日記・コラム・つぶやき

アテンダントさん

身内の手褒めみたいで申し訳ないですけれど、うちの職場のフロアアテンダントのお嬢さん方は、若いのにとても優秀です。

なにしろ大勢やってくる受診者の皆さんの道先案内人。決まった順路に従って決まったように進ませるのではありません。空いている検査を確認してバランスよく各々違う所に案内するのです。何かとクレームを云う人もいるし、どうしたらいいか分からず途方に暮れている人もいます。予定していた検査が予定通り進まない時もあれば、予定していた医者が急に休む場合も少なくありません。医師に結果説明をお願いしようとしたら「わたしはイヤ」と門前払いを食らわされることもあります。そんな日々、何事もなかったかのようにスムーズに流れて一日が無事に終われるのは、ひとえにこのアテンダントの皆さんのおかげなのです。彼女たちが夕方遅くまで翌日の計画を綿密に立てているのを知っています。

何年も居るベテランさんに指導を受けた若いお嬢さん方が本当に優秀なので日々感心している次第です。理不尽なことを云われてもきちんと対処し、顔色ひとつ変えずにいつもニコニコして臨機応変に捌いていく。よく考えたらわたしたち医師はいつも彼女たちの小さな掌の中で踊らされているわけですが、それが心地いいと感じるくらいです。どうして一人も”ダメな子”が居ないのか、そんなにまでして頑張れる理由は何か、最近はそんな思いで彼女たちを眺めています。もちろん、何人もの人が短期間で辞めて他の仕事に移っていきましたから、自然淘汰されて残った人たちであることは確かなのですが、それでも、一人か二人は”できない子”がいて、周りがそれを上手くフォローするというのが普通の会社。おそらく病院の看護師さんや技師さんや事務職たちの集団には必ず居るはずです。

仕事をする上で万事を彼女たちに任せられるというのは、とても楽です。本当に良い環境で働かせてもらっています。唯一の悩みは若い女性たちだから、結婚や出産や夫の転勤で居なくなってしまうだろうということ。

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赤属性

うちの施設では、いろんなトラブルがあった受診者を『赤属性』といいます。説明画面の中にある属性項目が赤色に換わっている場合は、「こっそり注意事項を読んでおきなさい」というもの。もちろん、中身は千差万別・・・アレルギー情報や以前の検査で貧血を起こしたなどというものもあればクレームを毎回云われるとか突然キレるとか、そんなものまで。

で、この後半の部類の赤属性の人が来るとかなり緊張するのですが、それでも最近こういう人は本当に少なくなった気がします。そもそも、事務方のお嬢さんや保健師さんたちには上から目線の高飛車な態度でクレームばかり云うのに、医者の前では手のひらを返したようにニコニコして従順に話を聞く人は少なくありません。

それを考慮しても、10年前に比べると明らかにそういう連中は減りました。診察室に不機嫌きわまりない態度で入ってくる人も少ないし、突然しつこく文句云う人も少なくなった。どうしてなのだろう、と考えてしまいます。経年的に自然淘汰された(そういう連中は受診しなくなったとか毎年のことだから諦められてしまったとか)可能性もあれば、経験数が増えて自分の対応の仕方が上手くなった可能性もあります。でも、世の中ずっと続いているものというのは、どこもこういうものなのかな。

どっちにしても、いいこと。

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アップルの社員証

昨日、フェイスブックを眺めていて、こんな記事を見つけました。

<Appleの社員証の裏につづられた11の言葉>

JB(ジョン・ブラウン)の成功するためのルール

・活かすべきは、未来だ。古いものは手放そう。
・いつも真実を伝えよう。悪い知らせほど、早く聞きたいものだから。
・誠実であること。そして、何かに疑いを抱いたら、すぐさま尋ねよう。
・その他大勢の営業マンではなく、優れたビジネスマンになろう。
・床掃除は全員で。
・態度、話しかた、周囲へのフォローにおいて、プロフェショナルになろう。
・お客様の話に耳をかたむけて。ほとんどの場合、お客様は分かっているのだから。
・お互いが利益を得るような関係を、パートナーと築くこと。
・従業員同士が気を配り、情報共有をするような環境がよい。
・あまりにも生真面目になりすぎないこと。
・楽しまなければ、意味がない。

昨日は、これからの事業を進める上で、今だからこそできることはなにかを考える会議を1時間行ったばかりでした。利益を得られる企画がどうだとか、健診事業のあるべき道はどうだとか、そういうものではなく、純粋に『人々が健康を得られるような試み』を考えたい、という話し合い・・・現実を考えるとなかなか夢を語れない時代、だからこそもっとウキウキ(受ける側も提供する側も)する企画を考えたい。そんな会議の後だったからこそ、妙にこの記事がココロに響きました。特に、最後の2つ・・・『あまりに生真面目になりすぎないこと』『楽しまなければ、意味がない』・・・是非ともスタッフの全員がこの2つの言葉を常に意識して生きて行ってほしいと思いました。

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練習もしていないのに気づいたら本番の舞台に立っていて、もうすぐ自分の台詞の順番が回って来そうな夢

試験勉強どころか教科書を開けたこともないのに、今から試験が始まろうとしている夢

もうやり方も覚えていないのに、今から緊急カテーテル治療をするように急きょ指示されてとりあえず手洗いを始めている夢

昔好きだった人に、こっそり出会う夢

亡き母や父が元気にしている夢

中途半端な空中を飛ぶ夢

何か怖い者に追いかけまされる夢

隠れてタバコを吸う夢

ナイフを刺されて大出血し、徐々に血圧が下がっていく夢

街中の民家の並ぶ中でティアップしてドライバーを振ることを強いられる夢

色々な事情が続けて起きて、なかなかゴルフ場に辿り着けない夢

・・・数か月に一度は見ていたこんないろいろな夢が、ここ1年以上、まったく現れなくなったのはなぜかしら。

小便や大便をしたくて便所に行くのに便器が見当たらずに苦しむ夢はいまだによく見るのだけれど・・・。

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道の駅のトイレ

今日は日帰りでサッカーの贔屓チームの応援に大分まで行ってきましたが、今朝が寒かったせいかお腹の調子がおかしくなりました。行きの山越え途中から何度もお腹の中に大きな嵐が押し寄せてきまして、やむを得ず道の駅阿蘇のトイレに立ち寄った次第。

一時期のドライブインのトイレといえば、汚い、臭い、暗いが定番でしたが、最近の道の駅のトイレはきれいに手が加えられ、どこもウォシュレットでしかも便座が暖かい上に温水が出る。とってもうれしい限りです。道中のコンビニで用を足そうとすると一つしかない大便器は大概使用中で、決まって先客の用足しが長いので、ギリギリで行って待っているのがとても辛い。運動施設のトイレは最近洋式が増えたのは有難いけれど、概ねウォシュレットではない。歳を取って来ると粘膜が弱くなってきているから、何度も使うとお尻がヒリヒリしてきて辛い。

だから、阿蘇路の道の駅のトイレがどこもリフォームしてくれたことに気付いて、とても嬉しい気分に包まれている今日この頃です。今日は、3か所で恩恵を被りました。

それにしても、このお腹、どうしたものか。

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始業時間

朝早く、始業時間前から持ち場のパソコンの立ち上げや機材の準備を済ませたスタッフたちがぞろぞろと朝礼のために集まっていきます。朝礼も始業時間前の自主的な行動です。

そんな彼らを毎朝眺めながら、つくづく「えらいなあ」と思います。むかしはこういう行動は当たり前のことと考えられていました。ところが今は・・・『働き方改革』の中で、彼らがやっているような始業時間前の業務は、『時間外労働』に当たるのだから、それを強要するなら時間外手当を支給するのが当然である、という考え方がまかり通る時代です。ですから、最近の若い世代は、始業時間ギリギリにやってきてタイムカードを切ることに何のためらいもないのだそうです。

「いやいや、仕事を始める前に来てココロの準備や環境の準備が必要だろう。始業時間ギリギリに出勤してきてそのまま仕事を始められるはずがないじゃないか」と思うのはわたしたちの世代。特に、わたしたちのようなお客様(患者さん)相手の仕事だと、「8時に開始します」となれば8時にデスクのパソコンを起動したのでは遅いわけで、うちでも「あの先生は毎回、診察開始時間が5分遅れてしまう」という苦情がアテンダントさんなどから出ることもありました。

ただ、よく考えたらこれは契約をする時点で間違っていますね。8時に業務が始まるのに8時からの仕事契約してるのがおかしいのであって、その前準備を自主出勤の中でさせようというのは単なる”良心への期待”でしかありません。当然、契約時間を7時50分からとか45分からとか、早めて契約すればいいこと。日本も完全なる契約社会になっている以上は、そういう部分の曖昧さはなくすべき時代になったようです。まあ、それをしたらしたで、「ちゃんと金を払っているんだからやるべきことは最大限やってもらわないと困る」と雇用者側の態度が硬化して一層ギクシャクしそうで心配なのですが、これは杞憂というものでしょうか。

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なにげに霜月

睦月如月弥生卯月皐月水無月文月葉月長月神無月、霜月、師走・・・。

ふう。正直に云おう。最近、こんな当たり前のことがソラでスラスラと云えなくなってきた。これだけ並べるのに何回スマホの力を借りた事か。自分の生まれ月(4月)すらうろ覚えで、「睦月だったかな」と云ってみたりなんかする。なんかね、アタマの中の記憶の袋にね、虫でも食ったのかこっそり小さな穴が無数に開いてしまっててね、気付かない間に穴からいろんなものが転げ落ちて溶けてなくなろうとしているみたいなんだ。なんかね、これだけのことなのに、妙に情けなくなってくるんだね。覗きこんで確認してないから気付いてないけれど、もっとたくさんの常識が、まだ自分の財産として持っていると思い込んでいるのに、すっかり消えてなくなっていたりなんかするんだろうね。

うちの職場の共有ファイルのキャパがいっぱいいっぱいになっているので早急に要らないものを削除しろ!と管理者が緊急告知を繰り返しているのだけれどね。わたしのアタマの中の記憶のキャパなんて単純な心太(ところてん)式だから、時々使って新しい順に戻しておかない限り、回転寿司よろしく、どんどん押し出されていくんだろうな・・・ま、いいか。

職場の個人ファイルに溜めてあるデータも、この際、全て削除しちゃおかな。困るようで、全然困らない気がするし・・・。

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おかしいと思わない?

またまた鬱陶しい季節がやってきました。

年に一度、健診のデータをまとめた年報を作成します。その原稿チェックをするのがわたしたち医師の仕事。で、毎年、同じミスを繰り返すわけです。単なる数の足し算が間違っているのです。いろんな項目ごとに違う担当者が作成するのに、まだ誰一人として正しい数字のグラフを持ってきてくれた人がいない。まあ、毎年のことですから、慣れてしまいましたが・・・。『検算』しないのは、もうわかった。最近の若い子にはそういう概念がないのだということはもう諦めました。でも、単純な足し算なんだよ・・・単純な足し算をエクセルが間違えることはまずないのだから、数字が合わないのは他の理由。要するに、グラフに書かれている合計人数はそのグラフの各々を足した結果の数字ではなく、合計数だけ違う所から引用してきたわけだ。この時点で、この二つが同じだと思い込むから、単にエクセルに打ち込んだ数字の合計をsum(  )で計算させることをしない、そこのところが今年も続いているうちの職場の伝統。数人の違いもあるけれど、倍以上の数の間違いもあるのに気付かないって、どうよ。

「毎年するんだから、担当者が換わってもできるように、ちゃんとマニュアルを作っておけば解決するだろ」とか、上の方の管理者は云っているけれど、いやいやそんな話ではないのよ。上の方がそんな認識だから、何年経っても同じミスがなくならないのだ。何かのイベントで、動員されたスタッフ数に比べて用意された弁当の数が明らかに少なかったら、細かい数を数えなくてもすぐに、「なんか、おかしいんじゃないか」と思うでしょ。そういう感覚が最近の人にはなくなっているのが怖い。自分で書いた報告書を見て、「なんかおかしい」と感じられなくなってきた理由は、おそらく自分の力で計算していないからでしょう。機械がやった事だけでなく、それを部下や同僚がやってくれたとしても同じ。「信じている」のではなくて「考えていない」・・・自分がまとめておきながら、自分の問題じゃないんでしょうね。

とりあえずはっきりしていることは、今しばらくこの憂鬱が続くのだろうなということ。

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自褒めコラム選(8)

分別はアンチエイジングの最大の敵 (2013.1)

我が家の14歳になる老犬ベルは、散歩のとき以外はいつも寝ています。耳も聞こえなくなってきました。歳を取ったなあと思います。そんな彼女自身が、歳を取ったと実感し始めたタイミングはいつだったのだろうか・・・先日、スヤスヤ寝息を立てている彼女を眺めながら、そんなことをふと考えました。

実は、彼女は4年前までは小娘のように飛び跳ねていました。彼女の父親犬が今の彼女の歳に肝腫瘍で亡くなるまで、父ちゃんに見守られながらいつも好き放題にあちこちでちょっかいを出して回っていたのです。10歳とは到底思えないフットワークと身のこなしでした。彼女は生まれたときから父親が一緒だったから、突然ひとりになると一気に歳を取るかもしれない、と心配したわたしたち夫婦は、父親が亡くなった5か月後に同じブリーダーさんからベイビー犬を譲ってもらいました。思うに、ベルが突然歳を取り始めたのはその頃からのような気がします。最初は新参者と勢力争いをしていましたが、徐々に表立った喧嘩がなくなり、共存を始めました。その頃から、あんなに小娘だった彼女が急速に分別ある大人に変わっていきました。自分より年上と一緒に生活しているといつまでも子どもでいられたのに、はるかに年下を目の当たりにして今まで自分が錯覚していたことに気づいてしまったのでしょう。それが彼女のカラダに突然老化スイッチを入れた瞬間・・・彼女を歳取らせた張本人はわたしたちなのかもしれない、悪いことをしたなと自責の念に駆られています。

この“分別はアンチエイジングの最大の敵”はもちろん人間にも言えることです。「歳甲斐もなく」とか「いい歳をして」とかいうことばを無意識に使い始めるとき・・・そのことばを使い始めるきっかけは何でしょうか。お孫さんが「おじいちゃん」と呼んだ瞬間でしょうか。会社で管理職に昇格したときでしょうか。子どもがいなくていつまでも出世しないわたしなんか、いまだに若いスタッフとお友達だと思い込んで、キャッキャ、キャッキャと騒いでいます。だから、「カラダ大丈夫ですか?無理しないでくださいね」と声をかけられるとちょっとカチンときます。「分別くさい人間になるな!」「いつまでも若造だと思い込め!」・・・他人に言いながら、自分にも言って聞かせている私は、まだ今年の4月で55歳です。いつまでも錯覚して生きていきましょう!

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自褒めコラム選(7)

落葉樹と常緑樹 (2011.1)

いつまでも暑かった今季の秋は例年と少々様相が違いました。それでもこの原稿を書いている頃には我が家の庭のハナミズキの紅い葉は一気に落ちていきました。来る日も来る日も落ち葉を掃き集めるのが大変でずっと舌打ちをしていましたが、なくなってしまうと途端に寂しくなります。街路樹の銀杏も公園の紅葉も今季は色づきに足並みが揃いませんでしたが、それでも普通に落葉しました。「落葉樹」~日本に四季があるのと同じように(四季があるために)、落葉樹の一年はとても華やかです。その大きな葉は、光合成を行う重要な部分であるにもかかわらず、華々しく色づいたら辛い寒さを乗り切るためにさっさと切り離されます。冬眠の季節になって寒さにじっと耐える姿もまた健気です。

それに対して、華やかさはないけれど年間を通していつも青々とした葉をつけているのが「常緑樹」。秋の頃、職場から見える小学校の校庭には紅葉した見事な街路樹が何本もあり、その手前の空き地では緑の葉をたわわに付けた大きな常緑樹が元気に繁っていました。その不思議なコントラストを眺めながら、落葉樹と常緑樹の違いを考えてみました。若い頃、常に青々としている木の方が優れていると思っていました。自分も常に若く活気に満ちている常緑樹のようでありたいと願っていました。でも、ふと、落葉樹の方が生き方に余裕があるのではないかと思い始めました。環境に合わせるかのように姿を変えながら、でも華やかな時をきちんとアピールする落葉樹は、与える印象もその生き方もとても鮮烈で魅力的に見えたからです。そう考えると、落葉樹にも常緑樹にも、違った形で各々に逞しく生きていく姿が見て取れます。

人間はどうでしょう。人間のカラダにも環境に合わせて各々の持って生まれた体質というものがあります。痩せ型(エネルギー消費型)と小太り型(エネルギー蓄積型)の各々はそれがその人に適している最適の体型なのではないかしらと思います。小太りが長生きだからといって痩せ型の人が必死に太る努力をするのはナンセンスですし、小太りは長生きできないといって何十年も同じ体型のおばさんが突然断食を試みてもメリットがあるとは思えません。それを平均点の統計学に当てはめて、BMI22が理想だとか24が良いとか、あるいは内臓脂肪はどれくらいが良いとか、何でもひとつにまとめようとするから無理が出てくる。もしかしたら各々の体質が一律ではないからこそ、人類は生き延びてこられたのかもしれません。飽食の時代にはエネルギー消費型が生き延び、飢餓の時代にはエネルギー蓄積型が力を発揮する・・・それは人類にとって最大の優先事項である『種の保存』のために初めから備わっている秩序なのではないでしょうか。

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