日記・コラム・つぶやき

ジイさん肌

一ヶ月前に散髪屋さんに行ったとき、鏡に映る自分の姿、とくに首筋のシワが見るからに”ジイさん肌”で衝撃を受けました。顔に大きなシミやホクロが増えてきていることは心得ていましたし、白髪頭が進んで隙間から見える地肌の面積が増えてきていることなども自覚していました。でも、首のシワがこんなにひどいとは認識しておりません(肌荒れしているとは思っていたけれどそれが老化のシワだったなんて)で、鏡を前にアタマを前後左右に動かしてみて皮膚を伸ばしてみたりなんかするのだけれど、まったく変化がみられません。やっぱり”ジイさん肌”は”ジイさん肌”でした。
ショックを受けて、妻が買って来て日頃使っているナノバブルなるシャワーヘッドも使わせてもらい、風呂から上がったら彼女の使う化粧水やオイルなど丹念に塗らせてもらている今日この頃です。ま、少なくとも今のところ大した効果はうかがえませんが。

そんなことをブログでぼやいてしまったためか最近定期的にSNSに肌荒れ予防の男性向け化粧品(ヴァロン)のCMがえげつなく送られてきます。テレビCMでも流れていてちょっと興味があったのだけれど、ここまでしつこく追い回されると何か嫌気がさしてきてしまいました。それでも、やはりこれからは見た目が大事。某お笑い芸人さんも云っていたように「面白さよりまず見た目」・・・ジイさん肌が過ぎると、わたしが何を話していても相手はわたしの首筋を見て「わあ、肌が萎れている」とそっちばかり気になるやもしれません。何とかしたいものですね。とりあえず今の地道な努力を続けてみましょうか。仕事中のマスクでカモフラージュしている両ほほのシミも、マスク外すようになったら目立つだろうから、妻が云うように近くの美容外科でシミ取りしてもらおうか、と真面目に思案しております。

 

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まだ若い?

うちの職場の職員健診がまだまだ続いています。むかしから知っている検査技師さんや看護師さんや事務員さん、他の一般の受診者さんに混じって毎日数人ずつ受診してきます。

「あら、○○くんもいつの間にか45歳か。でもまあ、まだまだ若いなぁ」

そんな独り言を云いながらレントゲン写真や心電図検査などの読影をするのが常。

「えーそんなことないですよ。もう年寄りも年寄り。イヤになりますよ」
「何云ってんのよ。『年取った』ていうのはボクみたいなのを云うんだよ。45歳なんてまだまだ全然若い!」
「先生の歳と比べたらそうかもしれないけど、もう10年前と比べたらジイサンですよ、やっぱり」

直接話してもいないのに、アタマの中で勝手に彼と会話してしまったりします。職場の看護師さんも、
「彼女は35歳になるのね。若いなぁ」
「何云ってるんですか。もう35歳だなんて、信じられないわ」と妄想会話。

そんなことを思いながら、自分の20年前、30年前を思い出します。そうです。「もうこんな歳になりましたよ。一気に年取ったのを実感しますね」とグチったときに、「キミがそんなこと云ってたら、ボクはどうなるのよ。キミなんて全然若いじゃない!」などと当時の上司が云っていました。

今の自分の姿は、人生の中ではいつも”史上最高の年寄り”。若い頃と比べたときの自分の老化に凹み、それでも抗(あらが)うのが世の常です。「今の年齢の10年後、20年後はもっともっと年寄りなんだよ」なんて云われても全然興味はないでしょう。今の自分が基準にしているのはあくまでも過去の自分なのですから。

 

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セルフレジ

最近、わたしが住んでいるような地方都市でも至る所でセルフレジが横行し始めました。コンビニや若者が集まる量販店や100円ショップやあるいはユニクロなどだけでなく、地域のご老人たちが生活必需品を買いに毎日やってくる地域のスーパーやドラッグストアまで、どんどんセルフレジ化していっています。

日頃からあまりキャッシュレス決済をしないわたしは、セルフレジを極力避けていましたがどうもそうもいかず、セルフレジにも挑戦せざるを得なくなってきました。もちろんセルフレジにも、商品のバーコード読みから支払いまで全てがセルフのレジもあればレジ打ちだけは店員さんがしてくれるところもありますので、アナログ人間のわたしは可能な限り後者のレジを選んではいます。ただ、戸惑うのは、どのセルフレジもまったく同じ仕様ではなくてお店によって若干違っていることです。マイナ保険証の読み取り機もそうですが、見たことない仕様だとすぐにアタフタしてしまう世代なのです。そして何よりも困るのは「老眼鏡をかけないと小さな字が見えない」という足枷。若い子には見えても年寄りには見えない字・・・わたしは日頃コンタクトレンズだから近くが全く見えず、レンズ装着した眼の上から老眼鏡をかけて日常の仕事をこなしております。だから、最近は持ち歩く小さなサコッシュの中にかさばらないように老眼鏡をいつも忍ばせなければなりません。そして、レジの近くに来たら徐に老眼鏡を取り出すという作業。この煩わしさは、当事者でなければわかりますまい。セルフレジでなければこんな煩わしさ経験しなくて良かったのに・・・そのうち利用者が高齢者ばかりになったらもう少し使いやすいセルフレジに代わっていくのでしょうかね。将来は、どこぞの量販店の様に個別でかざさなくても勝手に計算してくれたり、買い物かごに物を入れるだけで勝手にキャッシュレス決済されてしまってレジ精算不要という形に大多数の店が変わってしまうのかもしれません。

でもこんな一般店のセルフレジシステムよりも、世の無人販売店の窃盗事件の方に何か公的対策をしてあげてほしいもの。セルフレジの究極は無人販売なのですから。人間の良心に頼る商売の仕方はもはや日本でも通用しない時代になってしまったということで、寂しい限りです。一方で、レジ打ちの仕事がどんどんなくなりますが、パートの主婦の皆さんの選択肢がなくなっているのではないかという懸念も・・・その節約分、商品の価格にはちゃんと反映させてくれているのでしょうかね?
 

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行動にうつせるか

今年になって明らかに体重が増えてきました。特にここのところ連休続きで、家にいるとついつい「何かないか」とお菓子を探し回り、「貧乏だから」と節約していたビール類も個人年金がまとまって入ったせいでちょっと気が大きくなってつい何缶も煽ってしまう今日この頃。だから、「さもありなん」の結果です。先週末におそるおそる職場の体重計に載ってみたら、一ヶ月前より2キロ弱増えていました。たしか、ちょうど1年前、大腸ポリープを切除するためにその前後1ヶ月くらい(特に術後2週間は徹底して)アルコールを止めさせられ、低残渣食ばかり食わされて体重が3キロ以上減りました。体重だけで云うならあの手術前の体重と同じか少し少ない程度に戻ったことになります。

「なんだ、前に戻っただけか」と思ってしまうと元も子もありません。逆にまた低残渣食とアルコール制限すればすぐに減量できる可能性が高いというのも事実。さあ、どうするか。

「人はこうなった原因の究明はきちんとできます。どうすればいいかという分析も完璧にできます。あとは実行するかどうか、ただそれだけのことです」・・・わたしがいつも偉そうに人間ドック受診者の皆さんに云っていることです。やりさえすればきっとすぐに結果が出るのは間違いありません。やることは大したことではない。あとは、「何のためにそんなことをするのか」というモチベーションだけ。さあ、どうする、自分?

 

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パッチ

パッチは朝鮮語の「パジ」(ズボン状の衣服)に由来するそうですが、まあ要するにさるまた、股引、ステテコ、ズボン下と同じ。

最近、ちょっと驚いているのは、朝の職場のロッカールームで周りの先生方が皆パッチを穿いているのに気づいたこと。そりゃ、わたしみたいな年寄りが寒いからパッチを穿くのはわかるけど、それでも週末の休みの日じゃない限り、わたしでも仕事に行くのにパッチなんか穿きません。でも、まだまだ若い先生方が普通にパッチを穿いてるのを見て、「今はそれが普通なのかな」としみじみ。わたしはどんなに寒くても半ズボンで過ごした小学校時代。それが粋でオシャレな心意気だと思って頑張っていました。「パッチなんて軟弱男が穿くもんだ!」と。でもそれが、子どもの頃からズボンの下にオシャレなパッチを穿く習慣だったら、そりゃ大人になっても何の抵抗もなく穿くでしょうし、むしろ「寒いのに何で我慢する必要がある?」と考えるのも当たり前。そっちの方がオシャレなのかも(というか、わたしが若いころに父ちゃんが穿いていたパッチと今の若者が穿くパッチとは似ている様で全く別のものなのかも)。

ま、そんなことでちょっと驚いた、というお話です。今週は季節外れの高温になると聞きます。いよいよパッチなんか脱ぎ捨てても大丈夫な春の到来が間近です。

 

 

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『のどが渇く』

「先生、『のどの渇き』と『口の渇き』とどっちの表現が正解なんですか?」

と職場の保健師さんから質問されました。医療用語としては『口渇(こうかつ)』というやつなのでしょうか。検索すると、「口の中が乾燥している状態だ」と書かれていますが、「口の中が乾く」=唾液が減って乾燥した口の中で粘膜が荒れたり細菌が繁殖したりする、という概念はシェグレン症候群などに代表される口腔内の病気のことを念頭に置いている気がします。

わたしに質問をしてきた保健師さんは、”冬場の脱水”の症状として『のどが渇く』の方がふさわしいのではないか?という疑問なわけです。「冬はあまりのどが渇かないから脱水を見逃しやすい」と。残念ながらネット検索するとどっちも一緒くたにされていますけど、ほとんど同じことを云っているようで、実は若干違うこの2つの表現。『口渇』が”口の中の渇き”で、”のどの渇き”は『口渇感』なのかな、とふと思いました。そしておそらく、彼女の云いたいことを表すなら、”のどの渇き”なのだろうかなあ、と。

でも、これを書くためにいろいろ検索してみましたけど、おそらく”口の(中の)渇き”というコトバが”のどの渇き”をこれから凌駕していくような気がして、ちょっと寂しく思います。ちなみに、糖尿病による症状は、やっぱり”口の渇き”ではなく”のどの渇き”だと思いますが、いかがでしょう?

 

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運のつき?

先日、走行中の愛車に向かって鳥に糞を落とされることが数回ありまして、さすがにその命中確率を考えたときに、「これは何か意味があるのかもしれない」と思いました。昨年末にクレカ不正使用や愛車衝突事故やドライバーが刺さってのパンクなど不運なことばかり続いたわたしでしたが、今年の運気は意外に良いらしく、3月にもらうはずの退職金が想定よりも多く出そうだと分かったり、ポイントやギフトカードで想像以上の買い物ができたり、プチ幸運を経験しているので、高望みしなければまだこれからもっと運気が上がるかもしれない、とか思ったりしているわけです。

それで、今回の糞害を”害”と捉えず”幸運”と捉えることにしたことを先日日記(ブログ)に書こうとして、『運のつき』というコトバを思いついたのですが、なんかしっくりこない。早速検索してみると、『運のつき』は”運が尽きる”という意味だから「天命が尽きた」「滅びる時が来た」ということ。今回の意味とは正反対じゃないか! それなら、今回のわたしの気持ちは何というの?

 『運のつきの反対語は?』と検索。すると、『運のつきはじめ』というコトバがヒットしました。「へ? 『運のつき』と『運のつきはじめ』が対義語? この歳になっても新しい知識はひょんなタイミングで得られるものなのですね。

『運のつき(尽き)』…命運や幸運の終わり、幸運の連続が止まってしまう時
『運のつき(付き)はじめ』…幸運(好運)が起き始めるようになったこと

大変勉強になりました。そして、今回のわたしのウン(チ)騒動は、もちろん『運のつきはじめ』ということでお願いします。

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なんかねえ

わが家には、今現在、缶ビールと第三のビール(缶)、戴き物の焼酎(麦と泡盛)、さらに日本酒(好きな銘柄をメルマガから取り寄せた物)三種があります。ウイスキーはあまり飲みたい気分にならない(酔って頭が重くなるイメージがあって)ので戴き物の古いウイスキーがある程度で物入れの奥の方に閉まってあります(断捨離で処分したいのだけれど妻が「もったいない」というものだから)。ワインは飲みたいときだけ安いのをコンビニやスーパーから買ってくる感じ。

そんな我が家のアルコール事情の中、昔ほど家で痛飲することがなくなったし、外飲みや宴会もコロナ以降ほとんどやらなくなりまして、仕事から帰ってきてから何かをチビチビっと飲むくらいが常です。でも最近、なんか「今夜はアレが飲みたいな」と欲して飲むアルコールがないのであります。「昨夜は飲みすぎたから、今夜はアルコールを抜こう!」と朝は誓って出勤するのに帰りの車の中では「帰ったらまずビールやな」とか平気で思ってしまっていた頃がなんか懐かしい。アル中じゃないのだから「飲みたくないんなら飲まなきゃいい」というのは正論だけど、でも帰ったら何か飲まないと物足りない。なのに、そこで満足できそうな飲み物がないわけですよ。

考えてみると、つまみもそう。何か食べたいものがあるわけでもなく、アルコール飲むから何かつまみにしたいけど、何が食べたいのかはっきりしない。何かお菓子じゃないつまみが欲しいけど、それが何なのか。夕飯のおかずでもないしなぁ。何か、何もかも物足りないわけですよ。

ま、要するに、単なるグチですけどね。こんなこと書きながら、結局今夜も何かを飲むわけさ。

 

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白内障

最近、週明けに悩まされるのが目の問題。仕事用の老眼鏡(コンタクトレンズをしているから近くが見えなくて仕事に支障をきたすのです)が何となく合わなくなってきたこと。たぶん、右目の白内障が一気に進んできたんじゃないかと推測します。最近、週末に家でテレビを見ていても眩しくてよく見えないのを自覚することが増えてきました。天気が良くて日光の光を浴びると眩しくて角膜に膜が被ってしまうのが白内障。暗いところでは見えるのだけど・・・だから外ではサングラスをしているのだけれど、それでも追いつかなくなってきたのかしら。

どこかのタイミングで白内障手術を受けなければ、と思うのだけれど、いつするか、焦点をどっちに合わせるべきか(なにしろ片目だけの白内障だからその後の左目の対応も考えねば)、メガネを買い直すタイミングも含めて思案の時期が迫っているのを痛感しています。運転免許の更新が2025年。今持っているメガネ(コンタクトレンズ装着中の老眼鏡、コンタクトレンズ外した時の遠近両用と中近両用)の全てが合わなくなっていることは承知しているけれど、今買い直しても白内障手術したらまた作り直さなきゃ、と思うと先立つものがないので二の足を踏んでいるところ。今年のうちには決心しないといけないんだろうけど、どうしたものかしら。

※今日は、事情があってもう一つのブログと全く同じものをアップしております。

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下を向いて歩く

前にも書きましたが、わたしはどうしても歩くときに下を向いて歩いてしまいます。先日も、朝散歩をしながらいろいろ考えていたら、気づけばわたしは足元を見ながら歩いていました。「上を向いて歩けばいいんだ」と遠い昔に悟ったはずなのに、「上を見ながら季節の変化を愛でて春の訪れを感じるようにしよう!」と思ったばかりのはずなのに、気づけばやはり下を向いています。

すれ違う人たちを眺めてみました。わたしと同じように皆下を向いて思索しながら歩いているのに違いないと思ったのですが、意外に前を見て歩いている人が多い。特に年配者ほど前方を凛とした姿勢で見つめながら歩いている人が多くて驚きました。イヤホンしながらジョギングしている人には若干下を眺めている人もいますが。でも、わたしにはやはり前をガン見しながら闊歩するのはなかなかできないわ。向こうから来る人にガンをつける形になってドキドキするし、頚椎を痛めているから上を向くと手に痺れが出るので若干下を向いた方が楽だし、いつも考え事ばかりしながら歩いているし・・・あー全部、言い訳だなぁ。

くやしいなぁ。何か、下を向いて歩いた方が有利なこと、ないものかしら。

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