日記・コラム・つぶやき

楽しいことを見つけていかないと

先日の職員健診で直腸腫瘍が見つかり(正式には、前からあったものがちょっと大きくなっているように見える)、後日精密検査をすることになりました。大腸ポリープは若い頃からたくさん持っていたので自主的に定期的にオプションの大腸検査を受けていたからこそ見つかった所見で、これまで腫瘍マーカー(CEA)も便潜血も異常になったことがありません。でもさすがに9mmφのポリープは心が凹みます。場所が直腸なので「もし人工肛門とかになったら大変だなぁ」とか、あらぬことを考えてしまいます。

ついでにオプションで肺CT検査も受けました(動脈の石灰化が著明なので変化してないかとか内臓脂肪はどうかとかそんな興味で。これもここ3年毎年受けています)。読影された結果を見ると去年までなかった所見(左中肺野胸膜肥厚)が書かれています。判定は軽くて『経過観察』の指示すらないのですが、去年までの画像を確認してもそんな所見は見当たりません。所見としては大したことないですし、陳旧性病変だろうとわたしが読影してもそう書くでしょう。でも、自分自身の身体となるとそう容易くはありません。この一年間で特に感染した記憶はないのだから急に新しい肥厚所見が出てくるはずないじゃないか? 肺腺がんってそんな感じで症状もなく大きくなるやつじゃなかったか? 心は悪い方にばかり動いていきます。ちなみに胸部レントゲン写真では最近導入されたAI機能で確認しても何も異常は見えません。「でも、初期の肺腺がんってそんな感じだものな」なんせ、そんな人ばかりを見ざるをえない仕事環境なので、心安らかにはなれません。また来年もオプション検査を受けることでしょう。

大腸検査も肺CT検査も、わたしが勝手に追い銭してオプションを加えたものです。それをしなければ何も見つかってません。虫の知らせで検査したおかげで「早く見つかって良かった」という考え方もあるけれど、検査しなかったらもっと心安らかだったわけだし、それでもし重大な病気が早期発見できなかったとしても、それはもう運命だったと諦めもつきましょう。知らなくても良いことを知ってしまうと本当に毎日ため息しか出なくなりそうです。それでなくても、右眼の白内障はいつ治療した方がいいのだろうか、左足の嵌入爪は手術しかないのだろうか、などなど気になる不具合ばかりなのです。もっと何か楽しいことでも考えるようにしないと気が滅入って狂いそうになるやも(まだそこまでは追い詰められていませんが)。積極的に楽しいことを見つけ出す努力を最優先にして、厚く垂れこめてきた暗い雲を払拭すべく、アンテナを高めていきたいものです。

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第何世代?

「ぼくのiPadのカバーがかなりボロボロになってきたから、そろそろ買い替えたいけど、良いかな?」と妻に聞いた。
「え、別にわたしに聞かなくて勝手に買ったら良いんじゃないの?」とそっけないけれど、すぐにスマホで検索してくれた。
「それ第何世代なの?」
「そんなのどこ見たら分かるの」
「設定のところで見たら書いてあるでしょ」
「ないよ、そんなの」
「機種名とかモデル番号とかで検索したら出てくるんじゃないの?」
「iPad Pro10.5インチMPF22J/Aだってさ…あれ、世代とかないよ」
「え、“世代”ができる前のやつ? 2017年型って、そんなに古いの使ってんの?」
「だってこれ、還暦祝いか勤続30年記念かで職場がプレゼントしてくれたものだもの。まだやっと5年だよ」
「新しいの買ったら?」
「別に何も困ってないんだから要らないよ。それよりカバーを」

なんかちょっとショックでした。これ、当時一番新しいモデルで、その後の学会やら旅行やらでいつも携行して重宝しましたし、つい最近までDAZNのサッカー観戦をこれでしていたから、イメージ的には日頃使うノートパソコンより新しいハイスペックな感覚でしたのに、そんな古いものだったなんて。

世の中、年月の進行が日々加速度を増している気がするのはわたしだけでしょうか。最近、家の中のあちこちで床や階段がミシミシ音を立て家の前を車が通るたびに揺れる程度が増した気がするけど、ふと気づいたらもう築28年のセミ古民家。贅沢普請しているからしっかりしているけれど、いつまでも新築当時のままと勘違いしてはなりません。愛車もついこないだ買ったばかりだと思ったら今年の秋には5年目車検、残価に対してローンの借り直しを考えなければならない。いやいや、そんなことよりももっと加速度を増して老化しているわたしのカラダを冷静に評価しなければなりますまい。

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最強寒波の波紋

水曜日に襲ってきた”最強寒波”と暴風雪は熊本市内でもピンポイントで襲われた区域があり(どうも線状降水帯みたいな線状の雪雲がかかった西区と南区がすごかったけれど中央区や私の住む東区は大したことはなかった感じ)、わたしの職場のある南区などは国道の大渋滞の影響で国道につながる幹線道路も渋滞して通勤に大きな影響が出たらしいです(わたしは有給休暇だったから当日のことはテレビニュースで知った感じ)。

そんな感じで、めちゃくちゃ寒かった事以外には特に影響はなかったと思っていました。ところが後で聞くと、職場のローソンでは昨日(26日)の昼まで物流が途絶えて弁当やおにぎりなどが陳列棚に並ばない一大事でした。もちろん熊本地震の時ほどではなかったのでしょうが、お弁当難民の職員が多数いた事でしょう。そんな他人事を憂いていたら、妻のアトリエが断水して難儀したそうな。不動産屋に連絡したら「凍っているのが溶けないと何もできない」と水道業者から云われたとの返事だったそうですけど、昨日の夕方部屋を出る時もまだ断水だったそうで、いつ出るようになるのか不安そうでした。彼女のアトリエの入ったビルは一階が調剤薬局ですがそれ以外は彼女の部屋しか使われていないから、後回しにされているんではないかと疑っているところです。災害時はトリアージが基本・・・影響の多いところを優先的に対処するものですから。

これは、前回”最強寒波”が襲ってきた2016年に起きた熊本地震のときに痛感しました。大多数の被害者が溢れている中で、やはりトリアージは大切。それを見失うとかえって大混乱を起こすことになりましょう。幸い、先ほど聞いたら、今日は断水は解消されていたそうです。もっとも今日も外は雪。明日はどうなっていることか分りませんが。

 

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辞める理由

最近、わたしは夕方の諸会議を休ませてもらうことが増えました。もちろん、「理不尽に管理職から退くように云われているからそんな会議に出る義務はない」という腹いせ的な意味もないわけではありませんが、本当の理由はワンズを散歩に連れて行かないといけないからです。「プライベートの用事でどうしても早く帰らないといけないので、どうもすみません」とお茶を濁していますが、会議をサボりたいのではなく(少しはそんな気持ちもないわけではありませんが)2匹のワンズの散歩をするのが理由です。ビアデッドコリーという犬種は体重が20キロ前後はあるまあまあ大きな牧羊犬で、メスでもそれなりの力があります。昨年秋に足を骨折した妻に委ねるのはちょっと無理があります。突然何かが起きたら制御が効かなくなる危険性があるからです。でも、正直、会議を欠席する理由が「イヌの散歩」とはなかなか公には云えません。仕事してまがりなりにもたくさんの給料をもらっているのだから、仕事優先すべきでしょう!と多くの人が思っているでしょうから。

わたしがまだ若かったころ、とても優秀な外科部長がおられました。救急部門を担当しながら神業のような早くて丁寧な素晴らしい手術をするということで病院中でも有名な先生でした。そのうち、この病院を背負っていく医師のひとりだろうと云われていたほどでした。その先生が突然辞表を出して、地元の小さな病院に移ることになったと聞いたときにはとても驚きました。「どうして?」と聞いたら、「ここは忙しすぎてイヌの散歩をする時間が取れないから」と答えたのを今でも鮮明に覚えています。先生の飼っていたイヌはアフガン犬というとても大きくて優雅な風貌の犬です。奥様が難病になり、「独りで散歩させるのがちょっと難しくなったんだ」という退職理由に、「そんな程度の理由で辞めるなんてあまりにも勿体ない! 社会のためにもっとその腕を発揮すべきじゃないのか」と、素直にそう思ったものです。ちょっと寂しそうに、ちょっとはにかんで「じゃ」と太い手を小さく上げて去っていきましたが、あれからすでに30年以上、今のわたしは当時の先生ほど組織に必要不可欠な立場の人材ではないかもしれませんが、それでも今なら彼の大英断の理由がとてもよく理解できます。愛犬を可愛がっていればこその選択。プライベートに後悔ない生き方をしてこその社会貢献だという選択を、仕事至上主義真っ只中だった時代にされた先生は、今思うととてつもなくかっこ良かったと思います。

 

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マスク顔

先日、テレビのバラエティー番組で、学校でマスクを外せない中学生の女の子の話が出ていました。中学に上がったときにはすでに新型コロナ感染社会の真っ只中で、他の小学校出身の初めて顔合わせする同級生もたくさんある中、お互いにマスク越しでしか会ったことがないから相手の本当の顔を知らない。マスク越しで新しい彼氏もできたのに、付き合い始めてもう長いにも関わらずお互いにマスクを外した顔を知らないと云うのです。「マスクを外した顔を見せたら幻滅されるかもしれないから、絶対に外せない」と。新しい友人とも本当の顔を見せるなんてとんでもないと云う。自分の裸の姿を見せるのと同じくらい恥ずかしい、という感覚なのでしょうか。

世の中、みんなそんな感じなのだと聞いています。わたしの職場でも、新人さんや配置転換のたくさんのスタッフと働いていますが、本当の顔を知らないひとがほとんどです。世間ではマスク外しをそろそろ推奨される風潮になってきたのに「そんなの、ムリムリ!」と一笑に付すお嬢さん方がたくさん居ます。彼女たちの中にはこれからを憂慮して鬱状態に陥る人も少なくないのではないかと懸念しています。わたしのような年寄りでも、マスクをしているというだけでかなり自信を持って受診者さんなどと対峙して話ができるようになっていることを自覚しています。自分のだらしない口元を見られることがない(「この人、しゃべると意外にイヤらしい口元なのね」とか思ってるんじゃないかと考えると、面と向かってまともに話せなくなるじゃないですか)からです。相手の口元が見えないことの弊害も大きいですが、相手に口元を見られないメリットも少なくないことを今回の新型コロナ騒動でしっかり認識できた気がします。

先日、妻が車を購入することになり、わたしたち夫婦の担当者(長い付き合いだったHさんが急遽退社されてその後任となったのはちょうど3年くらい前)が手続きのために我が家に来ました。茶菓子を出したので、マスクを外した姿を初めて見ました。いや、おそらく初めてではありません。一番最初に会ったときはマスク越しではなかったはずだから。でも全然覚えていませんでしたから、彼が帰った直後、「Sさんって、あんな顔だったのね。わたしが勝手に想像してた顔と全く印象が違ってたよ」と妻が云いましたが、わたしも同じ感想でした。マスク顔は、目元だけ見て話ぶりだけで勝手にマスクの中の表情を想像するわけですから、「マスクを外したら幻滅されるかもしれないから外したくない」というくだんの中学生の気持ちは理解できます。そのバラエティ番組では最後に彼氏自らマスクを外し、「ぼくも外すから君も外してほしい」と云ってお互いの本当の顔を見せ合って、「マスク外しても最高にかわいいよ」と男前な台詞を残した彼が素敵でした。

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病んでいます?

今週はオンコール当番。寝るときに枕元にオンコール用の携帯を置いて床に就きました。

そんな昨日(今朝)夢を見ました。

ブーブーブーと携帯のバイブが鳴っているのに気付いて、慌てて出ました。「おまえ、何している!」と電話口の向こう側で先輩医師が怒っています。「私は18時と22時に2回電話しましたけど、出ませんでした」と横にいる看護師さんらしき女性が告げ口しているのも聞こえます。どうも、わたしはどこかの病院の当直のアルバイトに来ていたのに、コールに気付かなかったようです。バイブになってたからだと思われます。「すいません、気付かなかったんです。すいません、すいません」とにかく平謝りしているところで目が覚めました。

イヤな気持ちで小便に立ちましたが、用を足している最中に急に不安になりました。もしかしてあれは、夢ではなかったのではないか? あのバイブ音は枕元のオンコール用携帯のリアルな音だったのではないか? 以前、前の週の担当医から引き継いだら本当に夜間自動無音(バイブ)設定になっていたことがありましたから。だから、用を足し終わるのももどかしく枕元の携帯電話を確認。暗闇の中だけれど、コールがあった痕跡はないようだということが分って本当に安堵しました。

わたし、病んでいるのでしょうか。

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言い訳

昨日はほとんど家に居て動かなかった。雨が降る前にと思って昼前にちょっとだけワンの散歩に出ただけ。右肩〜右首の痛みが胸筋と広背筋のこわばりが原因だからということで毎日のストレッチのノルマが課せられていたけど、昨日はそれもしなかった。

朝は晴天だったけど徐々に曇天となり昼過ぎから冷たい雨が降り始めた昨日。風邪なんか引いたら職場に迷惑をかけるし、電気工事の知人が来てくれているからウロウロすることもできないし。さらに週明けから強烈な寒波が来るというのでベッドを暖かい寝具に入れ替えようとしていた時に突然左膝が痛くなって立っていられなくなったから。そして、ストレッチを頑張ると反対側(左側)の首が痛くなって寝れなくなったりしてたから。

「人間は言い訳の動物です。何かできない理由を見つけると、それを言い訳にして動かなくなります。動けなくなった理由の分析ができた時点で終わろうとします。原因が解明されたのなら、じゃあどうやったらできるかを考えて実行すれば良いだけのことなのに、しないんですよね」

わたしは人間ドックを受診した生活習慣病の皆さんにいつもこんな偉そうなことを説いているわけですが、自分はこんな柔な理由付けして逃げているのです。「あなたは他人には厳しいけど自分には甘いよね」と妻に辛辣なことを云われるけど、その通りだなと思います。台風でも大嵐でもないのだから歩く気があればいくらでも歩けるし、膝関節を痛めたのはもう20年も前のことで時々動けないほどの激痛が走るけどすぐに治ることは知っているし、ストレッチをしなかったツケが翌日に来ることは経験で知っているはずなのに。あー情けない情けない。

1週間後に今年度の職員健診があるから、その日までには体重2キロ、腹囲2センチ縮めるという年末に誓った宣言も達成できそうにありません。「やっぱりこの歳になってそんな急激なダイエットは危険だし、そんなに乱れた生活しているわけじゃないのだから、年相応に過ごすのが良いんじゃないのかな、と思うわけよ」などという陳腐な言い訳をしながら、早く時が過ぎ去る(健診が終わる)のを待っているような日々なのであります。

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洗濯物

先日、雨の降る週末の午後、コインランドリーに大量のバスタオルを洗いに行きました。今は巷のあちこちにコインランドリーができています。家で洗って乾かすよりはるかにキレイにふっくらと仕上がりますからとても重宝します。

洗濯機にタオルを投げんでしばらく建物の前に停めた車の中で待っていたのですが、そのとき、中で洗濯物を畳んでいる老紳士の姿を何となく眺めていました。わたしたちが到着したときに隣の駐車スペースに停めた年季の入ったベンツから出てきた老紳士でしたが、洗い終わるのをしばらく待った後、大量の洗濯物を一つ一つテーブルの上に広げて、几帳面にきちんきちんと畳んでいました。黙々とその作業を進めて、最後に畳み終わった服を紙袋に入れて徐にベンツのトランクに入れてから、粛々と発進させていきました。

「あの人は、奥さんに先立たれて独り身なのかそれとも奥さんを介護しながらの生活なのか、そんな感じよね。1週間分くらいの洗濯物をまとめて洗いにきたのだろう。なんか、10年か15年後くらいの自分を見ているようやな」と呟いたら、助手席にいた妻が「わたしを先に殺すつもりなんやね」と笑いました。「あなたは多分、家の洗濯機で毎日こまめに洗濯すると思うよ。それよりも、毎日コンビニに通って惣菜を買っている老人の姿が思い浮かぶわ」とも。

いずれにせよ、そんな事を我が身に重ねてしまう年ごろになってきたのだなという思いを噛み締めた出来事でした。

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つまづく

『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』(相田みつを)

テレビで『つまづく』という字を何度も眺めながら、なんか違和感。これは『つまずく』じゃないのか? 単に相田みつをの独特な表現だから許されているだけなのかもしれないけれど、それにしても堂々と『つまづく』の説明があるわけでもないのはおかしくないか?

早速調べてみた。やはり『つまずく』が正しいと書いてあります。”「歩いている時に、誤って足先を物に突き当ててよろける」という意味の言葉で、「爪突く」から来ている表現”とあります。あれ、待てよ。「つめ」+「つく」なら、「つまづく」じゃないのか?

どうも、現代仮名遣いの決まりでは『つまずく(躓く)』だけど、昔は『つまづく(爪突く)』だったから、どっちの表記も正解(『つまづく』も許容される)となったとのことのようです。語源が『爪突く』だったとしても、ひとつの単語として『躓く』というものが出来上がった時点で日本語表記の決まりに従って(「つ」が二音連続するときは「つづ」と表記できるがそうでないときは「つず」となる)『つまずく』に変更されたということでしょう。

ヤバいぞ。何も疑うことなく『つまずく』だと信じていた自称”国語博士”だけど、語源を理解してしまったらどっちがどっちかかえって悩むようになってしまいそうだ。「『つまずく』でも『つまづく』でもどっちでもいいって云ってるんだから、どっちでもいいんじゃないの?」と云われそうだけど、それは自称”国語博士”のわたしのプライドが許さないのですよ。

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iPad復活

わたしの還暦か勤続30年表彰かのどちらかの祝いで職場からいただいた(もっとはるか前だったかな)iPad。もはや最新型でもなんでもなくなりましたが、これをいつも食卓のサイドテーブルに置いたまま、ほとんど開けることもなく時々充電するだけになっていたのをずっと気にしていました。WiFi仕様のこのiPadは、学会出張したときやサッカー観戦でホテルに一泊したときなどに学会場やホテルのWiFiを使ってネット利用するのに便利だったのですが、突然のコロナ禍で学会出張もホテル泊も一切無くなってしまったために出番が減ってしまいました。最初の殺人的新型コロナ感染流行のときには産業医の仕事もリモートを余儀なくされ、そのときにはこのiPadが活躍しましたが、それもすっかり過去のこと。DAZNで2週間に一回くらいひいきのJリーグチームのアウエー試合を観ていましたが、これも大画面テレビを新たに購入した時点でお役御免になりました。

そんなiPadなので、このままでは宝の持ち腐れになってしまいそう。ということで、今週から職場に持っていくことにしました。仕事の隙間時間を使って文章書きをこのiPadでしようかなと考えた次第です。iPhoneは年寄りであるわたしの指を生体のものと判断してくれないことがよくあります(特に冬場)が、iPadはちゃんとわたしの指を認識してくれます。嬉しい限りです。ちなみにこの文章はiPadを使って書きました。WiFi下でしかネットが使えないのは残念ですが、職場では十分にWiFiを使えます。文章書きへの情熱が失せ始めてきた今だからこそ、今一度原点に戻るチャンスではないかとも思っています。

iPadと寄り添いながらの自分に期待することにしましょう。

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