映画・テレビ

『昭和43年グラフィティ』

昨日、BSジャパンの番組を何気に眺めていましたら、こんな番組が始まりました。司会は武田鉄矢。ゲストは亀渕昭信(オールナイトニッポンだ〜♪)と野沢雅子(悟空だ〜♪)

<昭和43年のできごと>

金嬉老事件
東大紛争
メキシコオリンピック
川端康成ノーベル文学賞受賞
佐藤栄作
三億円事件
心臓移植手術

あしたのジョー
タイガーマスク
ハレンチ学園
ゴルゴ13
アタックNo. 1
サインはV

カール発売
ボンカレー発売

この年って、とんでもない年なんですね。こういう歴史の節目になる年というのがあります。大きな事件や事故があったとか政治的な変革があったとかいうのではないのに、文化の潮流が大きく変わる時があるのです。わたしの本当の歳がわかってしまうので書きたくないのだけれど、この年、わたしは小学校4年生でした。4年3組、小さな田舎の小学校でずっと一学年二組でしたがこの年から三組に増えました。教室が足りなくて4年3組は理科室で授業がありました。目の前に実験用のコンセントがあって、それに何となく銅線を突っ込んでみたい衝動にかられ、授業中にやってみたらショートして火花が飛びました。とてもびっくりしました。昭和43年は4年3組。わたしにとっても、何となく思い出の年でありました。

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ディグニティセラピー

NHKテレビで、終末期医療としてディグニティセラピーを行う様子を見ました。ディグニティとは尊厳という意味です。

『ディグニティセラピー(Dignity Therapy)は、終末期の患者のスピリチュアルケアの一つとして患者の尊厳(dignity)を維持することを目的とする精神療法的アプローチの1つです。カナダのマニトバ大学精神科教授チョチノフ博士によって2005年に考案され、終末期の患者がこれまでの人生を振り返り、自分にとって最も大切なことを明らかにしたり、周りの人々に一番憶えておいてほしいものについて話をする機会を提供するものです。』(めぐみ在宅クリニックのホームページから転記)

余命を宣言され自分がどんどん自分でなくなっていく中で、自分の存在意義がわからなくなったり、自分の人生そのものが無意味に感じられたりするようになるのを乗り越える方法として生まれた方法だそうです。9つの質問に答えるやりとりを記録しながら自分の大切な人への手紙を皆で書き上げる作業で、これによって、自分の失いかけていた尊厳を取り戻すことができると云います。

自分のこれからの人生に役立つかもしれない、と思ってメモしました。

 

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シャキーン!

最近、はまっている番組が、NHK Eテレの『シャキーン!

毎朝7時から15分間の番組。あくまでも子ども向けの番組で、番宣のことばを借りると、『子どもたちを”シャキーン!”と目覚めさせて、楽しい一日のスタートを切ってもらう知的エンターテインメント番組』。何しろこの時間帯は、どの局も報道系のバラエティー番組・・・くだらない選挙や政治家の誤発言問題、あるいは意味もなく事件被害者を追いかける三面記事的番組ばかりなのであまり見たくないのです。よほどすっきりすることが起きたとか日本人選手が活躍したとかいうのでなければ、NHK Eテレがわたしの定位置(もっとも、この時間帯は出勤中ですので、車のナビのTVからでほとんど画像を見ることができませんが)。

で、この番組、小さな子どもたちだけに見せるにはあまりに勿体ない。センスも良いけれど、むしろ壮年、初老期以降の方々に見てもらいたいのです。いわゆる脳トレ番組だと思ったらいいのではないでしょうか。NHKには似合わないぶっつけ本番的掛け合いもさることながら、間違い探しや発想の転換など、一緒に考えていると明らかに脳が賦活されてきます。朝の寝ぼけから目を覚ますだけでなく、永遠の眠りに入ろうとする前頭葉機能を揺り起こす効果絶大だと思います。是非、ごらんください。

ついでに、そのまま次の『はなかっぱ』『デザインあ』『ピタゴラスイッチ』も。面白いよ~。

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詩人

詩人 谷川俊太郎さんが朝のNHKテレビに出ていました。とても有名な人(のよう)だが、実はよく知りません。

谷川さん、詩をひとつ作ってください』・・・11月15日に公開されているはずの映画(残念ながら九州では上映されません)のPRを兼ねた番組だったのでしょうか。たまたま見ていただけだから、あまり詳しく覚えていません。ただ、彼が語ることばといくつかの詩が何となくココロに残りました。

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「ものすごいインフレーションですね。
実態が伴わない言葉が氾濫している。
ストックにならない。
全部フローになる、言語が。」

“死は その静かなすばやい手で 生のあらゆる細部を払いのけた”

“としが ちがってても ともだちは ともだち”
“おかあさんと おとうさんも ときどき ともだちみたい”

「なかなか言葉は意味で流されたりするから、確固とした実態になれない。
道端に咲いている草花みたいな言葉を机の上に置ければ、それが一番理想。」

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・・・いろいろな意味で、わたしも言葉を自分の武器にしている人間です。このブログも含めて、わたしの発する言葉が、だれかの人生の中に根を生やしてくれるようだといいなと、ふとそんなことを思いました。

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風たちぬ、いざ生きめやも

遅れ馳せながら、映画『風立ちぬ』を観てきました。

冒頭からずっと泣いてました。いつものように、他人のツボとはちょっと違うところで感極まるオジサンです。

堀辰雄の「風立ちぬ」を私は読んだこともドラマとして見たこともありませんでしたので、それがモチーフだったということは映画館を出てから妻に教えてもらいました。
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何もかも始まったばかりで、「何物かが生まれて来つつあるかのよう」な希望のひとときに、不意にどこからともなく、風が立ったのである。

  風たちぬ、いざ生きめやも

 不思議な美しさをもった詩句である。どこか不安な風のざわめきに、心をふるい立たせている繊細な魂、「さあ、何とか生きてみよう」と自分に言いきかせるような、また呼びかけるようなフレーズである。・・・(後略)
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篠原暁子さんの解説を読んで、なるほどと納得した次第。この歳になってもいろいろな青春を思い出して胸をきゅんとさせる時間をいただきました。

そしてもうひとつ。主人公、堀越二郎氏の想い。「まだ風は吹いてるかい」「創造的人生の持ち時間は10年だ 君の10年を力を尽くして生きなさい」と常に夢の中で彼を励ますカプローニのことば。わたしのこの10年はどうだったか?偉そうなことをここに書き連ねながら、力なんて尽くして生きていないことを痛感します。10年前、今の仕事を始めたころに抱いた夢は簡単に断念しました。モチベーションの軌道修正をしながら自分を鼓舞させながら10年は風のように過ぎ去りましたが、それは「自分へのごまかし」ではなかったのだろうか?

「それでもまだ、風は吹いている!」・・・切ない純愛ドラマに涙しながら、気付けば自分の人生へ想いを馳せる2時間半になりました。

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喜劇役者

昨日、「サワコの朝」(TBS)を見ました。喜劇役者『伊東四郎』さんがゲストでした。

わたしも家族も三波伸介さんのファンでした。太っていたわたしを親は「三波伸介に似ている」と囃し立てました。一方で、若い頃の伊東四郎さんは目つきが怖くて嫌いでした。電線音頭も何が面白いのかさっぱり分かりませんでした。あのわざとらしいオヤジ臭い男は見ているだけで子どものころのわたしを苛立たせていました。そんな伊東四郎さんが徐々に私を捕まえていったのはいつの頃からでしょうか。人間味の深さと仕事に対する真摯な取り組みと、垣間見せる照れとが妙な魅力を見せてくれて、彼が出ているとどこか安心できる。これは単なる年季(彼も自分も)の問題でしょうか。

わたしも多くの人に嫌われて生きてきました。ちょっとしたミスも見逃さず、プロであるなら完璧でなければならない、と尖がりまくっていたころ、きっとわたしの顔を見るのも嫌だったスタッフが上にも下にもたくさんいたこと、わかっています。そんな自分を彼らは受け入れてくれるようになっただろうか?わたしが大嫌いな伊東四郎さんを好きになったように・・・。

早朝から、そんなことを思いました。

彼の、舞台に対する考え方がいい。「面白くないネタでも一生懸命取り組むと、見てくれる人はちゃんと見ている」「喜劇はドキュメント。今作られたものは、今見てほしい。来年になったら色あせるから」・・・いまだに舞台人にあこがれているわたしは、こういうこだわりの話が好きです。

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映画館の思い出

熊本の映画館「熊本電気館」がもうすぐ100周年を迎えるのだそうです。DVDの普及やシネコンの台頭のために熊本市の繁華街の映画館は軒並み姿を消しましたが、その中で100周年を迎える電気館は、そのこと自体がすばらしいことだと感服します。

わたしが大学生だったころ、電気館界隈にはたくさんの映画館がありました。現在のような指定席制でも完全入れ替え制でもなく、ただ何となくチケットを買って何となく前から7、8列目辺りの席に座り、上映途中から入って途中で出て行く、あるいは、そのまま一日を過ごす、みたいな・・・映画館とはそんなまったりとした空間でした。わたしが映画館に良く行ったのは、高校時代でした。映画好きな友人に誘われるままに学校帰りに観にいきました。わたしにはちょっと大人な世界でしたが、残念なことに電車やバスの時間のために途中で抜けることが多々ありました。当時は2本立てが普通で、ヘタをすると抱き合わせの映画だけ観て、メインの映画はさわりしか観れないこともありました。田舎に住んでいることを恨めしく思いましたが、子どものころには自宅近くの駅前にも映画館がありました。入った記憶などまったくありませんが、何かとても華やかな町並みだった気がします。映画館の最初の記憶は夏休みの「こどもマンガ祭り」ですが、親と一緒じゃなくて初めて観たのは「燃えよドラゴン」。「映画館はいかがわしい所だから、学校が許可したもの以外は観ちゃダメ!」と教育者の母親からしっかり釘を刺されていたので、ひとりで映画館に入るのはドキドキしました。いまだにあまり映画館に行きたい気分にならないのは、母の教育のせいかもしれません。高校時代に東京まで行って、未成年じゃない!と言い張って成人映画を観たのは新宿でしたっけか?大学時代の「哲学研究会」(日活ロマンポルノを観る会)も懐かしい。

電気館のニュースを見ながら、妙にノスタルジックになった夜でした。

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「ピエロが病院にやってきた」

昨夜、NHKBS1で「ピエロが病院にやってきた」という題名の番組を見ました。

ニューヨークで定期的にサーカス小屋を開く「ビッグアップルサーカス」はNPO団体です。このサーカス団の創始者の方が、サーカス興行と並行して行っているのが「クラウンケア」です。クラウンとは道化、だからピエロはクラウンを演じる人(道化師)です。サーカスは多くの人たち、特に多くの子どもたちを楽しませて暖かい気持ちにさせるのが目的です。一方、クラウンケアは病気を抱える子どもたちを喜ばせて癒されるようにピエロの姿で病院を訪問しています。単にピエロの姿で笑わせるだけではなく、心の不安を抱える家族や病院スタッフに癒しを与えることも目指しています。

ちょうど1年前(年賀状「ケアリングクラウン」2008.1.4)、演劇部の後輩Hの年賀状に「ケアリングクラウンの修行を始めました」とあったとき、わたしは初めてこの活動を知りました(ケアリングクラウンは子どもや病院に限定されず闘病中の大人や福祉施設などでも活動しています)。演劇をやっていたためか、昨年この活動の存在を知った後からずっと気になっていました。基本的に、健診の現場には闘病中の人は来ません。なのに、臨床医をしていたころよりはるかに今の方がこの活動に魅力を感じるのはなぜなのでしょう。病める人とこころのつながりを持てることへの憧れなのかもしれません。

1年前に年賀状をくれたH嬢、今年の年賀状にも「最近caring crownの修行を始めました」とまったく同じことを書いてました。あれあれ?と思いましたが、それでもまだ続けているんだな、と思うと嬉しくなりました。

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いのちの対話

鎌田實いのちの対話」が成人の日の1月12日(月)に放送されます(NHKラジオ第一9:05~11:50)。

「いのちの対話」は、NHKラジオで年に数回放送される特別番組です。諏訪中央病院の鎌田實先生がメインパーソナリティで、毎回、命に関わる対談が繰り広げられます。今回のテーマは「病気とつきあう」だそうです。多くのメールやFAXが寄せられてきます。

わたしが、わたしの尊敬するこの鎌田實先生のことを初めて知ったのは、数年前にたまたまラジオで聴いたこの番組でした。内容は忘れましたが、ラジオを聴きながらあるいは投稿のことばを聴きながら、わけもなくボロボロ涙をこぼしたのを覚えています。NHKであること、そしてほとんど聴くことのないラジオ番組であることを考えると、本当に偶然の(必然の)出会いだったのだと思っています。

今年の成人の日は全国的に寒い日になりそうです。ラジオを聴く時間がある方は、何をしていてもいいので是非とも聴いてみてください。

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