月の千葉での学会のときでした。彼のお母さんは2年前に亡くなりました。ひとり残されたお父さんはその後も田舎で自営の仕事を続けておられましたが、今年になって原因不明の体調不良に何度か見舞われ、「疲れた」と初めて弱音を吐くお父さんの姿をみたとき、「今親孝行しないと一生後悔する」と思ったのだそうです。

お父さんを熊本に呼ぶことは最初から考えませんでした。彼がこれまで造り上げてきた生活を壊してしまっては意味がないと考えたからです。そんな思いを千葉で聞きながら、わたしはやはりわたしの父のことを考えてしまいました。父は大分の地でひとりの生活を20年続けていました。彼は、いい頃合にわたしが実家近くでクリニックを開業し、自分と一緒に暮らすものだと思っていたのでしょう。酒が飲めるようになった息子とゆっくり飲み明かすのが夢だったに違いありません。でもわたしはその選択をしませんでした。彼の術中に嵌るのがイヤで、自分から避けてきました。

どうだろう。今父が生きていたら、彼と本音で酒を酌み交わせるだろうか?昔は反発ばかりしていてゴメンな!と云えるだろうか?・・・元上司の生き様に感服しながら、一方でそんなことを考えていました。

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生活の質

未曾有の不景気状態に突然見舞われてしまいました。本当は大した不景気じゃないのに連鎖反応が悪循環を引き出している?という気もします。需要が減って仕事が少なくなったために人員削減をせざるを得ないという選択をひとつの企業がしたら、いままでガマンしていた多くの企業が堰を切ったように同じ選択を始めました。本当は、もうちょっとだけガマンを続けようとしたら頑張れるかもしれないのに。そして、人員削減(クビ)、失業、消費減退、不景気、まるで当たり前のような大きな流れができてしまいました。どう考えても、尋常ではありません。

「節約できるところは節約するけれど、生活の質だけは落としたくないの!」・・・以前バブルが崩壊した頃、世の多くの人たちがこう云っていました。でも、最近はこのことばをあまり聞きません。なりふり構わなくなったからかもしれませんが、わたしはきっとエコの考え方が浸透してきたためだと思っています。

「生活の質」とは何か?高い服を着て、贅沢な食事をして、いつも身だしなみをきれいにしている・・・昔考えられていた「生活の質を保つ」とはそんなことではなかったかと思いますが、今時、そんなことを考えている人は、そう多くはないでしょう。突然襲ってきた不況の嵐は経済の縮小をもたらそうとしています。世も末だと思って、不安な空気に騙されそうになっていませんか。今こそ、生活の整理ができるいい機会なのかもしれません。経済の縮小はむしろ健全な社会規模に戻ろうとしているだけなのではないかと思います。高騰したガソリン代に対抗して車離れできたら、再びガソリン代が下がって100円を切ろうとしてもわざわざ車に戻る必要はなくなりました。それで車が売れないから不景気だというのはおかしいかなと思います。もっと人はたくましくなれると思います。

それにしても、こんな時代なのに、どうしていまだにどこのコンビニも24時間営業なのでしょうか?これが現代の社会人の死守する「生活の質」なのでしょうか?

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理不尽なきっかけ

わたしが産業医をしている企業の職員にうつ病が増えてきました。最近休職に入った一人のお嬢さんがおかしくなりはじめたきっかけは、本当に理不尽な出来事でした。

彼女は今年入社したばかりの新人さんです。ある日、職場の宴会があり楽しく参加しました。ところが、翌朝出社すると職場の先輩に呼ばれて注意を受けました。「あんなこと云ったら失礼でしょう。もっと注意してちょうだい!」

そんなことを云われても何のことかわかりません。自分が変なことをしたり誰かに失礼な言動をした覚えがないのです。何のことか?と聞くけれど先輩は具体的には答えてくれませんでした。「わたしが何をしたの?」・・・実感のない非難を受けて、彼女は自信をなくしていきました。何かを話すと人を傷つけるかもしれないと思うと怖くてあまりしゃべれなくなり、何をするにも不安になっていきます。そのあと、精神的に不安定になっていくのにさほど時間は要しませんでした。たぶん、単なる勘違いか行き違いがあっただけなのだと思います。それでも、たとえ彼女が普通に職場復帰してもこのときの理不尽な思いはきっと解決しないままに残るでしょう。将来、ただの思い出になったとしても小さな闇の箱は心の隅っこにそっと残り続けることになります。

わたしは遠い昔(大学予備校に通っていた頃)、ある友人に意味もなく怒っているふりをしたことがあります。日頃はとても仲良かったのに、急に不機嫌な顔をして口を利かなくしたのです。ただ面白がってやっただけで何の意味もありませんでした。数日後には仲直りしましたが、あのときの彼の引きつった顔を忘れられません。なんと愚かなことをしたのでしょう。

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かけ出し医者の年賀状

研修医を明けたばかりの新米医者として今の病院に舞い戻ったとき、わたしはその年に急性心筋梗塞で入院して無事退院した受け持ち患者さん全員に年賀状を出しました。医者としては、未熟なわたしに実地で勉強させていただいた貴重な「先生」であり、人間としては、縁あってお知り合いになっていただいた「人生の先輩」たちでした。病棟担当でしたから、退院後は全く会う機会もなく、その後の元気な姿を想像して一言一言手書きで書き込みました。

返事をいただけた人、いただけなかった人、もうそんな詳しいことは何も覚えていません。個人情報うるさき昨今なら、サマリーに書かれた住所を書き写したこと自体が問題になったかもしれません。その翌年の正月、お世話になっている開業の先生方との親睦新年会の二次会で、ある先生につかまりました。「うちに来ている患者さんに聞いたけど、先生、患者さんに年賀状出したんだって?」「はい。急性心筋梗塞の方だけですけど。」「先生は一体何歳ね?その若さでそんなことする医者見たことないぞ!はっはっは。患者さん、ものすごく感激しとったよ。でも、先生、先生みたいなことされたら、いつも診てる主治医のわたしは立つ瀬がないんよなあ。」・・・その先生はそれだけ云ったら、笑いながら他のテーブルに移っていきました。今までほとんど話したこともない大先輩のドクターでした。ちょっと嬉しく、ちょっとはずかしかった感覚を覚えています。出して良かった、と思いました。

今年も年賀状を準備する時期になって、ふとそんな遠い昔のことを思い出しました。年賀状がいつの間にかあいさつだけの儀式になろうとしています。この機会にほんの少しでも初心に戻ることができたらいいな、と思いました。医者としても、人間としても。

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歴史を変える人

ノーベル賞の授賞式が、スウェーデンのストックホルムでありました。

「アイ キャン スピーク ジャパニーズ オンリー!」・・・そう云って、すべてを日本語で記念講演した益川教授(京大)は大きな話題になりました。ノーベル賞授賞式始まって以来の出来事だというのです。彼の発表は研究内容の説明だけにとどまらず、子どものころに理科に興味を持つきっかけになった父親のことにまで及んだと聞きます。既成に捉われず破天荒でありながらきわめて愚直な生き方をしてきた益川さんの、暖かい人柄が感じられます。

そして、わたしがさらに感動したのは、記念講演の翌日に行われた授賞式の光景です。ノーベル賞委員会委員は、その選考理由をあえて日本語で語ったのです。これもまた、ノーベル賞始まって以来の出来事だそうです。益川教授の行動はそれなりにわたしの想定内の出来事でしたが、そんな日本の研究者に最大の敬意を表する方法を柔軟に考え、いとも簡単に歴史を変えてしまった選考委員のウイットと行動力には敬服しました。凄いことだと思います。たとえば、うちの職場の組織でこれをしようと思ったらどうか?現場で具体的な提案をし、それを直属の上司を通して組織のトップに打診され、細かに手直しをさせられた上で、病院の管理会議にかけられ、そこで許可がおりたら初めて日の目を見ます。授賞式なんてもうとっくに終わってしまって、「今回は間に合わなかったけど次回からは是非」と、こうなるのは目に見えています。

ユニークな発想と地道な努力が評価される「ノーベル賞」の世界が、想像以上に奥深いことを思い知らされます。実にかっこいい!

それにしても、下村名誉教授とジェンキンスさんの区別がどうしてもつきません。

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イヌの運動欲

「人間には運動欲がない」を教わって以来、いたるところでそのことを語ってきました。

先週の日曜日に久しぶりにうちのワンコの散歩に行ってきました。前足を浮かせて喉をヒーヒー鳴らしながらリードをグイグイ引っ張っているワンコの姿を眺めながら、「イヌには運動欲はあるのだろうか?」と考えました。さて、実際どうなのでしょう?

野生の動物たちは生きていくために走ります。獲物を追いかけて捕まえないと餓死しますし、走って逃げないと捕まって食べられてしまいます。動かなくても餌がやってきて、動かなくても命の危険がないのなら、きっといつも寝て暮らすのだろうな。動物園の動物たちを見るとそう感じます。きっとこれは「運動欲」がないということなのでしょう。ではペットの動物たちはどうか。生活のために運動する必要はないけれど、たしかにうちのワンコは散歩が大好きで、連れて出ようとすると狂ったようになります。イヌというものは、散歩中、それが飼いイヌでも野良イヌでも、みんないつも小走りで忙しそうです。マーキングしたいから動きたがっているというだけでもないのではないかと思います。運動しないとストレスがたまってしまうから走り回らせるだけで、本当は走りたいわけではないという意見もわからないでもないのですが、やっぱりうちのワンコは外を歩きたくてたまらないのだと思います。元々の牧羊犬としての血が騒ぐだけではなく、外に出れば友達がいて(相手はそうは思ってないようですが)、いつもご主人を独占できて、風を感じることができる散歩が大好きなように見えます。これは厳密な意味では「運動欲」ではないのかもしれないけれど、もうそんなことどうでもいいや。

心不全になるのではないかと思うくらい走らせてきたので、ヘロヘロになって爆睡している彼女の姿を眺めながら、そんなたわいもないことなどを考えました。

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ガタが来た身体もおもしろい。

40歳弱の若い男性が、わたしに面会に来ました。先週うちのドックを受けにきた人です。わたしは時々こんな面会を受けます。どうも、私のように医者らしくないいい加減な人間の方が話しやすいのかもしれません。

彼は健康のことで悩んでいました。健康のために運動をがんばったおかげで健診データが見違えるように改善したのですが、ちょっとやりすぎて股関節を痛めてしまい、それが治らなくて大きな病院を転々としています。インターネットで名医を探しながら受診してみますがなかなかスッキリした解決策をもらえないようなのです。人に勧められてグルコサミンやコラーゲンを飲んで少し良くなった感じがするのですが、多くの整形外科医がそれを肯定してくれないのも心がスッキリしない原因になっているようです。

人間は、思いがけないカラダのトラブルが生じたとき、何とか元の何もなかった状態に戻したいと思います。それが若ければ若いほど、完璧な無傷状態に戻せないと取り返しのつかないカラダになってしまった気になって、必死になるようです。でも、ガタがきたカラダと一緒に人生を過ごすのも意外におもしろいものなのですよ。もちろん、身体の不具合でとても苦しんでいる方には不謹慎な云い方かもしれません。でも、わたしは頚椎ヘルニア・腰椎ヘルニアでずっと足が痺れていて時々指先も痺れたりして、膝が壊れて正座ができなくて、首がひどいと背中の痛みで眠れなくなったりして、最近は足の裏が固まって、ついでに視力の矯正も十分できなくて・・・そんな元には戻せないカラダですけど、別に何の制限もしない人生を過ごしています。

「あきらめる」というのは決して後ろ向きの対処法ではなく、かえって前向きな生き方へ踏ん切れるきっかけになることをわたしはいつの間にか体得しました。彼もまた、そんなしがらみから開放されて「これもまた楽し」と思う人生の来ることを祈っています。

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月曜が好き!

不器用なアドバイザーとして、一緒に患者さんの人生をどっぷりと抱え込んでしまう医療従事者、特にナースの方は、注意しないと「燃え尽き症候群」になってしまいます。その点、そんなところまでは入り込まなかったわたしの母(教師)は、ある意味プロフェッショナルだったのかもしれません。

月曜日が近づくと徐々に心が沈んで体調もおかしくなる人たち(「サザエさん症候群」)が最近さらに増えてきているようです。うつ病の兆しのバロメータとなっています。で、うつ状態に周期的になるわたしはどうかと考えてみましたが、どうもわたしは基本的に「月曜日が好き!」みたいです。土曜も日曜もじっとしないで遊び回っている日々ではありますが、最近は「サザエさん」をいつも楽しく見ています(すでに酒に酔っぱらって寝てしまった時以外は)。週末にもじっとしていないのに、疲れがたまった感じになることは一切ありません(まあ好きなことしているんだから当たり前でしょうけど)。「さ、明日からまた一週間が始まるぞ♪」という気分です。ウキウキはしていないけれど、憂鬱でもありません。最近は残念ながら「仕事が好き」とは云えないし、仕事の云々を考えているといろいろなしがらみでうつ状態が出始めてくるのですけれども、でも月曜がイヤという感覚にはならないのです。ま、仕事を仕事と思わず、気軽に遊び惚けている状態とあまり変わらないスタンスで居れるからなのかもしれません。幸い、そんな重い物事を考えなければならない立場にありませんので。

おそらく、心の健康度は自分で思っているほどは悪くない、そう判断しました。良いことだと思います。

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パターン認識

学校の教師をしていた私の父は、子どもたちをいくつかのパターンで区別し整理していました。「このタイプの子どもはこういう性格だからこういう対処をしたら大体上手くいく」・・・パターン認識の確率論に基づいて、いつもスマートに問題を解決させていました。同じく学校教師だった母はというと、いつもパーソナリティを大切にしようとしていました。「そんなときにはな・・・」と父からアドバイスを受けながらも、どうしてもパターン化できないのでとても不器用な対応をしていました。そんなに考えすぎたら、先に行けないんじゃないかと心配したこともありました。父も母もどちらも子どもたちにはとても慕われていた良い教師だったと思います。

「『できるだけパターン化して効率よく対処できるのが教育のプロだ!』と言い切る、父の生き方がきらいだ!」という話を大学時代に友人に話したら、自らも教師の両親を持つ彼が「なんかそれ分かるような気がする。」と言っていたのを思い出します。医者になって、プロフェッショナルとは何かを考えるようになったとき、やはり気になるのはこの問題です。数をこなさなければならない日常の中で、いかに効率よく平等にしかも全員に満足いってもらえる「サービス」が与えられるかが、「プロフェッショナル」の条件であることは認めます。多人数を相手にする健診の現場では、それがもっと明確です。でも、相手にとっては常に一対一の対象です。健診の結果説明ひとつを取っても、全く違う人生背景と社会背景をかかえている各々を十把一括り扱いで相手することは、私にはどうもできそうにありません。

コストパフォーマンスが悪くても、必ずしも平等な対応をしていなくても、やっぱりわたしは母に似て、不器用な頼りにならないアドバイザーとして相手とともに悩むのが性に合っている気がします。

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手づくり

「今年は、忘年会はないの?」

うちのフィットネスの会員になっている義母が、急にそんなことを聞きました。そういえば、フィットネスセンターができた当時、会員さんとの親睦会を何度か企画しました。夏には温泉施設でバーベキュー大会、秋にはウオーキング大会、そして年の瀬にはボーリング大会や忘年会。ウオーキング大会は健診センター全体の行事に格上げされましたが、バーベキュー大会や忘年会は、会員数の増加とともに何となく消滅してしまいました。会員数を増やすという目的の意義が薄れてきたからだと聞いています。

とかく組織が大きくなって系統だってくると、そんな手づくりの取り組みは消えていくものなんでしょうね。アナログ(手づくり)の企画にはアットホームな心の表現があって、何事につけスマートにいかないけれど、でもとても好きでした。暗中模索の中に人間味がにじみ出てきて、問題にぶち当たったらこれも手づくりで解決策を練る姿って、とても健気でかっこいいなあと思っていました。

企画自体は、もっと健診センター全体の企画として盛大にかつスマートに生まれ変わっています。大成功だと思います。でも、やっぱりわたしはあのときの和気あいあいの忘年会がなつかしいです。

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デジタル時代のアナログ

健診を受けてみたらいわゆる「メタボ」に該当したため、うちのフィットネスジムで改善を試みるプログラムに取り組んだ皆さんの卒業試験が行われました。

その報告書の確認をしました。数字だけが並んでいる、とても味気ない報告書でした。良かったのか悪かったのか、頑張ったのか頑張りが足りないのかの「評価」がないのです。高い金を払って個別にべったり指導を受けるプログラムもありますが、それと違って集団で指導を受けるこのタイプのプログラムではこれが限界なのだと云われました。各々の生活に細かく入り込んでいないので詳しいアドバイスができない、できる人とできない人があると平等性に欠けるからしない、コメントを入れると人数が増えたときに対処できなくなる危険性があるから初めからしない・・・コストパフォーマンスとしての限界と平等性の維持のためだということは良くわかるのですが、やはり寂しい気がしました。機械的に準備されたサンプルをクリックしてコメント欄に入れる報告書もあります。無いよりはマシだけれど、形だけの年賀状みたいであまり好きになれません。

私だったら、きっと、可能な限り意地でも手書きで何か一言だけコメントを書き込むだろうな。デジタルだらけの流れの中にアナログがちょっと入り込んだだけで、一瞬にしてすべてが優しくなるように思います。もらった人が、初めてスタッフと一対一になった感覚になれると思います。毎年、わたしはそんな思いで年賀状に書き込みをしています。人数が増えて大変になったら、その時に考えたらいい。

「たしかにそうですね。ちょっと考えてみます。」・・・わたしの想いを聞いてくれたスタッフの一人がそう答えてくれました。その柔軟な答えに、ちょっと嬉しくなりました。

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「眠らない冬眠」(後編)

「人間は冬眠しないシマリスだ」あるいは「リズムを忘れつつある動物だ」と前述の研究者は書いています。シマリスの冬眠システムのうち人間にないのは冬眠をうながす物質だけなのです。その他のパーツは全部揃っています。だから、ホルモンにリズムのうねりを作ってやれば人間も人工冬眠ができるかもしれないというのです。そうするとこの究極の健康管理システムによって、病気予防や老化防止ができるかもしれません。

でも、現代社会を生きる人間は逆にリズムをどんどん失っています。地球の異常気象によって四季の変化がなくなっているだけでなく、1年中同じ環境の中に生活するようになって、本来持っていたであろう体内の年間周期的リズムもなくなっています。生きていくための機能が退化していっている人間界では、人工冬眠の夢は遠いものになっていくのかもしれません。

ちなみに、クマがするのは冬眠ではありません。食うものがないのでエネルギーを使わないように「冬ごもり」をするのです。冬ごもりをしている間に体重が減りますが、なんと皮下脂肪しか減らず、筋肉や骨はきちんと維持されるそうです。人間が何ヶ月も食べずに寝ていたら筋肉がなくなり骨がスカスカになって、歩けなくなりますから、クマの冬ごもりにはまた全く違うメカニズムが存在しているんでしょう。調べていくとなかなか面白いことばかりです。

人生の3~4分の1は睡眠中です。「真夜中は別の顔」、どうせ別世界に生きるならステキな夜にしたいものです。

ところで、シマリスの冬眠研究をしている近藤宣昭氏たちのいる三菱化学生命科学研究所は2010年に解散する、というニュースを読みました。不況の煽りではありますが、何かもったいない気がします。

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「眠らない冬眠」(前編)

最近、寒いとすぐに眠くなります。うちにいる10歳半のワンコもこの季節は丸くなって良く眠ります。「寝る子は育つ!」と申しますが、安眠できるかどうか、睡眠の質の善し悪しが、生活習慣病や睡眠時無呼吸に関連するだけでなく、うつ病や老化にまで影響を与えるといわれています。

冬眠をする動物たちは総じて長生きです。たとえ冬眠中に大量の細菌や発ガン性物質にさらされても死にません。この期間に脳が一生懸命働いて、悪い方向に傾いた細胞の修復に専念するのだそうです。つまり、冬眠環境の下では究極の健康管理がなされていることになります。そのメカニズムを人間に応用できないかとシマリスを使って研究している日本のグループがあります。そのレポートによると、冬眠動物たちは寒くなって自分の体温が下がったから冬眠するのではなく、その季節になったら冬眠をうながす物質が自動的に血液中から脳の中に移動して、脳が全身を冬眠状態に誘(いざな)うのだそうです。そして、また時期が来たら今度はその物質が脳から血液中に出て来て冬眠から覚めるしくみです。そのリズムは気温の上下には関係しておらず、周期は常に一定しています。この物質が脳の中に大量にあるときに寒くなると冬眠します。逆に、もし大量にないときに体温を下げてしまったらたちまち死んでしまうといいます。さらにその物質の血液中の量を調整しているのが甲状腺ホルモン(チロキシン)。オタマジャクシをカエルに変態させるホルモンです。以前書いた体内時計のホルモン(BMAL1)もそうですが、自然界を生きていくための機能はカラクリ時計のように本当に精巧にできていると思います。ところが、環境はますます厳しくなり、異常気象が年々その乱れの度を増しています。冬眠動物のこの精巧なカラクリは、気候が乱れてくることで脆く壊れてしまいそうで心配です。

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「情けは人のためならず」

先日ある雑誌を読んでいて、国語学者の金田一秀穂先生のコラムがありました。

「残業をしていたら、『情けは人のためならず!』といって手伝ってくれる人とさっさと帰ってしまう人がいるのはなぜ?」・・・わたしは一瞬何のことか理解できませんでした。「情けをかけるのは、人のためではなく自分のため(自分の力)になる」という意味で手伝う人と、「情けをかけるとその人を甘やかすことになって結局その人のためにならない」から放ったらかして帰る人がいる。このことばの意味の正解は、前者。まあご多分に漏れずわたしも後者の意味で覚えていました。金田一先生は、その誤解云々を論じているのではなく、自分のやっていることに意味のないことなどありえず、存在が無意味などということはありえないのだということを書いていました。

「自分たちだけがどうしてこんなに朝早くから夜遅くまで病院のために働かなきゃいけないの?」と不満を漏らした看護師さんに、わたしの恩師H先生はいつも口癖のようにこう云っていました。「この努力は病院のためにするのではなく、自分のためにするのだよ。自分の力になり、将来必ず自分の財産になっているはず。その自分のための努力が結果として病院の成果になっているだけで、決して病院の犠牲になっていると考えてはいけないよ。」・・・このコラムを読みながら、そんな光景をふと思い出しました。

「前向きに生きる」(2008.5.28) 

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心のスイッチ

久しぶりに、BSjで「カンブリア宮殿」を見ました。

今週は、 「やる気のスイッチを入れる極意!教えます。」

廃校の危機を独自のゆるぎない理念と行動力で乗り越えて、7年で偏差値を20%アップさせた品川女子学院の漆紫穂子校長がゲストでした。齢16~18歳の高校生たちがあそこまで自主性を持って明確な人生ビジョンと高いモチベーションを維持させている現実をみると、ちょっと「ホントかいな」と疑ってしまいます。そんなしっかりしたお嬢さんたちが自ずと選ばれて集まって来るのは確かなのでしょう(わざわざ「んなの、かったるいよ~」とか云ってる女の子が中学入試を受けにくるとも思えません)が、それだけならもっと受験勉強のプロのような私立学校は他にもたくさんあることでしょう。でも、この学院のお嬢さん方はなんかみんな、平然と輝いています。

「『うちの子は全然やる気がないのです』と親御さんは云いますけど、一日中やる気がない子はほとんどいません。子どもたちはどこかでオンになっています。友達と話したり、部活をしたり、あるいはゲームをしたりするときだけはやる気がでていたりします。」・・・漆さんはそう話していました。生徒たちの心のスイッチをオンにさせる「28プロジェクト」。28歳の時に自分が何になっているかを想像して目標とし、それになるために自分で逆算して、今何をするかを各々で考えて実践していく教育です。そのためには、決算書の読み取り方の講義があり、経済学者の講義があり、通学かばんの改良と製品交渉を自分たちでさせ、学園祭では各クラスで会社を設立して株主総会までやり、いろいろな場面で自分のスイッチをオンにさせるきっかけが転がっている様子でした。

やる気のスイッチをオンにさせる、というのは、私たち生活習慣病の生活指導をする立場としても、とても重要なポイントなのです。

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くすりと病気

「くすりは毒物」・・・健診の世界に移ってきてから、それがずっとわたしの考え方の基本的なスタンスでした。毒物だから、使わなくてすむなら使いたくないし使う必要もない。できるだけ使わないでいい人生を謳歌したいし、謳歌させたい。そう思っています。

でも、毒だと分かっていても使った方がはるかに良い場合はあります。その時は躊躇しないのが良いとも思っています。高血圧の人や糖尿病の人の中に、早くくすりを飲んだ方がもっと楽に生きれるだろうにと思うのに二の足を踏んでいる人たちがいます。その姿を眺めながら、想うことがあります。彼らは、「くすりを飲むのは病人のすることだ」と思っているんじゃないかしら?つまり、くすりを飲むのは「病人」の証だから、自分は病人になりたくないからくすりは飲みたくない、と思っているんじゃないのかしら。

「くすりを飲まないことが健康であることの生命線」っていうのは、何か逆のような気がします。いつ壊れるか分からない爆弾を持つ身体で恐る恐るの毎日を送っている人より、くすりという毒物の助けを借りながらも活き活きと生きている人の方が、どうみてもはるかに「健康人」でしょう(それがくすりじゃなくて健康食品でも別にかまわいはしないのですけれど)。くすりを飲んだ方がいいと云いたい訳ではありません。その、病人か病人でないかの区別基準がイコール人生の勝ちか負けかの勝負基準となって、それが「飲むか飲まないか」に賭けられている気がしてならないのです。

そうだとしたら、何か、とてもくだらない。

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休日と休暇

勤労感謝の日、ラヂオで日本人の休み下手の話をしていました。

過労と自殺や過労と心筋梗塞などが現在とても問題になっています。昔に比べれば日本人も休みを取ることが多くなったそうですが、それでも欧米人のそれとは比べ物にならないとのこと。自分を考えてみても、たしかに休めない。物理的にスタッフ不足のために忙しくて「休めない」という意味もありますが、むしろ、心に「平日に休む」という概念自体がなかなか入り込めないのであります。仕事を忘れ去る「心の休み」は、日本人にはできないのではないかという気がします。

ラヂオでは、日本人と欧米人の休み方の違いを、「休日」と「休暇」の違いで説明していました。なるほどと思いました。欧米人の休みは「休暇」いわゆる「バケーション」で、まとめて2週間~1ヶ月取るのが普通ですが、日本人の休みは「休日」(ホリデイ)で、1日とか半日とか、仕事に影響のないように取ることが多いというのです。いかがでしょうか?わたしはまさしくその通りです。循環器科にいた頃にはスタッフが多いのでまとめて1週間単位で取るように決められていました(と云っても実質5日しか休んでません)が、今はなかなか続けて取れません。仕事の代わりを人に頼まないと休めないと考えると、気を遣ってしまいます。

それでも、今は意図的に月1回休むようにしています。もちろん1日だけの「休日」ですが。最初はなかなか慣れませんでしたし、有休を取っているのに夕方には職場に行ったりしていましたが、最近は完全に仕事を考えない日を作ることを楽しめています。

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医療訴訟

15年ほど前に、訴えられて証言台に立ったことがあります。「医者をやっていく上ではこんなこともあるよ。まあ人生経験だと思って行っておいで」・・・うちの病院の顧問弁護士さんにそういわれながら法廷に出向きました。

心臓を栄養する血管を冠状動脈といいます。これが詰まると狭心症や心筋梗塞を引き起こします。症状や心電図検査でその異常が疑われたときに最終的に治療方針を決めるために行うのが冠状動脈造影検査です。直接心臓にまで異物を入れる検査ですからそれなりの危険性を伴います。その方は、その冠状動脈造影検査を受けるために入院しました。そして、その検査の途中で容態が急変し不幸にして亡くなられたのです。造影検査をしてみると想像していたよりもはるかに厳しい所見だったことを覚えています。わたしは、その患者さんを受けもった主治医の指導医の立場として、検査の説明をしました。当時、わたしはこの検査の説明に1時間かけていました。普通は20分程度だそうです。でも、病気の説明から検査の進め方、危険性、メリットデメリットなどをきちんと話していたら、当然1時間くらいかかって当たり前だと思っていました。もちろん、この方にも家族を交えて約1時間の説明をしました。ところが、わたしが証言台に立たされた理由は、「そんな説明は一切受けていない」という原告の主張があったからでした。「聞いたかもしれないけど理解できなかった」とか「忘れた」とかいうのではありません。「説明がなかった」と云うのです。

訴えられる側は訴えられたことにだけ反論することしかできません。根も葉もないことを云われても、それが根も葉もないことだということを立証しなければなりません。裁判というのは実に怖ろしいと思いました。そして、それが根も葉もないことだということは、自分が一番分かっているだろうに、どうして平然とそんな主張ができるのだろうか?人間って怖ろしいなと思いました。

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消えていく記憶

わたしがこのブログを始めた、おそらく最大の理由は、「忘れていくこと」への恐怖です。記憶力には絶大なる自信があったわたしのアタマの中では、間違いなく、日々神経細胞が音もなく消えていっています。徐々にその消失速度に加速が付き始めている実感があります。

今アタマの中に閃いたアイデアや文章が、もう次の刹那には消えています。「今何を考えていた?」・・・何となく甘くいい感じの雰囲気だけがアタマの隅に残り香のように残っているのですがそれが何だったかどうしても思い出せません。しばらくして思い出していた時期もありますが最近は二度と同じものは思い出せません(というか、思い出したと思うものがさっき思っていたものと同じかどうかが良くわかりません)。自分で自分を整理できない現実にずっと悩まされています。メモを始めました。でもメモに書いた文章の意味がわからない。できるだけ具体的に書くようにしました。それを何度読みかえしても何を云いたかったのか理解できない。「ここは初めて来たけど、すばらしい景色やね。」「あなた、前に来たことあるじゃない!」。「へえ。それってそういう意味なのか!」「先週も同じ事云って同じように感動してたよ!」・・・何度もそんなことがあると、断片すらないくらいに記憶がすっかり消えることにもう慣れてしまいました。

その解決策として思いついたのがそのまま文章にしてしまうこと。それでも、題名だけメモして、パソコンに向かったときには何のことか思い出せないこともしばしばです。同じことを何度も書き始めたら、また一歩進んだなと思って許してやってください。

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「バカにするな」

父が生前、大分のある公立病院を受診したときの話をしたことがあります。

歩いていてちょっとヨタッとしたら、「おじいちゃん、大丈夫ですか?」・・・その病院の若い看護師さんがすぐにやってきてやさしくそう聞いたそうです。「人を年寄り扱いしやがって!!」・・・その直前に診察を受けた泌尿器科の若い医者の態度にムカムカしていた彼は、どうも彼女にお門違いな怒りをぶつけたようでした。高血圧の悪化にそんな出来事はしっかり寄与していたことでしょう。

その泌尿器科の医者がバカヤローであることはしょうがないので、さっさと縁を切らせることにしましたが、客観的にみてもたしかに70歳の彼は「おじいちゃん」です。うちの病院は必ず名前で呼ぶように教育されていますが、名前だけきちんと呼んでもその他はほとんどタメ口のナースは少なくありません。わたしは彼の息子だから、彼の若いときから知っています(わたしが生まれる前までは知りませんが)。その連続性があるので「歳をとってきた父」ではあっても「おじいちゃん」とは思いません。でも、点として出会ったちょっとヨタヨタしている70歳のオヤジはやはり「おじいちゃん」なんだなあと思ったとき、ハッとしました。わたしもまた、心はずっと青年のままです。中学や高校時代の友人と行動を共にすることが多いからかもしれませんし、子どもがいないからかもしれませんが、つい自分は若いものと思ってしまいます。でも、その連続性の中でいつの間にか認知症と老後を気にする歳になっています。端から見て、このゴマ塩アタマのオヤジはやはり青年ではありません。

あきらめとプライドと、どちらもが混在する厄介なお年頃ですが、きっとこの両方が存在してバランスをとっているから健康に生きていられるのだろう、と思う今日この頃です。

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医者だから

認知症に限らず、医者が自分の体調の不具合で病院を受診すると、スムーズに行きそうで意外にうまくいきません。

何だかただの物忘れではない深刻なものの気がして、精神神経科か神経内科を受診したとしましょう。初めは、ただの初老おやじとして対応してくれている皆さんが、医者であることを明かした途端に急にぎこちなくなります。逆の立場にわたしがなってもそうだから、きっと多くの医療従事者はそうでしょう。この医者の云っていることは信用できそうか?などと値踏みされていると思うのでしょうか?「先生には分かっているでしょうが・・・」「ご存知のように・・・」などと云いながらかなりの説明が省略されることになりそうです。「わたしは専門外なのでもうちょっと初歩的なところから教えてください」「その省略されたところが知りたいのですよ」と訴えても、その説明の仕方は一般の方のそれとはきっと違います。「そんなことまで話すのはあまりに失礼だ」と必要以上に気を回してしまうから。その前に、自分にも医者としてのプライドがあって、「そんなことも知らないの?」と思われたくないという本音も見え隠れします。相手が医者ではなく、カウンセラーだったらどうか?わたしはほとんど自分を出せないかもしれません。ヘラヘラしながらも悩んでいる本心をいえずに、相手も何か気兼ねしてズケズケとは入って来れないのではないでしょうか。

プライドと気兼ねの間をフラフラしながら、結局あまり良くわからないままに釈然としない状態で病院を出ていく、そんな気がします。だから自ずと病院受診が後回しになって「医者の不養生」ということになるのかもしれない、と思ったりします。事実、わたしがうつになりかけたとき、結局は医者の誰にも相談しませんでした。できなかったと云った方が正解かもしれません。医者は、患者になるのがものすごく下手なんです。

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大麻汚染

大学生の大麻栽培、プロスポーツ選手の大麻所持、歯科医や自衛官の大麻吸引などなどまあ出るわ出るわの日々です。もっとも、かなり前から大麻吸引自体は世間に広がっていたとのウワサですし、今や高校生の間にも普通に蔓延しているといわれていますから、れっきとした汚染列島です。そういえば、大きな声では云えないけれど、遠い昔、大学時代にアメリカにホームステイの旅をしたときに1度マリファナの葉を辞書の紙に巻いて吸った経験があります。もう詳しい感覚を忘れましたが、ちょうど酒に酔っ払ったときの超気持ちのいい状態に似ていました。数十分後には元に戻ってしまいますし二日酔いもないのでアルコールより手っ取り早いかなと思った記憶がありました。

ただ、どうしてもガテンがいかない気がします。大麻の毒性や依存性は、タバコよりはるかに軽いというのが周知の事実です。なのに、大麻は持っているだけで捕ってタバコは胸を張って堂々と(今はそれほどでもないですが少なくとも合法的に)吸えるのは、おかしい!大麻を毒物、タバコを嗜好品と分けたのは昔のこと。なのにタバコがいまだに偉そうにしているのは収入源だからというそれだけのことでしかありません。政治家さんの誰かが本当に勇気を持ってタバコ規制を大英断してくれないと、とんでもないことですよ。この際、タバコを非合法の「毒物」、大麻を「嗜好品」と、扱いを総入れ替えしちゃったらどうでしょう。暴力団の資金源ソースも一旦総ざらえできるから一石二鳥かも。

それにしても、そんな大事なもの(法律違反のブツ)を入れた財布を、世の若者たちは簡単に落としたり置き忘れたりしすぎなんじゃないでしょうか?

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やっかいな時代

生活改善の取り組みに参加したみなさんに対して送った文章の転載(一部訂正)です。今でも、ときどき講演の手元資料として配っています。

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やっかいな時代になってしまいました

人類は、食べることがままならない飢餓の歴史の中を生き延びてきました。ですから、食べなくても生きていけるように、少ないエネルギーを上手く使って身体を動かせる仕組みを遺伝子の中に準備しています。ところが、せっかく準備万端で生まれ出てきたのに、今の世の中は想定外の異常な豊かさです。食うのに困るなんてほとんどありません。安くておいしい高カロリー高脂肪の魅惑の誘いがあふれていますし、ほとんど身体を動かす必要もありません。

何とかやりくりして、いざという時のエネルギーを蓄える準備をしていた脂肪細胞は、融通の利かない真面目すぎる性質ですので、「いざ」がないとすぐに満杯になり機能できなくなりました。身体は「もういらない」といっているのに、頭は「まだまだ」と主張して、エネルギーを集められるだけ集めます。空腹感に対して妙に不安を感じることはありませんか?空腹で倒れたことなんか一度もないのにそんな気持ちになるのは、組み込まれた先祖の記憶遺伝子の仕業です。結局、脂肪細胞は自らの細胞の大きさを風船のように膨らませるしか手がなくなりました。本来、脂肪細胞からは動脈硬化を予防して糖尿病や高血圧にならないように調節する善玉ホルモンがたくさん準備されていました。最近の若い女性は脂肪を目の敵にしますが、脂肪細胞はなくてはならないものです。実際、脂肪細胞がないと動脈硬化が進むことも実験でわかっています。ところが、ここまで想定以上に大きくなるとそんな大事なホルモンがみるみる出なくなります。そのために若くして動脈硬化が進み、血圧が上がり、血糖値が高くなり、血液中に脂肪が溢れ、前ぶれもなく突然に脳卒中や心筋梗塞で倒れる危険性にさらされる羽目になりました。これがメタボリックシンドロームです。ついこの間まで、日本人も欧米人並みの身体になり、足が長くなったと喜んでいましたのに。

大きなお腹をさすりながらため息をついている皆さん。このままではせっかく大事に蓄えたエネルギーが倉庫の隅からどんどん腐っていきます。この機会に、溜まってしまったものの在庫整理をしてください。少しでも整理すると、それだけでまた脂肪細胞が本来持っていた機能を思い出してくれます。大きくなりすぎた細胞はちょっとその気になればすぐに本来の姿に戻ることが出来るのです。今が勝負です。頑張ってください。

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情熱のジレンマ

キノシタさん。「自立支援法」へのコメントをありがとうございました。

わたしは部外者の素人なので何も助言はできませんが、キノシタさんは今、この世界で生きていく上で一番難しい位置にいますし、一番面白い位置にもいますね。ただ我武者羅に当事者と向き合えばいい世代とも違うし、組織や社会を変えて行くにはすこぶる無力。とてもやり甲斐のある世界ですが、逆に一番報われない世界でもあり、マザーテレサの精神で頑張っていても、ただの自己満足なんじゃないかという葛藤にさいなまれましょう。でも、あなたのとても真摯で情熱的なプロとしての仕事への葛藤をみると、「めぶき園まつり」の辺り一面に漂った優しい空気が、さもありなんと納得できるのです。『めぶき園』ということばでパソコン検索をしたとき、ある自閉症児をもつお母さんのブログに行き着きました。息子さんが「めぶき園」のショートステイを楽しみにしてるという話です。そこに書き込まれたコメントの内容も読みました。こういう本音の話の中に本音の現実が見えてくるのですが、きっとこの丘の上の小さな施設は、世界に誇れる大きな理念に守られているのだろうなと思いました(ちょっと褒めすぎ?)。

わたしたちの健診施設が何かの成果を発表すると、「あなたのところだからできるのよ」と掃き捨てられます。キノシタさんのところもまた、「めぶき園は素晴らしい。でもめぶき園だからできるのよ」と云われているかもしれませんね。自分たちの小さな施設が世界一になったところで、自分たちが求める理想の社会作りには「屁のつっぱりにもならん!」ほど微々たる成果かもしれません。でもその小さな一歩の発信がない限り何も前には進みません。現在、自閉症がものすごい勢いで増えています。社会環境がそうさせたのも事実、何でもかんでも「自閉症」のくくりで病名をつけて隔離したのも事実でしょう。でもそのためにこれまで社会から隠されていた哲学者たちが表舞台にでるチャンスも増えたと思います。難しいことでしょうが、「タブーからの脱却」のためにも頑張ってください。

哲学者たちの友人に対して凄く嫉妬しているおじさんが、じっと見守っております。

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芸能山城組

先日ノーベル賞を受賞した諸先生方と肩を並べて仕事をしている分子学の専門家たちの、まくし立てるような早口の講演に、もっと早口の細かい質問が飛ぶ。日本核医学会という世界はさすがに凄いなあと思いましたが、全くもってちんぷんかんぷんでした。

そんな中で異彩を放ったのは、国立精神神経センター本田学先生の「美と快の脳機能イメージング」という講演でした。「理性と倫理が邪魔をする人類と違い、他の多くの動物は報酬系と懲罰系で生きている。報酬系に導かれ、懲罰系に押し出されて行動を起こす。」・・・大学に入ったら学校に行かずに「芸能山城組」に入ったという異質の経歴を持っている本田先生の話はどんどん聴衆を本田ワールドに引き込みました。「芸能山城組」は映画「AKIRA(アキラ)」の音楽を担当したことで有名になりました(と講演で云ってました)。

話の主体は「ハイパーソニック・サウンド」=超高周波成分の音は必要なのか?という話です。現在、人間には聞こえない20kHz以上の音はCDやMDではカットされています。音響学者がいろいろな実験をした結果、「その領域の成分が入っていてもいなくても快と感じる効果に差が出なかった」というのがカットされた理由です。ところが、音楽職人(アーチストやレコーディングエンジニア)たちは経験としてその違いを感じている。ということは、その実証実験のやり方自体が間違いだったのではないか?自らが音楽家である山城組長が中心となって、検証実験のやり直しをし、PET検査を使って見事にその差を画像で示したのです(詳細はどうぞHPへ)。すなわち、聞こえる成分は耳で感じ、聞こえない成分は身体全体で(どこかの皮膚を通して)感じている可能性を、学問的に示したのです。

面白かったです。かといって、今さらCDに聞こえない領域の音が入れられるようになるわけではない事実もまた面白い。生き方に幅がある人は話にも幅があるので面白い、そう思いました。そしてそのハイパーソニック・サウンドを用いたブルーレイ版「AKIRA(アキラ)」がもうすぐ発売されるのだそうです。ちゃっかり販促活動もやってました。

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医学は科学ではない(後編)

医学部は、文系の人間と理系の人間が混在しています(わたしの学生の頃は文系の方が多い印象でした)。理学部に入る人、特に物理や化学を専攻する人は、やっぱり理系の人間ばかりでしょうね。

わたしは精神科医になりたくて医学部に入りましたが、精神科の教授が「分裂病(統合失調症)は分子レベルで解明されそうだ!」と嬉々として語る姿を見たときに、急激に興味を失ってしまいました。学会で発表をすると、「そのメカニズムを教えてください」「その機序をどう考えていますか?」とよく質問を受けました。わたしはあれが苦手でした。メカニズムが明確でないのは「たまたま」でしかなく、メカニズムこそがサイエンスである、というわけです。再現性のないものは科学とは云わず普遍性のあるものにしか真理はないというのです。わたしは病気の人間を良くしてあげたいと思うけれど、その病気が何で起きるのかがわからないといけないとは必ずしも思わないし、そういうものにあまり興味がない人種だということがわかってきました。

医者(医師国家試験合格者)の中には、同じカリキュラムを経て、同じ教育を受けてきたにもかかわらず、人間が細胞・分子の集まりに見える人と、心や魂の宿ったモノに見える人がいます。前者はサイエンス学者であり後者はヒューマニズムの哲学者なのかもしれません。前者だけの実験室オタクは医者ではありませんが、私のように後者だけの薀蓄野郎ももちろん医者ではなく、医者というのは、その両者をきちんと身につけているものでそのどちらが欠けても一流とはいえないのだと思います。ということは、やはり「医学は科学じゃない」というのが正解で、「科学じゃないからこそ医学は素晴らしいのだ」という気がします。

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医学は科学ではない(前編)

日本核医学会は今年は幕張メッセで行われました。この学会に行く楽しみは、東京に居たころに働いていたT病院の当時のスタッフとの食事会に参加することです。特に当時部長だったM先生のお元気な姿にお目にかかれるのは励みになります。

M先生が、最近まで働いていたH研究所でのことを話しておられました。「周りに物理学者ばかりが居たでしょ。彼らは答が明確にひとつでないと納得できないんですよ。曖昧さを許さない。『お前は頭が良くて成績も良かったから医者になったのだろうに、どうしてそんな当たり前のことがわからないのか』と云われるんです。生物学者たちは世の中には必ずしも答えはひとつではないことを理解してくれるんですけどね。」・・・それを聞きながら、なんかドラマの「ガリレオ」みたいだな、と思いました。

たしかに「医学は科学ではない」と云って、学者さんたちが少々見下した云い方をすることがあります。そうすると「そんなことはない!医学は立派な科学だ!」と云わんばかりに医学者たちは白黒をはっきりさせるような証明をしてみせようと躍起になります。ちょっと乱暴かもしれませんが、わたしは「医学は科学じゃない」というのなら、「それでもいいんじゃないの?」と思う人間のひとりです。医学が科学じゃないと、何か困ることでもあるのでしょうか?それって、いけないのでしょうか?

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化粧

病院を受診するときにしっかりと化粧をしてくる女性がいます。これでは診察の基本になる大事な「顔色」を確認することができません。頑丈なボディースーツで身を包んでいる女性もいます。隙間から聴診器を入れたって何もわかりません。

「一体、受診することを何だと思ってるのかしら!」・・・昔、出向した先の公立病院の婦長さん(現在で云えば師長さん)がとても憤慨していたのを覚えています。

健診では、化粧している女性は少なくありません。宿泊ドックの2日目でもギッチリとメイクしてくる女性もいます。眼瞼結膜・眼球結膜を診察をするだけで指にたっぷり化粧品がくっついてきます。ただ、健診は病院ではないので、その気持ちがわからないでもないなとも思います。スッピンでも人前で平気でいられるのは「若さ」に他ならず、化粧は年齢が高くなるほど濃厚完璧になっていきます。「スッピンの顔で人前に立つなど、裸で街を歩いているようなモノ。そんなことするくらいなら来ない方がまし!」・・・ある女性に、そう云われたことがありました。

師長が若い看護師さんを叱っている光景をみました。「あなたまさか化粧していないんじゃない?そんなだらしない姿で患者さんと接するなんて、みっともない!」・・・社会人の身だしなみとして、人前ではきちんと化粧するのが常識なのかもしれないけれど、一番素肌がきれいな世代のお嬢さんが、一番きれいな姿で接するのが患者さんには一番嬉しいのじゃないか?と思いながら眺めていました。一方で、診察室に入ってきた80歳を越えた女性の唇に艶やかな赤いルージュがしっかりと引かれているのをみたとき、「化粧」の意味がわかった気がしました。そのルージュ1本が「女性」を保ち、それでアンチエイジングが成立するのだということも知りました。

いずれにしても顔にシミだらけでも平気でいる中年オヤジの私には到底理解できない領域のような気がします。

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マザーテレサ

先日、ある人のブログに「マザーテレサのメッセージ」が書き写されていました。読んで心が動いたので、感謝のコメントを入れました。「人の言葉を書いてお礼を言われると申し訳ない気がします」と返信をもらいながら、たまたまそれを見ることになったご縁に感謝しました。心が必要としていないときに読んでも気づかないでしょうけれど、きっと必要なときにしか目の前に現れないモノなのかもしれません。そのまま自分だけ持つのももったいないので、無断で転記します。ご縁のある方は最後まで読むことになるのでしょう(?)

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「あなたの心の中の最良のものを」

人は不合理、非理論、利己的です。
気にすることなく人を愛しなさい。

あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。 
気にすることなく善を行いなさい。

目的を達しようとする時、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなくやりとげなさい。

善い行いをしてもおそらく次の日には忘れ去られるでしょう。
気にすることなくし続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。

あなたの作り上げたものが壊されるでしょう。
気にすることなく作り続けなさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。

蹴り落とされるかもしれません。
それでも気にすることなく最良のものを与え続けなさい。

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卒業試験

自家用車の7年目の車検を受けました。ということは、あの事故があってから丸7年になったということになります。

土曜日だったその日、朝から自家用車に乗ってゴルフに向かう途中でした。自宅近くの商店街の裏側の交差点で、青信号だったのでブレーキを踏むことなく交差点に入ったら、左側から信号無視のトラックが突っ込んできました。朝日を直接浴びて信号機が見えなかったのではないかと思います。わたしの目の前に急速に近寄ってくる車を見ながら「バカァ」と心で叫びました。わたしの愛車はトラックにぶつけられたあと道路脇の電柱にぶつかって大破しました。トラックは止まりきれずに建設中のセブンイレブンの建物にぶつかって止まりました。瞬時の出来事に呆然としながらも、妻と上司に電話をしました。車のドアは開いたので降りてみました。シートベルトをしていた胸がちょっと痛かったことを除けば五体満足な自分がおりました。

跡形もなく大破した車に比べて大した外傷もないわたしについて、義母は「亡きお母さんが守ってくれたのよ」と泣きながら云いました。でも、わたしはきっと卒業試験に合格しなかったんだな、と思いました。救急医療に携わっていると「九死に一生」を得た患者さんを何人も見かけます。「わたしが生きて退院できるのは先生のおかげです」と感謝され「いえいえあなたの生命力です。拾った命、大切にしてください」と云いながら、実は「あなたはまだこの世の卒業試験に受からなかっただけですから、もっとやるべきことをやってください」と内心で思っておりました。年齢に関係なく、この世で学ぶべき試練と経験をきちんとこなした人から順にこの世から卒業できるのだとするなら、こんな大事故でも生かされると云うことはまだこの世ですべき試練と経験と喜びと・・・何かが全然足りてないということになりましょう。あれから7年、相変わらずのところで藻掻いている気がします。

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わかってもらう

職場の広報誌の最新号(2008.10号)が発行されましたので、コラム転載します。夏の心臓リハビリテーション学会で聞いた話を中心に書きましたので、一部このブログで書いたこと も入れちゃいました。どうぞ、ご内密に。

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わかってもらう、ということ

「それは辛かったでしょう。もう大丈夫です。一緒に治しましょう。」

私の妻が、ある漢方医院を受診しました。これまでの様々な症状と辛い治療の歴史を話し終えたとき、じっと聞いていた先生がやさしい眼差しでそう言いました。そのことばを聞いた瞬間に、感動で涙が出そうになったそうです。「今までそんなことばをかけてもらったことがなかったので、とても救われた気がした。」と語る顔は晴れやかでした。先日、学会の講演会で、ある心療内科の先生のお話を聞きました。身体が一日中痛くてどうしようもないと訴える患者さん、旦那さんのツテを使って可能性のありそうなありとあらゆる教授や名医にかかってみたけれど全く治らなかった患者さんが受診されました。約45分間の初診面接が行われました。「ありがとうございました。何かとても楽になりました。これまでどんな有名な先生にかかっても私の苦しみをわかってもらえなかった。私の『痛み』をきちんと聞いてくれたのは先生が初めてです。」・・・診察を終えたとき、患者さんはそう言って帰っていきました。その1ヶ月後に受診したとき、痛みの訴えは半日間に減っていたそうです。

ここまで劇的でなくても、相手に「わかってもらえた」と実感できる瞬間があります。問題が何も解決していないのにそれだけでハッピーになったりします。症状が改善した患者さんに行ったある心療内科のアンケート調査の結果では、「なぜ治ったか?」の問いに、その25%は「安心感、信頼感」、20%は「具体的な説明」と答えたそうです。一方で、「わかってもらえていない」と感じることは、その何十倍も経験します。「そんなことじゃない。どうしてわかってくれないの?」と、イライラしたことは誰にもあるでしょう。夫婦や恋人同士なら間違いなくけんかに発展します。医療の場では、医療不信のきっかけとなりドクターショッピングにつながるかもしれません。「わかってもらう」ということがどんなに幸せでかつ難しいことかがわかります。

前述の学会では、元ミスタータイガース掛布雅之氏のフリートークもありました。彼は最後に患者さん方にメッセージを残しました。「主治医との心のキャッチボールをきちんとしましょう。キャッチボールは野球の基本です。投げる方は一番受け易い球を投げ、受ける方は投げる人の気持ちになって確実に心をキャッチする。その基本がなかなか出来ていない気がします。」・・・ここにとても重要な「わかってもらう」の極意があるように感じました。患者さんの主治医への想いはつい片思いになりがちです。「私の思いに気づかないのは相手が聞く耳を持たないからだ!」と不満を持ち続けていませんか?キャッチボールは投げる側の投げ方も重要だということです。患者さんも主治医も同じ球をキャッチボールするためには、どっちの心もお留守になってはいけないのだということを再確認させられました。

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こころざし

先日、初めて行ったあるスナックで帰り支度をしていると、マスターがわざわざ色紙に字を書いてくれました。

色々書いた後、最後に「お節介ながら」と前置きして「こころざし」という漢字を書いてくれました。普通は、武士の「士」に「心」で「志」ですが、わざと「土」に「心」と書いて「こころざし」。その違いを、わたしはわたしなりに理解していました(何かの本で読んだことがあった?)。が、「『志』は武士が出世するために人と競い合い、上へ上るために人を押しのけていくこと」・・・彼がそう話し始めた途端、なぜだか涙がボロボロと溢れ出てきました。「もっと自然に任せて地に足を付け、心のつながりを大事にする『土』という字の『こころざし』の方がいいんじゃないかなと思って、この字にしてみました。」そう続けることばはほとんど聞こえていませんでした(だからちょっと意味を間違えて書いているかもしれません)。

彼にしてみれば、いつも書いている字かもしれません。でも、そのことばの最初の段階でわたしの心と体が瞬時に反応したということは、今の自分に一番必要なことばだったのだろう。わたしは素直にそう思いました。

人との出会いもご縁なら、ことばとの出会いもご縁。そんなことを確認した深夜の都町でした。

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悟りの錯覚

診察の「察」は、科学的な「観察力」と情報のすべてを集めて考える「洞察・推察力」の意味だと教わりました。でも、鎌田先生から醸し出される「察」には、何かもっと大きな力があるように感じてなりません。

わたしもそんな「察」の医者になりたいと思いました。「医者」の肩書きはどうでもいいのですが、そんな「察人間」になりたいと思いました。今の職場に移って数年で、自分がどんどんそんな人間に近づいているという実感がありました。このまま行ったらすぐに悟りきってしまうかもしれない!と思い上がりました。

でもここ2~3年、その心は退行する一方です。人の心や人生を察するには、自分の姿を察する力が鈍っていてはどうしようもない。自分が楽しいことが大事。当時は何をしても楽しかったけれど、今の自分はきっと楽しくないのだろうなと思います(「思います」というところが自分を察し切れていない証拠でしょうか)。先日、ある方から「あなたは何かやりたいことがあるはず。それを勇気を持ってやりなさい」と云われました。きっとそれがあるんだろうなと思いながら、いくら考えてもそれが何なのかわかりませんでした。

そんな中でたまたま出会った鎌田先生の笑顔の写真。「まだそう焦らなくてもいいのかな」・・・そう感じさせてもらえました。もっと感じて、もっと察することを素直に楽しめたらいいのかな、と思います。

鎌田先生のブログ「なげださない」http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/

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「察する」心

NHK「きょうの健康」11月号のテキストを衝動買いしました。「40代からの脱メタボ必勝法!」という特集見出しが気になったからです。新しい知識を期待していませんが、内容がわかりやすいので講演をするときに参考資料として薦めようと思いました。

そのテキストをパラパラっとめくっていたら、鎌田實先生のいつもの写真がわたしの目の中に飛び込んできました。先生の写真はいつも笑っています(そんな写真しか撮らないのかこの顔以外の顔が存在しないのか)。わたしもそれに憧れて、できるだけ笑い顔で写真に写るように心掛けています(病院のホームページの写真をみて「なんであなただけバカ笑い?」と妻に指摘されたこともあります)が、どうしても意識すると引きつった笑顔になってしまいます。

鎌田先生の連載エッセイ「つながる」は4月号から始まったようです。第8回の今月号は「二人のすてきなドクターに会った」。先生の人間を「察する」相変わらずの心に、またぐっときました。「人生はあきらめなければ必ず変わる。」「『つかれたのでひと休み。人生の休憩です。』・・・親孝行を前面に出さないのがオシャレだと思った。」・・・先生の云うとおり、どちらの先生もきっと患者さんに慕われている良い先生なのでしょう。

人柄には人柄が集まってくる。先生の周りには、オシャレな心と優しいことばがいつも溢れ出るように集まってきて、それをさりげなくきちんと感じて拾い上げてくれる先生がいて、増幅して周辺のみんなを包むので、みんなが満ち足りてくるんだろうなと思います。

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「まだ」と「もう」

わたしの職場にはフィットネスセンターがあります。せっかくあるのだから昼休みに利用します。昼休みは1時間ありますが、昼食時間や着替えなどを除くとトレッドミルに乗れるのは30分あるかどうかです。午前中の仕事がちょっと長引くとその時間も取れなくなります。「もうこんな時間か。今から始めたら20分しかできないから今日は無理かな。」・・・始めた頃はすぐに諦めていました。ところが、運動が習慣になってしまうと、なぜか動かないことが気持ち悪くなります。「今から急いで準備したらまだ20分もできるじゃない。早く行こう!」・・・いつの頃からか、そんな感覚になっている自分に気づいて驚きました。

同じ時間を「まだこれだけある」と思うか「もうこれだけしかない」と思うか、その感覚の差は積もっていくともの凄い差になるように思いますが、この感覚は理屈ではありませんので、実際にやって実感できないときっと理解してもらえないでしょう。昔、高校の数学の某先生が「これがわかるかわからないか、ロケットで行くくらいの差があるんだよ!」と云っていましたが、まさしく「まだ」と「もう」の差はそれ以上かもしれません。

運動をするしない、メタボになるならない、そんな次元の話ではなく、人生のどんなものに対しても前に進むか止まってしまうかが暦年令以上に人生の幅に大きく影響を与える気がしてなりません。するかしないかは別にして、アンチエイジングの基本がここにあるように思います。

とか書きながら、最近また「もう・・・」になって、着替えることなく昼休みにブログを書いていたりします。いかんいかん、老化に加速度がついてきた!

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可能性とは?

医者の発することばには、当人が思っているよりはるかに重い意味が潜んでいます。「もって6ヶ月でしょう」などと云いながらどうせ明確な根拠のある数字ではありません。ドラマで「あの子は薬がないと1日しかもたない」などというと、なぜか「リミット24時間」と決め込んでいて滑稽です。「23時間50分、あと10分しかもたない!」などとクライマックスで一生懸命ですが、「約1日」は、30時間でも大丈夫かもしれないし20時間もたないかもしれないのですから、まるで時限爆弾のような分単位の緊迫感は意味がないがな、と思います。

医者が、「もう無理だ」と判断する根拠は何なんでしょう?「もはや延命の意味はないから、最後はご家族みんなで看取ってあげてください」と集中治療室から個室に移したら途端に奇跡の快方を迎えることがあります。ガンの終末医療では、医者の思惑よりはるかに長く生き生きと生きる患者さんがいる一方で、予想以上に早く一気に萎んでいく患者さんもいます。

「医者は不安になることしか云わなかった。なんで『わたしに任せておけば大丈夫。』って云ってくれないの?何か頼りない気がした」・・・昔、わたしの姉が長男を小児科に連れて行ったあと、わざわざわたしに電話してきてそうグチを云いました。でも、それはしょうがないでしょう。特に小児科では、間違いのないように、ありそうな可能性は何でも前もって話しておくのが無難です。モンスターペイシェントばかりの中で、「根拠のない自信」など云うはずはないじゃない?

わたしにも外来をしていたころに時間をとって可能性を詳しく話したところ、「あの先生は頼りない。『大丈夫!』って云ってくれないから」そういって、他の先生のところに移られてしまった苦い経験があります。でも、心臓がほとんど動いてないのに「何をしても大丈夫」って云ってあげるほどわたしはその患者さんの人生を抱えこむことはできませんでした。

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「健康」と「終末」の医療教育

大学を卒業し大学病院(大学教育の現場)と縁を切ってから、もう相当の時が流れました。大学教育はかなり様変わりしたのかもしれませんが、わたしの感覚では、医学部の教育の中で決定的に足りないのは「健康」とは何かと「老化」とは何かということだと思います。「終末医療」というものもほとんど教わらなかった(今はきちんとカリキュラムがあるのかも)ですが、現在はこれだけで一教室あってもおかしくないと思います。

基礎医学教科として「生理学」や「解剖学」「組織学」などを習いました。「健康」はつまりそういう正常な細胞や組織の集まったものだ、と暗に教わったのかもしれません。「発生学」は習いましたが「老化学」は教わっていないように思います。最近になってやっと「アンチエイジング」が学問として認められ始めているのですからさもありなんです。あるべき細胞に異常を来したものが病気だからあるべき位置に戻すように手助けすること、すなわちそれこそが医者の仕事であると先輩諸氏からいい伝えられてきた気がします。だから「健康」も「老化」も医者の向かうべき方向(仕事)ではない、あるいはそんなものは「哲学」でしかないとそう云うのでしょうか?「終末医療」とはすなわち医療のギブアップ(敗北)だと云うのでしょうか?

今、「健康」が正常細胞の集合体を指すのではないということを疑う人はいないでしょう。「健康とは何ぞや」ということを医学ではなく哲学だ、というのは一部の古い頭の医者しかいないと信じています。「老化学」こそが人間学の究極ではないかと思いますし、人間がいかなる「終末医療」を受けられるかということが、医療の最大の存在価値だと思わずにはいられません。これらを医学の末端だと云い切る古い頭の医者たちはどうせそのうち消えていきます。今、新しく医者になろうとしている若い柔軟な頭にこそ、しっかりとこれらを教育してほしいと、切に願います。

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ちかめの歴史

小学校のころ、健康優良児として表彰されたことのある私の目は両眼とも良く見えるのが自慢でした。

試験を受けて入学した中学時代、ある理由で眠れない日が続きました。ベッドの中で悶々とする姿を見るに見かねた母が本を読むことを勧めてくれました。本好きの姉が揃えていた文学全集などの中から選んで、毎晩布団の中で読み耽りました。

横向きに寝たまま本を読んだおかげで目は簡単に悪くなりました。しかも厄介なことに左目だけが悪くなりました。子どものころ、ブーメラン遊びをしていて友人の投げたブーメランが刺さったのが関係しているのではないかと親は云いましたが、あれは右目です。授業中だけメガネをしましたが、片目なのであまり良くみえません。視力の違う2つの目をどちらも同じようにみえるように矯正すると、網膜に映し出された画像の大きさに左右差が出ます。それを頭の中であたかも同じ大きさが映っているように自動で修正しなければならないので凄く疲れることになります。だから、視力の左右差が大きい場合、悪いほうは半ばアバウトな矯正で誤魔化すしかありません。これが固定レンズであるメガネの宿命です。そうやって作ったメガネをわたしは左右逆さまにして使用していました。見えない方はより見えなくなりますが、見える方はウソのように良く見えるようになります。結局そうやって片目状態をさらに進ませることになりました。

舞台ではメガネをかけられないから、いつも相手がアバウトにしか見えないから、という理由で、大学3年か4年のときにコンタクトレンズにしました。そんな左右差のある目にはコンタクトレンズが一番だ、ということはそのときに眼科の先生が教えてくれました。ウソのように左右とも良く見えました。・・・みなさん、目は大事にしましょう。

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ちいさな文字

「先生、新しいパンフレットの原稿ができましたので、チェックしてください。」

そういいながら若い方々が持ってくる文書の印刷文字があまりに小さいので凹んでしまいました。あるいは「詳細は添付資料をみて下さい」というその資料がA3書類をわざわざA4に縮小コピーしてくれたりします。たしかにエコではありますが、初めから降参です。

いつの頃からか小さい字が認識できなくなりました。近づけても遠ざけても見えないモノは見えません。中学の頃に目を悪くして以来近視の人生でした。昨年、合わなくなったコンタクトレンズを新しくしようと眼科に行って、遠くをきちんと見えるように調節してみたら、なんと驚くことに手元に持った普通の絵本の文字が全く読めませんでした。字は見えているのです。でも何と書いてあるのか理解できません。ちょっとやそっとでは立ち直れないようなショックでした。とうとう眼筋が歳をとってしまって、「これを老眼というのだなあ」と思うとちょっと寂しくなります。結局、遠くも近くもほどほどに見えるように中途半端に調節しましたが、返って疲れますので、困っています。

そんな目になって初めて分かることがあります。「小さすぎれば、字は読めない」という当たり前の事実です。パンフレットを読むのはわたしより高齢の方々が大多数です。内容や誤字脱字云々よりも前に、「こんな小さな字じゃ、だれも読まんわ!」と怒鳴ってみたり。むかしはわたしも気にしなかったことだから、若い人にはきっとわかんないでしょうねえ(と書きながら、わたしは若い人の組に踏みとどまりたい!と足掻くのであります)。

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知的好奇心とキャリア

「それは、先生の医者としてのキャリアに何か意味があるの?」

昨年、漢字検定2級を受けようと、テキストを買ってきて毎日暇を見つけて勉強していました。残念ながら試験日のたびに諸般の用事が入ってしまって、受けられないままにタイミングを逸してしまいましたが、そのわたしの噂を聞いて、ある知り合いの開業医の先生がこう云ったそうです。

漢字検定に合格したところで、医者のキャリアになど何のメリットもないと思います。一人の日本人が漢字をもっと知りたいと思ってやってみた。それは大して不思議なことではないと思います。興味が湧いたからやってみたくなった。それが「好奇心」。それが何か?好奇心を「知的」好奇心と「知的でない」好奇心に分ける意味はあまりないと思いますが、人間はもちろん一番知的好奇心が強い動物です。最先端医療の研修に行くとか糖尿病の勉強をしてみたいとかそういうジャンルなら職場も奨励するのでしょうが、般若心経を会得したいから札所めぐりを考えるとか、パソコンでホームページを作りたいなどという好奇心は、「ただの趣味」と切り捨てられて、そんな暇があるならもっと勉強しろ!などと無粋なことを云う輩がいます。でも、同じ知的好奇心でも、こういう興味の方が歳とともにどんどん膨らんでいきます。似顔絵を描きたいと思って資料を買ったこともありますがあれは頓挫してしまいました。これから機会があれば川柳もやってみたいと思います。これらもまたキャリアには何の関係もないことでしょう。

この歳になると、好奇心が湧かなくなったら無理やりにでも湧かせないとすぐに枯れてしまいそうで心配になります。何事にも「くだらない」と思わない心構えで生きております。そんな構えでいると、キャリアなんてどうでもいい気がします。今はこのブログ書きに没頭中です。

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面白いものは面白い

職場の広報誌のコラム転載のバックナンバーはこれが最後です。2007年10月号です。

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面白いものは面白い~笑顔の贈り物

最近、心から笑ったことがありますか?

「破顔一笑」ということばがあります。会心の笑みという意味です。わたしは、人間の顔の中で、無防備に大口をあけてバカ笑いしている顔が一番好きです。人生でもっとも無垢な屈託のない笑いができるのは3歳児のころでしょうか。そして、長い年輪を深いしわの1本1本に刻んだ老人が、かっかっかっと大笑いする姿もまた神々しくてすてきです。

人間以外の動物で、顔に明確な表情があるのは猿・イヌ・ネコだけだそうですが、喜怒哀楽の表現のうち「笑い」は正式には人間にしかない特権のようです。それなのに、面白いものを面白いと表現できない人が、最近急速に増えているように思います。現代の若者には笑わない人が増えています。笑っているのかもしれないけれど笑った顔ができません。表情筋が発達していないようです。小さいころには笑っていたはずなのに一体いつから笑えなくなったのでしょうか。筋肉は使わなければ退化しますから、表情筋が一番発達するはずの小学生・